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日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 07月 15日

四十、退転する弟子たち

               英語版
 鎌倉は平穏な日がつづいていた。

北条氏のなかで対立はあっても戦乱とまではいかない。コップの中の嵐といってよい。

極楽寺の良観にとっては、とりわけ居心地のよい毎日だった。宿敵の日蓮が佐渡に流され、良観はふたたび鎌倉の宗教界に君臨することができた。

祈雨の勝負で敗れたことがうそのようである。信者もなびいてきていた。また彼は日蓮を鎌倉から追放した功労者として鎌倉諸寺からも厚い尊敬をうけるようになっていた。

 だがどうしたことであろう。いまわしい夢をよく見た。

日蓮が夢にあらわれるのである。

夢の中で良観は念仏を唱えていた。

彼は真夏の日差しの中、汗だくで必死に祈っていた。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・」

良観が空をうらめしく見あげた。そしてしぼるようにうめいた。

「雨よ、ふってくれ」

良観は疲れきって両手を地につけ、あえいだ。

そこへいきなり日蓮があらわれ、うなだれる良観の前に立った。

日蓮は良観をにらみつけてなじった。

 輝くばかりの朝の日差しが、眠っていた良観の顔に注ぎ込む。

彼は全身汗まみれとなり、がばとはねおきた。そして大きく息づいた。

なんと呪われた夢か。良観の心中に祈雨の対決で日蓮に敗れた恐怖がよみがえった。

極楽寺は豪壮な建物がならぶ。

武士や老若男女が本堂をぎっしりとうめつくし、ざわめいていた。数珠で手をあわせる者もいる。

最前列に北条宣時、名越光時ら幕府中枢の人々がいる。宣時は佐渡の領主、光時は四条金吾の主人である。二人は主流と反主流にわかれていたが、信仰はおなじ念仏で極楽寺の大檀那だった。

良観が長い廊下をすすむ。

弟子がいっせいに伏せた。この弟子たちも良観と同じ栄達を夢見ている。

良観は悪夢のゆえか気落ちしていたが、伏せる弟子たちを見て生気がよみがえった。

彼が本堂に姿をあらわした。

「良観様」

聴衆がいっせいに歓声をあげる。

涙する老人がいる。聴衆の熱気は最高潮に達した。

良観がにこやかに法座についた。大衆が己を崇拝する姿は何にもまして心地よい。

「みなさん、今日はおそろいでご苦労さまです。じつは今朝、夢を見ましてな。夢にあの日蓮殿があらわれたのです」

聴衆が驚きの声をあげた。

「日蓮殿がこの良観にむかって、今までのことをわびたのです。彼は涙を流して許してくれというのです。わたしは仏の慈悲をもって日蓮殿をゆるし、八斎戒をあたえました」

 聴衆が手をあわせた。

「日蓮殿は佐渡に流された。まず生きては帰ってこないでしょう。思えばあの僧は迫害に追われた一生でした。人々にさんざん非難され、殺された弟子もいた。日蓮殿は極楽の信心を悲惨なものにかえてしまった。まことにあわれであります。鎌倉にのこされた信徒のかたがたは仲間割れしているとか。余のいうとおり、戒律をたもち念仏を唱えておれば、ああも苦しまずにいたものを。まことにあわれでございます」

 聴衆が一同に深くうなずいた。

鎌倉のとある家で口論の声がひびく。

そこには日蓮門下の弟子信徒が集まっていた。彼らはたがいに激しく言い争った。

かたや後の六老僧となる年長の日昭、そして日持、日向、富木常忍、太田乗明、日妙尼らの数人。かたや日蓮と(たもと)を分かった信者数十人である。おもだった信徒でこの場にいないのは四条金吾だけだった。

竜の口の法難のあと、弟子信徒はちりぢりとなり鎌倉の日蓮門下は壊滅状態となった。幕府の弾圧を恐れるあまり、法華経を捨てる者が続出した。日蓮は『新尼御前御返事』で「勘気(かんき)時、千が九百九十九人は堕ちて候」と記している土地をうばわれ、職を解かれ、住まいさえ立ちのきを迫られる者があいついだ。

