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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 05日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】十一

[御義口伝 下 本文]その十一

【嘱累品三箇の大事】

第一 從法座起の事
御義口伝に云く起とは塔中(たっちゅう)の座を起ちて塔外(とうげ)の儀式なり三摩(ま)の付嘱有るなり、三摩の付嘱とは身口意三業三諦三観と付嘱し給う事なり云云。

第二 如来是一切衆生 之大施主の事
御義口伝に云く如来とは本法不思議の如来なれば此の法華経の行者を指す可きなり、大施主の施とは末法当今流布の南無妙法蓮華経主とは上行菩薩の事と心得可きなり、然りと雖も当品は迹門付嘱の品なり上行菩薩を首として付嘱し給う間上行菩薩の御本意と見たるなり云云。

第三 如世尊勅 当具奉行の事
御義口伝に云く諸の菩薩等の誓言の文なり、諸天善神菩薩等を日蓮等の類(たぐ)い諌暁(かんぎょう)するは此の文に依るなり云云。

 【薬王品六箇の大事】

 第一 不如受持 此法華経 乃至一四句偈の事
御義口伝に云く法華経とは一経廿八品なり一四句偈(くげ)とは題目の五字と心得可きなり云云。

第二 十喩の事
御義口伝に云く十喩とは十界なり、此の山の下に地獄界を含めり、川流江河(せんるごうが)餓鬼畜生を摂(せっ)せり・日月の下(もと)に修羅(しゅら)を収めたり帝釈梵天は天界なり・凡夫人とは人間なり、声聞とは四向四果の阿羅漢なり・縁覚とは辟支仏中(ひゃくしぶつちゅう)と説かれたり、菩薩は菩薩為第一と云えり仏界は如仏為諸法王と見えたり、此の十界を十喩と挙げて教相を分別してさて妙法蓮華経の於一仏乗より分別説三する時此くの如く挙げたり、仍(よ)つて一念三千の法門なり一念三千は抜苦与楽(ばっくよらく)なり

第三 離一切苦 一切病痛 能解一切 生死之縛の事
御義口伝に云く法華の心は煩悩即菩提生死即涅槃なり、離解(りげ)の二字は此の説相に背くなり然るに離の字をば明とよむなり、本門寿量の慧眼開けて見れば本来本有の病痛苦悩なりと明らめたり仍つて自受用報身の智慧なり、解とは我等が生死は今始めたる生死に非ず本来本有の生死なり、始覚の思縛解(しばく・と)くるなり云云、離解の二字は南無妙法蓮華経なり云云。

第四 火不能焼 水不能漂の事
御義口伝に云く火とは阿鼻の炎なり水とは紅蓮(ぐれん)の氷なり、今日蓮等の類(たぐ)い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は此くの如くなるべし云云。

第五 諸余怨敵 皆悉摧滅の事
御義口伝に云く怨敵(おんてき)とは念仏・禅・真言等の謗法の人なり摧滅(ざいめつ)とは法華折伏破権門理なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る是なり云云。

第六 若人有病 得聞是経 病即消滅 不老不死の事
文句 の十に云く此に観解を須ゆべしと。
御義口伝に云く若人とは上・仏果より下・地獄の罪人まで之を摂(せっ)す可きなり、病とは三毒の煩悩・仏菩薩に於ても亦之れ有るなり、不老は釈尊不死は地涌の類たり、是は滅後当今の衆生の為に説かれたり、然らば病とは謗法なり、此の経を受持し奉る者は病即消滅疑無きなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者是なり云云。

[御義口伝 下 本文]その十二に続く


by johsei1129 | 2019-11-05 19:56 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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