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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 07月 21日

五十二、留難ふたたび

弾圧が再びはじまった。

矛先は日蓮ではなく佐渡の民だった。

漁師の一家がそろって題目をあげていた。

突然、扉が破られ武士が土足で家族をとりかこんだ。

武士は親子を威嚇した。

「そのほうら、流罪の日蓮に供養の品物をとどけたな。罪人に物をとどけるのは、御法度である。ひったてい」

雑人が泣きわめく女子供たちをつれだしていく。

若い夫がとめようとしたが、強引に離されて縛られた。

「おぬしはこの島から追放じゃ」

親子が海岸線で引きさかれ、連行された。

日蓮の館には監視の武士がついた。

彼らは四方に立ち、するどい目であたりを警戒した。

かごをかついだ農夫が館の前を通りすぎる。

武士があやしんで声をかけた。

「まて、そこの者。なぜこの前をとおる」

農夫があわてた。

「は、なんのことで・・」

「この館は罪人の日蓮が住んでおる。そのほう日蓮の手先であろう。たしか以前、見た顔だ」

百姓が狼狽した。

「めっそうもございませぬ。わしはただこの道が畑に近いので通っただけでございます」

「だまれ、あやしい奴。牢に入れろ」

農夫が地面にはいつくばり抵抗したが、手荒く引ったてられた。

 これらすべては佐渡の守である北条宣時の陰謀だった。執権時宗はなにも知らずにいる。

武蔵前司殿是をきゝ、上へ申すまでもあるまじ、先ず国中のもの日蓮房につくならば、或は国をおひ、或はろう()に入れよと私の下知を下す、下文(くだしぶみ)下る。かくの如く三度、其の間の事申さざるに心をもて計りぬべし。或は其の前を()()れりと云ひて()うに入れ、或は其の御房にものをまいらせけりと云ひて国を()ひ或は妻子をとる。  『種々御振舞御書

鎌倉八幡宮に粉雪がふる。

北条宣時邸では宣時と良観が談笑していた。

戸のむこうから使者の声がする。

良観が袂ですばやく銅銭の箱をおおいかくした。

使者が入室し平伏した。

「佐渡から書状がとどきました。お指図のとおり、日蓮を佐渡の住民どもから引きはなしておりまする。また日蓮に近づく者は厳重に処罰しております」

宣時が答えた。

「大儀である。だが油断はならぬ。さらに御教書を送れ。きびしく取りしまるようしるせ。日蓮を日干しにするのだ」

使者が言いにくそうに告げた。

「つきましては、その下し文のことでありますが」

「どうした」

「鎌倉殿時宗様の了解が必要ではないかと思われます。執権をさしおいて、勝手に下知をくだすのは、いささか懸念あるかと思われますが・・」

宣時が使者をにらんだ。

「一僧侶のことなど、殿の耳にいれなくともよい。煩わしいだけで、かえって不興を買う。日蓮の一件はわしの判断でことたりる。余計な心配はせずともよい」

使者が再度平伏して退室した。

宣時が良観にほほえんだ。良観はありがたく手をあわせた。

佐渡に二度目の冬がきた。

島は一面の雪におおわれた。日蓮の館も雪で埋もれた。訪れる者がだれもいない。

室内は暗かった。日蓮と弟子たちは囲炉裏のわずかな火を見つめた。寒さのため蓑を着たままだった。髭がのび、目に落胆のくぼみが見える。食事といっても(わん)(かゆ)を手わたしで食べるだけである。日蓮が最後に受けとったが、わずかしかない。

弟子たちは思う。佐渡にきた時は苦境の真っ只中だった。明日がない毎日だった。それがあの法論で劇的に好転、そしてまたこの困窮である。

だが日蓮は平気だった。

三十二の歳からこの逆境は覚悟していた。いまさら悲しむほうがおかしい。順風の時にはきびしく、逆風の時はよろこぶ癖がいつのまにか身についていた。

「むかし中国に蘇武という将軍がいた。あるとき(いくさ)に敗れ、(えびす)の捕虜となったが屈せずに志をまげなかった。そのため囚人のまま食事も満足にできず十九年、雪を食べてくらしたという。われらも蘇武におとらず、志をまげてはいない」

