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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 01月 10日

国家諌暁(信仰の誤りを正す)の書『立正安国論』 その③

[立正安国論本文]②より続く・・・・・

涅槃経に云く「我れ涅槃の後・無量百歳・四道の聖人悉く復た涅槃せん、正法滅して後像法の中に於て当に比丘有るべし、持律に似像(じぞう)して少く経を読誦し、飲食を貪嗜(とんし)して其の身を長養し、袈裟を著すと雖も猶猟師の細めに視て徐(しずか)に行くが如く、猫の鼠を伺うが如し、常に是の言(ことば)を唱えん、我羅漢を得たりと、外には賢善を現し内には貪嫉(とんしつ)を懐く、唖法(あほう)を受けたる婆羅門等の如し、実には沙門(しゃもん)に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛(しじょう)にして正法を誹謗せん」已上。

 客猶憤(いきどお)りて曰く、明王は天地に因つて化を成し、聖人は理非を察して世を治む、世上の僧侶は天下の帰する所なり、悪侶に於ては明王信ず可からず、聖人に非ずんば賢哲仰ぐ可からず、今賢聖の尊重せるを以て則ち竜象の軽からざるを知んぬ、何ぞ妄言を吐いて強ちに誹謗を成し、誰人を以て悪比丘と謂うや、委細に聞かんと欲す。

主人の曰く、後鳥羽院の御宇(ぎょう)に法然と云うもの有り、選択集(せんちゃくしゅう)を作る、則ち一代の聖教を破し、徧(あまね)く十方の衆生を迷わす、其の選択に云く、道綽禅師・聖道浄土の二門を立て聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文、 初に聖道門とは之に就いて二有り乃至之に準じ之を思うに、応(まさ)に密大及以び実大をも存すべし、然れば則ち今の真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論(じょうろん)・此等の八家の意正しく此に在るなり、曇鸞(どんらん)法師往生論の注に云く、謹んで竜樹菩薩の十住毘婆沙(びばしゃ)を案ずるに云く、菩薩・阿毘跋致(あびばっち)を求むるに二種の道有り、一には難行道、二には易行道なり、此の中難行道とは即ち是れ聖道門なり、易行道とは即ち是れ浄土門なり、浄土宗の学者先ず須(すべか)らく此の旨を知るべし、設い先より聖道門を学ぶ人なりと雖も、若し浄土門に於て其の志有らん者は須らく聖道を棄てて浄土に帰すべし、又云く、善導和尚・正雑の二行を立て、雑行(ぞうぎょう)を捨てて正行に帰するの文、第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて已外・大小乗・顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く、第三に礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外一切の諸仏菩薩等及び諸の世天等に於て礼拝し恭敬するを悉く礼拝雑行と名く、私に云く、此の文を見るに須く雑を捨てて専を修すべし、豈(あに)百即百生の専修正行を捨てて堅く千中無一の雑修雑行を執せんや、行者能く之を思量せよ、又云く、貞元入蔵録の中に始め大般若経六百巻より法常住経に終るまで顕密の大乗経総じて六百三十七部二千八百八十三巻なり、皆須く読誦大乗の一句に摂すべし、当に知るべし、随他の前には暫(しばら)く定散(じょうさん)の門を開くと雖も、随自の後には還て定散の門を閉ず、一たび開いて以後永く閉じざるは唯是れ念仏の一門なりと、又云く、念仏の行者必ず三心を具足す可きの文、観無量寿経に云く同経の疏に云く、問うて曰く若し解行の不同・邪雑の人等有つて外邪異見の難を防がん、或は行くこと一分二分にして群賊等喚廻(よびかえ)すとは即ち別解.別行・悪見の人等に喩う、私に云く又此の中に一切の別解.別行・異学・異見等と言うは是れ聖道門を指す已上、又最後結句の文に云く 「夫れ速(すみや)かに生死(しょうじ)を離れんと欲せば二種の勝法の中に且く聖道門を閣(さしお)きて選んで浄土門に入れ、浄土門に入らんと欲せば正雑二行の中に且く諸の雑行を抛(なげう)ちて選んで応に正行に帰すべし」已上。 

之に就いて之を見るに、曇鸞・道綽・善導の謬釈(みょうしゃく)を引いて聖道・浄土・難行・易行の旨を建て、法華真言惣じて一代の大乗・六百三十七部二千八百八十三巻・一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て、或は閉じ、或は閣き、或は抛つ、此の四字を以て多く一切を迷わし、剰(あまつさ)え三国の聖僧十方の仏弟を以て皆群賊と号し併(あわ)せて罵詈(めり)せしむ、近くは所依の浄土の三部経の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の「若し人信ぜずして此の経を毀謗(きぼう)せば乃至其の人命終つて阿鼻獄(あびごく)に入らん」の誡文に迷う者なり。

