日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 09月 29日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を直弟子、日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(6)

【序品七箇の大事】

第六 導師何故の事  疏(注)に云く、良に以みれば説法入定して能く人を導く、既に導師と称す。

 御義口伝に云く、此の導師は釈尊の御事なり。説法とは無量義経、入定とは無量義処三昧に入りたもう事なり。
所詮導師に於て二あり、悪の導師、善の導師之れ有るなり。
悪の導師とは法然・弘法・慈覚・智証(注)等なり、善の導師とは天台・伝教等是なり。

末法に入つては今、日蓮等の類いは善の導師なり。説法とは南無妙法蓮華経、入定とは法華受持の決定心に入る事なり。
導於人(注)の、の字に心を留めて之を案ず可し、涌出品(従地涌出品第十五)の唱導之師(注)と同じ事なり。
所詮、日本国の一切衆生を導かんが為に説法する人是なり云云。



疏(しょ)
経典を解説した書のこと。法華経の疏では聖徳太子の法華義疏(東大寺に真筆所蔵)が有名。
ここでは天台の法華文句を指している。大聖人は御義口伝では天台の法華義疏三大部の法華文句、法華玄義、摩訶止観を多く引用していて、その場合「文句に云く」のように引用先の疏を特定しているが、「疏に云く」と説かれているのは極めて珍しい。


法然・弘法・慈覚・智証
法華経を誹謗した代表的僧侶
法然 浄土宗の開祖 法華経を「千中無一(難信難解で千人に一人も成仏しない)」と誹謗した。法然も当時の英才が集った比叡山で授戒得道していて、当然法華経は読誦している。しかし法然自身が法華経の真意を理解できなかったが故に、安直にこの世に実在しない謂わばバーチャルな仏「阿弥陀如来」にすがるという他力本願の教えを広め、多数の自殺者を生み出した。このため鎌倉幕府は度々念仏を禁教とした。さらに法然の唯一の著作「選択本願念仏集」の印版を全国から集め比叡山で焼却処分し、法然墓所を掘り出し鴨河に流したほどだった。この事について日蓮大聖人は「念仏無間地獄抄」で詳細に記されておられます。
戦争も、内戦も、テロも、極端な貧困もない現代の日本に自殺者が多いのは、法然の弟子親鸞の教えを継いだ浄土真宗の影響と思われる。
弘法(空海)(774年-835年)日本の真言宗開祖 最澄(伝教大師)と同時代の僧。中国より真言密教をもたらした。
    真言密教の経典『大日経(大毘盧遮那経)』は、インドから中国に来た訳僧・善無畏により724年に漢訳されたが、法華経と異なり サンスクリットの原典は全く存在していない。
法華経の原典は紀元前一世紀にはインド成立し、漢訳は、部分訳・異本を含めて16種が現在まで伝わっていて完全訳は下記の三訳が存在する。

『正法華経』10巻26品(竺法護訳、286年)
『妙法蓮華経』8巻28品(鳩摩羅什訳、400年)最も普及しており法華経と言えば事実上「妙法蓮華経」を示す。
『添品妙法蓮華経)』7巻27品(闍那崛多・達磨笈多共訳、601年)※妙法蓮華経の補足版
大日経は成立年代の点、サンスクリットの断片も含め原典が全く存在したい点から、善無畏が法華経その他の大乗経典の法門の優れた箇所を寄せ集めて作った偽経典と強く推察される。
慈覚 (794-864年)第三代天台座主 延暦寺に法華経の他に真言宗を持ち込んだ。
智証  (814-891年))弘法の甥、初代天台座主義真(最澄の後継者)に師事し第五代天台座主となる。その後比叡山を山門派が占拠したため、園城寺(三井寺)を寺門派の拠点とし天台寺門宗の宗祖となる。


日蓮大聖人は「四箇格言」で当時広まっていた真言・禅宗・念仏・律を「真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊」と厳しく破折した。
立宗宣言後、幕府北条時頼に献上した「立正安国論」では特に念仏を強く破折し、佐渡流罪以降は真言を亡国の教えとして厳しく破折した。
参照 立正安国論慈覚大師事真言見聞

涌出品の唱導之師

従地涌出品の次の偈に有る文
[原文] 
是菩薩衆中 有四導師 一名上行 二名無辺行 三名浄行 四名安立行。
是四菩薩 於其衆中 最為上首 唱導之師

[和訳]
是の菩薩の中に、四人の導師あり。一は上行と名付け、二は無辺行と名付け、三は浄行と名付け、四は安立行と名付けり。
是の四菩薩は、其の(地涌の菩薩)衆の中にありて、最も上首の唱導の師為り。



【御義口伝 上】要点解説(7)に続く












by johsei1129 | 2017-09-29 16:15 | 御義口伝 | Comments(0)
2017年 07月 19日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を直弟子、日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(3)

第二 阿若・憍陳如の事  


疏の一に云く、憍陳如(注)は姓なり、此には火器と翻ず。婆羅門種なり。其の先、火に事こう此れに従て族に命く。


火に二義有り、照なり焼なり。照は則ち闇生ぜず、焼は則ち物生ぜず、此には不生を以て姓と為す。
 
 御義口伝に云く火とは法性の智火なり。

火の二義とは、一の照は随縁真如の智なり。一の焼は不変真如の理なり。照焼の二字は本迹二門なり。


 さて火の能作としては照焼の二徳を具うる南無妙法蓮華経なり。

今日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るは生死の闇を照し、晴して涅槃の智火明了なり。

 生死即涅槃と開覚するを照則闇不生と云うなり。

煩悩の薪を焼いて、菩提(悟り)の慧火現前するなり。

煩悩即菩提と開覚するを焼則物不生とは云うなり。


爰を以て之を案ずるに、陳如は我等法華経の行者の煩悩即菩提、生死即涅槃を顕したり云云。


注 阿若・憍陳如(あにゃ・きょうちんにょ)

  釈迦が成道して最初に教えを説いた五人の比丘の一人で、その中の代表格。インド・カースト制度の頂点であるバラモン教(現在ヒンドゥー教)の司祭階級出身。


釈迦がバラモンで難行苦行をしていた時、共に修行していた仲間だったが、釈迦がバラモンでは悟りが得られないとして苦行を止め、菩提樹の下で瞑想を始めた。その時、苦行で体力が限界まで落ちていた釈迦を見かねて、村長の娘・スジャータが差し出した乳がゆを食す。これを見た憍陳如たちは、釈迦が修行をやめたと思い込み、釈迦と袂を分かつ。

その後釈迦は五年間瞑想を続け成道し仏陀になると、五人を訪ね最初に法を説いた。これを初転法輪という。

尚、阿若憍・陳如は、妙法蓮華経 五百弟子受記品第八で、釈尊より未来世で普明如来となるとする記別を 受ける。


【御義口伝 上】要点解説(4)に続く




by johsei1129 | 2017-07-19 18:33 | 御義口伝 | Comments(0)