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2019年 10月 26日
[報恩抄 本文] その二 随つて法華経の文を開き奉れば「此の法華経は諸経の中に於て最も其の上に在り」等云云。此の経文のごとくば須弥山の頂に帝釈の居(おる)がごとく、輪王(りんのう)の頂に如意宝珠のあるがごとく、衆木(しゅぼく)の頂に月のやどるがごとく、諸仏の頂に肉髻(にくけい)の住せるがごとく、此の法華経は華厳経・大日経・涅槃経等の一切経の頂上の如意宝珠なり。 されば専ら論師人師をすてて経文に依るならば、大日経・華厳経等に法華経の勝れ給えることは日輪の青天に出現せる時、眼(まなこ)あきらかなる者の天地を見るがごとく・高下宛然(こうげ・おんねん)なり。又大日経・華厳経等の一切経をみるに、此の経文に相似(そうじ)の経文・一字・一点もなし。或は小乗経に対して勝劣をとかれ、或は俗諦に対して真諦をとき、或は諸の空仮に対して中道をほめたり。 譬へば小国の王が我が国の臣下に対して大王というがごとし。法華経は諸王に対して大王等と云云。但涅槃経計(ばかり)こそ法華経に相似の経文は候へ。されば天台已前の南北の諸師は迷惑して法華経は涅槃経に劣(おとる)と云云。されども専ら経文を開き見るには無量義経のごとく華厳・阿含・方等・般若等の四十余年の経経をあげて、涅槃経に対して我がみ(身)勝ると・とひて、又法華経に対する時は、是の経の出世は乃至法華の中の八千の声聞に記莂(きべつ)を授(さず)くることを得て大菓実を成ずるが如く、秋収冬蔵して更に所作無きが如し等と云云。我れと涅槃経は法華経には劣るととける経文なり。かう経文は分明(ふんみょう)なれども南北の大智の諸人の迷うて有りし経文なれば、末代の学者・能く能く眼をとどむべし。此の経文は但法華経・涅槃経の勝劣のみならず十方世界の一切経の勝劣をも・しりぬべし。而るを経文にこそ迷うとも、天台・妙楽・伝教大師の御れうけん(料簡)の後は、眼あらん人人はしりぬべき事ぞかし。然れども天台宗の人たる慈覚・智証すら猶此の経文にくらし。いわうや余宗の人人をや。 或る人疑つて云く、漢土・日本にわたりたる経経にこそ法華経に勝れたる経は・をはせずとも、月氏・竜宮・四王・日月・忉利天(とうりてん)・都率天なんどには恒河沙(ごうがしゃ)の経経ましますなれば、其の中に法華経に勝れさせ給う御経やましますらん。 答て云く、一をもつて万を察せよ、庭戸を出でずして天下をしるとはこれなり。癡人(ちじん)が疑つて云く、我等は南天を見て東西北の三空を見ず。彼の三方の空に此の日輪より別の日やましますらん。山を隔て煙の立つを見て火を見ざれば、煙は一定(いちじょう)なれども火にてや・なかるらん。かくのごとくいはん者は一闡提(いっせんだい)の人としるべし、生盲(いきめくら)にことならず。 法華経の法師品に釈迦如来・金口(こんく)の誠言(じょうごん)をもつて五十余年の一切経の勝劣を定めて云く「我が所説の経典は無量千万億にして已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於て此(この)法華経は最も為(これ)難信難解なり」等云云。此の経文は但釈迦如来・一仏の説なりとも等覚已下は仰いで信ずべき上、多宝仏・東方より来たりて真実なりと証明し、十方の諸仏集りて釈迦仏と同く広長舌を梵天に付け給ひて後、各各(おのおの)・国国へ還らせ給いぬ。已今当の三字は五十年並びに十方三世の諸仏の御経・一字一点ものこさず引き載せて・法華経に対して説かせ給いて候を、十方の諸仏・此の座にして御判形(ごはんぎょう)を加えさせ給い、各各・又自国に還らせ給いて・我が弟子等に向わせ給いて法華経に勝れたる御経ありと説かせ給はば、其の所化の弟子等信用すべしや。