2021年 10月 22日
安房の国はいまの千葉県房総半島の南端である。 日ざしは亜熱帯を思わせた。 山の中腹にある寺院、清澄寺が太平洋を見おろしていた。 ここは都とうってかわった静けさがただよう。寺院では所化たちが広い門前を掃き清めていた。 清澄寺の講堂では笑い声がひびいた。 堂には本尊の虚空蔵菩薩像が安置されている。この講堂に蓮長の帰りを待つ人々がいた。 蓮長の父三国太夫と母の梅菊女、さらに古くからの信徒、大尼御前、住職の道善房、住僧の浄顕房、義浄房らが輪になってすわっている。 世話好きの大尼がにこやかに話す。 「まことに蓮長はかしこい子供でありました。皆御存知のことではありますが、わらわは蓮長を幼い頃から目をかけていました。早いものでもう十二年。さぞかし立派なご僧侶になったことでありましょう」 大尼は名越流北条氏の祖である朝時の未亡人だった。朝時の兄は大政治家として名高い第二代執権北条泰時である。大尼は夫が安房の領主だった関係でこの地に根をおろしていた。世話好きな彼女は蓮長親子に目をかけ、物心両面で援助していた。 三国太夫が久しぶりに会った大尼に頭をさげる。 「まことに大尼様のおかげで蓮長はこの寺で仏門に入り、叡山で修行することができました。父として、あらためてお礼を申しあげます」 母の梅菊も蓮長が成長し無事に清澄寺に戻る事への報恩の思いを込め、大尼に頭をさげた。 「蓮長が立派な僧侶となってこの安房に帰ってくることを、一日千秋の思いで待ち続けていました。そのうえ十二歳で登ったこのお寺で蓮長の説法を聞けるとは、母としてこんな幸せはありません」 大尼が老齢の住職、道善坊に話しかける。 「比叡山はじめ四天王寺、薬師寺など京、奈良の名刹でかなりの修行をしたとのことですが、どんな説法をするか楽しみで気もそぞろです」 道善房が朴訥に語りだした。 「さあて、どうでありましょう。蓮長は子供のころは確かにこの寺で抜きんでておりましたが、諸国の栄達が集まる延暦寺ではどうであったか。蓮長は強情なところもありますし、どんな説法をするか少々不安でもあります」 道善房は蓮長を十二歳から二十歳まであずかり育ててきた。第二の父親のような存在である。 大尼がくすくすと笑いだす。 「ほらまた道善房様の心配性が始まりました」 一同がつられて笑いだした。 なごやかな空気だったが、清澄寺の中には蓮長の帰りを快く思わない者がいた。 堂のすみで老僧の円智房と道義房が声を潜めて話していた。 「蓮長など取るに足らぬわ。比叡山で修行したとはいっても京の寺で身を立てることもできず、結局もとの田舎寺に戻ってくるとは。ここでなにができよう。道善房殿の跡を継ぐつもりなら、お笑い草だわ」 「あの気弱な道善房のこと。味方が一人ふえたように思っているが、この清澄寺はわれらの手のうちだわ」 二人がほくそ笑んだ。 どこの世界でも勢力争いはある。 円智房と道義房は清澄寺の実力者であった。とりわけ円智房は清澄寺の大堂で三年のあいだ、一字三礼の法華経(注)を書きあげ十巻をそらに覚えた。そして五十年の間、法華経を一日一夜に二部ずつ読んだという。寺の大衆は、円智房はかならず仏になると讃えた。それだけに傲慢だった。彼は道義房とともに清澄寺を仕切っていた。そこに比叡山帰りの若僧があらわれた。おもしろく思うはずがない。 このとき門前で所化の小僧がなにやら騒いでいる声が聞こえた。 「蓮長殿が帰ってきたのでは」 大尼が浮き足立った。 一同が玄関へおもむく。 しかし、門前では馬に乗った武士と寺の所化が言い争いをしていた。 武士の一人、地頭の東条景信が不敵な面構えでにらんでいる。 招かざる客である。みな表情をくもらせた。 景信が清澄寺の面々を見くだした。 「ほう、これはこれは、清澄寺のお歴々。おそろいでござったか。本日は長年にわたる土地争いに決着をつけようと思ってまいった」 若い浄顕房が景信をにらみながら𠮟りつけた。蓮長の兄弟子である。 「東条殿。なにを申される。地頭とはいえ、この寺で勝手なふるまいは許されませんぞ」 景信は横をむいた。 「わしはこの一帯を管理するもの。武家の棟領である鎌倉殿のご威光によってこの土地を支配しておる」 おなじく兄弟子の義浄房がまなじりを決して反駁する。 「それは地頭の支配する土地の上でのこと。この寺にはあなた様の支配は及びませぬ」 景信も黙って聞いてはいない。幕府の権威を傘に着て義浄房に言いかえす。 「さりながら、鎌倉殿に逆らう者どもがいるのも事実。旧態依然とした一部の寺院が勝手なふるまいをするのは許されぬこと」 この件は清澄寺の存亡に関わることである。浄顕房は一歩も引かず景信を問い詰める。 「ならばその鎌倉殿に訴えて、どちらが正しいか決着をつければよいのではないか」 その時、弟子たちと地頭の争いを見かねた住職の道善房が、あいだに割って入った。 「景信様、じつはわが弟子の蓮長と申す者が、叡山での長い修行を終えて今日明日にも帰ってまいります。いまはその迎えの準備に忙しくしておりまする。恐れ入りますが、いまは言い争いしておる時ではございませぬ」 景信は不敵だった。 「まあよいわ。いずれまた来るが、おのおのがた覚悟しておかれい。少しでも不埒なことがあれば、取締りにくるでな」 馬上の景信が去っていった。 源頼朝は鎌倉幕府を開くにあたり、自分の支配地に侍を派遣して守護と地頭をおいた。支配地といっても全国ではなく近畿より東の土地であり、くわえて寺社領には手をださなかった。 しかし寺院領の隣に地頭がおかれた場合、境界線の争いが絶えずおこっていたのである。 