日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 02月 28日

4 Nichiren Starts Propagation in Kamakura(1)

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                   Hachiman Shrine now                   

                              Japanese version


Parent and child of Tokiyori Hōjō made Zen meditation in Kenchō-ji Temple of Kamakura.

Samurais of the defense gathered for the rotation of the temple. It is heavily guarded.

In thefacing of parent and child, there is Dōryu of the Zen priest who wore a black robe.

Dōuryu was calledname Rankei, as virtuous priest invited from Sung. He came from Western Shu (present-day Shichuan Province, China) during the Southern Sung Dynasty. He made a voyage to Japan with a disciple at the age of 33 years old and he entered capital Kyōto in the next year and entered the Invited Place of Senyuji Temple. Furthermore, he visited Kamakura and was in Juhukuji Temple and Jorakuji Temple, but he was invited and was nominated for the founder and received faith when Tokiyori Hōjō erected Kenchō-ji Temple.

Tokiyori asalready far from the regent's post, but he is a direct descendant of Hōjō continuing from Sanetoki and Yasutoki. The power overwhelmed others. He puts it under the control of it even in the Imperial Court. It was the emperor in this Japan, and he was a dictator substantially.

A Zen priest having a stick stands behind parent and child.

At first Tokisuke of the eldest son was hit his shoulder. He glares at a Buddhist priest unintentionally.

Tokimune was hit next. The reaction of Tokimune is different from one of the older brother. He had look oops, but closed his eyes calmly again.

Dōryu blooms.

“Because you, two are young, a heart changes."

While FatherTokimune closes its eyes, he talks.

“Hum. Is it possible for the chief bonze to read the heart of two children?”

Dōryu is proud-looking.

"Sir Tokisuke bares anti-rebellious spirit to Sir Tokimune. He has a feeling not to be defeated by younger brother vividly.”

"Hum, how about a younger brother.?"

"It will be the future of the father."

"Is it mine?"

"Who becomes a leader of Kamakura after Sir. Tokiyori? Tokisuke of the older brother is dominant with the number of ages, and I am superior with the ability."

Violent-tempered Tokisuke butts in.

"Priest Dōryu, you may say too much!"

Father stopped an older brother.

"Wait, and wait. The guess of the chief bonze is mixed in the supposition. It is teaching of the Zen Buddhism not to disturb a heart in such a thing."

A smile played on Doryu’s lips.

While Tokiyori closed his eyes, he heard it.

"Then the chief bonze, my heart is readable how."

Dōryu was lost in thought.

"Is it recent natural disaster and famine, is not it?"

"Do you see it like that?"

"The Kamakura Shogunate is thought to be secure now. Accordingly, as for Lord Tokiyori, it should be anxious about improvement of domestic administration from now on. However, is it not sadness when even Lord Tokiyori cannot stand starvation, an epidemic, extraordinary phenomena in heaven?"

"On the contrary."

Dōryu became stiff.

"I think about you, the chief bonze. You are the noble Buddhist priest who came expressly from China. Our Japan thought that the trade with China was important and maintained the port of Kamakura. However, it is possible because politics of China is secure as for it. China is threatened by the northern savage tribe."

Sweat broke out on Dōryu’s forehead.

“Did you know?”

“The reason that built this temple is because you are the Chinese superior well-informed person. I want to hear various information. I think that it is not to become the loss if you feel to spread Zen Buddhism in this Japan.”

Dōryu looked down.

"It does not become very as good as expected. In Japan, Nembutsu sect of Buddhism occupies most now. And include we Zen Buddhism in Kamakura, and there is the priest attacking every denomination now."

"Hum, it is mysterious indeed."

"It is a priest called Nichiren probably."

Tokiyori laughed.

