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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 09月 15日

法華経は一代聖教の肝心八万法蔵の拠り所と明かした書【善無畏三蔵抄】三

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[善無畏三蔵抄 本文]その三

此の釈迦如来は三の故ましまして他仏にかはらせ給ひて娑婆世界の一切衆生の有縁の仏となり給ふ、一には此の娑婆世界の一切衆生の世尊にておはします、阿弥陀仏は此の国の大王にはあらず釈迦仏は譬えば我が国の主上のごとし先ず此の国の大王を敬つて後に他国の王をば敬ふべし、天照太神・正八幡宮等は我が国の本主なり迹化の後・神と顕れさせ給ふ、此の神にそむく人・此の国の主となるべからず、されば天照太神をば鏡にうつし奉りて内侍所(ないじどころ)と号す、八幡大菩薩に勅使有つて物申しあはさせ給いき、大覚世尊は我等が尊主なり先づ御本尊と定むべし、二には釈迦如来は娑婆世界の一切衆生の父母なり、先づ我が父母を孝し後に他人の父母には及ぼすべし、例せば周の武王は父の形を木像に造つて車にのせて戦(いくさ)の大将と定めて天感を蒙(こうむ)り殷(いん)の紂王(ちゅうおう)をうつ、舜王(しゅんおう)は父の眼の盲(めしい)たるをなげきて涙をながし手をもつて・のご(拭)ひしかば本(もと)のごとく眼あきにけり、此の仏も又是くの如く我等衆生の眼をば開仏知見とは開き給いしか、いまだ他仏は開き給はず、三には此の仏は娑婆世界の一切衆生の本師なり、此の仏は賢劫第九・人寿百歳の時・中天竺・浄飯(じょうぼん)大王の御子・十九にして出家し三十にして成道し五十余年が間一代聖教を説き八十にして御入滅・舎利を留めて一切衆生を正像末に救ひ給ふ、阿弥陀如来・薬師仏・大日等は他土の仏にして此の世界の世尊にてはましまさず、此の娑婆世界は十方世界の中の最下の処・譬えば此の国土の中の獄門の如し、十方世界の中の十悪・五逆・誹謗正法の重罪・逆罪の者を諸仏如来・擯出(ひんずい)し給いしを釈迦如来・此の土にあつめ給ふ、三悪並びに無間大城に堕ちて其の苦をつぐのひて人中天上には生れたれども其の罪の余残ありてややもすれば正法を謗じ智者を罵り罪つくりやすし、例せば身子は阿羅漢なれども瞋恚(しんに)のけしきあり、畢陵(ひつりょう)は見思(けんじ)を断ぜしかども慢心の形みゆ、難陀(なんだ)は婬欲を断じても女人に交る心あり、煩悩を断じたれども余残あり何に況や凡夫にをいてをや、されば釈迦如来の御名をば能忍(のうにん)と名(なづ)けて此の土に入り給うに一切衆生の誹謗をとがめずよく忍び給ふ故なり、此等の秘術は他仏のかけ給へるところなり、阿弥陀仏等の諸仏世尊・悲願をおこさせ給いて心にははぢ(恥)をおぼしめして還つて此の界にかよひ四十八願・十二大願なんどは起させ給ふなるべし、観世音等の他土の菩薩も亦復是くの如し、仏には常平等の時は一切諸仏は差別なけれども常差別の時は各各に十方世界に土をしめて有縁(うえん)無縁を分ち給ふ、大通智勝仏の十六王子・十方に土をしめて一一に我が弟子を救ひ給ふ、其の中に釈迦如来は此土に当り給ふ我等衆生も又生を娑婆世界に受けぬ、いかにも釈迦如来の教化をばはなるべからず而りといへども人皆是を知らず委く尋ねあきらめば唯我一人能為救護(ゆいがいちにんのういくご)と申して釈迦如来の御手を離るべからず、而れば此の土の一切衆生・生死を厭ひ御本尊を崇めんとおぼしめさば必ず先ず釈尊を木画の像に顕わして御本尊と定めさせ給いて其の後力おはしまさば弥陀等の他仏にも及ぶべし。

 然るを当世聖行なき此の土の人人の仏をつくりかかせ給うに先ず他仏をさきとするは其の仏の御本意にも釈迦如来の御本意にも叶ふべからざる上世間の礼儀にもはづれて候、されば優填(うてん)大王の赤栴檀(しゃくせんだん)いまだ他仏をば・きざませ給はず、千塔王の画像も釈迦如来なり、而るを諸大乗経による人人・我が所依の経経を諸経に勝れたりと思ふ故に教主釈尊をば次さまにし給ふ、一切の真言師は大日経は諸経に勝れたりと思ふ故に此の経に詮とする大日如来を我等が有縁の仏と思ひ念仏者等は観経等を信ずる故に阿弥陀仏を娑婆有縁の仏と思ふ、当世はことに善導・法然等が邪義を正義と思いて浄土の三部経を指南とする故に十造る寺は八九は阿弥陀仏を本尊とす、在家・出家・一家・十家・百家・千家にいたるまで持仏堂の仏は阿弥陀なり、其の外木画の像・一家に千仏万仏まします大旨は阿弥陀仏なり、而るに当世の智者とおぼしき人人・是を見て・わざはひとは思はずして我が意に相叶ふ故に只称美讃歎の心のみあり、只一向悪人にして因果の道理をも弁へず一仏をも持(たも)たざる者は還つて失(とが)なきへんもありぬべし、我等が父母・世尊は主師親の三徳を備えて一切の仏に擯出せられたる我等を唯我一人・能為救護とはげませ給ふ、其の恩大海よりも深し其の恩大地よりも厚し其の恩虚空よりも広し、二つの眼をぬいて仏前に空の星の数備ふとも身の皮を剥いで百千万・天井にはるとも涙を閼伽(あか)の水として千万億劫・仏前に花を備ふとも身の肉血を無量劫・仏前に山の如く積み大海の如く湛(たと)ふとも此の仏の一分の御恩を報じ尽しがたし。

[善無畏三蔵抄 本文]その四に続く




by johsei1129 | 2019-09-15 16:42 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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