人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2019年 10月 21日

末法に日本国に於て地涌の菩薩、法華経の肝心を流布せしむ可きと断じた書【曾谷入道殿許御書】二

【曾谷入道殿許御書 本文】 その二

問うて曰く、今時の真言宗の学者等何ぞ此の義を存せざるや。答えて曰く、眉(まゆ)は近けれども見えず自の禍を知らずとは是の謂(いい)か。嘉祥大師は三論宗を捨てて天台の弟子と為る。今の末学等之を知らず、法蔵・澄観華厳宗を置いて智者に帰す。彼の宗の学者之を存せず、玄奘三蔵・慈恩大師は五性の邪義を廃して一乗の法に移る。法相の学者堅く之を諍う。
問うて曰く、其の証如何。答えて曰く、或は心を移して身を移さず、或は身を移して心を移さず、或は身心共に移し、或は身心共に移さず。其の証文は別紙に之を出す可し。此の消息の詮に非ざれば之を出さず。
 
 仏滅後に三時有り、所謂正法一千年・前の五百年には迦葉・阿難・商那和修・末田地・脇比丘等一向に小乗の薬を以て衆生の軽病を対治す。四阿含経・十誦八十誦等の諸律と相続解脱経等の三蔵を弘通して後には律宗・倶舎宗・成実宗と号する是なり。後の五百年には馬鳴菩薩・竜樹菩薩・提婆菩薩・無著菩薩・天親菩薩等の諸の大論師、初には諸の小聖の弘めし所の小乗経之を通達し、後には一一に彼の義を破失し了つて諸の大乗経を弘通す。是れ又中薬を以て衆生の中病を対治す。所謂華厳経・般若経・大日経・深密経等・三輪宗・法相宗・真言陀羅尼・禅法等なり。

 問うて曰く迦葉・阿難等の諸の小聖何ぞ大乗経を弘めざるや。答えて曰く、一には自身堪えざるが故に、二には所被の機無きが故に、三には仏より譲り与えられざるが故に、四には時来らざるが故なり。問うて曰く、竜樹・天親等何ぞ一乗経を弘めざるや。答えて曰く、四つの義有り先の如し。問うて曰く、諸の真言師の云く「仏の滅後八百年に相当つて 竜猛菩薩・月氏に出現して釈尊の顕経たる華厳・法華等を馬鳴菩薩等に相伝し大日の密経をば自ら南天の鉄塔を開拓し、面(まのあた)り大日如来と金剛薩たとに対して之を口決す。竜猛菩薩に二人の弟子有り。提婆菩薩には釈迦の顕教を伝え、竜智菩薩には大日の密教を授く。竜智菩薩は阿羅苑に隠居して人に伝えず、其の間に提婆菩薩の伝うる所の顕教は先づ漢土に渡る。其の後数年を経歴して竜智菩薩の伝うる所の秘密の教を善無畏・金剛智・不空・漢土に渡す」等云云。此の義如何。答えて曰く、一切の真言師是くの如し。又天台華厳等の諸家も一同に之を信ず、抑竜猛已前には月氏国の中には大日の三部経無しと云うか。釈迦よりの外に大日如来世に出現して三部の経を説くと云うか。顕を提婆に伝え、密を竜智に授くる証文何れの経論に出でたるぞ。此の大妄語は提婆の欺誑罪(ぎおうざい)にも過ぎ瞿伽利の誑言(おうごん)にも超ゆ。漢土日本の王位の尽き両朝の僧侶の謗法と為るの由来、専ら斯れに在らずや。然れば則ち彼の震旦既に北蕃の為に破られ、此の日域も亦西戎の為に侵されんと欲す。此等は且らく之を置く。

 像法に入つて一千年、月氏の仏法、漢土に渡来するの間、前(さき)四百年には南北の諸師異義蘭菊にして東西の仏法未だ定まらず。四百年の後、五百年の前其の中間一百年の間に南岳天台等漢土に出現して粗法華の実義を弘宣したまう。然而(されど)円慧・円定に於ては国師たりと雖も、円頓の戒場未だ之を建立せず。故に国を挙つて戒師と仰がず、六百年の已後・法相宗西天より来れり太宗皇帝之を用ゆる故に、天台法華宗に帰依するの人漸く薄し。ここにに就いて隙(すき)を得て、則天皇后の御宇に先に破られし華厳亦起つて天台宗に勝れたるの由之を称す。太宗より第八代玄宗皇帝の御宇に真言始めて月氏より来れり。所謂開元四年には善無畏三蔵の大日経・蘇悉地経、開元八年には金剛智・不空の両三蔵の金剛頂経、此くの如く三経を天竺より漢土に持ち来り。天台の釈を見聞して智発して釈を作つて大日経と法華経とを一経と為し、其の上印・真言を加えて密教と号し、之に勝るの由、結句権経を以て実経を下す。漢土の学者此の事を知らず。

 像法の末八百年に相当つて伝教大師和国に託生して華厳宗等の六宗の邪義を糾明するのみに非ず。しかのみならず南岳・天台も未だ弘めたまわざる円頓戒壇を叡山に建立す。日本一州の学者一人も残らず大師の門弟と為(な)る。但天台と真言との勝劣に於ては誑惑と知つて而も分明ならず。所詮末法に贈りたもうか。此等は傍論為るの故に且らく之を置く。吾が師伝教大師三国に未だ弘まらざるの円頓の大戒壇を叡山に建立したもう。此れ偏に上薬を持ち用いて衆生の重病を治せんと為る是なり。

 今末法に入つて二百二十余年、五濁強盛にして三災頻りに起り衆見の二濁(にじょく)国中に充満し逆謗の二輩四海に散在す。専ら一闡提の輩を仰いで棟梁と恃怙(たのみ)謗法の者を尊重して国師と為す。孔丘の孝経之を提げて父母の頭を打ち、釈尊の法華経を口に誦しながら教主に違背す。不孝国は此の国なり。勝母の閭(さと)他境に求めじ、故に青天眼(まなこ)を瞋らして此の国を睨み、黄地(こうち)は憤りを含んで大地を震う。去る正嘉元年の大地動、文永元年の大彗星、此等の夭災は仏滅後二千二百二十余年の間、月氏・漢土・日本の内に未だ出現せざる所の大難なり。彼の弗舎密多羅王の五天の寺塔を焼失し、漢土の会昌天子(えしょうてんし)の九国の僧尼を還俗せしめしに超過すること百千倍なり。大謗法の輩国中に充満し、一天に弥(はびこ)るに依つて起る所の夭災なり。
 大般涅槃経に云く「末法に入つて不孝謗法の者大地微塵の如し」取意。法滅尽経に「法滅尽の時は狗犬の僧尼・恒河沙の如し」等云云取意。今親(まのあた)り此の国を見聞するに、人毎に此の二の悪有り。此等の大悪の輩は何なる秘術を以て之を扶救(ふきゅう)せん。


【曾谷入道殿許御書 本文】 その三に続



by johsei1129 | 2019-10-21 21:38 | 曾谷入道 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/23129973
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 末法に日本国に於て地涌の菩薩、...      末法に日本国に於て地涌の菩薩、... >>