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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 09月 26日

六十四、四条金吾の格闘

侍たちが昼間から名越光時邸で酒を前に談笑していた。当時の御家人は酒を飲むのも仕事のうちである。

島田入道が顔を赤らめた。

「あまり飲むな、勤務中じゃ」

一同がばつ悪そうに苦笑いをする。

山城入道が舌打ちした。

「心ぼそいのう。むくりの件で毎日だれかが筑紫へ送られておる。明日は我が身かとびくびくじゃ」

「殿は博多防衛の大将の一人だ。いつかはわれわれもお鉢がまわるぞ。博多は遠い。家の者になにかあってもすぐには戻れぬ。難儀だのう」

「それにな、金子の工面も大変だぞ。われわれは殿について行かねばならぬ。だが給わった土地が、ああもせまくては年貢もままならぬわ」

「わしは殿に不平は言いたくない。だがな、殿はあまりにも不公平じゃ」

「なにが」

「考えてもみろ。家中で一番働いているわしらが、なぜ狭い土地しかもてんのだ。それにくらべて、なんの働きもない者が、どうして殿から広い土地をもらうのだ」

「だれのことをいっている」

そこへ四条金吾が通りすぎていく。

島田が小声になった。

「うわさをすれば影じゃ」

「四条か」

「あやつ、殿の病気を治しただけで広い田畑を給わったのだ。刀で武勲をあげたわけではないのに」

「そういえばあやつ、殿の贔屓(ひいき)が厚いばかりに高あがりになっておるな。ほかの連中も文句をいっておったぞ」

「ほかにもあるぞ。ほれ、四条は鎌倉で知らぬ者はない法華の信者だ。あの日蓮が首を斬られんとした時、自分も腹を斬ろうとしたのだ。殿は今でもあのことを苦々しく思っておられるというぞ。それにもかかわらず、臆面にも殿に法華経を勧めているそうな」

「それはまことか。許せんな」

「以前、わしが念仏の話をしておったら四条め、どなりおったわ。あやうく刀をぬくところであった」

「あやつ、殿を主人と思っていないのではないか。殿と話すときも、まるで朋輩(ほうばい)と話しているようだ」

その金吾が主人光時と対面した。

「殿、ご機嫌うるわしゅうございます」

「頼基、役目ご苦労である。今日はもうさがってよいぞ」

金吾がいずまいをただした。

「殿、先日の件、お考えいただきましたか」

「なんであったかな」

「法華経のことでございます」

「おおそうであった。頼基、わしは念仏の教えを捨てるつもりはない。先日も良観様のお話を聞いた。まことにありがたかった。武士として生まれ、明日も知れない毎日で念仏を唱えることがいかに大切か、身をもって知ったわ」

金吾が食いさがった。

「殿、念仏は(かり)の教えでござる。教主釈尊はいまだ阿弥陀経には真実をあらわしていないとおおせですぞ」

「それはなんども聞いた。だがな、わしは念仏を捨てはせぬ。それにな、京から竜象房という僧侶がこられた。ありがたい話が聞けるという。今から楽しみなのじゃ」

金吾がはっきりといった。

「だれの教えであろうと、念仏は無間地獄の振る舞いであります」

ここで物静かな光時がおこりだしてしまった。

「頼基、なにをいう。主人をなじる気か。だまって聞いておればいい気になりおって。さがれ」

金吾は答えることができずに退出した。

すれちがいに島田入道と山城入道が拝謁した。

山城が言上する。

「殿、お話が。四条金吾のことでございます。あやつ、殿に可愛がられているのを幸いに、いささか度を越しているのではないかと」

島田入道も同調した。

「われわれ同僚も、みな四条をきらっております。その点、殿からきつい仕置きがあればよいかとぞんじますが」

光時は大人である。彼は機嫌をなおし、はやる二人をなだめた。

「まあおちつけ。金吾はわしの大切な部下だ。親子二代にわたり、この名越につくしておる。あやつの強情なところは、おまえたちも不満があろう。だがな、どんなことであれ、耳に痛いことをいう者がおればこそ、わが一族も安泰というもの」


