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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 11月 02日

第六に本迹相対して一念三千を明かすことを示すとは 五【三重秘伝抄】


問ふ、又啓蒙(けいもう)に云く「既に二乗作仏の下に(おい)て多宝・分身を引きて真実の旨を定めたり、故に未だ発迹顕本せざる時も真の一念三千にして二乗作仏も定まれり。(しか)るに今、真の一念三千顕われず二乗作仏も定まらずとは久成を以て始成を奪う(ことば)なり。(かく)の如く久成を以って始成を奪う元意(がんい)は天台過時の迹を破せんが為なり」云云、此の義如何。
 難じて云く、(つたな)いかな日講、竊盗(せっとう)を行なう者は現に衣食(えじき)の利あり、何ぞ明文を()げて強いて己情に会すや、妙楽の云く「(およ)そ諸の法相(ほっそう)は所対不同なり」と、宗祖云く「所詮所対を見て経々の勝劣(しょうれつ)を弁ずべきなり」等云云。上に多宝・分身を引き真実の(むね)を定むることは是れ爾前の方便に対する故なり、是の故に彼の(けつ)(もん)に云く「此の法門は迹門と()(ぜん)と相対するに」等云云。今「真の一念三千も顕われず」等と云ふは是れ本門に対する故なり、()の故に「未だ発迹顕本せざれば」等と云ふなり。同じく迹門と雖も而も所対に随って虚実(きょじつ)(てん)(べつ)なり。若し強いて(しか)らずと言はゞ重ねて難じて云く、一代聖教(みな)是れ真実ならんや、既に上の文に言わく「一代五十年の説教は外典外道に対すれば大乗なり、大人の実語なり」、日講如何。()


日享上人註解

○啓蒙に云く等とは、日講の意に迹門と云へども多宝の証明ありて真実の経となった上は、仮令(たとい)発迹顕本無くとも迹門の一念三千は真実であって二乗作仏は決定的である、(ただ)し宗祖が今の文に「顕れず」「定まらず」と仰せあるは本門()(じょう)(くみ)して迹門()(じょう)を奪うたもので其れは天台過時の迹を破せんが為じゃと云って強いて本迹一致を立つる事は例の執見病である(もと)より本地開顕の上には大小権迹(いず)れの法も皆真実と変化してをるけれど、()の時は(ただ)一本門のみあって大小権迹の名義は自ら亡泯(ぼうみん)しておる(しか)るを(なお)迹門真実とする開会(かいえ)爾前得道一般大聖人の極(きら)であ(ここ)本師激語って()盗賊には衣食利益って明文()やとである。

○彼の結文とは、開目抄上の「此の法門は迹門と爾前と相対して爾前の強き様におぼゆ、若し爾前強るならば舎利弗等の諸の二乗は(よう)()成仏(じょうぶつ)し」であり、(もっぱ)真実をあである。

第六に本迹相対して一念三千を示すとは 六 に続く

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六巻抄 目次




by johsei1129 | 2014-11-02 19:02 | 日寛上人 六巻抄 | Trackback | Comments(0)


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