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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 03月 18日

末法において報恩とは「妙法蓮華経」を説き仏身に入らしめる事であることをあかした書『報恩抄』 その六

[報恩抄 本文] その六
 問うて云く此の法実にいみじくばなど迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親・南岳・天台・妙楽・伝教等は善導が南無阿弥陀仏とすすめて漢土に弘通せしがごとく、慧心・永観・法然が日本国を皆阿弥陀仏になしたるがごとく・すすめ給はざりけるやらん、答えて云く此の難は古の難なり今はじめたるにはあらず、馬鳴・竜樹菩薩等は仏の滅後・六百年・七百年等の大論師なり、此の人人世にいでて大乗経を弘通せしかば諸諸の小乗の者・疑つて云く迦葉・阿難等は仏の滅後・二十年・四十年住寿し給いて正法をひろめ給いしは如来一代の肝心をこそ弘通し給いしか、而るに此の人人は但苦・空・無常・無我の法門をこそ詮とし給いしに今・馬鳴・竜樹等かしこしといふとも迦葉・阿難等にはすぐべからず是一、迦葉は仏にあひまいらせて解をえたる人なり、此の人人は仏にあひたてまつらず是二、外道は常・楽・我・浄と立てしを仏・世に出でさせ給いて苦・空・無常・無我と説かせ給いき、此のものどもは常楽我浄といへり、されば仏も御入滅なり又迦葉等もかくれさせ給いぬれば第六天の魔王が此のものどもが身に入りかはりて仏法をやぶり外道の法となさんとするなり、されば仏法のあだをば頭をわれ頚をきれ命をたて食を止めよ国を追へと諸の小乗の人人申せしかども馬鳴・竜樹等は但・一二人なり昼夜に悪口の声をきき朝暮に杖木をかうふりしなり、而れども此の二人は仏の御使ぞかし、正く摩耶経には六百年に馬鳴出で七百年に竜樹出でんと説かれて候、其の上楞伽経等にも記せられたり又付法蔵経には申すにをよばず、されども諸の小乗のものどもは用いず但めくらぜめにせめしなり、如来現在・猶多怨嫉・況滅度後の経文は此の時にあたりて少しつみしられけり、提婆菩薩の外道にころされ師子尊者の頚をきられし此の事をもつて・おもひやらせ給へ。

 又仏滅後・一千五百余年にあたりて月氏よりは東に漢土といふ国あり陳隋の代に天台大師出世す、此の人の云く如来の聖教に大あり小あり顕あり密あり権あり実あり、迦葉・阿難等は一向に小を弘め馬鳴・竜樹・無著・天親等は権大乗を弘めて実大乗の法華経をば或は但指をさして義をかくし或は経の面をのべて始中終をのべず、或は迹門をのべて本門をあらはさず、或は本迹あつて観心なしといひしかば、南三・北七の十流が末・数千万人・時をつくりどつとわらふ、世の末になるままに不思議の法師も出現せり、時にあたりて我等を偏執する者はありとも後漢の永平十年丁卯(ひのとう)の歳より今陳隋にいたるまでの三蔵・人師・二百六十余人をものもしらずと申す上謗法の者なり悪道に墜つるといふ者・出来せり、あまりの・ものくるはしさに法華経を持て来り給へる羅什三蔵をも・ものしらぬ者と申すなり、漢土はさてもをけ月氏の大論師・竜樹・天親等の数百人の四依の菩薩もいまだ実義をのべ給はずといふなり、此をころしたらん人は鷹をころしたるものなり鬼をころすにもすぐべしとののしりき、又妙楽大師の時・月氏より法相・真言わたり漢土に華厳宗の始まりたりしを・とかくせめしかば・これも又さはぎしなり。