又我は見ざれば月氏・竜宮・四天・日月等の宮殿の中に、法華経に勝れさせ給いたる経や・おはしますらんと疑いをなすは、されば梵釈・日月・四天・竜王は法華経の御座にはなかりけるか。 若し日月等の諸天・法華経に勝れたる御経まします・汝はしらずと仰せあるならば、大誑惑(おうわく)の日月なるべし。日蓮せめて云く、日月は虚空に住し給へども我等が大地に処するがごとくして堕落し給はざる事は、上品の不妄語戒の力ぞかし。法華経に勝れたる御経ありと仰せある大妄語あるならば、恐らくはいまだ壊劫(えこう)にいたらざるに、大地の上にどうとおち候はんか。無間大城の最下の堅鉄(けんてつ)にあらずばとどまりがたからんか。大妄語の人は須臾(しゅゆ)も空に処して四天下を廻(めぐ)り給うべからずとせめたてまつるべし。 而るを華厳宗の澄観等・真言宗の善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証等の大智の三蔵大師等の、華厳経・大日経等は法華経に勝れたりと立て給わば・我等が分斉には及ばぬ事なれども、大道理のをすところは、豈諸仏の大怨敵にあらずや。提婆・瞿伽梨(くぎゃり)も・ものならず、大天・大慢・外にもとむべからず。かの人人を信ずる輩は・をそろし・をそろし。 ![]() [真筆本文箇所:下記緑字部分] 問うて云く、華厳の澄観・三論の嘉祥(かじょう)・法相の慈恩・真言の善無畏・乃至弘法・慈覚・智証等を仏の敵と・の(宣)給うか。 答えて云く、此れ大なる難なり、仏法に入りて第一の大事なり。愚眼をもつて経文を見るには法華経に勝れたる経ありといはん人は、設い・いかなる人なりとも謗法は免(まぬか)れじと見えて候。 而るを経文のごとく申すならば、いかでか此の諸人・仏敵たらざるべき。若し又恐れをなして指し申さずは、一切経の勝劣むなしかるべし。又此の人人を恐れて末の人人を仏敵といはんとすれば、彼の宗宗の末の人人の云く、法華経に大日経をまさりたりと申すは我れ私の計らひにはあらず、祖師の御義なり。戒行の持破・智慧の勝劣・身の上下はありとも所学の法門はたがふ事なしと申せば彼の人人にとがなし。 又日蓮此れを知りながら人人を恐れて申さずは、寧喪身命(ねいそう・しんみょう)・不匿教者(ふのく・きょうじゃ)の仏陀の諌暁を用いぬ者となりぬ。いかんがせん。いはんとすれば世間をそろし、止(やめん)とすれば仏の諌暁のがれがたし。進退此に谷(きわまれ)り。むべなるかなや、法華経の文に云く「而かも此経は如来の現在にすら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」又云く「一切世間怨多くして信じ難し」等云云。 釈迦仏を摩耶(まや)夫人はらませ給いたりければ第六天の魔王、摩耶夫人の御腹をとをし見て我等が大怨敵・法華経と申す利剣をはらみたり。事の成ぜぬ先に・いかにしてか失うべき。第六天の魔王・大医と変じて浄飯王宮に入り、御産安穏の良薬を持(もち)候大医ありと・ののしりて毒を后にまいらせつ。初生の時は石をふらし・乳に毒をまじへ、城を出でさせ給いしには黒き毒蛇と変じて道にふさがり、乃至提婆・瞿伽利(くぎゃり)・波瑠璃王(はるりおう)・阿闍世(あじゃせ)王等の悪人の身に入りて、或は大石をなげて仏の御身より血をいだし、或は釈子をころし・或は御弟子等を殺す。 此等の大難は、皆遠くは法華経を仏世尊に説かせまいらせじとたばかり(巧謀)し如来現在・猶多怨嫉(ゆた・おんしつ)の大難ぞかし。此等は遠き難なり。