"There is uneasiness in me for diplomacy. There is worry for propagation for a chief bonze.”


               continued (2)

Life of Nichiren Part 1 contents




by johsei1129 | 2017-02-28 21:39 | LIFE OF NICHIREN | Comments(0)
2017年 02月 23日

唱法華題目抄 要点解説その五

引き続き大聖人は「一文不通の我等が如くなる者は、いかにしてか法華経に信をとり候べき、又心ねをば何様に思い定め侍らん」と問いかけ、それに対し「此の身の申す事をも一定とおぼしめさるまじきにや、其の故はかやうに申すも天魔波旬・悪鬼等の身に入つて人の善き法門を破りや・すらんとおぼしめされ候はん。一切は賢きが智者にて侍るにや」と答えます。

さらに「若しかやうに疑い候はば、我身は愚者にて侍り、万の智者の御語をば疑いさて信ずる方も無くして、空く一期過し侍るべきにや」と論難を立て、「依法不依人及び依了義経、不依不了義経」の法門について解き明かし、「四十余年の諸経、並に涅槃経を打ち捨てさせ給いて、法華経を師匠と御憑み候へます」と断じます。

仏の遺言に依法不依人と説かせ給いて候へば、経の如くに説かざるをば何にいみじき人なりとも御信用あるべからず候か。
又依了義経、不依不了義経と説かれて候へば、愚癡の身にして一代聖教の前後浅深を弁えざらん程は、了義経に付かせ給い候へ。了義経不了義経も多く候、阿含小乗経は不了義経・華厳・方等・般若・浄土の観経等は了義経、又四十余年の諸経を法華経に対すれば不了義経、法華経は了義経、涅槃経を法華経に対すれば法華経は了義経、涅槃経は不了義経、大日経を法華経に対すれば大日経は不了義経、法華経は了義経なり。

故に四十余年の諸経並に涅槃経を打ち捨てさせ給いて、法華経を師匠と御憑み候へ。
法華経をば国王・父母・日月・大海・須弥山・天地の如くおぼしめせ。諸経をば関白・大臣・公卿・乃至万民・衆星・江河・諸山・草木等の如くおぼしめすべし。

我等が身は末代造悪の愚者・鈍者・非法器の者、国王は臣下よりも人をたすくる人、父母は他人よりも子をあはれむ者、日月は衆星より暗を照らす者、法華経は機に叶わずんば況や余経は助け難しとおぼしめせ。
又釈迦如来と阿弥陀如来・薬師如来・多宝仏・観音・勢至・普賢・文殊等の一切の諸仏・菩薩は我等が慈悲の父母此の仏菩薩の衆生を教化する、
慈悲の極理は唯法華経にのみとどまれりとおぼしめせ。
諸経は悪人・愚者・鈍者・女人・根欠等の者を救ふ秘術をば未だ説き顕わさずとおぼしめせ。

法華経の一切経に勝れ候故は但此の事に侍り。而るを当世の学者・法華経をば一切経に勝れたりと讃めて、而も末代の機に叶わずと申すを皆信ずる事、豈謗法の人に侍らずや。
只一口におぼしめし切らせ給い候へ。所詮法華経の文字を破りさきなんどせんには、法華経の心やぶるべからず。又世間の悪業に対して云いうとむるとも、人人用ゆべからず。只相似たる権経の義理を以て云いうとむるにこそ、人はたぼらかさるれとおぼしめすべし」と。


唱法華題目抄 要点解説その六に続く




by johsei1129 | 2017-02-23 20:39 | 御書十大部(五大部除く) | Comments(0)
2017年 02月 22日

唱法華題目抄 要点解説その四

三類の強敵「俗衆増上慢・道門増上慢・僭聖増上慢」を詳細に示した大聖人は、次にその中でも僭聖増上慢が最も末法の法華経の行者を苦しめる大敵であることを解き明かします。