 是に於て代末代に及び人・聖人に非ず・各冥衢(おのおのみょうく)に容(い)つて並びに直道を忘る・悲いかな瞳矇(どうもう)をウタず、痛(いたまし)いかな徒(いたずら)に邪信を催す、故に上国王より下土民に至るまで皆経は浄土三部の外の経無く、仏は弥陀三尊の外の仏無しと謂(おも)えり。仍つて伝教・義真・慈覚・智証等或は万里の波涛(はとう)を渉(わた)つて渡せし所の聖教、或は一朝の山川を廻りて崇むる所の仏像、若しくは高山の巓(いただき)に華界を建てて以て安置し、若しくは深谷の底に蓮宮を起てて以て崇重す、釈迦薬師の光を並ぶるや威を現当に施し、虚空(こくう)地蔵の化を成すや益を生後に被(こうむ)らしむ、故に国王は郡郷を寄せて以て灯燭を明にし、地頭は田園を充てて以て供養に備う。
  
 而るを法然の選択に依つて則ち教主を忘れて西土の仏駄(ぶつだ)を貴び、付属を抛(なげう)つて東方の如来を閣(さしお)き、唯四巻三部の教典を専にして空しく一代五時の妙典を抛つ、是を以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏(くぶつ)の志を止め、念仏の者に非ざれば早く施僧の懐いを忘る、故に仏閣零落して瓦松(がしょう)の煙老い、僧房荒廃して庭草の露深し、然りと雖も各護惜(ごしゃく)の心を捨て並びに建立の思を廃す、是を以て住持の聖僧行(ゆ)いて帰らず、守護の善神去つて来ること無し、是れ偏に法然の選択に依るなり、悲いかな数十年の間、百千万の人魔縁に蕩(とろ)かされて多く仏教に迷えり、傍(ぼう)を好んで正を忘る、善神怒(いかり)を為さざらんや、円を捨てて偏を好む、悪鬼便りを得ざらんや、如(し)かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。

 客殊に色を作して曰く、我が本師釈迦文浄土の三部経を説きたまいて以来、曇鸞法師は四論の講説を捨てて一向に浄土に帰し、道綽(どうしゃく)禅師は涅槃の広業を閣きて偏に西方の行を弘め、善導和尚は雑行を抛つて専修を立て、慧心僧都は諸経の要文を集めて念仏の一行を宗とす、弥陀を貴重すること誠に以て然なり、又往生の人其れ幾ばくぞや、就中(なかんずく)法然聖人は幼少にして天台山に昇り、十七にして六十巻に渉り並びに八宗を究め具に大意を得たり、其の外一切の経論・七遍反覆し章疏伝記究め看ざることなく智は日月に斉しく徳は先師に越えたり、然りと雖も猶出離の趣に迷いて涅槃の旨を弁えず、故に徧く覿(み)悉く鑑(かんが)み、深く思い遠く慮(おもんぱか)り、遂に諸経を抛ちて専ら念仏を修す、其の上一夢の霊応を蒙り四裔(えい)の親疎に弘む、故に或は勢至の化身と号し或は善導の再誕と仰ぐ、然れば則ち十方の貴賎頭を低(た)れ一朝の男女歩を運ぶ、爾しより来(このか)た春秋推(おし)移りおし、星霜相積れり、而るに忝(かたじけな)くも釈尊の教を疎(おろか)にして恣(ほしいまま)に弥陀の文を譏る、何ぞ近年の災を以て聖代の時に課せ、強(あなが)ちに先師を毀(そし)り、更に聖人を罵るや、毛を吹いて疵(きず)を求め皮を剪(き)つて血を出す、昔より今に至るまで此くの如き悪言未だ見ず、惶(おそ)る可く慎む可し、罪業至つて重し科条争(いかで)か遁(のが)れん、対座猶以て恐れ有り、杖に携(たずさ)われて則ち帰らんと欲す。
 
 主人咲み止めて曰く、辛きことを蓼(たで)の葉に習い、臭きことを溷厠(かわや)に忘る、善言を聞いて悪言と思い、謗者を指して聖人と謂い、正師を疑つて悪侶に擬す、其の迷(まよい)誠に深く、其の罪浅からず、事の起りを聞け、委しく其の趣を談ぜん。