弟子がつぶやいた。

「明日また百姓屋をまわります。このたびのことで、食をさしだす者はなくなってしまいましたが・・」

外から人の呼ぶ声がする。

「上人、上人・・」

戸を開けると雪をかぶった阿仏房が立っていた。

阿仏房は(ひつ)を背負い、にこやかに手をあわせた。

日蓮がおどろき、あたりを見ながら小声でいう。

「阿仏房殿、きてはならぬ。本間殿に見つかれば、所払いになりますぞ」

阿仏房はこたえず、櫃から食をとりだした。甘海苔、わかめ、小藻(こも)(たこ)(かしら)だった。

弟子たちが目を輝かせた。

阿仏老人が少年のようにおどけた。

「これしかもってこれんかったわい」

彼は最後に、にぎり飯をわたした。

「これはわが女房と国府の奥方からでござる。上人、ご安心くだされ。飢え死にはさせませぬぞ」

日蓮は聞かない。

「いかん、ここに来てはならぬ。みなつかまりますぞ。牢にはいるのですぞ。あぶないのだ」

阿仏房は首をふった。

「この阿仏房、上人にお会いしてまことの光を見つけたのでござる。いまそのあかりが消えかかっております。上人、これで火をつけてくだされ」

阿仏房が去っていく。

彼が残したかんじきの跡は、降りしきる雪で忽ちに消されていった。

日蓮が戸を開けてその様子を見つめ安堵した。

鎌倉極楽寺では、にこやかな良観の前に幾十人の信徒が平伏していた。

彼らはかつて日蓮の信者だった。その彼らが良観の前で、うやうやしく言上した。

「良観様、今までのことは水に流していただきとうございます。われらはただ静かに法華経を唱えたいだけでございます。日蓮殿のように自分だけが尊く、ほかはまちがいであるとか、人を(そし)ることなどはいたしませぬ」

良観がうなずいた。

「結構なことです。日蓮のように(おのれ)の主義主張をわがままに通せば、国主から罰せられ、世間の(あだ)となる。みなさんはよく目覚めました。これよりは善も悪も心にいれて、広い心で世間とつきあっていくことです。これからは安心してよろしいですぞ。幕府のとがめはあなた方におよばぬよう、この良観が手配いたそう」

信徒たちがにたりとした。

「かたじけのうございます。われら一同、安穏にはげむことができます。そのお礼としてはなんですが、これよりわれらは良観上人の教えもとりいれてまいりとうございます。どうかご教示を」

「それはよかった。おたがい切磋琢磨し、仏の道を究めたいものでござるな」

 日蓮の一党は解体しはじめた。すべて良観の思わくどおりだった。佐渡の弾圧もすすんでいる。

異様な執念である。

すべては祈雨の勝負で一介の僧日蓮に敗れ、生き恥をさらした恨みからだった。

良観はかつて自分の信念を十にまとめていたという。その八番目にあたるのがつぎの信条だった。

われに怨害(おんがい)をなし、毀謗(きぼう)をいたす人にも、善友の思いをなし、済度(さいど)の方便とすること。

済度とは救いわたすことをいう。苦しみの()(がん)から成仏の彼岸(ひがん)へ救いわたすことである。どんな人物であれ善友の思いで救っていこうとした。

だが良観はどうしても日蓮を善友にできなかった。祈雨に敗れても、約束どおりに日蓮の弟子となり、世間を捨てることができなかった。

良観は仏法の正邪に命をかける日蓮がわからない。良観にとって仏法は手段であり、尊い命をかける対象ではない。彼にはほかになすべきことがあった。それは地位であり名誉であり、名声であり、財産であり、権力であり、その他もろもろだった。仏法はその中の一つにすぎない。

日蓮はそんな良観を根底から否定した。良観は日蓮に底知れぬ恐怖をおぼえて憎悪した。善友になどできるわけがなかった。反面、日蓮は良観を批判こそすれ、得がたい善知識と呼んでいたのだが。

良観は別名を両火房という。日蓮は両火房を糾弾する。

両火房(りょうかぼう)(まこと)の人ならば、(たちま)ちに邪見をも(ひるがえ)し跡をも山林に隠すべきに、其の()(もっと)も無くて(おもて)を弟子檀那等にさらす上(あまつさ)讒言(ざんげん)を企て、日蓮が(くび)を切らせまいらせんと申す上、あづかる人の国まで状を申し下ろして種をたゝんとする大悪人なり。而るを無智の檀那等、恃怙(じこ)して現世には国をやぶり後生には無間地獄に堕ちなん事の不便(ふびん)さよ。   『下山御消息