「上の三人の中に第一の俗衆の毀よりも第二の邪智の比丘の毀は猶しのびがたし、又第二の比丘よりも第三の大衣の阿練若の僧は甚し。
此の三人は当世の権教を手本とする文字の法師、並に諸経論の言語道断の文を信ずる暗禅の法師、並に彼等を信ずる在俗等四十余年の諸経と法華経との権実の文義を弁へざる故に、華厳・方等・般若等の心仏衆生・即心是仏・即往十方西方等の文と、法華経の諸法実相・即往十方西方の文と語の同じきを以て義理のかはれるを知らず。或は諸経の言語道断・心行所滅の文を見て一代聖教には如来の実事をば宣べられざりけりなんどの邪念をおこす。
故に悪鬼・此の三人に入つて末代の諸人を損じ、国土をも破るなり。

故に経文に云く「濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其の身に入つて我を罵詈し毀辱せん乃至仏の方便随宜所説の法を知らず」文。
文の心は、濁悪世の時、比丘、我が信ずる所の教は仏の方便随宜の法門ともしらずして権実を弁へたる人出来すれば、詈り破しなんどすべし。是偏に悪鬼の身に入りたるをしらずと云うなり。されば末代の愚人の恐るべき事は刀杖・虎狼・十悪・五逆等よりも三衣・一鉢を帯せる暗禅の比丘と、並に権経の比丘を貴しと見て実経の人をにくまん俗侶等なり」と。

 故に涅槃経二十二に云く「悪象等に於ては心に恐怖する事無かれ、悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ。
何を以ての故に是、悪象等は唯能く身を壊りて心を破ること能わず。悪知識は二倶に壊るが故に乃至悪象の為に殺されては三趣に至らず、悪友の為に殺されては必ず三趣に至らん」文 。
此文の心を章安大師宣べて云く「諸の悪象等は但是れ悪縁にして人に悪心を生ぜしむる事能わず、悪知識は甘談詐媚巧言令色もて人を牽いて悪を作さしむ。悪を作すを以ての故に人の善心を破る、之を名づけて殺と為す即ち地獄に堕す」文。
文の心は悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び、言を巧にして愚癡の人の心を取つて善心を破るといふ事なり。
総じて涅槃経の心は十悪・五逆の者よりも謗法闡提のものをおそるべしと誡めたり。闡提の人と申すは法華経・涅槃経を云いうとむる者と見えたり。
当世の念仏者等・法華経を知り極めたる由をいふに因縁・譬喩をもて釈し、よくよく知る由を人にしられて然して後には、此の経のいみじき故に末代の機のおろかなる者及ばざる由をのべ、強き弓重き鎧かひなき人の用にたたざる由を申せば、無智の道俗さもと思いて実には叶うまじき権教に心を移して、僅かに法華経に結縁しぬるをも飜えし、又人の法華経を行ずるをも随喜せざる故に師弟倶に謗法の者となる」と。

 之れに依つて謗法の衆生国中に充満して適仏事をいとなみ、法華経を供養し追善を修するにも念仏等を行ずる謗法の邪師の僧来て、法華経は末代の機に叶い難き由を示す。
故に施主も其の説を実と信じてある間、訪るる過去の父母夫婦兄弟等は弥地獄の苦を増し、孝子は不孝謗法の者となり、聴聞の諸人は邪法を随喜し悪魔の眷属となる。
日本国中の諸人は仏法を行ずるに似て仏法を行ぜず、適・仏法を知る智者は国の人に捨てられ守護の善神は法味をなめざる故に威光を失ひ利生を止此の国をすて他方に去り給い、悪鬼は便りを得て国中に入り替り、大地を動かし悪風を興し一天を悩し、五穀を損ず故に飢渇出来し、人の五根には鬼神入つて精気を奪ふ。是を疫病と名く、一切の諸人善心無く多分は悪道に堕つることひとへに悪知識の教を信ずる故なり」と。

 仁王経に云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王太子王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説かん。其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作りて仏戒に依らず、是れを破仏破国の因縁と為す」文。
文の心は末法の諸の悪比丘国王大臣の御前にして国を安穏ならしむる様にして終に国を損じ、仏法を弘むる様にして還つて仏法を失うべし。国王大臣此の由を深く知し食さずして此の言を信受する故に、国を破り仏教を失うと云う文なり。此の時日月度を失ひ時節もたがひて夏はさむく冬はあたたかに秋は悪風吹き、赤き日月出で望朔にあらずして日月蝕し或は二つ三つ等の日出来せん。大火大風彗星等をこり飢饉疫病等あらんと見えたり。国を損じ人を悪道にをとす者は悪知識に過ぎたる事なきか」と。