近き難には舎利弗・目連・諸大菩薩等も四十余年が間は法華経の大怨敵の内ぞかし。 況滅度後と申して・未来の世には又此の大難よりも・すぐれて・をそろしき大難あるべしと・とかれて候。仏だにも忍びがたかりける大難をば、凡夫はいかでか忍ぶべき。いわうや在世より大なる大難にて・あるべかんなり。いかなる大難か。提婆が長(たけ)三丈・広さ一丈六尺の大石、阿闍世王の酔象にはすぐべきとはおもへども、彼にもすぐるべく候なれば、小失なくとも大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ。付法蔵の人人は四依の菩薩・仏の御使ひなり。提婆菩薩は外道に殺され、師子尊者は檀弥羅王(だんみらおう)に頭を刎ねられ、仏陀密多・竜樹菩薩等は赤幡(あかきはた)を七年・十二年さしとをす。馬鳴菩薩は金銭三億がかわりとなり、如意論師はおもひじに(死)に死す。 此れ等は正法・一千年の内なり。像法に入つて五百年、仏滅後・一千五百年と申せし時、漢土に一人の智人あり。始めは智顗(ちぎ)・後には智者大師とがうす。法華経の義をありのままに弘通せんと思い給ひしに、天台已前の百千万の智者・しなじなに一代を判ぜしかども詮じて十流となりぬ。所謂南三北七なり。十流ありしかども一流をもて最とせり。所謂南三の中の第三の光宅寺の法雲法師これなり。此の人は一代の仏教を五にわかつ。其の五の中に三経をえらびいだす。所謂華厳経・涅槃経・法華経なり。一切経の中には華厳経第一・大王のごとし、涅槃経第二・摂政関白のごとし、第三法華経は公卿等のごとし。此れより已下は万民のごとし。 此の人は本より智慧かしこき上、慧観・慧厳(えごん)・僧柔(そうにゅう)・慧次なんど申せし大智者より習ひ伝え給はるのみならず、南北の諸師の義をせめやぶり・山林にまじわりて法華経・涅槃経・華厳経の功をつも(積)りし上(うえ)、梁の武帝・召し出して内裏(だいり)の内に寺を立て・光宅寺となづけて此の法師をあがめ給う。法華経をかう(講)ぜしかば天より花ふること在世のごとし。天鑒(てんかん)五年に大旱魃(かんばつ)ありしかば、此の法雲法師を請じ奉りて法華経を講ぜさせまいらせしに、薬草喩品の其雨普等(ごうふとう)・四方倶下(しほう・くげ)と申す二句を講ぜさせ給いし時、天より甘雨・下(ふり)たりしかば・天子御感(ぎょかん)のあまりに現に僧正になしまいらせて諸天の帝釈につかえ、万民の国王を・をそるるがごとく我とつかへ給いし上、或人夢みらく、此の人は過去の灯明仏の時より法華経をかうぜる人なり。法華経の疏(しょ)四巻あり。此の疏に云く「此の経・未だ碩然(せきねん)ならず」亦云く「異の方便」等云云。正しく法華経はいまだ仏理をきわめざる経と書かれて候。此の人の御義・仏意に相ひ叶ひ給いければこそ、天より花も下(ふ)り・雨もふり候ひけらめ。 かかるいみじき事にて候しかば漢土の人人・さては法華経は華厳経・涅槃経には劣(おとる)にてこそあるなれと思いし上、新羅・百済・高麗(こま)・日本まで此の疏ひろまりて大体一同の義にて候しに、法雲法師・御死去ありて・いくばくならざるに梁の末・陳の始めに智顗(ちぎ)法師と申す小僧出来せり。南岳大師と申せし人の御弟子なりしかども、師の義も不審にありけるかのゆへに一切経蔵に入つて度度御らんありしに、華厳経・涅槃経・法華経の三経に詮じいだし、此の三経の中に殊に華厳経を講じ給いき。別して礼文(らいもん)を造りて日日に功をなし給いしかば世間の人おもわく、此人も華厳経を第一とおぼすかと見えしほどに、法雲法師が一切経の中に華厳第一・涅槃第二・法華第三と立てたるが・あまりに不審なりける故に、ことに華厳経を御らんありけるなり。 