光時邸の門に日が傾いた。

金吾が退出しようとした。まわりの武士が金吾の背に後ろ指をさした。島田と山城がその中にいる。

金吾も背後の視線がわかった。たまりかねてふりむく。

「なにかご用でござるかな」

島田がとりつくろった。

「いや、なにもござらぬ。金吾殿、どうかいたしたか」

金吾も挑発した。

「失礼いたした。じつはいま背中に邪気を感じてな」

山城が息まいた。

「ほう、それはかったいな」

金吾が正面をむいた。

「まことに気味わるいものでござる。かげで人をあげつろい、げらげらと低く笑う妙な生き物がいる」

島田の表情がかわった。

「四条、なにをいう。だれのことをいっておるのだ」

「自分の胸に聞いてみよ」 

金吾と島田・山城が対峙した。

 島田と山城が刀をぬこうとするが、同僚が必死に止めた。

金吾は身延の草庵に見参し、日蓮と対面した。金吾にとって自分の不平不満を聞いてくれるのは日蓮しかいない。

「まったく、わが殿は法華経を聞く耳をもちませぬ。同僚もわたしをねたんでいる者ばかりでございます。上人、わたしも年をとりました。宮仕えはここが潮時かと思います。すこし疲れました。長年の奉公で蓄えもできましたので身を引こうと思います。それもこれも、わからず屋の主人がいるばかりに」

「それはなりませぬ」

金吾は意外な返事に驚いた。自分の話に納得してくれるだろうと思っていた。理解してくれていると思っていたのだが。

「日蓮が佐渡の国でも飢え死にせず、この山の中で法華経を読むことができるのは、だれあろう金吾殿の助けがあるからです。その金吾殿の助けはなにゆえぞとたずねたならば、主人光時様のおかげですぞ。金吾殿の父上母上の孝養も、もとをたどれば主人のおかげではないか。そのような人の身内をどんな理由があるにせよ、捨てることができますか。命にかかわることがあっても、捨ててはなりませぬ」

金吾がふてくされた。これではわざわざ来たかいがない。

日蓮はつづける。

「賢人は八風と申して八つの風におかされない人をいう。(うるおい)(おとろえ)毀・誉・称・譏(やぶれ ほまれ たたえ そしり)苦・楽(くるしみ たのしみ)です。おおむねは利あるに喜ばず、衰うるになげかずということです。この八風におかされない人を天は守る。しかるに道理もなく、主をうらみなどすれば、いかに申せども天は守りませんぞ」

金吾は聞く耳をもたない。

「わかりました。上人はわたしと同じ了見だと思っていたのですが残念です」

金吾が立ちあがった。日蓮は金吾が危機の中にはいりつつあることを見てとった。

「まちなさい。これから百日の間は、同僚や他人との酒はひかえなさい。自分の家いがいは外で飲んではならぬ。夜の酒もひかえなさい。主人がお呼びの時は、昼ならば急ぎまいること、夜ならば三度までは病気といってひかえるように。呼び出しが三度をすぎたならば下人や他人を連れて道案内させるようにしなさい。こう慎んでおれば蒙古が攻めてきた時、身内の人の心はもとにもどるであろう」

金吾が聞かないふりをするが、日蓮は忠告をやめない。

「しばらく慎むのです。たとえ主人にあやまちがあったとしても、みだりに身内を出てはなりませんぞ。たとえ身に病がなくとも、(やいと)を一二か所すえて病気といっていなさい」

金吾はなにもいわず山をおりていった。

日蓮は金吾を心配した。このあと鎌倉に人をつかわして動静をさぐったりしたがはっきりしない。

日蓮はさらに高弟の日昭に金吾と接触して報告するよう指示している。また日蓮自身が金吾をいたく案じていることを伝えさせた。


さぶらうざゑ(三郎左衛)もん()どのゝ、このほど人をつかわして候ひしが、()ほせ候ひし事、あまりにかへすがへすをぼつかなく候よし、わざ()と御わたりありて、()こし()して、()つか()わし候べし。又さゑ(左衛)もん()どのにもかくと候へ。『弁殿御消息