 日本国には伝教大師が仏滅後・一千八百年にあたりて・いでさせ給い天台の御釈を見て欽明より已来二百六十余年が間の六宗をせめ給いしかば在世の外道・漢土の道士・日本に出現せりと謗ぜし上・仏滅後・一千八百年が間・月氏・漢土・日本になかりし円頓の大戒を立てんというのみならず、西国の観音寺の戒壇・東国下野の小野寺の戒壇・中国大和の国・東大寺の戒壇は同く小乗臭糞の戒なり瓦石のごとし、其を持つ法師等は野干・猿猴等のごとしとありしかばあら不思議や法師ににたる大蝗虫・国に出現せり仏教の苗一時に・うせなん、殷の紂・夏の桀・法師となりて日本に生まれたり、後周の宇文・唐の武宗・二たび世に出現せり仏法も但今失せぬべし国もほろびなんと大乗・小乗の二類の法師出現せば修羅と帝釈と項羽と高祖と一国に並べるなるべしと、諸人手をたたき舌をふるふ、在世には仏と提婆が二の戒壇ありて・そこばくの人人・死にき、されば他宗には・そむくべし我が師天台大師の立て給はざる円頓の戒壇を立つべしという不思議さよ・あらおそろしおそろしとののしりあえりき、されども経文分明にありしかば叡山の大乗戒壇すでに立てさせ給いぬ、されば内証は同じけれども法の流布は迦葉・阿難よりも馬鳴・竜樹等はすぐれ馬鳴等よりも天台はすぐれ天台よりも伝教は超えさせ給いたり、世末になれば人の智はあさく仏教はふかくなる事なり、例せば軽病は凡薬・重病には仙薬・弱人には強きかたうど有りて扶くるこれなり。

 問うて云く天台伝教の弘通し給わざる正法ありや、答えて云く有り求めて云く何物ぞや、答えて云く三あり、末法のために仏留め置き給う迦葉・阿難等・馬鳴・竜樹等・天台・伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり、求めて云く其の形貌如何、答えて云く一には日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外(そのほか)の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし、二には本門の戒壇、三には日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり、例せば風に随つて波の大小あり薪によつて火の高下あり池に随つて蓮の大小あり雨の大小は竜による根ふかければ枝しげし源遠ければ流ながしと・いうこれなり、周の代の七百年は文王の礼孝による秦の世ほどもなし始皇の左道によるなり。

 日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ、此の功徳は伝教・天台にも超へ竜樹・迦葉にもすぐれたり、極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、是れひとへに日蓮が智のかしこきには・あらず時のしからしむる耳(のみ)、春は花さき秋は菓なる夏は・あたたかに冬は・つめたし時のしからしむるに有らずや。


  「我滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布して閻浮提に於て断絶して悪魔・魔民・諸の天竜・夜叉・鳩槃荼等に其の便りを得せしむること無けん」等云云、此の経文若しむなしくなるならば舎利弗は華光如来とならじ迦葉尊者は光明如来とならじ目〓は多摩羅跋栴檀香仏とならじ阿難は山海慧自在通王仏とならじ摩訶波闍波提比丘尼は一切衆生喜見仏とならじ耶輸陀羅比丘尼は具足千万光相仏とならじ、三千塵点も戯論となり・五百塵点も妄語となりて恐らくは教主釈尊は無間地獄に堕ち多宝仏は阿鼻の炎にむせび十方の諸仏は八大地獄を栖とし一切の菩薩は一百三十六の苦をうくべし・いかでかその義候べき、其の義なくば日本国は一同の南無妙法蓮華経なり、されば花は根にかへり真味は土にとどまる、此の功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。

  建治二年太歳丙子七月二十一日        之を記す

     甲州波木井郷身延山より安房の国・東条の郡・清澄山・浄顕房・義成房の許に奉送す


【報恩抄送文】

 御状給り候畢ぬ、親疎と無く法門と申すは心に入れぬ人にはいはぬ事にて候ぞ御心得候へ、御本尊図して進(まいらせ)候・此の法華経は仏の在世よりも仏の滅後・正法よりも像法・像法よりも末法の初には次第に怨敵強くなるべき由をだにも御心へあるならば日本国に是より外に法華経の行者なしこれを皆人存じ候ぬべし、道善御房の御死去の由・去る月粗承わり候、自身早早と参上し此の御房をも・やがてつかはすべきにて候しが自身は内心は存ぜずといへども人目には遁世のやうに見えて候へばなにとなく此の山を出でず候、此の御房は又内内・人の申し候しは宗論や・あらんずらんと申せしゆへに十方にわかて経論等を尋ねしゆへに国国の寺寺へ人をあまたつかはして候に此の御房はするがの国へつかはして当時こそ来て候へ、又此の文は随分大事の大事どもをかきて候ぞ詮なからん人人にきかせなば・あしかりぬべく候、又設いさなくとも・あまたになり候はばほかさまにも・きこえ候なば御ため又このため安穏ならず候はんか、御まへと義成房と二人・此の御房をよみてとして嵩(かさ)がもりの頂にて二三遍・又故道善御房の御はかにて一遍よませさせ給いては此の御房にあづけさせ給いてつねに御聴聞候へ、たびたびになり候ならば心づかせ給う事候なむ、恐恐謹言。

 七月二十六日                               日 蓮 花 押

  清澄御房

by johsei1129 | 2014-03-18 18:38 | 報恩抄(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
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