唱法華題目抄 要点解説その五に続く




by johsei1129 | 2017-02-22 23:15 | 御書十大部(五大部除く) | Comments(0)
2017年 02月 17日

唱法華題目抄 要点解説その三

つぎに大聖人は「問うて云く何なるすがた並に語を以てか法華経を世間にいゐうとむる者には侍るや・よにおそろしくこそおぼえ候へ」と論難を立て、それに次のように答えます。
答えて云く、始めに智者の申され候と御物語候いつるこそ法華経をいゐうとむる悪知識の語にて侍れ。末代に法華経を失うべき者は、心には一代聖教を知りたりと思いて、而も心には権実二経を弁へず。身には三衣一鉢を帯し、或は阿練若に身をかくし、或は世間の人にいみじき智者と思はれて、而も法華経をよくよく知る由を人に知られなんとして、世間の道俗には三明六通の阿羅漢の如く貴ばれて法華経を失うべしと見えて候」と。

さらに「
問うて云く、其の証拠如何」論難を立て答えます。
「答えて云く法華経勧持品に云く「諸の無智の人悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん。我等皆当に忍ぶべし」文。妙楽大師此の文の心を釈して云く「初めの一行は通じて邪人を明す。即ち俗衆なり」文。文の心は此の一行は在家の俗男俗女が権教の比丘等にかたらはれて敵をすべしとなり」と。

経に云く「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い我慢の心充満せん」
文・妙楽大師此の文の心を釈して云く「次の一行は道門増上慢の者を明す」文。
文の心は悪世末法の権教の諸の比丘我れ法を得たりと慢じて、法華経を行ずるものの敵となるべしといふ事なり。

経に云く「或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説き世に恭敬せらるる事六通の羅漢の如くならん、是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮りて好んで我等が過を出さん而も是くの如き言を作さん。此の諸の比丘等は利養を貪るを為つての故に外道の論義を説き、自ら此の経典を作りて世間の人を誑惑す。名聞を求むるを為つての故に分別して是の経を説くと。
常に大衆の中に在りて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して、我が悪を説いて是れ邪見の人、外道の論議を説くと謂わん」已上。

妙楽大師此の文を釈して云く「三に七行は僣聖増上慢の者を明す」文。経並に釈の心は悪世の中に多くの比丘有つて身には三衣一鉢を帯し、阿練若に居して行儀は大迦葉等の三明六通の羅漢のごとく、在家の諸人にあふがれて一言を吐けば如来の金言のごとくをもはれて、法華経を行ずる人をいゐやぶらんがために、国王大臣等に向ひ奉つて此の人は邪見の者なり、法門は邪法なりなんどいゐうとむるなり」と。


唱法華題目抄 要点解説その四に続く




by johsei1129 | 2017-02-17 19:51 | 御書十大部(五大部除く) | Comments(0)
2017年 02月 12日

唱法華題目抄 要点解説その二

引き続き大聖人は「仰せに付いて疑はしき事侍り、実にてや侍るらん<中略>是れ偏えに(法華経は)理深解微の故に教は至つて深く、(末法の衆生の)機は実に浅きがいたす処なり。只弥陀の名号を唱えて順次生に西方極楽世界に往生し、西方極楽世界に永く不退の無生忍を得て、阿弥陀如来・観音勢至等の法華経を説き給わん時聞いて悟を得んには如かじ」と、論難を立てます。

この論難は、法華経は教は深く、(末法の衆生の)機は浅いため悟ることは叶わない。それより弥陀の名号を唱えて、一旦、西方極楽世界に往生し、それから阿弥陀如来・観音勢至等の法華経を聞いて悟を得ることには及ばないと、専修念仏を唱える法然のを主張を示しています。

