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2024年 09月 21日
[立正安国論本文]③より続く・・・・・ 又云く「善男子・過去の世に此の拘尸那(くしな)城に於て仏の世に出でたまうこと有りき。歓喜増益如来と号したてまつる。仏涅槃の後、正法・世に住すること無量億歳なり。余の四十年仏法の末、爾の時に一(ひとり)の持戒の比丘有り、名を覚徳と曰う。爾の時に多く破戒の比丘有り。是の説を作すを聞きて皆悪心を生じ、刀杖を執持し是の法師を逼(せ)む。是の時の国王・名けて有徳(うとく)と曰う。是の事を聞き已つて護法の為の故に即便(すなわ)ち説法者の所に往至して是の破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す。爾の時に説法者・厄害を免ることを得たり。王・爾の時に於て身に刀剣・鉾槊(むさく)の瘡(きず)を被り、体に完き処は芥子(けし)の如き許りも無し。 爾の時に覚徳・尋いで王を讃めて言く、善きかな善きかな王、今真に是れ正法を護る者なり。当来の世に此の身・当に無量の法器と為るべし。王・是の時に於て法を聞くことを得已つて心大いに歓喜し、尋いで即ち命終して阿閦仏(あしゅくぶつ)の国に生ず。而も彼の仏の為に第一の弟子と作る。其の王の将従・人民・眷属・戦闘有りし者・歓喜有りし者、一切菩提の心を退せず・命終して悉く阿閦仏の国に生ず。覚徳比丘却つて後、寿(いのち)終わって亦阿閦仏の国に往生することを得て・彼の仏の為に声聞衆中の第二の弟子と作る。 若し正法尽きんと欲すること有らん時、当に是くの如く受持し擁護すべし。迦葉、爾の時の王とは即ち我が身是なり、説法の比丘は迦葉仏是なり。迦葉、正法を護る者は是くの如き等の無量の果報を得ん。是の因縁を以て我・今日に於て種種の相を得て以て自ら荘厳し、法身不可壊(ふかえ)の身を成す。 仏・迦葉菩薩に告げたまわく、是の故に法を護らん優婆塞等は応に刀杖を執持して擁護すること・是くの如くなるべし。善男子・我涅槃の後、濁悪の世に国土荒乱し互に相・抄掠(あい・しょうりょう)し人民飢餓せん。爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん。是くの如きの人を名けて禿人(とくにん)と為す。是の禿人の輩・正法を護持するを見て駈逐して出さしめ、若くは殺し・若くは害せん。是の故に我・今持戒の人・諸の白衣の刀杖を持つ者に依つて以て伴侶と為すことを聴(ゆる)す。刀杖を持すと雖も我是等を説いて名けて持戒と曰わん。刀杖を持すと雖も命を断ずべからず」と。 法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば即ち一切世間の仏種を断ぜん。乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」已上。 夫れ経文顕然なり。私の詞(ことば)何ぞ加えん。凡そ法華経の如くんば大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり。故に阿鼻大城に堕して永く出る期(ご)無けん。涅槃経の如くんば、設い五逆の供を許すとも謗法の施を許さず。蟻子を殺す者は必ず三悪道に落つ、謗法を禁ずる者は不退の位に登る。所謂覚徳とは是れ迦葉仏なり、有徳とは則ち釈迦文なり。 法華涅槃の経教は一代五時の肝心なり、其の禁(いましめ)実に重し、誰か帰仰せざらんや。而るに謗法の族・正道を忘るの人、剰(あまつさえ)法然の選択に依つて弥(いよい)よ愚癡の盲瞽(もうこ)を増す。是を以て或は彼の遺体を忍びて木画の像に露(あらわ)し、或は其の妄説を信じて莠言(ゆうげん)を模(かたぎ)に彫り、之を海内(かいだい)に弘め、之を墩外(かくがい)に翫(もてあそ)ぶ。仰ぐ所は則ち其の家風、施す所は則ち其の門弟なり。 然る間或は釈迦の手指を切つて弥陀の印相に結び、或は東方如来の鴈宇(がんう)を改めて西土教主の鵝王(がおう)を居(す)え、或は四百余回の如法経を止めて西方浄土の三部経と成し、或は天台大師の講を停めて善導講と為す。此くの如き群類・其れ誠に尽くし難し。是破仏に非ずや、是破法に非ずや、是破僧に非ずや。此の邪義・則ち選択(せんちゃく)に依るなり。嗟呼(ああ)悲しいかな、如来誠諦(じょうたい)の禁言に背くこと、哀なるかな愚侶迷惑の麤語(そご)に随うこと。