そのころ蓮長は鎌倉を出て六浦、今の横浜をめざした。船にのるためである。内海(東京湾)を徒歩でぐるりと回るより、船のほうが早く安房に着き、楽であった。 だが厄介だったのは、途中に関所があったことだった。 関所前で人々がひしめいた。 旅人たちが銭をだして役人に納めている。銭のない者は生米をさしだした。この関所はつい最近になってできたものだった。それだけに人々はみな憤懣やるかたない。 関所の館でとある僧侶が武士を相手に談笑していた。 僧侶は粗末な法衣を着ているものの、腹が出て血色がよい。 名を良観といった。 良観は字で名は忍性という。出身は大和である。十歳で信貴山に登り修行。十七歳の時、東大寺戒壇院で受戒した。二十四歳の時、真言律宗の名僧として名高かった叡尊に師事して出家した。建長四年(一二五二)に関東に下り、弘長元年(一二六二)鎌倉にはいって律宗を弘めた。 良観は幕府の信任が厚かった。正元元年 (一二五九年) 第二代執権北条義時の三男、北条重時によって極楽寺が創建され,良観が開基となっている。 良観は異質な僧だった。 この関所は良観が経営していたのである。僧侶が交通機関の管理をするのは、今では意外に思われるが、当時このような設備の運営はおもに僧侶がたずさわっていた。 武家の世になって日はまだ浅い。北条氏が率いる幕府も財政は安定していない。これまで侍は合戦に明けくれていた。経済観念などまるでない。闘争には長けていても、統治能力は公家の足元にも及ばなかった。これでは橋や道路を建設するといった公共事業などできるものではない。行政手法の知識・経験や金の面からいって、知識階級に属し、潤沢な財力をもつ僧侶が中心となって国土の整備がすすめられたのである。 この当時、政治の中心は鎌倉でも経済は京都である。その京の資金をにぎっていたのは近畿出身の僧侶だった。 良観もまたその豊富な資金を使って幕府に取り入り、権勢を強めていった。東大寺出身で思いおこされるのは、七十年前に行われた大仏再建のための大規模な勧進(寄付)活動である。東大寺出身の彼は莫大な集金システムを学び、関東にやってきたのである。 良観が話の相手をしていたのは北条重時だった。念仏の強信者である。父は幕府の繁栄を築いた北条義時である。したがって重時は当然のように幕府の要職にあった。子の長時は五代執権北条時頼のあとを継いで執権となっている。北条の中でも名族だった。 重時は関所をながめながら、満足そうに盃を手にした。 関所の役人は通行人から徴収した大量の銭(中国から輸入した宋銭)を運んだ。銅銭は中央に穴がある。これをひもで通して千枚ずつにしていく。これを一貫といった。当時の貨幣価値は米一石が一貫で、現代では約五万円ほどになる。こうして何千貫という銭がうずたかく積まれていった。 米も山のように積まれていった。人はこれを「六浦の関米」と呼んだ。 良観と北条重時がなごやかに語りあう。 重時は愉快だった。 「いや考えたものですな。関所を作って米や銭を徴収するとは。田舎武士には思いもつかぬ。名案でござる」 太鼓腹の良観が重時を諭すように語りだした。 「鎌倉はまだまだ土木工事が必要でございます。このように人々から広くうすく税を集めれば、幕府の財政の助けにもなり、貧しい者に施すこともできます。わが律宗で教える仏の道にかなうというもの」 重時の盃がすすむ。 「いやありがたいことでござる。それに律宗の修行は、戒律を守ってさえおればよいのであるから修行がわかりやすい」 良観が答える。 「わが宗派は幕府と一体であると考えております。北条氏あっての僧侶でございます。ただわたしはこのように幕府に尽くしておりますが、鎌倉の寺が今少し手狭なのが悩みでございます。殿、よろしくお計らいのほどを」 「そうでござったな。じつは鎌倉のわしの土地に寺院を建てる計画があってな、極楽寺と申す。いまその住職を求めているところでござる」 「それはよいお話。この良観にその寺をお任せあれば殿のご繁栄にもつながります」 重時は我が意を得たりとばかりに、良観の申し出にうなずいた。 関所の入り口では蓮長が旅人の列の中にいた。彼は銭を取り出して役人に差し出した。
注 法華経 梵語「サッ・ダルマ・プンダリーカ・スートラ(白蓮華のように正しく不思議で清浄な経)」 漢訳は部分訳、異本を含め、十六種が伝えられるが、三本が完全な形で現存する。このうち鳩摩羅什訳『妙法蓮華経』が最も広く流布しており、通常、法華経といえば妙法蓮華経をさす。 白蓮華をこの経の象徴としたのは、蓮華が他の草木と異なり泥中に咲き、煩悩を意味する泥に染まらず清浄な大輪の白い花を咲かせることから、煩悩即菩提を意味しているとする。また蓮華が花と同時に蓮根という実(地下茎)を同時に持つことから、因果俱時を象徴しているとする。蓮華の原産地はインド半島で、釈尊が布教していた地域では蓮華が多く生育していたと思われる 日蓮大聖人は末法の法華経は三大秘法の南無妙法蓮華経であると説いた。 「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし、かう申し出だして候も・わたくしの計にはあらず、釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御計なり」『上野殿御返事』 宋銭
by johsei1129
| 2021-10-22 15:37
| 小説 日蓮の生涯 上
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