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2019年 11月 05日
[御義口伝 下 本文]その十二 【妙音品三箇の大事】 第一 妙音菩薩の事 御義口伝に云く、妙音菩薩とは十界の衆生なり。妙とは不思議なり。音とは一切衆生の吐く所の語言音声が妙法の音声なり。三世常住の妙音なり。所用に随つて諸事を弁ずるは慈悲なり。是を菩薩と云うなり。 又云く、妙音とは今日蓮等の類い・南無妙法蓮華経と唱え奉る事は、末法当今の不思議の音声なり。其の故は煩悩即菩提・生死即涅槃の妙音なり云云。 第二 肉髻白毫(にくけい・びゃくごう)の事 御義口伝に云く、此の二つの相好は孝順師長(こうじゅん・しちょう)より起れり。法華経を持ち奉るを以て一切の孝養の最頂(さいちょう)とせり。 又云く、此の白毫とは父の婬(いん)なり。肉髻(にくけい)とは母の婬なり。赤白(せきびゃく)二渧(たい)、今経に来つて肉髻・白毫の二相と顕れたり。 又云く肉髻は随縁真如の智なり。白毫は不変真如の理なり。今日蓮等の類い・南無妙法蓮華経と唱え奉るは此等の相好(そうごう)を具足するなり。 我等が生の始めは赤色肉髻(しゃくしき・にくけい)なり。死後の白骨は白毫相なり。生の始めの赤色は随縁真如の智。死後の白骨は不変真如の理なり。秘す可し・秘す可し云云。 第三 八万四千七宝鉢の事 御義口伝に云く、此の文は妙音菩薩、雲雷音王仏(うんらいおんのうぶつ)に奉る所の供養の鉢(はち)なり。今日蓮等の類(たぐ)い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は八万四千の鉢を三世の諸仏に供養し奉るなり。 八万四千とは我等が八万四千の塵労(じんろう)なり。南無妙法蓮華経と唱え奉る処にて八万四千の法門と顕るるなり。法華経の文字は開・結・二経を合しては八万四千なり。 又云く八とは八苦なり、四とは生老病死なり、七宝とは頭上の七穴なり、鉢とは智器なり。妙法の智水を受持するを以て鉢とは心得可きなり云云。 御義口伝に云く、無尽意とは円融(えんゆう)の三諦なり。無とは空諦、尽とは仮諦、意とは中道なり。観世音とは観は空諦、世は仮諦、音は中道なり。妙法蓮華経とは妙とは空諦、法蓮華は仮諦、経とは中道なり。三諦法性の妙理を三諦の観世音と三諦の無尽意に対して説き給うなり。 今日蓮等の類い・南無妙法蓮華経と唱え奉る者は末法の無尽意(むじんに)なり。所詮(しょせん)無とは我等が死の相なり。尽とは我等が生の相なり。意とは我等が命根なり。然る間一切の法門・境智冥合等の法門、意の一字に之を摂入(しょうにゅう)す。 此の意とは中道法性なり。法性とは南無妙法蓮華経なり。仍(よ)つて意の五字なり。我等が胎内の五位の中には第五番の形なり。其の故は第五番の姿は五輪なり。五輪即ち妙法等の五字なり。此の五字、又意の字なり。仏意とは妙法の五字なり。此の事・別に之無し。 仏の意とは法華経なり。是を寿量品にして是好良薬とて三世の諸仏の好(このみ)もの・良薬と説かれたり。森羅三千の諸法は意の一字には過ぎざるなり。此の仏の意を信ずるを信心とは申すなり。されば心は有分別なり。倶に妙法の全体なり云云。 第二 観音妙の事 御義口伝に云く、妙法の梵語は薩達摩(サダルマ)と云うなり。薩とは妙と翻ず。此の薩の字は観音の種子なり。仍(よっ)て観音法華・眼目異名(げんもくいみょう)と釈せり。 今末法に入つて日蓮等の類(たぐ)い・南無妙法蓮華経と唱え奉る事は観音の利益より天地雲泥(うんでい)せり。 所詮(しょせん)観とは円観なり。世とは不思議なり。音とは仏機なり。 観とは法界の異名なり。既に円観なるが故なり。諸法実相の観世音なれば地獄・餓鬼・畜生等の界界を不思議世界と知見するなり。音とは諸法実相なれば、衆生として実相の仏に非ずと云う事なし。 寿量品の時は十界本有と説いて無作の三身なり。観音既に法華経を頂受(ちょうじゅ)せり。然らば此の経受持の行者は観世音の利益より勝れたり云云。 第三 念念勿生疑(ねんねんもつしょうぎ)の事 御義口伝に云く、念念とは一の念は六凡なり。一の念は四聖なり。六凡四聖の利益を施(ほどこ)すなり。疑心を生ずること勿(なか)れ云云。 又云く念念とは前念後念なり。又云く妙法を念ずるに疑ひを生ず可からず云云。又三世常住の念念なり。之に依つて上の文に是故衆生念と。 今日蓮等の類い・南無妙法蓮華経と唱え奉りて・念念勿生疑の信心に住す可きなり。煩悩即菩提・生死即涅槃、疑ひ有る可からざるなり云云。 第四 二求両願の事 御義口伝に云く、二求とは求男・求女なり。求女とは世間の果報。求男とは出世の果報。仍(よ)つて現世安穏は求女の徳なり。後生善処は求男の徳なり。求女は竜女が成仏・生死即涅槃を顕すなり。求男は提婆が成仏・煩悩即菩提を顕すなり。我等が即身成仏を顕すなり。 今日蓮等の類(たぐ)い南無妙法蓮華経と唱え奉る行者は、求男求女を満足して父母の成仏決定(けつじょう)するなり云云。 第五 三十三身利益の事 御義口伝に云く、三十とは三千の法門なり。三身とは三諦の法門なり云云。 又云く、卅三身とは十界に三身づつ具すれば、十界には三十。本(もと)の三身を加うれば卅三身なり。
by johsei1129
| 2019-11-05 20:08
| 御義口伝
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