さらに深刻なのは、かろうじて法華経をたもった者の中で日蓮に従うかどうか、意見が分かれたことである。日蓮に反旗をひるがえす者があらわれた。彼らは日蓮に心服したように見せていたが、日蓮が苦境に陥ったとき、手のひらをかえしたように離反した。

日妙が憤然と抗議した。彼女は夫と離縁してまで日蓮についた。

「上人様を捨てようなどと、なんてことをおっしゃいます。わたしたちに生きる喜びをあたえてくれたのは、上人様がおられたからではないですか。上人様のおかげで正法にめぐり会えたのではありませぬか。あなたたちは恩というものを知らないのですか」

旧信者の一人が不満顔でこたえた。

「日蓮上人は罪人の身だ。これ以上、上人の法華経を信じていては、世間にもはばかりがある。上人についていたら、いつ罪におとされるか、わからないではないか」

旧信者たちがうなずく。

日頂が説得した。

「上人は善につけ悪につけ、法華経を捨てるのは地獄の業であるとおおせです。みなさんはそれでよいのですか。だれかにそそのかされてはいないのですか」

旧信者が賢げにいう。

「わたしたちは信心をすてるつもりはありませぬ。南無妙法蓮華経は唱えてまいります。ありがたい教えですからな」

常忍が詰問する。

「ではなぜわれわれと袂を分かつというのだ」

「上人についていけなくなったのです。日蓮上人は師匠でありますが、あまりに強情すぎる。わたしたちは、もう少しやわらかに法華経をひろめてまいりたいのです」

「ばかな、なんということを。上人がここにいたら、一喝するであろう」

「上人は帰ってはきませぬ。順徳天皇でさえ佐渡から京に戻ることを幕府は許さなかったであるならば、のこされたわれわれが自分たちの料簡で法華経の信仰をしなければなりませぬ」

太田乗明が立ち膝になった。

「ええい、黙っておれば慢心にもほどがある。お主らは釈迦に反旗を翻した忘恩の徒、提婆(だいば)(だっ)()か、それとも法華経の座を去った五千の増上慢か

旧信徒たちは対抗して片膝を立てた。数の上では圧倒している。

この時、玄関で声がした。

「御免」

四条金吾があらわれた。

「おそくなりもうした」

一同が期待の目で金吾を見た。

金吾が苦笑いしながら両者のあいだにすわった。

「活発な問答のご様子ですな。入るに入られず、かげで聞いておりました」

旧信徒は上人の信頼の厚い金吾の発言を注視した。

「金吾様、われわれのいうことが正しいでしょう。大多数の信徒は上人から離れました。金吾様も幕府からにらまれておられる。信者が鎌倉で生きていくためには、日蓮上人から自立しなければなりませぬ。それなのに」

 といって日昭や土木常忍らを指さした。

「このみなさんはそのようなことは絶対ゆるさないという。無間地獄におちるといっております。われわれは地獄におちるつもりはない」

のこりの無言の旧信徒たちも、あたかも同調するかのように嘲笑する。

「わたしたちは日蓮上人につかえて今まで信仰してきました。しかし上人が難にあったからいうわけではないが、上人はあまりにも頑固すぎる。われわれはもっと楽しく信心をしたい。だからもう僧侶の下にいる必要はない。葬式も法要も自分たちだけでとりしきる。金吾様も法華経に直結した信心で、わたしたちとともに歩もうではありませんか。上人も納得されるはずです。金吾様には信徒の重鎮として席をあけております。供養の銭もふんだんに用意しておりますぞ。名誉でありましょう。ぜひご一緒に」