かくて一切経の中に法華第一・涅槃第二・華厳第三と見定めさせ給いてなげき給うやうは、如来の聖教は漢土にわたれども人を利益することなし。かへりて一切衆生を悪道に導びくこと人師の悞(あやまり)によれり。例せば国の長(おさ)とある人、東を西といゐ・天を地といゐいだしぬれば、万民は・かくのごとくに心うべし。後にいやしき者出来して汝等が西は東・汝等が天は地なりといはば・もちうることなき上、我が長(おさ)の心に叶わんがために今の人を・の(罵)り・う(打)ちなんどすべし。いかんがせんとは・おぼせしかども・さてもだす(黙止)べきにあらねば、光宅寺の法雲法師は謗法によつて地獄に堕ちぬと・ののしられ給う。 其の時・南北の諸師・はち(蜂)のごとく蜂起し、からすのごとく烏合(うごう)せり。智顗(ちぎ)法師をば頭をわるべきか・国をを(遂)うべきかなんど申せし程に、陳主・此れを・きこしめして南北の数人に召し合せて我と列座してきかせ給いき。法雲法師が弟子等の慧栄・法歳・慧曠(えこう)・慧ごうなんど申せし僧正・僧都・已上の人人・百余人なり。各各(おのおの)・悪口(あっく)を先とし・眉をあげ・眼をいからし・手をあげ柏子(ひょうし)をたたく。而れども智顗法師は末座に坐して色を変ぜず、言を悞(あやま)らず、威儀しづかにして諸僧の言を一一に牒(ちょう)をとり、言ごとに・せめかえす。をしかへして難じて云く、抑(そもそも)法雲法師の御義に第一華厳・第二涅槃・第三法華と立させ給いける証文は何れの経ぞ。慥(たし)かに明かなる証文を出ださせ給えと・せめしかば、各各頭をうつぶせ・色を失いて一言の返事なし。 重ねてせめて云く、無量義経に正しく「次説方等十二部経・摩訶般若・華厳海空」等云云。仏・我と華厳経の名をよびあげて無量義経に対して未顕真実と打ち消し給う。法華経に劣りて候無量義経に華厳経はせめられて候ぬ。いかに心えさせ給いて華厳経をば一代第一とは候けるぞ。各各・御師の御かたうど・せんとをぼさば、此の経文をやぶりて此れに勝れたる経文を取り出だして御師の御義を助け給えとせめたり。 又涅槃経を法華経に勝るると候けるは・いかなる経文ぞ。涅槃経の第十四には華厳・阿含・方等・般若をあげて涅槃経に対して勝劣は説かれて候へども、まつたく法華経と涅槃経との勝劣はみへず。次上の第九の巻に法華経と涅槃経との勝劣分明なり。所謂経文に云く「是の経の出世は乃至法華の中の八千の声聞・記莂(きべつ)を受くることを得て大菓実を成ずるが如き、秋収冬蔵(しゅうしゅう・とうぞう)して更に所作無きが如し」等云云。経文明(あきらか)に諸経をば春夏と説かせ給い、涅槃経と法華経とをば菓実の位とは説かれて候へども、法華経をば秋収冬蔵の大菓実の位、涅槃経をば秋の末・冬の始め・捃拾(くんじゅう)の位と定め給いぬ。此の経文・正(まさし)く法華経には我が身劣ると承伏(しょうふく)し給いぬ。 法華経の文には已説・今説・当説と申して此の法華経は前と並(ならび)との経経に勝れたるのみならず、後に説かん経経にも勝るべしと仏定め給う。すでに教主釈尊かく定め給いぬれば疑うべきにあらねども、我が滅後はいかんかと疑いおぼして東方・宝浄世界の多宝仏を証人に立て給いしかば、多宝仏・大地よりをどり出でて妙法華経・皆是真実と証し、十方分身の諸仏重ねてあつまらせ給い、広長舌を大梵天に付け又教主釈尊も付け給う。然して後・多宝仏は宝浄世界えかへり、十方の諸仏・各各本土にかへらせ給いて後、多宝分身の仏もおはせざらんに教主釈尊・涅槃経をといて法華経に勝ると仰せあらば御弟子等は信ぜさせ給うべしやとせめしかば、日月の大光明の修羅の眼を照らすがごとく、漢王の剣の諸侯の頚(くび)にかかりしがごとく、両眼をとぢ・一頭(いちず)を低(うなだ)れたり。