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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 11月 30日

月氏国から東に渡ってきた仏法は、日出ずる国・日本から西に広まっていくことを示した書【諫暁八幡抄】二

[諫暁八幡抄 本文]その二

 然るに月氏より漢土に経を渡せる訳人(やくにん)は一百八十七人なり。其の中に羅什(らじゅう)三蔵一人を除きて前後の一百八十六人は純乳に水を加へ、薬に毒を入れたる人人なり。此の理を弁へざる一切の人師・末学等、設い一切経を読誦し・十二分経を胸に浮べたる様なりとも生死を離る事かたし。又現在に一分のしるしある様なりとも天地の知る程の祈(いのり)とは成る可からず。魔王・魔民等、守護を加えて法に験(しるし)の有様(あるよう)なりとも、終(つい)には其の身も檀那も安穏なる可からず。譬へば旧医の薬に毒を雑へて・さしをけるを、旧医の弟子等・或は盗み取り・或は自然に取りて人の病を治せんが如し。いかでか安穏なるべき。
 
 当世日本国の真言等の七宗並びに浄土・禅宗等の諸学者等、弘法・慈覚・智証等の法華経最第一の醍醐に、法華第二・第三等の私の水を入れたるを知らず。仏説の如くならば、いかでか一切倶失(くしつ)の大科を脱れん。大日経は法華経より劣る事七重なり、而るを弘法等・顛倒(てんどう)して大日経最第一と定めて日本国に弘通せるは、法華経一分の乳に大日経七分の水を入れたるなり。水にも非ず・乳にも非ず、大日経にも非ず・法華経にも非ず、而も法華経に似て大日経に似たり。

 大覚世尊此の事を涅槃経に記して云く「我が滅後に於て正法・将に滅尽せんと欲す。爾の時に多く悪を行ずる比丘有らん。乃至牧牛女(もくごにょ)の如く、乳を売るに多利を貪らんと欲するを為(もっ)ての故に二分の水を加う。乃至此の乳・水多し。爾の時に是の経閻浮提(えんぶだい)に於て当に広く流布すべし。是の時に当に諸の悪比丘有りて是の経を鈔略(しょうりゃく)し分かって多分と作し、能く正法の色香美味を滅すべし。是の諸の悪人・復是くの如き経典を読誦すと雖も・如来の深密の要義を滅除せん。乃至前(さき)を鈔(とり)て後(あと)に著(つ)け、後を鈔て前に著け、前後を中に著け、中を前後に著けん。当に知るべし是くの如きの諸の悪比丘は・是れ魔の伴侶なり」等云云。

 今日本国を案ずるに、代始まりて已に久しく成りぬ。旧き守護の善神は定めて福も尽き・寿も減じ・威光勢力も衰えぬらん。仏法の味をなめてこそ威光勢力も増長すべきに、仏法の味は皆たが(違)ひぬ、齢はたけぬ。争でか国の災ひを払い、氏子をも守護すべき。其の上謗法の国にて候を・氏神なればとて大科をいましめずして守護し候へば、仏前の起請(きしょう)を毀(やぶ)る神なり。しかれども氏子なれば愛子の失(とが)のやうに・すてずして守護し給いぬる程に、法華経の行者をあだむ国主・国人等を・対治を加えずして守護する失(とが)に依りて・梵釈等のためには八幡等は罰せられ給いぬるか。此事は一大事なり、秘すべし秘すべし。
 有る経の中に仏・此の世界と他方の世界との梵釈・日月・四天・竜神等を集めて、我が正像末の持戒・破戒・無戒等の弟子等を第六天の魔王・悪鬼神等が人王・人民等の身に入りて悩乱せんを、見乍(なが)ら・聞き乍ら・治罰せずして須臾(しゅゆ)もすごすならば、必ず梵釈等の使ひをして四天王に仰せつけて治罰を加うべし。若し氏神・治罰を加えずば梵釈・四天等も守護神に治罰を加うべし。梵釈又かくのごとし。梵釈等は必ず此の世界の梵釈・日月・四天等を治罰すべし。若し然らずんば三世の諸仏の出世に漏れ、永く梵釈等の位を失いて無間大城に沈むべしと・釈迦多宝十方の諸仏の御前にして起請(きしょう)を書き置かれたり。

 今之を案ずるに、日本小国の王となり・神となり給うは小乗には三賢の菩薩、大乗には十信、法華には名字五品の菩薩なり。何なる氏神有りて無尽の功徳を修すとも、法華経の名字を聞かず・一念三千の観法を守護せずんば、退位の菩薩と成りて永く無間大城に沈み候べし。故に扶桑(ふそう)記に云く「又伝教大師・八幡大菩薩の奉為(おんため)に神宮寺に於て自ら法華経を講ず。乃(すなわ)ち聞き竟(おわり)て大神・託宣すらく、我法音を聞かずして久しく歳年を歴(へ)る。幸い和尚に値遇して正教を聞くことを得たり。兼ねて我がために種種の功徳を修す。至誠随喜す。何ぞ徳を謝するに足らん。兼ねて我が所持の法衣有りと。即ち託宣の主・自ら宝殿を開いて手(てずか)ら紫の袈裟(けさ)一つ・紫の衣一つを捧げ・和尚に奉上(ぶじょう)す。大悲力の故に幸ひに納受を垂れ給えと。是の時に禰宜(ねぎ)・祝(はぶり)等、各歎異して云く、元来是の如きの奇事を見ず・聞かざるかな。此の大神施し給う所の法衣・今山王院に在るなり」云云。
 今謂く八幡は人王第十六代・応神天皇なり。其の時は仏経無かりしかば・此に袈裟衣(けさ・ころも)有るべからず。人王第三十代・欽明天皇の治三十二年に神と顕れ給い、其れより已来(このかた)弘仁五年までは禰宜・祝等、次第に宝殿を守護す。何(いずれ)の王の時、此の袈裟を納めけると意(こころ)へし。而して禰宜等云く、元来見ず・聞かず等云云。此の大菩薩いかにしてか此の袈裟・衣は持ち給いけるぞ。不思議なり・不思議なり。

