人気ブログランキング |

日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2014年 04月 01日

末法の本尊とは「法華経の題目を以て本尊とすべし」と明らかにした書【本尊問答抄】その二

[本尊問答抄 本文] その二
問うて云く法華経を本尊とすると大日如来を本尊とするといづれか勝るや、答う弘法大師・慈覚大師・智証大師の御義の如くならば大日如来はすぐれ法華経は劣るなり。
問う其の義如何、答う弘法大師の秘蔵宝鑰十住心に云く「第八法華・第九華厳・第十大日経」等云云。是は浅きより深きに入る、慈覚大師の金剛頂経の疏・蘇悉地経の疏・智証大師の大日経の旨帰等に云く「大日経第一・法華経第二」等云云。
問う汝が意如何、答う釈迦如来・多宝仏・総じて十方の諸仏の御評定に云く已今当の一切経の中に法華最為第一なり云云。

問う今日本国中の天台・真言等の諸僧並びに王臣・万民疑つて云く日蓮法師めは弘法・慈覚・智証大師等に勝るべきか如何、答う日蓮反詰して云く弘法・慈覚・智証大師等は釈迦・多宝・十方の諸仏に勝るべきか是一、今日本の国王より民までも教主釈尊の御子なり釈尊の最後の御遺言に云く「法に依つて人に依らざれ」等云云、法華最第一と申すは法に依るなり、然るに三大師等に勝るべしやとの給ふ諸僧・王臣・万民・乃至所従牛馬等にいたるまで不孝の子にあらずや是二、問う弘法大師は法華経を見給はずや、答う弘法大師も一切経を読み給へり、其の中に法華経・華厳経・大日経の浅深・勝劣を読み給うに法華経を読給う様に云く文殊師利此の法華経は諸仏如来秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の下に在り、又読み給う様に云く薬王今汝に告ぐ我が所説の諸経あり而も此の経の中に於て法華最第三云云、又慈覚智証大師の読み給う様に云く諸経の中に於て最も其の中に在り又最為第二等云云、釈迦如来・多宝仏・大日如来・一切の諸仏・法華経を一切経に相対して説いての給はく法華最第一、又説いて云く法華最も其の上に在り云云、所詮釈迦十方の諸仏と慈覚・弘法等の三大師といづれを本とすべきや、但し事を日蓮によせて釈迦・十方の諸仏には永く背きて三大師を本とすべきか如何。

問う弘法大師は讃岐の国の人勤操僧正の弟子なり、三論・法相の六宗を極む、去る延暦二十三年五月桓武天皇の勅宣を帯びて漢土に入り順宗皇帝の勅に依りて青竜寺に入りて慧果和尚に真言の大法を相承し給へり慧果和尚は大日如来よりは七代になり給う人はかはれども法門はをなじ譬えば瓶の水を猶瓶にうつすがごとし、大日如来と金剛薩た・竜猛・竜智・金剛智・不空・慧果・弘法との瓶は異なれども所伝の智水は同じ真言なり此の大師・彼の真言を習いて三千の波涛をわたりて日本国に付き給うに平城・嵯峨・淳和の三帝にさづけ奉る、去る弘仁十四年正月十九日に東寺を建立すべき勅を給いて真言の秘法を弘通し給う然らば五畿・七道・六十六箇国・二の島にいたるまでも鈴(れい)をとり杵(しょ)をにぎる人たれかこの末流にあらざるや。

 又慈覚大師は下野の国の人・広智菩薩の弟子なり、大同三年・御歳十五にして伝教大師の御弟子となりて叡山に登りて十五年の間・六宗を習い法華真言の二宗を習い伝え承和五年御入唐・漢土の会昌天子の御宇なり、法全・元政・義真・法月・宗叡・志遠等の天台・真言の碩学に値い奉りて顕密の二道を習い極め給う、其の上殊に真言の秘教は十年の間功を尽し給う大日如来よりは九代なり嘉祥元年・仁明天皇の御師なり、仁寿・斉衡に金剛頂経・蘇悉地経の二経の疏を造り叡山に総持院を建立して第三の座主となり給う天台の真言これよりはじまる。

 又智証大師は讃岐の国の人・天長四年・御年十四・叡山に登り義真和尚の御弟子となり給う、日本国にては義真・慈覚・円澄・別当等の諸徳に八宗を習い伝え去る仁寿元年に文徳天皇の勅を給いて漢土に入り宣宗皇帝の大中年中に法全良しょ和尚等の諸大師に七年の間・顕密の二教習い極め給いて去る天安二年に御帰朝・文徳・清和等の皇帝の御師なり、何れも現の為当の為月の如く日の如く代代の明主・時時の臣民・信仰余り有り帰依怠り無し故に愚癡の一切偏に信ずるばかりなり誠に法に依つて人に依らざれの金言を背かざるの外は争か仏によらずして弘法等の人によるべきや、所詮其の心如何、答う夫れ教主釈尊の御入滅一千年の間・月氏に仏法の弘通せし次第は先五百年は小乗・後の五百年は大乗・小大・権実の諍はありしかども顕密の定めはかすかなりき、像法に入りて十五年と申せしに漢土に仏法渡る始は儒道と釈教と諍論して定めがたかりきされども仏法やうやく弘通せしかば小大・権実の諍論いできたる、されどもいたくの相違もなかりしに、漢土に仏法渡りて六百年・玄宗皇帝の御宇善無畏・金剛智・不空の三三蔵・月氏より入り給いて後・真言宗を立てしかば、華厳・法華等の諸宗は以ての外にくだされき上一人自り下万民に至るまで真言には法華経は雲泥なりと思いしなり、其の後・徳宗皇帝の御宇に妙楽大師と申す人真言は法華経にあながちにをとりたりとおぼしめししかども、いたく立てる事もなかりしかば法華・真言の勝劣を弁える人なし。

[本尊問答抄 本文] その三に続く





by johsei1129 | 2014-04-01 20:18 | 御書十大部(五大部除く) | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://nichirengs.exblog.jp/tb/21688728
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 末法の本尊とは「法華経の題目を...      末法の本尊とは「法華経の題目を... >>