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日蓮大聖人『御書』解説

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2019年 10月 20日

末法の法華経流布を予見した釈尊の未来記と合わせ、末法の本仏としての未来記を明かした書【顕仏未来記】

【顕仏未来記(けんぶつみらいき】
■出筆時期:文永十年五月十一日(西暦1273年)、日蓮大聖人52歳御作。
■出筆場所:佐渡ヶ島 一谷(いちのさわ)入道の屋敷にて。
■出筆の経緯:本文中に「世の人疑い有らば委細の事は弟子に之を問え」とある。本書を出筆された佐渡では同時期、すでに弟子にあてて「開目抄」をしたため、自身が末法の本仏であることを深く掘り下げた法門として示している。恐らく本書は檀那(出家しない世俗の信徒)にあて、より平易に自身が法華経に記されてる末法の本仏であることを示したものと考えられる。
■ご真筆:身延山久遠寺 曽存(明治8年の大火で焼失)

[顕仏未来記 本文] 

沙門 日蓮 之を勘う

法華経の第七に云く「我が滅度の後・後の五百歳の中に閻浮提(えんぶだい)に広宣流布(こうせんるふ)して断絶せしむること無けん」等云云、予一たびは歎いて云く仏滅後既に二千二百二十余年を隔つ何なる罪業に依つて仏の在世に生れず正法の四依(しえ)・像法(ぞうほう)の中の天台・伝教等にも値(あ)わざるやと、亦一たびは喜んで云く何なる幸あつて後五百歳に生れて此の真文(しんもん)を拝見することぞや、在世も無益(むやく)なり前四味(ぜんしみ)の人は未だ法華経を聞かず正像(しょうぞう)も又由し無し南三北七並びに華厳真言(けごんしんごん)等の学者は法華経を信ぜず、天台大師云く「後の五百歳遠く妙道(みょうどう)に沾(うる)おわん」等云云広宣流布の時を指すか、伝教大師云く「正像稍(やや)過ぎ已(おわ)つて末法太(はなは)だ近きに有り」等云云末法の始を願楽(がんぎょう)するの言(ことば)なり、時代を以て果報を論ずれば竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん)に超過し天台・伝教にも勝るるなり。

問うて云く後五百歳は汝一人に限らず何ぞ殊に之を喜悦せしむるや、答えて云く法華経の第四に云く「如来の現在にすら猶怨嫉(なおおんしつ)多し況や滅度の後をや」文、天台大師云く「何に況や未来をや理・化し難きに在り」文、妙楽大師云く「理在難化(りざいなんげ)とは此の理を明すことは意(こころ)・衆生の化(け)し難きを知らしむるに在り」文、智度法師(ちどほっし)云く「俗に良薬口に苦しと言うが如く此の経は五乗(ごじょう)の異執(いしゅう)を廃して一極(いちごく)の玄宗(げんしゅう)を立つ、故に凡(ぼん)を斥(しり)ぞけ聖を呵し大を排(はい)し小を破る乃至此くの如きの徒悉(ことごと)く留難(るなん)を為す」等云云。

伝教大師云く「代を語れば則ち像の終り末の始・地を尋れば唐の東・羯(かつ)の西、人を原(たずぬ)れば則ち五濁(ごじょく)の生・闘諍(とうじょう)の時なり、経に云く猶多怨嫉(ゆたおんしつ)・況滅度後(きょうめつどご)と此の言良(ことば・まこと)に以(ゆえ)有るなり」等云云、此の伝教大師の筆跡は其の時に当るに似たれども意は当時を指すなり、正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有りの釈は心有るかな、経に云く「悪魔・魔民・諸天竜・夜叉(やしゃ)・鳩槃荼(くはんだ)等其の便(たよ)りを得ん」云云、言う所の等とは此の経に又云わく「若は夜叉・若は羅刹(らせつ)・若は餓鬼・若は富単那(ふたんな)・若は吉遮(きっしゃ)・若は毘陀羅(びだら)・若は犍駄(けんだ)・若は烏摩勒伽(うまろぎゃ)・若は阿跋摩羅(あばつまら)・若は夜叉吉遮(やしゃきっしゃ)・若は人吉遮(にんきっしゃ)」等云云、此の文の如きは先生(せんしょう)に四味三教・乃至外道(げどう)・人天等の法を持得して今生(こんじょう)に悪魔・諸天・諸人等の身を受けたる者が円実の行者を見聞して留難を至すべき由を説くなり。