 釈尊説法の内一代五時の間に先後を立てて権実を弁ず、而るに曇鸞・道綽・善導既に権に就いて実を忘れ、先に依つて後を捨つ、末だ仏教の淵底(えんでい)を探らざる者なり、就中法然は其の流を酌むと雖も其の源を知らず、所以は何ん大乗経の六百三十七部二千八百八十三巻・並びに一切の諸仏・菩薩及び諸の世天等を以て捨閉閣抛(しゃへいかくほう)の字を置いて一切衆生の心を薄(かろ)んず、是れ偏に私曲の詞を展べて全く仏経の説を見ず、妄語の至り悪口の科(とが)、言うても比(ならび)無し、責めても余り有り。人皆其の妄語を信じ悉く彼の選択を貴ぶ、故に浄土の三経を崇(あが)めて衆経を抛ち、極楽の一仏を仰いで諸仏を忘る、誠に是れ諸仏諸経の怨敵聖僧衆人の讎敵(しゅうてき)なり、此の邪教広く八荒に弘まり、周く十方に遍す、抑(そもそも)近年の災難を以て往代を難ずるの由、強ちに之を恐る、聊(いささ)か先例を引いて汝が迷を悟す可し、止観第二に史記を引いて云く「周の末に被髪・袒身(たんしん)・礼度に依らざる者有り」弘決の第二に此の文を釈するに左伝を引いて曰く「初め平王の東に遷(うつ)りしに、伊川(いせん)に髪を被(かぶろ)にする者の野に於て祭るを見る、識者の曰く、百年に及ばじ其の礼先ず亡びぬ」と、爰(ここ)に知んぬ、徴前(しるしさき)に顕れ災い後に致ることを、又阮藉(げんせき)が逸才なりしに蓬頭(ほうとう)散帯す、後に公卿の子孫皆之に教ならいて奴苟相辱(どこうあいはずか)しむる者を方(まさ)に自然に達すと云い、撙節兢持(そんせつこうじ)する者を呼んで田舎(でんしゃ)と為す、是を司馬氏の滅する相と為す已上。

又慈覚大師の入唐(にっとう)巡礼記を案ずるに云く、「唐の武宗皇帝・会昌元年勅して章敬寺の鏡霜法師をして諸寺に於て弥陀念仏の教を伝え令む、寺毎に三日巡輪すること絶えず、同二年回鶻(かいこつ)国の軍兵等唐の堺を侵す、同三年河北の節度使忽ち乱を起す、其の後大蕃国更(だいばんこくま)た命を拒み回鶻国重ねて地を奪う、 凡そ兵乱秦項の代に同じく災火邑里の際に起る、何に況んや武宗大に仏法を破し多く寺塔を滅す、乱を撥(おさむ)ること能(あた)わずして遂に以て事有り」已上取意。 此れを以て之を惟うに法然は後鳥羽院の御宇・建仁年中の者なり、彼の院の御事既に眼前に在り、然れば則ち大唐に例を残し、吾が朝に証を顕す、汝疑うこと莫かれ、汝怪むこと莫かれ、唯須く凶を捨てて善に帰し、源を塞ぎ根を截(たつ)べし。客聊か和ぎて曰く、未だ淵底を究めざるに数ば其の趣を知る、但し華洛より柳営に至るまで釈門に枢楗(すうけん)在り、仏家に棟梁在り、然るに未だ勘状を進らせず、上奏に及ばず汝賎身(いやしきみ)を以て輙(たやす)く莠言(ゆうげん)を吐く、其の義余り有り、其の理謂れ無し。
 
 主人の曰く、予少量為りと雖も忝くも大乗を学す、蒼蝿驥尾(そうようきび)に附して万里を渡り、碧蘿松頭(へきらしょうとう)に懸りて千尋(せんじん)を延ぶ、弟子一仏の子と生れて諸経の王に事(つか)う、何ぞ仏法の衰微(すいび)を見て心情の哀惜を起さざらんや。其の上涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊(や)ぶる者を見て置いて呵責(かしゃく)し駈遣(くけん)し挙処(こしょ)せずんば当に知るべし、是の人は仏法の中の怨(あだ)なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子・真の声聞なり」と、余・善比丘の身為らずと雖も「仏法中怨」の責(せめ)を遁れんが為に唯大綱を撮(と)つて粗一端を示す。其の上去る元仁年中に延暦興福の両寺より度度奏聞を経・勅宣・御教書を申し下して、法然の選択の印板を大講堂に取り上げ、三世の仏恩を報ぜんが為に之を焼失せしむ、法然の墓所に於ては感神院(かんじんいん)の犬神人(つるめそう)に仰せ付けて破却せしむ、其の門弟・隆観・聖光・成覚・薩生等は遠国に配流せらる、其の後未だ御勘気を許されず、豈未だ勘状を進らせずと云わんや。

