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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 27日

法華経に予知された末法の本仏としての御振舞いを明らかにした書【種種御振舞御書】 三

[種種御振舞御書 本文] その三

 さては十二日の夜・武蔵守殿のあづかりにて夜半に及び頚を切らんがために鎌倉をいでしに・わかみやこうぢにうちいでて四方に兵(つわもの)のうちつつみて・ありしかども、日蓮云く各各さわがせ給うなべちの事はなし。

 八幡大菩薩に最後に申すべき事ありとて馬よりさしをりて高声に申すやう、いかに八幡大菩薩はまことの神か、和気清丸が頚を刎られんとせし時は長(たけ)一丈の月と顕われさせ給い、伝教大師の法華経をかうぜさせ給いし時はむらさきの袈裟を御布施にさづけさせ給いき。

 今日蓮は日本第一の法華経の行者なり、其の上身に一分のあやまちなし、日本国の一切衆生の法華経を謗じて無間大城におつべきを・たすけんがために申す法門なり、又大蒙古国よりこの国をせむるならば天照太神・正八幡とても安穏におはすべきか、其の上・釈迦仏・法華経を説き給いしかば多宝仏・十方の諸仏・菩薩あつまりて日と日と月と月と星と星と鏡と鏡とをならべたるがごとくなりし時、無量の諸天並びに天竺・漢土・日本国等の善神・聖人あつまりたりし時、各各・法華経の行者にをろか(粗略)なるまじき由の誓状まいらせよと・せめられしかば一一に御誓状を立てられしぞかし。
 さるにては日蓮が申すまでもなし・いそぎいそぎこそ誓状の宿願をとげさせ給うべきに・いかに此の処には・をちあわせ給はぬぞと・たかだかと申す、さて最後には日蓮・今夜・頚切られて霊山浄土へ・まいりてあらん時はまづ天照太神・正八幡こそ起請を用いぬかみにて候いけれとさしきりて、教主釈尊に申し上げ候はんずるぞ、いた(痛)しと・おぼさば・いそぎいそぎ御計らいあるべしとて又馬にのりぬ。

 ゆいのはまに・うちいでて御りやう(霊)のまへに・いたりて又云くしばし・とのばら・これにつ(告)ぐべき人ありとて、中務(なかつかさ)三郎左衛門尉と申す者のもとへ熊王と申す童子を・つかわしたりしかば・いそぎいでぬ、今夜頚切られへ・まかるなり、この数年が間・願いつる事これなり、此の娑婆世界にして・きじ(雉)となりし時は・たかにつかまれ・ねずみとなりし時は・ねこにくらわれき、或はめこ(妻子)のかたきに身を失いし事・大地微塵より多し、法華経の御ためには一度だも失うことなし、されば日蓮貧道の身と生れて父母の孝養・心にたらず国の恩を報ずべき力なし、今度頚を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん其のあまりは弟子檀那等にはぶく(配当)べしと申せし事これなりと申せしかば、左衛門尉・兄弟四人・馬の口にとりつきて・こしごへたつの口にゆきぬ、此(ここ)にてぞ有らんずらんと・をもうところに案にたがはず兵士(つわもの)どもうちまはり・さわぎしかば、左衛門尉申すやう只今なりとなく、日蓮申すやう不かくのとのばらかな・これほどの悦びをば・わらへかし、いかに・やくそくをば・たがへらるるぞと申せし時、江のしまのかたより月のごとく・ひかりたる物まり(鞠)のやうにて辰巳のかたより戌亥のかたへ・ひかりわたる、十二日の夜のあけぐれ(昧爽)人の面(おもて)も・みへざりしが物のひかり月よ(夜)のやうにて人人の面もみなみゆ、太刀取目くらみ・たふれ臥し兵共(つわものども)おぢ怖れ・けうさめて一町計りはせのき、或は馬より・をりて・かしこまり或は馬の上にて・うずく(蹲踞)まれるもあり、日蓮申すやう・いかにとのばら・かかる大禍ある召人(めしうど)にはとをのくぞ近く打ちよれや打ちよれやと・たかだかと・よばわれども・いそぎよる人もなし、さてよ(夜)あけば・いかにいかに頚切(くびきる)べくはいそぎ切るべし夜明けなばみぐるしかりなんと・すすめしかども・とかくのへんじもなし。

 はるか計りありて云くさがみのえち(依智)と申すところへ入らせ給へと申す、此れは道知る者なし・さきうち(先打)すべしと申せどもうつ人もなかりしかば・さてやすらうほどに或兵士(もののふ)の云く・それこそその道にて候へと申せしかば道にまかせてゆく、午の時計りにえちと申すところへ・ゆきつきたりしかば本間六郎左衛門がいへに入りぬ、さけとりよせて・もののふどもに・のませてありしかば各かへるとて・かうべをうなた(低頭)れ手をあさへて申すやう、このほどは・いかなる人にてや・をはすらん・我等がたのみて候・阿弥陀仏をそしらせ給うと・うけ給われば・にくみまいらせて候いつるに・まのあたりをが(拝)みまいらせ候いつる事どもを見て候へば・たうとさに・としごろ申しつる念仏はすて候いぬとて・ひうちぶくろ(火打袋)よりすず(球数)とりいだして・すつる者あり、今は念仏申さじと・せいじやうをたつる者もあり、六郎左衛門が郎従等・番をばうけとりぬ、さえもんのじようも・かへりぬ。

 其の日の戌の時計りにかまくらより上(かみ)の御使とてたてぶみ(立文)をもちて来ぬ、頚切れという・かさねたる御使かと・もののふどもは・をもひてありし程に六郎左衛門が代官右馬のじようと申す者・立ぶみもちて・はしり来りひざまづひて申す、今夜にて候べし・あらあさましやと存じて候いつるに・かかる御悦びの御ふみ来りて候、武蔵守殿は今日・卯の時にあたみの御ゆ(湯)へ御出で候へば・いそぎ・あやなき事もやと・まづこれへはしりまいりて候と申す、かまくらより御つかいは二(ふた)時にはしりて候、今夜の内にあたみの御ゆへ・はしりまいるべしとて・まかりいでぬ、追状に云く此の人はとが(失)なき人なり今しばらくありてゆる(赦)させ給うべし・あやまち(過)しては後悔あるべしと云云。

[種種御振舞御書 本文] その四に続く




by johsei1129 | 2019-10-27 16:36 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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