疑つて云く正像(しょうぞう)の二時を末法に相対するに時と機と共に正像は殊に勝るるなり、何ぞ其の時機を捨てて偏(ひとえ)に当時を指すや、答えて云く仏意測(ぶっちはか)り難し予未だ之を得ず、試みに一義を案じ小乗経を以て之を勘(かんが)うるに正法千年は教行証(きょうぎょうしょう)の三つ具(つぶ)さに之を備う、像法千年には教行のみ有つて証無し、末法には教のみ有つて行証無し等云云。

法華経を以て之を探るに正法千年に三事を具するは在世に於て法華経に結縁(けちえん)する者か、其の後正法に生れて小乗の教行を以て縁と為し小乗の証を得るなり。像法に於ては在世の結縁微薄(けちえんびはく)の故に小乗に於て証すること無く此の人・権大乗(ごんだいじょう)を以て縁と為して十方の浄土(じょうど)に生ず。

末法(まっぽう)に於ては大小の益共に之無し、小乗には教のみ有つて行証無し、大乗には教行のみ有つて冥顕(みょうけん)の証之無し、其の上正像の時の所立の権小(ごんしょう)の二宗・漸漸・末法に入て執心弥強盛(しゅうしん・いよいよ・ごうじょう)にして小を以て大を打ち権を以て実を破り国土に大体謗法(ほうぼう)の者充満するなり。

仏教に依つて悪道に堕する者は大地微塵(みじん)よりも多く正法を行じて仏道を得る者は爪上(そうじょう)の土よりも少きなり。此の時に当つて諸天善神其の国を捨離(しゃり)し但邪天・邪鬼等有つて王臣・比丘・比丘尼等の身心に入住し、法華経の行者を罵詈(めり)・毀辱(きにく)せしむべき時なり。

爾(しか)りと雖も仏の滅後に於て四味・三教等の邪執(じゃしゅう)を捨て実大乗の法華経に帰せば、諸天善神並びに地涌千界等の菩薩・法華の行者を守護せん、此の人は守護の力を得て本門の本尊・妙法蓮華経の五字を以て閻浮堤に広宣流布せしめんか。例せば威音王仏(いおんのうぶつ)の像法の時・不軽菩薩(ふきょうぼさつ)・我深敬(がじんきょう)等の二十四字を以て彼の土に広宣流布し一国の杖木(じょうもく)等の大難を招きしが如し、彼の二十四字と此の五字と其の語殊なりと雖も其の意是れ同じ、彼の像法の末と是の末法の初と全く同じ。彼の不軽菩薩は初随喜(しょずいき)の人、日蓮は名字(みょうじ)の凡夫(ぼんぷ)なり。

疑つて云く何を以て之を知る汝を末法の初の法華経の行者なりと為すと云うことを、答えて云く法華経に云く「況んや滅度の後をや」又云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈(あっくめり)等し及び刀杖(とうじょう)を加うる者あらん」又云く「数数擯出(しばしばひんずい)せられん」又云く「一切世間怨(あだ)多くして信じ難し」又云く「杖木瓦石(じょうもくがしゃく)をもつて之を打擲(ちょうちゃく)す」又云く「悪魔・魔民・諸天竜・夜叉(やしゃ)・鳩槃荼(くはんだ)等其の便りを得ん」等云云、此の明鏡(めいきょう)に付いて仏語を信ぜしめんが為に、日本国中の王臣・四衆の面目に引き向えたるに予よりの外には一人も之無し。

時を論ずれば末法の初め一定(いちじょう)なり、然る間若し日蓮無くんば仏語は虚妄(こもう)と成らん、難じて云く汝は大慢(だいまん)の法師にして大天に過ぎ四禅比丘(しぜんびく)にも超えたり如何、答えて云く汝日蓮を蔑如(べつじょ)するの重罪又提婆達多(だいばだった)に過ぎ無垢論師(むくろんし)にも超えたり、我が言は大慢に似たれども仏記(ぶっき)を扶(たす)け如来の実語を顕さんが為なり、然りと雖も日本国中に日蓮を除いては誰人を取り出して法華経の行者と為さん、汝日蓮を謗(そし)らんとして仏記を虚妄にす豈(あに)大悪人に非ずや。

