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日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 10月 01日

78 熱原の法難


八月となった。旧暦では秋である。収穫の季節が始まった。

熱原では弥四郎が弥五郎と弥六郎を引きつれて信者の農家を訪ねていた。三人は一戸一戸、法華経の信心をつづけるよう説得した。 だが刃傷沙汰いらい、どこも反応はにぶかった。

法華経の勢いは優勢だが、院主代の行智はいまだに寺を支配している。法華宗の日秀や日弁は寺の片隅にかくれるようにして住むしかない。応援する伯耆房もこの状況をかえることができない。

弥四郎が百姓家で説得した。

「先日の刃傷で問注所に訴えることになった。たのむ、協力してくれ」

百姓は弥四郎たちに冷たかった。

「おら、あらそいごとはきらいでな。もう寄合にはでない。法華経の信心も考えてみるつもりだ」

「なにをいう。この信心はありがたいといったではないか」

「滝泉寺は刀や弓矢がある。百姓にはない。わしも斬られたくはないのでな」

百姓が弥四郎を押しかえして戸をしめた。

村はだまってしまった。ついには弥四郎たちが声をかけても戸をあけなくなった。

「おい、いるだろ。あした寄合をひらく。必ずきてくれ。日秀様や日弁様もこられるぞ」

中からは反応がない。三人はあきらめて去った。

あぜ道で手をとり説得してもきいてくれない。百姓たちは手をふりきって去ってしまう。

見渡すかぎりの田んぼの稲穂がこうべを垂れ、収穫は間近となっていた。

お昼どき、弥四郎、弥五郎、弥六郎の三人が大木にもたれた。
「だめだ。村の衆はみな臆病になっている」

弥五郎がねをあげた。弥六郎も村人の説得がうまくゆかず、ほとほと参っていた。

「百姓は確かに武士には弱いな。この熱原が法華経で結束したと思ったが、けが人がでただけでこの始末だ。いっそわれらも刀をもつか」

指導者格の弥四郎が思いつめたようにいう。彼は焦っていた。

「それも一つの方法だな。刀には刀でむかうしかないかもしれん」

弥五郎がとめた。

「いかんぞ、それは。庄屋や地頭がだまっていないぞ。神四郎もいっていた」

弥四郎がにらむ。

「神四郎の話はするな。あいつ、自分がかわいいばかりに臆病になった。信心より妻子が大事なのだ」

この時である。

人の足音がした。

弥四郎がなにごとかと立ちあがった。

滝泉寺の武士だった。その武士が弥四郎にむかっていきなり刀をぬいた。弥四郎があわてて背を向け逃げようとしたが、その背中をしたたかに斬られて倒れてしまった。

武士はさらにうつ伏せに倒れた弥四郎にまたがり、首を一気に打ち落とした。そして無残にも刀で弥四郎の首を高くかかげた。

あっという間の出来事だった。

弥五郎と弥六郎はあまりのことにぼう然としていた。

武士が狂ったように叫ぶ。

「百姓どもに伝えろ。法華経を捨てなければこのような目にあうとな。日秀、日弁の坊主も例外ではないぞ」

武士が勇躍かえっていく。この武士が誰だったか名前は伝わっていない。

のこった弥五郎と弥六郎が首のない弥四郎の遺体に泣きすがった。
 

その夜、弥四郎の家に熱原の信徒がぞくぞくとあつまった。

弥四郎の遺体は取り急ぎ用意されたひつぎにおさめられ、真新しい布がかけられた。みな手をあわせた。

信じられないことが起きた。昨日まで率先して信徒を指導していた弥四郎が理由もなく斬殺されたのだ。

かけつけた日秀と日弁も祈った。伯耆房は甲斐にいて不在だった。神四郎の一家は最後尾にすわった。

弥五郎が目を真っ赤にしていった。