早く天下の静謐(せいひつ)を思わば須く国中の謗法を断つべし。 客の曰く、若し謗法の輩を断じ・若し仏禁の違を絶せんには、彼の経文の如く斬罪に行う可きか。若し然らば殺害相加つて罪業何んが為(せ)んや。 則ち大集経に云く「頭を剃り袈裟を著せば、持戒及び毀戒をも天人彼を供養す可し。則ち我を供養するに為りぬ。是れ我が子なり。若し彼を撾打(かだ)する事有れば、則ち我が子を打つに為りぬ。若し彼を罵辱(めり)せば、則ち我を毀辱(きじょく)するに為りぬ」 料り知んぬ、善悪を論ぜず是非を択ぶこと無く、僧侶為らんに於ては供養を展ぶ可し。何ぞ其の子を打辱(だにく)して忝くも其の父を悲哀せしめん。彼の竹杖の目連尊者を害せしや永く無間の底に沈み、提婆達多の蓮華比丘尼を殺せしや久しく阿鼻の焔に咽(むせ)ぶ。先証斯れ明かなり、後昆(こうこん)最も恐(おそれ)あり。謗法を誡むるには似たれども既に禁言を破る。此の事信じ難し、如何が意得んや。 主人の云く、客明らかに経文を見て猶斯の言を成す。心の及ばざるか・理の通ぜざるか。全く仏子を禁(いまし)むるには非ず、唯偏に謗法を悪(にく)むなり。 夫れ釈迦の以前、仏教は其の罪を斬ると雖も、能忍の以後・経説は則ち其の施を止む。然れば則ち四海万邦一切の四衆・其の悪に施さず、皆此の善に帰せば・何なる難か並び起り、何なる災か競い来たらん。 客則ち席を避け、襟(えり)を刷(つくろ)いて曰く、仏教斯く区(まちまち)にして旨趣窮め難く、不審多端にして理非明らかならず。但し法然聖人の選択現在なり。諸仏・諸経・諸菩薩・諸天等を以て捨閉閣抛と載す。其の文顕然なり。茲(こ)れに因つて聖人国を去り、善神所を捨てて天下飢渇し・世上疫病すと。今・主人広く経文を引いて明かに理非を示す。故に妄執既に飜えり、耳目数(じもく・しばしば)朗かなり。 所詮国土泰平・天下安穏は一人より万民に至るまで好む所なり・楽う所なり。早く一闡提の施を止め・永く衆僧尼の供を致し、仏海の白浪を収め・法山の緑林を截(き)らば、世は羲農(ぎのう)の世と成り、国は唐虞(とうぐ)の国と為らん。然して後、法水の浅深を斟酌(しんしゃく)し仏家の棟梁を崇重せん。 主人悦んで曰く、鳩・化して鷹と為り、雀変じて蛤(はまぐり)と為る。悦ばしきかな汝蘭室の友に交りて麻畝(まほ)の性と成る。誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば、風和らぎ・浪静かにして不日(ぶじつ)に豊年(ぶねん)ならん。 但し人の心は時に随つて移り、物の性は境に依つて改まる。譬えば猶水中の月の波に動き、陣前の軍(いくさ)の剣に靡(なび)くがごとし。汝当座に信ずと雖も後、定めて永く忘れん。若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば、速(すみやか)に情慮を回(めぐ)らし、忩(いそい)で対治を加えよ。 所以(ゆえん)は何ん。薬師経の七難の内、五難・忽ちに起り、二難猶残れり。所以他国侵逼(しんぴつ)の難・自界叛逆の難なり。大集経の三災の内・二災早く顕れ、一災未だ起らず。所以(いわゆる)兵革(ひょうかく)の災なり。金光明経の内の種種の災過一一起ると雖も・他方の怨賊国内を侵掠(しんりゃく)する。此の災未だ露れず、此の難未だ来たらず。仁王経の七難の内、六難今盛んにして一難未だ現ぜず。所以(いわゆる)四方の賊来つて国を侵すの難なり。加之(しかのみならず)国土乱れん時は先ず鬼神乱る。鬼神乱るるが故に万民乱ると。今此の文に就いて具さに事の情(こころ)を案ずるに、百鬼早く乱れ・万民多く亡ぶ。先難是れ明かなり、後災何ぞ疑わん。若し残る所の難・悪法の科に依つて並び起り、競い来たらば其の時・何んが為(せ)んや。 帝王は国家を基(もとい)として天下を治め、人臣は田園を領して世上を保つ。而るに他方の賊来つて其の国を侵逼(しんぴつ)し、自界叛逆して其の地を掠領(りゃくりょう)せば、豈驚かざらんや・豈騒がざらんや。国を失い・家を滅せば何れの所にか世を遁れん。汝須(すべから)く一身の安堵を思わば、先ず四表の静謐を祷らん者か。 就中(なかんずく)人の世に在るや各後生を恐る。是を以て或は邪教を信じ・或は謗法を貴ぶ。各(おのおの)是非に迷うことを悪むと雖も・而も猶仏法に帰することを哀しむ。何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を宗(あが)めんや。 