「此の結縁の衆をば天台妙楽は名字観行の位にかなひたる人なりと定め給へり。名字観行の位は一念三千の義理を弁へ、十法成乗の観を凝し、能能義理を弁えたる人なり。
一念随喜・五十展転と申すも天台妙楽の釈のごときは皆観行五品の初随喜の位と定め給へり。博地の凡夫の事にはあらず然るに、我等は末代の一字一句等の結縁の衆一分の義理をも知らざらんは、豈無量の世界の塵点劫を経ざらんや。
是れ偏えに理深解微の故に教は至つて深く、機は実に浅きがいたす処なり。只弥陀の名号を唱えて順次生に西方極楽世界に往生し、西方極楽世界に永く不退の無生忍を得て、阿弥陀如来・観音勢至等の法華経を説き給わん時聞いて悟を得んには如かじ。
然るに弥陀の本願は有智・無智・善人・悪人・持戒・破戒等をも択ばず、只一念唱うれば臨終に必ず弥陀如来・本願の故に来迎し給ふ是を以て思うに此の土にして法華経の結縁を捨て、浄土に往生せんとをもふは、億千世界の塵点を経ずして疾法華経を悟るがためなり。
法華経の根機にあたはざる人の此の穢土にて法華経にいとまをいれて一向に念仏を申さざるは、法華経の証は取り難く極楽の業は定まらず、中間になりて中中法華経をおろそかにする人にてやおはしますらんと申し侍るは如何に。

其の上只今承り候へば僅に法華経の結縁計ならば、三悪道に堕ちざる計にてこそ候へ。六道の生死を出るにはあらず。念仏の法門はなにと義理を知らざれども弥陀の名号を唱え奉れば浄土に往生する由を申すは、遥かに法華経よりも弥陀の名号はいみじくこそ聞え侍れ」と。

この論難に対し大聖人は次のように反駁します。
答えて云く、誠に仰せめでたき上、智者の御物語にも侍るなればさこそと存じ候へども、但し若し御物語のごとく侍らばすこし不審なる事侍り。
大通結縁の者をあらあらうちあてがい申すには、名字観行の者とは釈せられて侍れども、正しく名字即の位の者と定められ侍る上、退大取小の者とて法華経をすてて権教にうつり、後には悪道に堕ちたりと見えたる上、正しく法華経を誹謗して之を捨てし者なり。
設え義理を知るようなる者なりとも謗法の人にあらん上は、三千塵点無量塵点も経べく侍るか。
五十展転一念随喜の人人を観行初随喜の位の者と釈せられたるは、末代の我等が随喜等は彼の随喜の中には入る可からずと仰せ候か。是を天台妙楽初随喜の位と釈せられたりと申さるるほどにては、又名字即と釈せられて侍る釈はすてらるべきか。

所詮仰せの御義を委く案ずれば、をそれにては候へども謗法の一分にやあらんずらん。
其の故は、法華経を我等末代の機に叶い難き由を仰せ候は、末代の一切衆生は穢土にして法華経を行じて詮無き事なりと仰せらるるにや、若しさやうに侍らば末代の一切衆生の中に此の御詞を聞きて、既に法華経を信ずる者も打ち捨て、未だ行ぜざる者も行ぜんと思うべからず、随喜の心も留め侍らば謗法の分にやあるべかるらん。
若し謗法の者に一切衆生なるならば、いかに念仏を申させ給うとも御往生は不定にこそ侍らんずらめ。

又弥陀の名号を唱へ極楽世界に往生をとぐべきよしを仰せられ侍るは、何なる経論を証拠として此の心はつき給いけるやらん。正くつよき証文候か若しなくば其の義たのもしからず。
前に申し候いつるがごとく、法華経を信じ侍るはさせる解なけれども三悪道には堕すべからず候ほ、六道を出る事は一分のさとりなからん人は有り難く侍るか。
但し悪知識に値つて法華経随喜の心を云いやぶられて候はんは、力及ばざるか。