天台大師の御気色は師子王の狐兎(こと)の前に吼えたるがごとし、鷹鷲(わし・たか)の鳩雉(はと・きじ)をせめたるににたり。かくのごとくありしかば・さては法華経は華厳経・涅槃経にもすぐれてありけりと震旦一国に流布するのみならず、かへりて五天竺までも聞こへ、月氏・大小の諸論も智者大師の御義には勝れず。教主釈尊・両度出現しましますか、仏教二度あらはれぬと・ほめられ給いしなり。 其の後・天台大師も御入滅なりぬ。陳隋の世も代わりて唐の世となりぬ。章安大師も御入滅なりぬ。天台の仏法やうやく習い失せし程に、唐の太宗の御宇に玄奘三蔵といゐし人・貞観(ていかん)三年に始めて月氏に入りて同十九年にかへりしが、月氏の仏法尋ね尽くして法相宗と申す宗をわたす。此の宗は天台宗と水火なり。而るに天台の御覧なかりし深密経・瑜伽論(ゆがろん)・唯識論等をわたして法華経は一切経には勝れたれども深密には劣るという。而るを天台は御覧なかりしかば・天台の末学等は智慧の薄きかのゆへに・さもやとおもう。又太宗は賢王なり、玄奘の御帰依あさからず。いうべき事ありしかども・いつもの事なれば時の威をおそれて申す人なし。法華経を打ちかへして三乗真実・一乗方便・五性各別と申せし事は心うかりし事なり。天竺よりは・わたれども月氏の外道が漢土にわたれるか。法華経は方便・深密経は真実といゐしかば、釈迦・多宝・十方の諸仏の誠言もかへりて虚しくなり、玄奘・慈恩こそ時の生身(しょうしん)の仏にてはありしか。 其の後・則天皇后の御宇(ぎょう)に天台大師にせめられし華厳経に・又重ねて新訳の華厳経わたりしかば、さきの・いきどを(憤)りを・はた(果)さんがために新訳の華厳をもつて天台にせめられし旧訳の華厳経を扶けて華厳宗と申す宗を法蔵法師と申す人立てぬ。此の宗は華厳経をば根本法輪、法華経をば枝末法輪と申すなり。南北は一華厳・二涅槃・三法華。天台大師は一法華・二涅槃・三華厳。今の華厳宗は一華厳・二法華・三涅槃等云云。 其の後・玄宗皇帝の御宇(ぎょう)に天竺より善無畏三蔵は大日経・蘇悉地経(そしっちきょう)をわたす、金剛智三蔵は金剛頂経をわたす。又金剛智三蔵の弟子あり・不空三蔵なり。此の三人は月氏の人・種姓(すじょう)も高貴なる上・人がらも漢土の僧ににず、法門も・なにとはしらず後漢より今にいたるまで・なかりし印と真言という事をあひそ(相副)いて・ゆゆしかりしかば、天子かうべをかたぶけ万民掌(たなごころ)をあわす。此の人人の義にいわく華厳・深密・般若・涅槃・法華経等の勝劣は顕教の内・釈迦如来の説の分なり。今の大日経等は大日法王の勅言なり。彼の経経は民の万言、此の経は天子の一言なり。華厳経・涅槃経等は大日経には梯(はしご)を立てゝも及ばず。但法華経計りこそ大日経には相似(そうじ)の経なれ。されども彼の経は釈迦如来の説・民の正言、此の経は天子の正言なり。言は似れども人がら雲泥なり。譬へば濁水の月と清水の月のごとし。月の影は同じけれども水に清濁ありなんど申しければ、此の由尋ね顕はす人もなし。諸宗皆落ち伏して真言宗にかたぶきぬ。善無畏・金剛智・死去の後、不空三蔵又月氏にかへりて菩提心論と申す論をわたし・いよいよ真言宗盛りなりけり。 但し妙楽大師といふ人あり。天台大師よりは二百余年の後なれども・智慧かしこき人にて天台の所釈を見明らめてありしかば、天台の釈の心は後にわたれる深密経・法相宗又始めて漢土に立てたる華厳宗・大日経真言宗にも法華経は勝れさせ給いたりけるを、或は智のをよばざるか・或は人に畏るるか・或は時の王威をおづるかの故にいはざりけるか、かくて・あるならば天台の正義すでに失(うせ)なん。又陳隋已前の南北が邪義にも勝れたりとおぼして三十巻の末文を造り給う。