数日後、名越光時邸に家来があつまった。

突然の召集である。

四条金吾をはじめ家来が不審がった。参集の理由がわからなかったのである。

光時が登場した。

「このたび、そのほうらの所領替えを行うことになった」

いきなりの達しである。家来集がざわめいた。

「まず四条金吾頼基。伊豆の土地を取りあげ、越後の土地をたまう」

金吾がはっとした。

光時はおかまいなしにいう。

「島田入道。おぬしに伊豆の土地をたまう。以上だ」

一同が驚いた。重臣の金吾が左遷された。越後といえば鎌倉からはるかに遠い。

金吾が思わず光時をとめた。

「殿、おまちくだされ。なにゆえそのような下知を」

光時がけげんな顔をした。

「頼基、不服か」

金吾は食いさがる。

「武士にとっては領地の田畑がもっとも大事でござる。そのような重大なことを、いともたやすく決められるのは心外でございます。前もってお知らせがあってしかりと思いまする」

光時がにらんだ。

「頼基、そのほうこのごろ、いささか高あがりであるぞ。わしの念仏を責め、このたびは領地のことに不満を申すか」

金吾が首をふった。

「殿は病気がちでござる。身に病あっては、金吾は心配でございます。ただでさえ世間は蒙古のことで騒がしくなっております。今の拙者の心はいかなることがおきましても、殿の前で命を捨てんと思っておりまする。もしやの事があれば越後より馳せのぼるのは、はるかなる上おぼつきませぬ。たとえ所領を取りあげられても、今年は殿からはなれませぬ。これよりほかは、いかにおおせをこうむるとも恐れるものではござらぬ。これよりも大事なることは日蓮聖人の事と過去におわす父母の事でござる。殿が金吾を捨てても、命は殿にさしあげまする。後生は日蓮聖人におまかせしておりまする」

光時が怒った。

「だまれ」

山城入道が金吾をなじった。

「金吾、殿のおおせだぞ。なんだその口のききかたは。それでも名越の武士か」

金吾が一喝した。

「だまっていろ。おぬしのでる幕でない」

島田入道が刀をぬき、山城入道も味方した。

金吾も抜刀して二人をにらみつけた。

家来衆が両者をとりかこみ騒然となった。

ここで光時が間にはいってとめた。

「ええい、やめんか」

金吾と日蓮が再度対面した。

金吾は前にもましていきどおった。主人とのいさかいは法華経の信心を超えて、武士の命である所領にまで及んでしまった。金吾も武士である。土地への執着は人一倍強い。

「まったくわが殿にはあきれました。いきなり所領替えを命じておいて、あの島田なんぞに給うとは。越後の土地など収穫は望めませぬ。いやがらせとしかいいようがござらん。上人、わしは宮仕えがいやになりました。上人にもわかっていただけるかと」

日蓮は制した。

「このことは前から推察しておりました。このうえは、たとえ一分の御恩がなくても恨むような主ではない。そのうえ今までたまわった御恩と申し、所領をきらうということは金吾殿の(とが)ではないですか。今の金吾殿は欲と名聞と怒りでうまっている。それでも武士ですかな」

金吾がいきどおった。

「上人。(それがし)は今まで殿につくしてまいりました。その某を、欲と名聞名利に狂っているというのですか。わかりました。これからは私の好きなようにさせていただきますぞ」

日蓮は金吾が出ていくのを静かに見送った。そして所化の日目に指図した。
「三位房を呼んでまいれ」

日蓮は高弟の三位房に指示した。

「金吾殿が心配だ。おぬし鎌倉へおりて見はってまいれ。そして逐一報告いたせ」

三位房が露骨にいやな顔をみせた。

「上人、金吾殿は在家です。わたしが一信徒のために、わざわざ出かけるような必要がございましょうか」

「それはどういう意味かな」

「わたしにとっては金吾殿よりも、もっと格上の御仁を相手にしたほうがよいのではないかと思われるのです。わたくしはこれまで、上人にしたがって仏法の奥底を極めてまいりました。私の実力ならば、それができるはずでございます」

日蓮は口調を強くする。

「三位房。このたびの金吾殿のことは極めて重大なことになる。おそらく幕府の上層にまで累がおよぶであろう。おぬしの実力がためされる時なのだ」

三位房はしぶしぶ納得した。

「そうまでおおせであれば、出かけてまいります」

日蓮は席を立つ三位房の背をにらんだ。三位房は古参の弟子であり、竜口の法難では殉死しようとしたほどの高弟である。今も日蓮の片腕として力を発揮している。問答も見事であり弟子檀那の信頼も厚かった。