若し執心飜らず・亦曲意猶存せば、早く有為(うい)の郷(さと)を辞して必ず無間の獄(ひとや)に堕ちなん。所以は何ん。大集経に云く「若し国王有つて無量世に於て施戒慧(せかいえ)を修すとも、我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば・是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失し・乃至其の王久しからずして当に重病に遇い、寿終の後大地獄に生ずべし。王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官も亦復是くの如くならん」と。 仁王経に云く「人・仏教を壊(やぶ)らば復た孝子無く、六親不和にして天竜も祐(たす)けず。疾疫悪鬼日に来つて侵害し・災怪首尾し・連禍縦横し、死して地獄・餓鬼・畜生に入らん。若し出でて人と為らば兵奴(ひょうぬ)の果報ならん。響の如く影の如く、人の夜書くに火は滅すれども・字は存するが如く、三界の果報も亦復是くの如し」と。 法華経の第二に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と。 涅槃経に云く「善友を遠離し正法を聞かず。悪法に住せば是の因縁の故に沈没して阿鼻地獄に在つて受くる所の身形・縦横八万四千由延(ゆえん)ならん」と。 広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず。悲いかな皆正法の門を出でて深く邪法の獄に入る、愚なるかな各悪教の綱に懸つて鎮(とこしなえ)に謗教の網に纒(まつわ)る。此の朦霧(もうむ)の迷、彼の盛焔(じょうえん)の底に沈む。豈愁えざらんや・豈苦しまざらんや。 汝早く信仰の寸心を改めて速(すみやか)に実乗の一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰んや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く、土に破壊(はえ)無(なく)んば・身は是れ安全、心は是れ禅定ならん。此の詞(ことば)・此の言(ことば)信ず可く崇む可し。 客の曰く、今生後生・誰か慎まざらん、誰か和(したが)わざらん。此の経文を披いて具(つぶさ)に仏語を承るに、誹謗の科(とが)至つて重く、毀法の罪誠に深し。我一仏を信じて諸仏を抛ち、三部経を仰いで諸経を閣(さしお)きしは是れ私曲の思に非ず、則ち先達の詞に随いしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし。今の世には性心を労し、来生には阿鼻に堕せんこと・文明らかに・理詳(つまびら)かなり、疑う可からず。弥よ貴公の慈誨(じかい)を仰ぎ、益(ますます)愚客の癡心を開き、速やかに対治を回(めぐら)して早く泰平を致し、先ず生前を安んじて更に没後(もつご)を扶けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ。 立正安国論奥書 文応元年 太歳庚申 之を勘う。正嘉より之を始め、文応元年に勘え畢る。 去ぬる正嘉元年 太歳丁巳 八月二十三日、戌亥(いぬい)の尅(こく)の大地震を見て之を勘う。其の後文応元年 太歳庚申 七月十六日を以て宿屋禅門に付して故最明寺入道殿に奉れり。其の後文永元年 太歳甲子 七月五日大明星の時、弥(いよいよ)此の災の根源を知る。 文応元年太歳庚申より文永五年太歳戊辰 後の正月十八日に至るまで九ケ年を経て西方大蒙古国自り我が朝を襲う可きの由・牒状之を渡す。又同六年、重ねて牒状之を渡す。既に勘文之に叶う。 之に準じて之を思うに、未来亦然る可きか。此の書は徴(しるし)有る文なり。是れ偏に日蓮が力に非ず、法華経の真文の感応の至す所か。