恃怙とは頼むこと、よりどころをいう。

良観の信徒はなにも知らず、ただ彼をたのみ、よりどころとして戒律を守るだけだった。

佐渡の吹雪が音をたてる。

国府入道の館では妻が飯をにぎっていた。

入道も野菜や餅をはこんできた。すべて日蓮にとどける糧である。

阿仏房がそれを櫃に入れていく。彼は蓑を着、編み笠をかぶった。

入道が阿仏房につげる。

「気をつけてな。このこと、すでに本間殿に知られているようじゃ」

阿仏房が入道の目を見た。

「わしに万一のことがあればたのむ」

入道夫妻は阿仏房が吹雪の中に消えるまで見送った。

夫妻が戸を閉め、囲炉裏をかこんだ。

妻がひとりごとのようにいう。

「いつまでつづくのでしょう」

入道が答える。

「われらは蓄えのあるかぎり、上人を守るまでじゃ」

「ですが、米はもう尽きはじめております。阿仏房の家とておなじはず。あそこも大人数ですからの。どうすれば・・」

入道が胸元から書状をとりだした。

「上人様からあずかった」

妻がのぞき見る。

「鎌倉への訴状じゃ。本間殿の横暴、国の者の困窮がしるされておる。一刻も早くとどけなければ島があやうい」

「それが聞き入れられるのですか」

入道がだまった。

ここで外から戸がたたく音がした。

入道が立ちあがった。

「阿仏房じゃ。もどってきおった。なにかあったかえ」

妻が戸をひらくと阿仏房ではなく、雪にまみれた強面の武士団が立っている。

彼らは乱暴におし入った。

「国府入道、日蓮幇助(ほうじょ)の罪で召し取る」

入道がすぐさま書面を火の中にいれた。武士が入道の両腕を締めあげる。

妻が叫び声をあげてつかみかかったが、はね飛ばされてしまった。

吹雪が視界をさえぎる。

阿仏房がその中を一歩一歩、日蓮の館をめざす。人目を避けるには夜しかない。

遠くに明かりのついた館が見えてきた。阿仏房の表情がゆるんだ。

だがそこへ本間重連ひきいる武士団が立ちはだかった。

「阿仏房、どこへいく」

阿仏房が悲しげにいった。

「本間殿、道をあけてくだされ」

「ならぬ。どうしても通るなら、力ずくで縄にかけるぞ」

阿仏房が刀に手をかけた。

「おぬしら武士であろう。武士ならば、ひとかどの情けはあるはず。ならば食に飢えて弱っている者に、憐れみは感じぬのか。刀を差しているのはなんのためだ」

本間が聞かないふりで部下に命じた。

「引っ立てろ」

配下の武士たちは躊躇(ちゅうちょ)した。島の人間で阿仏房を知らない者はない。老齢闊達の阿仏房は尊敬されていた。だが本間にせきたてられ取りかこんだ。

阿仏房は刀の柄をにぎりしめていたが、抜かずにそのまま縛られた。彼は追いたてられながら、いつまでも館の灯を見ていた。

雪原に櫃がぽつんとのこされた。

年があけ、佐渡に春がきた。

山々の雪がとけ、道に花が咲く。

港がにぎわっていた。

伯耆(ほうき)日興が山の土手から船着き場をながめていた。

彼はときおり山に登り、対岸の信濃をながめた。

伯耆房は港を見おろしながら思う。

師匠が流罪の身となって二年がすぎた。伯耆房もまた日蓮について懸命に今日まできた。しかしいつになったら鎌倉へ帰ることができるのだろう。日蓮が赦免となれば、あの船で帰れるのであろうか。