ただ一つの欠点が傲慢だったことである。

日蓮はその気性を幾度か指摘したが、三位房はかわらなかった。きつく叱責しようとして思いとどまっている。その理由は「智慧ある者をそ()ませ給ふか」と弟子檀那から思われるからだったという。直言で知られる日蓮にはめずらしいことだが、あくまで弟子の成長を期待していたのである。しかしこのために三位房はいよいよ慢心がつのった。

金吾は鎌倉の自庭で剣術の訓練をはじめた。

金吾が目かくしをする。家来が木刀で組んで金吾ともみあいとなった。そこへもう一人が金吾の背に上段から打ちこんだ。

金吾はとっさにかわそうとしたが一瞬おそく肩をうたれてしまった。目隠しして背後の敵はかわせるものではない。

金吾はあまりの痛さに思わず顔をしかめる。

金吾は名越の家中に不穏な空気がながれているのを察した。光時以下、総がかりで金吾を追い落そうとしている。味方はいない。多勢に無勢だった。こうなれば剣で身を守るだけだ。自分でまいた種だが己の力にたよるほかはない。

妻の日眼女と娘の(つき)(まろ)が心配そうに見つめる。

金吾はみなの視線を感じた。

「なんのこれしき。心配するでない。さあ、もう一本」

「もう無理でございましょう。何回やってもおなじことです。金吾様の腕をもってしても、目かくしで背後から切りかかる太刀を、よけられるものではございませぬ」

「うるさい。かわさなければ死ぬまでじゃ。もう一本」

金吾はもう既に意地になっていたが、やはりかわしきれず打たれた。

金吾がどなる。

「こら、手加減するな」

ここでようやく小休止となった。

小屋で傷の手当をうけた。痛み止めの薬は飛びあがるほどしみて、さすがの金吾も思わずうなる。

三位房がこのさなかにたずねに来た。彼は金吾の機嫌をうかがった。

「これはこれは。剣術の最中でございましたか」

金吾は不機嫌である。

「三位殿でござるか。かまわぬ。こちらへおすわりあれ」

三位房がさしだされた木椅子にすわった。

金吾が背をさすりながら言う。

「よくおこしになられた。聞いておられるであろう。わしはもうだれの教えもうけぬつもりじゃ。三位房殿、上人からなにか言われたであろうが、わしは聞く耳をもたぬ」

三位房が笑った。

「上人もきびしいお方ですからな。このわたしにもきびしい。さぞ金吾殿には耳の痛いお話でしたでしょうな」

「このごろは面白くないことばかりでな。なにをやってもうまくゆかぬ」

金吾が背中をみせた。

「剣の鍛錬をしてもこのとおりじゃ。貴殿がこられたとて、はかばかしいことは・・」

三位房が話をかえた。

「じつはわたくし、これから桑ヶ谷(くわがやつ)へ出かけようと思いましてな」

「桑ヶ谷」

「さよう。いま鎌倉で評判の念仏僧、竜象房殿の説法をうかがいたいと思いましてな」

金吾が顔をあげた。

「おお、あの竜象房でござるか。極楽寺良観が京から呼びよせたという」

「どんな僧侶かはぞんじませぬ。大仏門の西に止住し、日夜説法をしているようです。彼いわく、現当のため仏法に不審ある人は問答すべき旨、説法するという。鎌倉中の上下万民は竜象房を釈尊のように尊んでいるとか。しかれども問答におよぶ人がないと聞いております。この三位が、かしこへ行き、問答をとげて一切衆生の不審をはらそうと思うのです。ここに伺ったのは、ご一緒にいかがと思いましてな」

金吾はこういうことに目がない。いてもたってもいられない性分なのだ。すぐ立ちあがった。

「ぜひ同行いたそう」

傷の痛みは消えてしまった。

四条金吾は強情さゆえに主人と仲たがいしてしまった。すべては金吾のわがままからきたことである。これは自分でもおさえきれない欲と名聞からでた。

現代でも会社や上司に不満をもつ人はいくらでもいる。鎌倉時代の御家人も同じだった。ただひとつちがうのは、金吾が法華経をかたく(たも)っていたことである。金吾のわがままは、やがて思わぬ方向へすすんでいく。

        65 桑ケ谷の法論 につづく
下巻目次




by johsei1129 | 2014-09-26 13:37 | 小説 日蓮の生涯 下 | Trackback | Comments(0)
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