文永六年太歳己巳十二月八日之を写す。 安国論御勘由来 正嘉元年 太歳丁巳 八月廿三日戌亥の時、前代に超え大に地振(じしん)す。同二年戊午八月一日大風・同三年 己未 大飢饉、正元元年 己未 大疫病、同二年 庚申 四季に亘つて大疫已まず。万民既に大半に超えて死を招き了んぬ。而る間・国主之に驚き、内外典に仰せ付けて種種の御祈祷有り。爾りと雖も一分の験(しるし)も無く、還つて飢疫等を増長す。 日蓮世間の体を見て粗一切経を勘うるに、御祈請験無く・還つて凶悪を増長するの由道理・文証之を得了んぬ。終に止むこと無く勘文一通を造り作して其の名を立正安国論と号す。文応元年 庚申 七月十六日 辰時 屋戸野(やどや)入道に付けて古最明寺入道殿に奏進申し了んぬ。此れ偏に国土の恩を報ぜんが為なり。 其の勘文の意は日本国・天神七代・地神五代・百王百代・人王第卅代欽明天皇の御宇に始めて百済国より仏法・此の国に渡り、桓武天皇の御宇に至つて其の中間五十余代・二百六十余年なり。其の間一切経並びに六宗之れ有りと雖も天台真言の二宗未だ之れ有らず。桓武の御宇に山階寺(やましなでら)の行表僧正の御弟子に最澄と云う小僧有り、後に伝教大師と号す。已前に渡る所の六宗並に禅宗之を極むと雖も・未だ我が意に叶わず。聖武天皇の御宇に大唐の鑒真(がんじん)和尚渡す所の天台の章疏・四十余年を経て已後始めて最澄之を披見し・粗仏法の玄旨を覚り了んぬ。最澄・天長地久の為に延暦四年叡山を建立す。桓武皇帝・之を崇め天子本命の道場と号し、六宗の御帰依を捨て一向に天台円宗に帰伏し給う。 同延暦十三年に長岡の京を遷(うつ)して平安城を建つ。同延暦廿一年正月十九日高雄寺に於て南都七大寺の六宗の碩学(せきがく)・勤操・長耀(ちょうよう)等の十四人を召し合せ勝負を決談す。六宗の明匠・一問答にも及ばず、口を閉ずること鼻の如し。華厳宗の五教・法相宗の三時・三論宗の二蔵・三時の所立を破し了んぬ。但自宗を破らるるのみに非ず、皆謗法の者為ることを知る。同じき廿九日皇帝・勅宣を下して之を詰(なじ)る。十四人謝表を作つて皇帝に捧げ奉る。其の後代代の皇帝叡山の御帰依は孝子の父母に仕うるに超え、黎民(れいみん)の王威を恐るるに勝れり。或御時は宣明(せんみょう)を捧げ・或御時は非を以て理に処す等云云。殊に清和天皇は叡山の恵亮(えりょう)和尚の法威に依つて位に即き、帝王の外祖父・九条右丞相は誓状を叡山に捧ぐ。源(みなもと)の右将軍は清和の末葉なり、鎌倉の御成敗(ごせいばい)是非を論ぜず叡山に違背す、天命恐れ有る者か。 然るに後鳥羽院の御宇・建仁年中に法然・大日とて二人の増上慢の者有り。悪鬼其の身に入つて国中の上下を誑惑(おうわく)し、代を挙げて念仏者と成り、人毎に禅宗に趣く。存の外に山門の御帰依・浅薄なり。国中の法華真言の学者棄て置かれ了んぬ。故に叡山守護の天照太神・正八幡宮・山王七社・国中守護の諸大善神、法味を飧(くら)わずして威光を失い、国土を捨て去り了んぬ。悪鬼便りを得て災難を致し、結句他国より此の国を破る可き先相・勘うる所なり。 又其の後文永元年 甲子 七月五日、彗星東方に出で余光大体一国土に及ぶ。此れ又世始まりてより已来無き所の凶瑞(きょうずい)なり。内外典の学者も其の凶瑞の根源を知らず。予・弥よ悲歎を増長す。 而るに勘文を捧げて已後九ケ年を経て、今年・後の正月、大蒙古国の国書を見るに日蓮が勘文に相叶うこと宛(あた)かも符契(ふけい)の如し。 仏記して云く「我が滅度の後一百余年を経て阿育(あそか)大王出世し我が舎利を弘めん」と。 周の第四昭王の御宇・大史蘇由が記に云く「一千年の外・声教此の土に被らしめん」と。 聖徳太子の記に云く「我が滅度の後、二百余年を経て山城の国に平安城を立つ可し」と。 天台大師の記に云く「我が滅後二百余年の已後、東国に生れて我が正法を弘めん」等云云。 皆果して記文の如し。日蓮正嘉の大地震・同じく大風・同じく飢饉、正元元年の大疫等を見て記して云く、他国より此の国を破る可き先相なりと。自讃に似たりと雖も・若し此の国土を毀壊(きえ)せば復た仏法の破滅疑い無き者なり。 而るに当世の高僧等謗法の者と同意の者なり。復た自宗の玄底を知らざる者なり。定めて勅宣・御教書(みきょうしょ)を給いて此の凶悪を祈請するか。仏神・弥(いよい)よ瞋恚(しんに)を作し、国土を破壊(はえ)せん事疑い無き者なり。 日蓮復之を対治するの方・之を知る。叡山を除いて日本国には但一人なり。譬えば日月の二つ無きが如く、聖人肩を並べざるが故なり。若し此の事・妄言ならば日蓮が持つ所の法華経守護の十羅刹の治罰之を蒙らん。但偏(ひとえ)に国の為・法の為・人の為にして身の為に之を申さず。復禅門に対面を遂ぐ故に之を告ぐ。之を用いざれば定めて後悔有る可し、恐恐謹言。 文永五年太歳戊辰四月五日 日蓮 花押 法鑒(ほうがん)御房 安国論別状
by johsei1129
| 2024-09-21 20:16
| 立正安国論(御書五大部)
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