「これできまった。滝泉寺の行智はわれらを根絶やしにするつもりだ。みんな弥四郎につづこう。問注所に訴えるのだ。証拠はある。評定はかならず勝つぞ」

信徒からも一斉に賛同の声があがる。乱暴狼藉ならいざ知らず、信徒に犠牲者がでた。公に訴えでなければ自分たちの命も危うい。

弥四郎のひつぎの前で異常な熱気がうずまいた。

この時、外がさわがしくなった。

武将にひきいられた兵士がなだれこんできたのである。幕府政所の武士だった。

つづいて院主代の行智があらわれた。彼は百姓を指さした。寺と幕府政所が結託しているのは明らかだった。

武士が薙刀や刀で威嚇する。

弥四郎の位牌が土間にすてられた。

百姓たちがあわてふためく。

兵士は日秀らの僧侶を手荒く外へ追いだした。彼らの目的は日蓮の弟子ではなく百姓たちだった。

女たちが悲鳴をあげる。

兵士は少人数だったが、手ぶらの百姓がかなう相手ではない。神四郎が両手で妻子をかばった。

武将が周りを見渡しながら声高に言い放った。

「滝泉寺から訴えがあった。法華経を信じる者どもがいる。首謀者はだれか、立て」

すべての百姓がおそろしさのあまり、うずくまって頭を床につけた。お上が法華経の信心にお怒りだ。

武将がゆっくりと百姓ひとりひとりの顔を見ながらいった。

「法華経の信心は捨てろ。捨てない者は引ったてる。ここは幕府直轄の地である。この土地に法華の信徒がいるのは許さぬ。異論ある者は立て」

だれも立ちあがれない。

武将が不敵に笑った。

「だれも立つ者はおらぬか。そうだ、それでよいのだ。幕府にさからう馬鹿者はおらんのだ。われらはなにも乱暴はせぬ。法華経を捨てて元の念仏にもどるだけだ。そうだ、それでよいのだ。おまえたちは阿弥陀をおがみ、田を耕しておればよいのだ」

百姓の中に立ちあがろうとする者がいるが、立てずにいた。立とうとしても妻子がとめた。弥五郎、弥六郎も立てずにくやしがった。

兵士が笑って去ろうとする時、ついに神四郎が立ちあがった。

「あんた」

「おとう」
 神四郎の妻子が叫ぶ。

彼はふるえながら言った。

「熱原住人の神四郎なり。いかにおどされても法華経の信心はだんじて捨てませぬ」

一瞬の静寂のあと、兵士が刀をもって息まく。

ここで弥五郎も立った。

「おなじく弥五郎と申す。日蓮聖人とは離れませんぞ」

兵士の怒号の中、弥六郎も立った。

「弥六郎でござる。南無妙法蓮華経は捨てませぬぞ」

つづいて老若男女が勢いよく立った。

「わしも法華経は捨てません」

 この時とばかり、みなが口々に叫んだ。
 さすがの武将も、この百姓の気迫に一瞬たじろぐ。武将の脇を固
めていた兵士どもも百姓全員が立ちあがったのをみて、身の危険を感じてしまった。

異様な光景だった。武器をもたない百姓が捨て身でせまる。

「こやつらを引ったてろ」

武将が命令したが、兵士は恐怖をおぼえて逃げだしてしまった。それにつれ武将もまた背をむけて立ち去った。

弥四郎の家に静寂がもどった。
 子供らは安心したのだろう、一斉に泣きじゃくった。

男たちは互いに無言で肩をだいた。

彼らは散らかった祭壇を直し、弥四郎のひつぎを前に、ふたたび題目を唱えた。

いつのまにか神四郎が輪の中心にいた。

熱原の信徒の集団は法華講とよばれるようになった。熱原の法華経の信徒は弥四郎宅で見せた勇気が機縁となり、いちだんと結束を強めることになった。

そして待ちに待った収穫がはじまった。

信徒はみな目を輝かせて稲を刈っていく。どの顔も満足だった。その日、彼らは日秀の持分の田を刈り取った。豊作のよろこびに加えて、自分たちの住職のために稲を刈る。このうえない喜びの一瞬だった。

