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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 04日

末法の本仏の立場で法華経一部二十八品を直弟子日興上人に口伝した書【御義口伝 下】二

[御義口伝 下 本文]その二

寿量品二十七箇の大事】

 第五 若仏久住於世 薄徳之人 不種善根 貧窮下賤(びんぐ・げせん) 貪著(とんじゃく)五欲 入於憶想(にゅうお・おくそう) 妄見網中の事

 御義口伝に云く、此の経文は仏・世に久住したまわば、薄徳の人は善根を殖(う)ゆ可からず。然る間・妄見網中と説かれたり。所詮此の薄徳とは在世に漏れたる衆生、今・滅後日本国に生れたり。所謂念仏・禅・真言等の謗法なり。不種善根とは善根は題目なり。不種とは未だ持たざる者なり。憶想とは捨閉閣抛(しゃへいかくほう)・第三の劣等、此くの如きの憶想なり。妄とは権教、妄語の経教なり。見は邪見なり。法華最第一の一を第三と見るが邪見なり。網中とは謗法不信の家なり。今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は、かかる妄見の経・網中(もうちゅう)の家を離れたる者なり云云。

 第六 飲他毒薬(おんた・どくやく) 薬発悶乱(やくほつ・もんらん) 宛転于地(えんでん・うじ)の事

 御義口伝に云く、他とは念仏・禅・真言の謗法の比丘なり。毒薬とは権教方便なり。法華の良薬に非ず、故に悶乱するなり。悶とはいきたゆるなり。寿量品の命なきが故に悶乱するなり。宛転于地(えんでんうじ)とは阿鼻地獄へ入るなり云云。諸子飲毒の事は釈に云く「邪師の法を信受するを名けて飲毒と為す」と。諸子とは謗法なり。飲毒とは弥陀・大日等の権法なり。今日蓮等の類い・南無妙法蓮華経と唱え奉るは毒を飲まざるなり。

 第七 或失本心 或不失者(わくふ・しっしゃ)の事

 御義口伝に云く、本心を失うとは謗法なり。本心とは下種なり。不失とは法華経の行者なり。失とは本(もと)有る物を失う事なり。今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは本心を失わざるなり云云。

 第八 擣簁和合(とうし・わごう) 与子令服(よし・りょうぶく)の事

 御義口伝に云く、此の経文は空仮中の三諦・戒定慧の三学なり・色香美味の良薬なり。擣(とう)は空諦なり。簁(し)は仮諦なり。和合は中道なり。与は授与なり。子は法華の行者なり。服すると云うは受持の義なり。是を此大良薬・色香美味・皆悉具足(かいしつ・ぐそく)と説かれたり。
 皆悉の二字、万行万善・諸波羅蜜を具足したる大良薬たる南無妙法蓮華経なり。色香等とは一色一香・無非中道にして草木成仏なり。されば題目の五字に一法として具足せずと云う事なし。若し服する者は速除苦悩なり。
 されば妙法の大良薬を服するは貪瞋癡の三毒の煩悩の病患を除くなり。法華の行者南無妙法蓮華経と唱え奉る者、謗法の供養を受けざるは貪欲の病を除くなり。法華の行者、罵詈(めり)せらるゝも忍辱(にんにく)を行ずるは瞋恚(しんに)の病を除くなり。法華経の行者、是人於仏道・決定無有疑(けつじょうむうぎ)と成仏を知るは愚癡の煩悩を治するなり。
 されば大良薬は末法の成仏の甘露なり。今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは大良薬の本主なり。

 第九 毒気深入 失本心故の事

 御義口伝に云く、毒気深入とは権教謗法の執情深く入りたる者なり。之に依つて法華の大良薬を信受せざるなり。服せしむると雖も吐き出だすは而謂不美(にいふみ)とてむま(美味)からずと云う者なり。今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは而謂不美の者に非ざるなり。

 第十 是好良薬(ぜこう・ろうやく) 今留在此(こんる・ざいし) 汝可取服(にょか・しゅぶく) 勿憂不差(もっつ・ふさい)の事

 御義口伝に云く、是好良薬とは或は経教、或は舎利なり。さて末法にては南無妙法蓮華経なり。好とは三世諸仏の好み物は題目の五字なり。今留とは末法なり。此とは一閻浮提の中には日本国なり。汝とは末法の一切衆生なり。取は法華経を受持する時の儀式なり。服するとは唱え奉る事なり。
 服するより無作の三身なり。始成正覚の病患差(びょうげん・いゆ)るなり。今日蓮等の類い・南無妙法蓮華経と唱え奉る是なり。

[御義口伝 下 本文]その三に続く






by johsei1129 | 2019-11-04 18:16 | 御義口伝 | Trackback | Comments(0)
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