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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 05日

生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり、と断じた書【生死一大事血脈抄】

【生死一大事血脈抄(しょうじいちだいじけちみゃくしょう】
■出筆時期:文永九年(西暦1272年) 二月十一日 五十一歳 御作 弟子最蓮房に与えられた書
■出筆場所:佐渡ヶ島・塚原三昧堂にて述作
■出筆の経緯:大聖人が佐渡ヶ島流罪中の文永九年一月十六日、他宗の僧らとの法論(塚原問答)を聞いて弟子になった天台の学匠・最蓮房からの「生死一大事血脈草木成仏」に関しての問いに対してに答えた書となる。大聖人は本御書で『生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり。・・・此れより外に全く求むることなかれ・・・』と断じている。尚、最蓮房はこの年の二月始めには大聖人に帰依している。
■ご真筆: 現存しておりません。

[生死一大事血脈抄 本文]

                                               日 蓮 之を記す。

御状委細披見せしめ候い畢(おわ)んぬ。夫れ生死一大事血脈とは所謂妙法蓮華経是なり。其の故は釈迦多宝の二仏、宝塔の中にして上行菩薩に譲り給いて、此の妙法蓮華経の五字過去遠遠劫(おんのんごう)より已来(このかた)寸時も離れざる血脈なり。妙は死、法は生なり、此の生死の二法が十界の当体なり、又此れを当体蓮華とも云うなり。
 天台云く「当に知るべし依正の因果は悉(ことごと)く是れ蓮華の法なり」と云云。此の釈に依正と云うは生死なり、生死之有れば因果又蓮華の法なる事明けし。
 伝教大師云く「生死の二法は一心の妙用・有無の二道は本覚の真徳」と文。天地・陰陽・日月・五星・地獄・乃至仏果、生死の二法に非ずと云うことなし。是くの如く生死も唯妙法蓮華経の生死なり。
 天台の止観に云く「起(き)は是れ法性の起、滅(めつ)は是れ法性の滅」云云。釈迦多宝の二仏も生死の二法なり。然れば久遠実成の釈尊と、皆成仏道の法華経と、我等衆生との三つ全く差別無しと解(さと)りて、妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり。此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり。法華経を持つとは是なり。所詮(しょせん)臨終只今にありと解(さと)りて信心を致して南無妙法蓮華経と唱うる人を「是人命終為千仏授手(ぜにんみょうじゅういせんぶつじゅしゅ)、令不恐怖不堕悪趣(りょうふくふふだあくしゅ)」と説かれて候。悦ばしい哉(かな)一仏二仏に非ず、百仏二百仏に非ず、千仏まで来迎し手を取り給はん事、歓喜の感涙押え難し。法華不信の者は「其人命終入阿鼻獄(ごにんみょうじゅうにゅうあびごく)」と説かれたれば、定めて獄卒迎えに来つて手をや取り候はんずらん。浅猨(あさまし)浅、十王は裁断し倶生神は呵責せんか。

 今日蓮が弟子檀那等、南無妙法蓮華経と唱えん程の者は、千仏の手(みて)を授け給はん事、譬えば瓜夕顔(うりゆうがお)の手を出すが如くと思(おぼ)し食(め)せ。過去に法華経の結縁強盛なる故に現在に此の経を受持す、未来に仏果を成就せん事疑有るべからず。過去の生死・現在の生死・未来の生死、三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり。謗法不信の者は「即断一切世間仏種」とて、仏に成るべき種子を断絶するが故に生死一大事の血脈之無きなり。

 総じて日蓮が弟子檀那等、自他彼此の心なく、水魚の思(おもい)を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を、生死一大事の血脈とは云うなり。然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり。若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か。剰(あまつさ)え日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば、例せば城者として城を破るが如し。日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継(つ)がしめんとするに、還つて日蓮を種種の難に合せ結句此の島まで流罪す。而るに貴辺日蓮に随順し又難に値い給う事、心中思い遣(や)られて痛(いたま)しく候ぞ。金は大火にも焼けず大水にも漂(ただよ)わず朽(く)ちず、鉄は水火共に堪えず。賢人は金の如く愚人は鉄の如し、貴辺豈(あに)真金に非ずや。法華経の金を持つ故か。経に云く「衆山の中に須弥山為(これ)第一、此の法華経も亦復是くの如し」と。又云く「火も焼くこと能わず水も漂わすこと能わず」云云。過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか。釈迦多宝こそ御存知候らめ。「在在諸仏土常与師倶生(ざいざいしょぶつどじょうよしぐしょう)」よも虚事(そらごと)候はじ。

  殊に生死一大事の血脈相承の御尋ね先代未聞の事なり貴貴(とうとしとうとし)。此の文(ふみ)に委悉なり、能く能く心得させ給へ。只南無妙法蓮華経釈迦多宝上行菩薩血脈相承と修行し給へ。火は焼照(やきてらす)を以て行と為し、水は垢穢(くえ)を浄(きよむ)るを以て行と為し、風は塵埃(じんあい)を払ふを以て行と為し、又人畜草木の為に魂となるを以て行と為し、大地は草木を生ずるを以て行と為し、天は潤(うるお)すを以て行と為す。妙法蓮華経の五字も又是くの如し、本化地涌の利益是なり。
 上行菩薩・末法今の時此の法門を弘めんが為に御出現之れ有るべき由、経文には見え候へども如何が候やらん。上行菩薩出現すとやせん、出現せずとやせん。日蓮先ず粗(ほぼ)弘め候なり。相構(あいかま)え相構えて強盛の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ。生死一大事の血脈此れより外に全く求むることなかれ。煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり。信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり。委細の旨又又申す可く候。 恐恐謹言。

文永九年壬申二月十一日           桑門  日 蓮 花押
最蓮房上人御返事






by johsei1129 | 2019-10-05 16:46 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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