伯耆房は憂いながら、ぼんやりと港を見ていた。

船から大勢の人々がおりてくる。その中に見覚えのある老人がいた。

おどろくことに安房清澄寺の道善房がいたのである。道善房は日蓮の幼少の師である。

道善房が船からおりた。

港には人だかりができていた。

罪人が縄でしばられている。なにごとであろう。

道善房は引っ立てられる罪人をながめながら漁師に聞いた。

「あれは・・」

「日蓮上人に食べ物をさしだしたとかで、島から追放ということじゃ」

道善房に臆病の色がでた。

 そこへ伯耆房があらわれた。伯耆房はおそるおそる聞いた。

「あの、失礼ですが道善房様、安房清澄寺の道善和尚ではございませぬか」

気弱な道善房がおどろいた。

「いかにも。さてどちら様ですかな」

伯耆房が目を輝かせた。

「日蓮聖人の弟子、伯耆房にございます。和尚とは安房でお目にかけていらいでございます。よく佐渡にこられました」

「いかにも。愛弟子の蓮長、いや日蓮に会いに来ました。遠流の身となって、はたして達者でいるかと思いましてな」

伯耆房はつとめて明るくいう。

「ええ元気でおられますとも。和尚とお会いすれば上人は大喜びです。わたしが案内いたしましょう」

しかし道善房は首をふった。

「いや、伯耆房殿、残念だが会うのははやめておきます。日蓮殿はまだ幕府からおとがめをうけている身です。わたしが会いに行けば、なにかと波風がたちます」

「なにをおおせられます。安房からはるばる来られたのでしょう。わたしが守護代にお話しして、なんとか面会できるようにいたします。さ、どうぞ」

 道善坊は、かたくなだった。

「いや、もう船が出ますのでな。これで失礼いたす」

道善房が小走りに去っていく。

伯耆房は悲しくなった。そして道善房の背中に叫んだ。

「道善房様、なにか上人に伝えることはありませんか。道善房様・・」

道善房はふりむかなかった。

伯耆房は師日蓮の前で両膝をにぎった。

日蓮は宙を見つめた。

「そうであったか。師匠が島に来られていたか・・」

「伝言はなにもありませんでした。佐渡におこしになったことだけでも、大変なことだとは思いますが、せめて・・」

日蓮はため息とともに言った。

「弟子のわたしに会わなければ、来たことにはならぬ。臆病なお人だ。なにもかわっておらぬ」

道善房は日蓮に帰依したが決して強信とはいえなかった。

後にすこし信ぜられてありしは、い()かいの後のちぎ(乳切)()なり、ひるのと()しびなにかせん。其の上いかなる事あれども子・弟子なんどいう者は不便(ふびん)なる者ぞかし。力なき人にもあらざりしが、()()の国までゆきしに一度もと()らわれざりし事は、信じたるにはあらぬぞかし。     『報恩抄

 乳切木とは両端を太く中央をやや細くした棒である。本来は物を担うために用いられたが、喧嘩の道具にされることもあった。

 道善房の信心は喧嘩のあとの棒であり、昼の灯だという。妙法に目覚めるのがあまりにもおそすぎた。生来の臆病を消すことができなかった。不甲斐ない師匠をもった弟子の心境を訥々(とつとつ)とつづっている。

真夜中、館は静まっていた。

日蓮がひとり堂からでてきた。監視の武士は壁に背をあて眠りこけていた。

その前を物思いに沈む日蓮が歩いていく。

原野にきた。

日蓮が暗闇を歩く。そして海を真下に見る断崖の上で正座した。

日本海の波ががはるか下でうちよせている。

日蓮が闇にむかって題目をあげた。

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・」

やがて天空に朝日が昇りはじめた。

日蓮が陽の光を真正面にあびながら唱題をつづけた。髪も髭ものび、薄墨の袈裟は黒色になった。日蓮は光線にむかって手をあわせ、波の音に負けじと唱えつづけた。

そして天に叫ぶ。

梵王をはじめとする諸天は法華経の会座(えざ)で、妙法をたもつ者を守護すると誓った。しかし今なぜあらわれない。

日蓮は竜の口の法難で、八幡大菩薩を叱りつけたように、今また諸天をなじった。

梵天(ぼんてん)帝釈(たいしゃく)・日月・四天はいかになり給ひぬるやらん。天照大神・正八幡宮(しょうはちまんぐう)は此の国にを()せぬか。仏前の御起請(きしょう)はむなしくして、法華経の行者をばすて給ふか。もし此の事叶はずば、日蓮が身のなにともならん事は()しからず。各々現に教主釈尊と多宝如来と十方の諸仏の御宝前にして誓状を立て給ひしが、今日蓮を守護せずして捨て給ふならば正直捨(しょうじきしゃ)方便(ほうべん)の法華経に大妄語(もうご)を加へ給へるか。十方三世の諸仏をたぼらかし奉れる御(とが)(だい)()(だっ)()が大妄語にもこへ、瞿伽(くが)()尊者(そんじゃ)虚誑(こおう)罪にもまされり。(たと)大梵天(だいぼんてん)として色界(しきかい)の頂に居し千眼天(せんげんてん)といはれて(しゅ)()の頂におはすとも、日蓮をすて給ふならば、阿鼻(あび)の炎にはた()ゞとなり、無間大城をば()づる()おはせじ。此の罪をそろしくをぼ()せば、そのいはれありと、いそぎいそぎ国にしるしをいだし給へ、本国へかへし給へ。  『光日房御書

          五十三、時宗、赦免を決断 につづく


中巻目次



by johsei1129 | 2017-07-21 17:27 | 小説 日蓮の生涯 中 | Trackback | Comments(0)
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