 客則ち和ぎて曰く、経を下し僧を謗ずること一人には論じ難し、然れども大乗経六百三十七部二千八百八十三巻並びに一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て捨閉閣抛の四字に載す、其の詞(ことば)勿論なり、其の文顕然なり、此の瑕瑾(かきん)を守つて其の誹謗を成せども迷うて言うか覚りて語るか、賢愚弁ぜず是非定め難し、但し災難の起りは選択に因るの由、其の詞を盛に弥(いよい)よ其の旨を談ず、所詮天下泰平国土安穏は君臣の楽う所、土民の思う所なり、夫れ国は法に依つて昌え、法は人に因つて貴し、国亡び人滅せば仏を誰か崇む可き、法を誰か信ず可きや、先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし、若し災を消し難を止むるの術有らば聞かんと欲す。

 主人の曰く、余は是れ頑愚にして敢て賢を存せず、唯経文に就いて聊か所存を述べん、抑(そもそ)も治術の旨内外の間其の文幾多ぞや、具に挙ぐ可きこと難し、但し仏道に入つて数(しばし)ば愚案を廻すに、謗法の人を禁(いまし)めて正道の侶(りょ)を重んぜば国中安穏にして天下泰平ならん。即ち涅槃経に云く「仏の言く唯だ一人を除いて余の一切に施さば皆讃歎す可し、純陀(じゅんだ)問うて言く、云何(いか)なるをか名けて唯除一人と為す、仏の言く此の経の中に説く所の如きは破戒なり、純陀復た言く、我今未だ解せず、唯願くば之を説きたまえ、仏純陀に語つて言く、破戒とは謂く一闡提(いっせんだい)なり、其の余の在所一切に布施すれば皆讃歎すべく大果報を獲ん、純陀復た問いたてまつる、一闡提とは其の義何ん、仏言わく、純陀若し比丘及び比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)有つて麤悪(そあく)の言を発し正法を誹謗し是の重業を造つて永く改悔(かいげ)せず心に懺悔(ざんげ)無らん、是くの如き等の人を名けて一闡提の道に趣向すと為す、若し四重を犯し五逆罪を作り自ら定めて是くの如き重事を犯すと知れども而も心に初めより怖畏(ふい)懺悔無く肯て発露せず、彼の正法に於て永く護惜建立の心無く毀呰(きし)・軽賎(きょうせん)して言に過咎(かぐ)多からん、是くの如き等の人を亦た一闡提の道に趣向すと名く、唯此くの如き一闡提の輩を除いて其の余に施さば一切讃歎せん」と。又云く「我れ往昔(むかし)を念うに閻浮提(えんぶだい)に於て大国の王と作れり名を仙予と曰いき、大乗経典を愛念し敬重し其の心純善に麤悪嫉恡(しつりん)有ること無し、善男子我爾の時に於て心に大乗を重んず、婆羅門の方等を誹謗するを聞き聞き已つて即時に其の命根を断ず、善男子是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず」と、又云く「如来昔国王と為りて菩薩の道を行ぜし時、爾所の婆羅門の命を断絶す」と、又云く「殺に三有り謂く下中上なり、下とは蟻子(ぎし)乃至一切の畜生なり、唯だ菩薩の示現生の者を除く、下殺の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具(つぶさ)に下の苦を受く、何を以ての故に、是の諸の畜生に微善根有り、是の故に殺す者は具に罪報を受く、中殺とは凡夫の人より阿那含(あなごん)に至るまで是を名けて中と為す、是の業因を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に中の苦を受く・上殺とは父母乃至阿羅漢・辟支仏(びゃくしぶつ)・畢定(ひつじょう)の菩薩なり阿鼻(あび)大地獄の中に堕す、善男子若し能く一闡提を殺すこと有らん者は則ち此の三種の殺の中に堕せず、善男子彼の諸の婆羅門等は一切皆是一闡提なり」已上。

仁王経に云く「仏波斯匿(はしのく)王に告げたまわく・是の故に諸の国王に付属して比丘・比丘尼に付属せず、何を以ての故に王のごとき威力無ければなり」已上。涅槃経に云く「今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相・及び四部の衆に付属す、正法を毀(そし)る者をば大臣四部の衆当に苦治すべし」と。又云く「仏の言く、迦葉(かしょう)能く正法を護持する因縁を以ての故に是の金剛身を成就することを得たり、善男子正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せず応に刀剣・弓箭(きゅうせん)・鉾槊(むさく)を持すべし」と、又云く「若し五戒を受持せん者有らば名けて大乗の人と為す事を得ず、五戒を受けざれども正法を護るを為て乃ち大乗と名く、正法を護る者は当に刀剣器仗(きじょう)を執持すべし、刀杖を持すと雖も我是等を説きて名けて持戒と曰わん」と。

④につづく
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by johsei1129 | 2014-01-10 22:29 | 立正安国論(御書五大部) | Trackback | Comments(0)
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