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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 05日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】九

[御義口伝 下 本文]その九

【常不軽品三十箇の大事】

 第二十一 生老病死礼拝住処の事
 御義口伝に云く一切衆生生老病死を厭離(おんり)せず無常遷滅の当体に迷うに依つて後世菩提を覚知せざるなり、此(これ)を示す時煩悩即菩提生死即涅槃と教うる当体を礼拝と云うなり、左右の両の手を開く時は煩悩生死上慢不軽各別なり、礼拝する時両の手を合するは煩悩即菩提生死即涅槃なり、上慢の四衆の所具の仏性も不軽所具の仏性も一種の妙法なりと礼拝するなり云云。

 第二十二 法性礼拝住処の事
 御義口伝に云く不軽菩薩・法性真如の三因仏性・南無妙法蓮華経の廿四字に足立て無明の上慢の四衆を拝するは薀在衆生(うんざいしゅじょう)の仏性を礼拝するなり云云。

 第二十三 無明礼拝住処の事
 御義口伝に云く自他の隔意(きゃくい)を立て彼は上慢の四衆・我は不軽と云う、不軽は善人・上慢は悪人と善悪を立つるは無明なり、此(ここ)に立つて礼拝の行を成す時善悪不二・邪正一如の南無妙法蓮華経と礼拝するなり云云。

 第二十四 蓮華の二字礼拝住処の事
 御義口伝に云く蓮華とは因果の二法なり、悪因あれば悪果を感じ善因あれば善果を感ず内証には汝等三因仏性の善因あり、事に顕す時は善果と成つて皆当作仏す可しと礼拝し給うなり云云。

 第二十五 実報土礼拝住処の事
  御義口伝に云く実報土は竪(たて)の時は菩薩の住処なり、仍(よ)つて不軽菩薩の住処を実報土と定めて此(ここ)にて礼拝行を立て給う間・実報土は礼拝の住処なり云云。

 第二十六 慈悲の二字礼拝住処の事
 御義口伝に云く不軽礼拝の行は皆当作仏(かいとうさぶつ)と教うる故に慈悲なり、既に杖木瓦石を以て打擲(ちょうちゃく)すれども而強毒之(にごうどくし)するは慈悲より起れり、仏心とは大慈悲心是なりと説かれたれば礼拝の住処は慈悲なり云云。

 第二十七 礼拝住処分真即の事
 御義口伝に云く菩薩は分真即の位と定むるなり、此の位に立つて理即の凡夫を礼拝するなり之に依つて理即の凡夫なる間此の授記を受けずして無智の比丘と謗じたり云云。

 第二十八 究竟即礼拝住処の事
 御義口伝に云く凡有所見(ぼんぬしょけん)の見は仏知見なり、仏知見を以て上慢の四衆を礼拝する間究竟即を礼拝の住処と定むるなり云云。

 第二十九 法界礼拝住処の事
御義口伝に云く法界に立て礼拝するなり法界とは広きに非ず狭きに非ず惣(そう)じて法とは諸法なり界とは境界なり、地獄界乃至仏界各各界を法(のっと)る間不軽菩薩は不軽菩薩の界に法り上慢の四衆は四衆の界に法るなり、仍(よっ)て法界が法界を礼拝するなり自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり云云。

第三十 礼拝住処忍辱(にんにく)地の事
御義口伝に云く既に上慢の四衆罵詈瞋恚(めりしんに)を成して虚妄の授記と謗ずと云えども不生瞋恚と説く間忍辱地に住して礼拝の行を立つるなり云云、初の一の住処は世流布(るふ)の学者知れり後の十三箇所は当世の学者知らざる事なり云云。 已上十四箇条の礼拝の住処なり云云。

[御義口伝 下 本文]その十に続く


by johsei1129 | 2019-11-05 06:48 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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