所謂弘決(ぐけつ)・釈籤(しゃくせん)・疏記(しょき)これなり。此の三十巻の文は本書の重なれるをけづり・よわきをたすくるのみならず、天台大師の御時なかりしかば御責(おんせめ)にものがれてあるやうなる法相宗と華厳宗と真言宗とを一時にとりひしがれたる書なり。 又日本国には人王第三十代・欽明天皇の御宇、十三年壬申(みずのえさる)十月十三日に百済国より一切経・釈迦仏の像をわたす。又用明天皇の御宇に聖徳太子・仏法をよみはじめ、和気(わけ)の妹子(いもこ)と申す臣下を漢土につかはして先生(せんしょう)所持の一巻の法華経をとりよせ給いて持経と定め、其の後人王第三十七代・孝徳天王の御宇に三論宗・華厳宗・法相宗・倶舎宗・成実宗わたる。人王第四十五代に聖武天王の御宇に律宗わたる已上六宗なり。孝徳より人王五十代の桓武天皇にいたるまでは十四代・一百二十余年が間は天台・真言の二宗なし。 桓武の御宇に最澄(さいちょう)と申す小僧あり。山階寺(やましなでら)の行表僧正の御弟子なり。法相宗を始めとして六宗を習いきわめぬ。而れども仏法いまだ極めたりとも・おぼえざりしに、華厳宗の法蔵法師が造りたる起信論の疏(しょ)を見給うに、天台大師の釈を引きのせたり。此の疏こそ子細ありげなれ、此の国に渡りたるか・又いまだ・わたらざるかと不審ありしほどに、有る人にとひしかば・其の人の云く、大唐の揚州竜興寺(りゅうこうじ)の僧・鑒真(がんじん)和尚は天台の末学・道暹(どうせん)律師の弟子、天宝の末に日本国にわたり給いて小乗の戒を弘通せさせ給いしかども、天台の御釈持ち来たりながらひろめ給はず。人王第四十五代聖武天王の御宇なりとかたる。其の書を見んと申されしかば・取り出だして見せまいらせしかば・一返御らんありて生死の酔をさましつ。此の書をもつて六宗の心を尋ねあきらめしかば・一一に邪見なる事あらはれぬ。忽(たちまち)に願を発(おこし)て云く、日本国の人・皆謗法の者の檀越(だんのつ)たるが天下一定(いちじょう)乱れなんず・とおぼして六宗を難ぜられしかば、七大寺・六宗の碩学(せきがく)蜂起して京中烏合(うごう)し、天下みなさわぐ。七大寺六宗の諸人等悪心強盛なり。 而るを去ぬる延暦二十一年正月十九日に天王・高雄寺に行幸あつて七寺の碩徳十四人、善議・勝猷(しょうゆう)・奉基(ぶき)・寵忍・賢玉(けんぎょく)・安福・勤操(ごんそう)・修円(しゅえん)・慈誥(じこう)・玄耀(げんよう)・歳光・道証・光証・観敏等の十有余人を召し合わす。華厳・三論・法相等の人人、各各我が宗の元祖が義にたがはず。最澄上人は六宗の人人の所立・一一に牒を取りて本経・本論・並に諸経・諸論に指し合わせてせめしかば一言も答えず。口をして鼻のごとくになりぬ。 天皇をどろき給いて委細に御たづねありて・重ねて勅宣を下して十四人をせめ給いしかば承伏の謝表を奉りたり。其の書に云く「七箇の大寺・六宗の学匠乃至初めて至極を悟る」等云云。又云く「聖徳の弘化より以降(このかた)、今に二百余年の間・講ずる所の経論其の数多し。彼此(かれこれ)理を争うて其の疑ひ未だ解けず、而も此の最妙の円宗・猶未だ闡揚(せんよう)せず」等云云。又云く「三論法相・久年の諍(あらそい)渙焉(かんえん)として氷の如く解け、照然として既に明らかに猶雲霧を披(ひら)いて三光を見るがごとし」云云。 最澄和尚・十四人が義を判じて云く「各(おのおの)一軸を講ずるに、法鼓(ほっく)を深壑(しんがく)に振い、賓主(ひんしゅ)三乗の路に徘徊し、義旗を高峰に飛(とば)す。長幼三有(さんぬ)の結を摧破して猶未だ歴劫(りゃっこう)の轍(てつ)を改めず、白牛(びゃくご)を門外に混ず。豈善く初発の位に昇り、阿荼(あだ)を宅内に悟らんや」等云云。