 旧信徒が身をのりだした。彼らは数の上で圧倒する自分たちにつくであろうと確信していた。

いっぽう日昭、常忍、日妙たちは固唾(かたず)呑んで金吾が語るのをじっとまっていた。

金吾が静かに語る。

「おのおのがた、覚えておられるか。上人はおおせられた。『浅きを去って深きにつくは丈夫(じょうぶ)の心なり』。仏法の教えは深い。われわれ凡夫のとうていおよぶものではない。それを上人は教えてくれた。題目を唱え、邪法を責め、難にあわなければ法華経を読んだことにはならぬと。いまわれわれがここで上人を捨てるのはたやすい。だがそれは自分の信念を捨て、法華経を捨て、成仏の道を閉ざすことになるのではないかな」

多勢に無勢の雰囲気に沈んでいた日妙たちの顔がかすかに紅潮してきた。そして金吾を大聖人の名代であるかのごとく見つめた。
 旧信徒は苦しまぎれに反駁する。

「法華経はあくまで信じていきます。法華経を生かすのです。世間の常識というものがあるでしょう。上人のような手荒なことはせず、場合によっては良観殿とも妥協しなければ」

「なに」

常忍と太田乗明が激高した。良観は師の命を風前の灯火にした張本人である。我慢していた怒りが爆発した。

しかし金吾が二人をおさえて言う。

「自分たちの好きな道をえらぶのはよい。止めはせぬ。だが雄大な境涯の上人から離反なされるのは、赤子が親からはなれ、小舟で大海をわたるようなものだ。長くはつづかない。浅い手段をえらぶより、深い仏の道を選んではいかがかな。それがしは日蓮上人は必ず鎌倉に戻ってくると信じている。くれぐれも後々、後悔めさるな」

旧信徒は動揺したが、きっぱりといった。

「これ以上すすめても無駄なようですな。金吾殿、それではこれでお別れでございます。いつ帰るかわからない上人を、あてにできませんので」

彼らは金吾たちに軽蔑の視線を浴びせて一斉に去っていった。

わずかにのこった日昭、常忍らが金吾のまわりを取り囲む。

金吾が常忍にたずねた。

伊予房殿が佐渡に行ったと聞いたが、上人の今の暮らしぶりがわかる消息は届いていないのか」

常忍は首をふった。

「確かに養子の伊予房を佐渡に遣わして、上人に頼まれた経巻や食料を送ったが、元気ではおられるが鎌倉に戻れるかはいまだにわからない

 こんどは大田乗明にきいた。

大田殿、幕府で何か御赦免の動きはないのか

「幕府儒官の大学三郎殿が赦免を働きかけているが、今の段階ではいい話は聞こえてこない。鎌倉殿は蒙古のことで精一杯だ。四条殿おぬしのほうこそどうなのだ。傍系とはいえ北条の名門だ、なにかよい知らせはないのか

 金吾が腕をくんだ。

「先日、幕閣の会合に出たがなにも・・悪いことに上人が予言された日本国の内乱の件、あれをみなで笑いものにしておった。わが主君もこのわしにいたくご立腹だ。これからわしは鎌倉をはなれ、お館様の伊豆の別邸に行く。殿にすっかり不興を買ってしまったようだ」

 金吾はこう言い放つとじっと目をとじた。

日蓮上人の動向に、皆なにも情報を持っていないことがわかり、座が静まり返った

ここで日妙婦人はたまらず皆を励まそうと発言した。

「上人様にお会いに行きたいと思いますが、佐渡は簡単にいけるところではありません。でもお題目は唱えていきます。なぜでしょう。祈っていると、上人様にお会いした気持ちになるのです。不思議ですわ」

日昭が我が意を得たりとばかりに拳を握りしめて言う。

「日妙尼、よくぞ申された。『大悪来たれば大善おこる』。上人のお言葉です。われらにとってこれ以上悪いことはない。だが立正安国論の予言は的中した。心ある幕臣の中には上人に畏敬の念を抱いている者も少なくないはず。今、門下の闇はこのうえなく深いが、それだけに曙も近いですぞ」



                    四十一、大難をこえる道 につづく


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by johsei1129 | 2017-07-15 16:27 | 小説 日蓮の生涯 中 | Trackback | Comments(0)


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