疑つて云く如来の未来記汝に相当れり、但し五天竺(てんじく)並びに漢土等にも法華経の行者之有るか如何、答えて云く四天下(してんげ)の中に全く二の日無し四海の内豈(あに)両主有らんや、疑つて云く何を以て汝之を知る、答えて云く月は西より出でて東を照し日は東より出でて西を照す、仏法も又以て是くの如し正像には西より東に向い末法には東より西に往く、妙楽大師(みょうらくだいし)の云く「豈中国に法を失いて之を四維(しい)に求むるに非ずや」等云云、天竺に仏法無き証文なり、漢土に於て高宗(こうそう)皇帝の時北狄東京(ほくてき・とんきん)を領して今に一百五十余年仏法王法共に尽き了んぬ、漢土の大蔵の中に小乗経は一向之れ無く大乗経は多分之を失す、日本より寂照(じゃくしょう)等少少之を渡す然りと雖も伝持の人無れば猶木石(もくせき)の衣鉢(えはつ)を帯持(たいじ)せるが如し、故に遵式(じゅんしき)の云く「始西より伝う猶月の生ずるが如し今復(また)東より返る猶日の昇るが如し」等云云、此等の釈の如くんば天竺漢土に於て仏法を失せること勿論なり。

問うて云く月氏漢土(がっし・かんど)に於て仏法無きことは之を知れり、東西北の三洲に仏法無き事は何を以て之を知る、答えて云く法華経の第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」等云云、内の字は三洲を嫌う文なり、問うて曰く仏記既に此くの如し汝が未来記如何、答えて曰く仏記に順じて之を勘うるに既に後五百歳の始に相当れり仏法必ず東土の日本より出づべきなり、其の前相必ず正像に超過せる天変地夭(てんぺんちよう)之れ有るか、所謂仏生(ぶっしょう)の時・転法輪(てんぽうりん)の時・入涅槃(にゅうねはん)の時、吉瑞(きちずい)・凶瑞(きょうずい)共に前後に絶えたる大瑞なり。

仏は此れ聖人の本なり、経経の文を見るに仏の御誕生の時は五色の光気・四方に遍くして夜も昼の如し、仏御入滅の時には十二の白虹(はくこう)・南北に亘り大日輪光り無くして闇夜の如くなりし。其の後正像二千年の間・内外(ないげ)の聖人・生滅有れども此の大瑞(だいずい)には如かず、而るに去ぬる正嘉(しょうか)年中より今年に至るまで或は大地震・或は大天変・宛(あた)かも仏陀(ぶつだ)の生滅の時の如し、当に知るべし仏の如き聖人生れたまわんか。大虚(おおぞら)に亘つて大彗星(ほうきぼし)出づ、誰の王臣を以て之に対せん、当瑞(とうずい)大地を傾動して三たび振裂(しんれつ)す、何れの聖賢を以て之に課(おお)せん。

当に知るべし通途(つうず)世間の吉凶の大瑞には非ざるべし、惟(こ)れ偏(ひとえ)に此の大法興廃の大瑞なり。天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り、華の盛なるを見て池の深きを知る」等云云、妙楽の云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云。

日蓮此の道理を存して既に二十一年なり、日来(ひごろ)の災・月来(つきごろ)の難・此の両三年の間の事既に死罪に及ばんとす、今年・今月万が一も脱がれ難き身命(しんみょう)なり、世の人疑い有らば委細(いさい)の事は弟子に之を問え、幸なるかな一生の内に無始(むし)の謗法(ほうぼう)を消滅せんことを、悦ばしいかな未だ見聞せざる教主釈尊に侍(つか)え奉らんことよ。願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん、我を扶(たす)くる弟子等をば釈尊に之を申さん、我を生める父母等には未だ死せざる已前(いぜん)に此の大善を進めん、但し今夢の如く宝塔品(ほうとうほん)の心を得たり。

此の経に云く「若し須弥(しゅみ)を接(と)つて他方の無数の仏土(ぶつど)に擲(な)げ置かんも亦未だ為(これ)難しとせず、乃至若し仏の滅後に悪世の中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為(これ)難し」等云云。
伝教大師云く「浅きは易く深きは難しとは釈迦の所判なり、浅きを去つて深きに就くは丈夫の心なり、天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦(しんたん)に敷揚(ふよう)し・叡山の一家は天台に相承(そうじょう)し法華宗を助けて日本に弘通す」等云云、安州の日蓮は恐くは三師に相承し法華宗を助けて末法に流通す、三に一を加えて三国四師と号(なず)く、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。

文永十年太歳癸酉後(たいさい・みずのととり・のちの)五月十一日 桑門日蓮之を記す





by johsei1129 | 2019-10-20 12:35 | 重要法門(十大部除く) | Trackback | Comments(0)
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