弘世・真綱二人の臣下云く「霊山の妙法を南岳に聞き、総持の妙悟を天台に闢(ひら)く。一乗の権滞を慨(なげ)き、三諦の未顕を悲しむ」等云云。 又十四人の云く「善議等・牽(ひか)れて休運に逢(おう)て乃(すなわ)ち奇詞を閲(けみ)す。深期(じんご)に非ざるよりは何ぞ聖世に託せんや」等云云。此の十四人は華厳宗の法蔵・審祥(しんじょう)・三論宗の嘉祥(かじょう)・観勒・法相宗の慈恩・道昭・律宗の道宣・鑒真等の漢土・日本元祖等の法門、瓶(かめ)は・かはれども水は一なり。而るに十四人・彼の邪義をすてて伝教の法華経に帰伏しぬる上は・誰の末代の人か華厳・般若・深密経等は法華経に超過せりと申すべきや。小乗の三宗は又彼の人人の所学なり。大乗の三宗破れぬる上は沙汰のかぎりにあらず。而るを今に子細を知らざる者・六宗はいまだ破られずとをもへり。譬へば盲目(めしい)が天の日月を見ず、聾人(みみしい)が雷の音をきかざるゆへに、天には日月なし・空(そら)に声なしと・をもうがごとし。 真言宗と申すは日本人王・第四十四代と申せし元正天皇の御宇に善無畏三蔵・大日経をわたして弘通せずして漢土へかへる。又玄昉(げんぼう)等・大日経の義釈十四巻をわたす・又東大寺の得清大徳わたす。此等を伝教大師御らんありてありしかども、大日経・法華経の勝劣いかんがと・おぼしけるほどに・かたがた不審ありし故に去る延暦二十三年七月御入唐、西明寺(さいみょうじ)の道邃(どうずい)和尚・仏滝(ぶつろう)寺の行満等に値い奉りて止観円頓(えんどん)の大戒を伝受し、霊感寺の順暁和尚に値い奉りて真言を相伝し、同延暦二十四年六月に帰朝して桓武天王に御対面、宣旨を下して六宗の学生(がくしょう)に止観・真言を習はしめ・同七大寺にをかれぬ。真言・止観の二宗の勝劣は漢土に多く子細あれども、又大日経の義釈には理同事勝とかきたれども、伝教大師は善無畏三蔵のあやまりなり、大日経は法華経には劣りたりと知(しろ)しめして八宗とは・せさせ給はず、真言宗の名をけづりて法華宗の内に入れ・七宗となし、大日経をば法華天台宗の傍依経(ぼうえきょう)となして華厳・大品・般若・涅槃等の例とせり。 而れども大事の円頓の大乗別受戒の大戒壇を我が国に立てう・立てじの諍論(じょうろん)がわずらはしきに依りてや、真言・天台の二宗の勝劣は弟子にも分明(ふんみょう)に・をしえ給わざりけるか。但依憑(えひょう)集と申す文に正しく真言宗は法華天台宗の正義を偸みとりて大日経に入れて理同とせり。されば彼の宗は天台宗に落ちたる宗なり。いわうや不空三蔵は善無畏・金剛智・入滅の後、月氏に入りてありしに竜智菩薩に値い奉りし時、月氏には仏意をあきらめたる論釈なし、漢土に天台という人の釈こそ邪正をえらび偏円をあきらめたる文にては候なれ。あなかしこ・あなかしこ。月氏へ渡し給えとねんごろに・あつら(誂)へし事を不空の弟子・含光(ごんこう)といゐし者が妙楽大師にかたれるを・記の十の末に引き載せられて候を・この依憑集に取り載せて候。法華経に大日経は劣るとしろしめす事・伝教大師の御心顕然(けんねん)なり。されば釈迦如来・天台大師・妙楽大師・伝教大師の御心は、一同に大日経等の一切経の中には法華経はすぐれたりという事は分明なり。又真言宗の元祖という竜樹菩薩の御心もかくのごとし。大智度論を能く能く尋ぬるならば此の事分明なるべきを、不空があやまれる菩提心論に皆人ばか(欺)されて此の事に迷惑せるか。
by johsei1129
| 2019-10-26 18:04
| 報恩抄(御書五大部)
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