しかしそこに異様な静寂がただよった。

見慣れない武士の一団が百姓を取りかこんだのである。

百人はいようか。地元の兵ではない。弥四郎の家の事件とは比べようもない規模だった。

神四郎たちは、なすすべもなく捕縛された。

縛られた百姓はちょうど二十人。彼らは一人一人、用意された籠にほうりこまれ、運ばれていった。

明らかに巨大な力が動いていた。得体の知れない何者かによって、事前に周到に用意された出来事だった。

時に弘安二年九月二十一日、熱原の法難のはじまりだった。

百姓の捕縛とあわせたように、院主代行智が鎌倉の政所におもむき、訴状を提出した。

彼は奉行人の前で訴状を読みあげた。

「駿河の国、富士下方滝泉寺院主代、平左近入道行智、つつしんで訴え申す。

一、当滝泉寺の日秀・日弁、日蓮房の弟子と号し、法華経よりほかの余経あるいは真言の行人はみなもって今世後世、叶うべからざるの由、之を申す。

二、日本国は阿弥陀経をもって勤めとなすべきであるのに、彼ら法華経をもって勤めとするは一大事である。

三、さらに今月二十一日、多勢の人数をもよおし弓矢を帯び、わが院主分の坊内に打ち入り、下野房日秀は馬で乗りつけ、熱原の百姓は立札をもち、田畑を刈り取って日秀の住房に入れ申した。これ盗賊の振舞なり。

以上三ヶ条、仏神を恐れぬ大罪なり。よろしく御吟味あってお裁きを」

奉行人が訴状を受けとったが気がすすまない。

「この訴状、いつわりはないであろうな。日蓮の一派を訴えた者はあまたおる。だが真実であったためしがないのだ」

行智がにやりとした。

「ここに証人がおりまする」

驚くことに、三位房日行があらわれて言上した。

「先日まで日蓮の弟子でありました三位房と申す。日蓮の悪行に耐えかねて、このたび証人となり、かの悪僧の企てを(くじ)きたいとぞんじまする。これにより、かの熱原の百姓どもの罪科があらわれることは、火を見るよりも明らかでございまする」

奉行人は驚いた。三位房といえば日蓮の高弟ではないか。

さらにこの時、まっていたとばかり平頼綱が登場した。

係の者が驚いたように叫んだ。

(へい)左衛門尉(さえもんのじょう)様、おなり」

奉行人がぼう然として平伏した。奉行人は事の意味がまるでわからない。北条家の家政長官(内管領)つまり鎌倉幕府の筆頭高官がなぜここに現われたのか。

その頼綱が威厳をはなった。

「このたびの訴え。まことに重大であり見逃がしがたい。熱原は幕府直轄の地である。よってこのたびの評定は、直参であるこの頼綱があつかう。百姓どもは頼綱があずかることにいたす。異議ありや」

奉行人は頼綱の威圧する目に思わず頭をさげた。

院主代行智もまた、にやりと笑みを浮かべ平伏した。

熱原の百姓二十人が竹の籠に押し込まれ運ばれていく。
「なんの罪もない百姓をなぜ捕える」
 日秀と日弁が必死で兵士に訴えたが、なすすべもなく払いのけられた。

兵士は無表情だった。

二十人は兵士にともなわれ、遠い道を行く。
「出してくれ、どこへ連れていくのだ」
 籠の中から悲鳴をあげる百姓がいた。

空には、熱原の農民の行く末を暗示するかのように不気味な雲がただよった。

 百姓の叫びも虚しく、二十の籠は駿河をこえて相州鎌倉へはいった。


   79 伯耆房日興、評定対決 につづく


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by johsei1129 | 2014-10-01 13:18 | 小説 日蓮の生涯 下 | Trackback | Comments(0)


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