 又欽明より已来(このかた)・弘仁五年に至るまでは、王は二十二代・仏法は二百六十余年なり。其の間に三論・成実・法相・倶舎・華厳・律宗・禅宗等の六宗七宗、日本国に渡りて八幡大菩薩の御前にして経を講ずる人人・其の数を知らず。又法華経を読誦する人も争でか無からん。又八幡大菩薩の御宝殿の傍(かたわ)らには神宮寺と号して法華経等の一切経を講ずる堂・大師より已前に是あり。其の時・定めて仏法を聴聞し給いぬらん。何ぞ今始めて我法音を聞かずして久しく年歳を歴る等と託宣し給ふべきや。幾(いくば)くの人人か法華経・一切経を講じ給いけるに、何ぞ此の御袈裟・衣をば進らさせ給はざりけるやらん。
 当に知るべし、伝教大師已前は法華経の文字のみ読みけれども・其の義はいまだ顕れざりけるか。去ぬる延暦二十年十一月の中旬の比(ころ)、伝教大師・比叡山にして南都・七大寺の六宗の碩徳(せきとく)・十余人を奉請して法華経を講じ給いしに、弘世(ひろよ)・真綱(まつな)等の二人の臣下・此の法門を聴聞してなげいて云く「一乗の権滞を慨(なげ)き、三諦の未顕を悲しむ」又云く「長幼三有の結を摧破(さいは)し、猶未だ歴劫(りゃっこう)の轍(てつ)を改めず」等云云。
 其の後・延暦二十一年正月十九日に高雄寺(たかおでら)に主上(しゅじょう)・行幸ならせ給いて六宗の碩徳と伝教大師とを召し合はせられて宗の勝劣を聞(き)こし食(め)ししに、南都の十四人皆口(くち)を閉ぢて鼻のごとくす、後に重ねて怠状(たいじょう)を捧げたり。其の状に云く「聖徳の弘化より以降(このか)た、今に二百余年の間・講ずる所の経論其の数多し、彼れ此れ理を争い、其の疑ひ未だ解けず。而も此の最妙の円宗・猶未だ闡揚(せんよう)せず」等云云、此れをもつて思うに伝教大師已前には法華経の御心いまだ顕れざりけるか。八幡大菩薩の見ず聞かずと御託宣有りけるは指(さす)なり・指なり、白(あきらか)なり白なり。

 法華経第四に云く「我が滅度の後に・能(よ)く竊(ひそか)に一人の為にも法華経を説かん。当に知るべし、是の人は則ち如来の使ひなり、乃至如来則ち衣を以て之れを覆(おお)い給うべし」等云云。当来の弥勒仏(みろくぶつ)は法華経を説き給うべきゆへに・釈迦仏は大迦葉(かしょう)尊者を御使ひとして衣を送り給ふ。又伝教大師は仏の御使ひとして法華経を説き給うゆへに・八幡大菩薩を使ひとして衣を送り給うか。
 又此の大菩薩は伝教大師已前には加水の法華経を服して・をはしましけれども、先生(せんしょう)の善根に依つて大王と生れ給いぬ。其の善根の余慶(よけい)・神と顕れて此の国を守護し給いけるほどに、今は先生の福の余慶も尽きぬ、正法の味も失せぬ、謗法(ほうぼう)の者等・国中に充満して年久しけれども、日本国の衆生に久く仰がれてなじみ(親近)せし、大科あれども捨てがたく・をぼしめし、老人の不幸の子を捨てざるが如くして天のせめに合い給いぬるか。
 又此の袈裟は法華経最第一と説かん人こそ・かけまいらせ給うべきに、伝教大師の後は第一の座主(ざす)義真和尚・法華最第一の人なれば・かけさせ給う事・其の謂(いわれ)あり、第二の座主・円澄大師は伝教大師の御弟子なれども又弘法大師の弟子なり。すこし謗法ににたり。此の袈裟の人には有らず。第三の座主・円仁慈覚大師は名は伝教大師の御弟子なれども心は弘法大師の弟子・大日経第一・法華経第二の人なり。此の袈裟は一向にかけがたし。設(たと)いかけたりとも法華経の行者にはあらず。
 其の上又当世の天台座主は一向真言の座主なり。又当世の八幡の別当は或は園城寺の長吏、或は東寺の末流なり。此れ等は遠くは釈迦・多宝・十方の諸仏の大怨敵(おんてき)、近くは伝教大師の讐敵(しゅうてき)なり。譬へば提婆達多(だいばだった)が大覚世尊の御袈裟をかけたるがごとし。又猟師が仏衣を被(き)て師子の皮をは(剥)ぎしがごとし。当世叡山の座主は伝教大師の八幡大菩薩より給(たび)て候し御袈裟をかけて法華経の所領を奪ひ取りて真言の領となせり。譬へば阿闍世王の提婆達多を師とせしがごとし。

[諫暁八幡抄 本文]その三に続く




by johsei1129 | 2019-11-30 10:16 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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