又仰せに付いて驚き覚え侍り、其の故は法華経は末代の凡夫の機に叶い難き由を、智者申されしかばさかと思い侍る処に、只今の仰せの如くならば弥陀の名号を唱うとも法華経をいゐうとむるとがによりて、往生をも遂げざる上悪道に堕つべきよし承るはゆゆしき大事にこそ侍れ。
抑大通結縁の者は謗法の故に六道に回るも又名字即の浅位の者なり。又一念随喜五十展転の者も又名字観行即の位と申す釈は何の処に候やらん、委く承り候はばや。
又義理をも知らざる者僅かに法華経を信じ侍るが、悪智識の教によて法華経を捨て権教に移るより外の世間の悪業に引かれては、悪道に堕つべからざる由申さるるは証拠あるか。
又無智の者の念仏申して往生すると、何に見えてあるやらんと申し給うこそ、よに事あたらしく侍れ。雙観経等の浄土の三部経・善導和尚等の経釈に明かに見えて侍らん上はなにとか疑い給うべき」と。






by johsei1129 | 2017-02-12 20:30 | 御書十大部(五大部除く) | Comments(0)
2017年 02月 11日

唱法華題目抄 要点解説その一

【唱法華題目抄】は御書十大部の一つで、「立正安国論」と同時期に述作されております。また日興上人は本抄について『富士一跡門徒存知事』において、「一、唱題目抄一巻。此の書は最初の御書なり。文応年中常途の天台宗の義分を以て、且く爾前と法華の相違を註し給へり、仍って文言義理共に爾しかなり」と記されておられます。
『立正安国論』、【唱法華題目抄】は共に、法華経と爾前経の勝劣、特に法然の念仏破折が主題となっておりますが、立正安国論が国家諌暁を目的としているのに対し、本抄は弟子・信徒の教化を目的として、大聖人と念仏信者との十五番の問答形式で、より詳細に分かりやすく法華経と爾前経の勝劣を記されております。
更に後段では、三十二歳の立宗宣言後七年目に述作された本抄ですでに、「本尊は法華経八巻一巻一品、或は題目を書いて本尊と定む可し」と断じられ、佐渡の地で初めて図現なされた御本尊の相貌を示されておられます。

尚、本抄の概要は次の通りです。
■出筆時期:文応元年(西暦1260年) 三十九歳御作 
■出筆場所:鎌倉・名越の松葉ヶ谷・草庵にて
■ご真筆: 現存しておりません。古写本:日興上人筆(神奈川県、由井氏所蔵)

日蓮大聖人は本抄の冒頭で次のように「法華経の一偈を持受持し、また他の行ずるを見てわづかに歓喜する」ことの功徳を明らかにします。
法華経の文義を弁へずとも一部一巻四要品自我偈一句等を受持し或は自らもよみかき<中略>他の行ずるを見てわづかに随喜の心ををこし、国中に此の経の弘まれる事を悦ばん。<中略>(この人)常に人天の生をうけ、終に法華経を心得るものと成つて十方浄土にも往生し又此の土に於ても即身成仏する事有るべきや委細に之を聞かん」

「答えて云く、させる文義を弁えたる身にはあらざれども法華経・涅槃経・並に天台妙楽の釈の心をもて推し量るにかりそめにも、法華経を信じて聊も謗を生ぜざらん人は余の悪にひかれて悪道に堕つべしとはおぼえず」と。





by johsei1129 | 2017-02-11 21:32 | 御書十大部(五大部除く) | Comments(0)
2017年 02月 08日

Gosho 種種御振舞御書 The Actions of the Votary of the Lotus Sutra

種種御振舞御書(しゅじゅおふるまいごしょ)

The Actions of the Votary of the Lotus Sutra

On the Buddha’s Behavior


               建治二年 五十五歳御作

                 1276 (Age: 55


()ぬる文永五年(のち)の正月十八日・西戎(さいじゅう)・大蒙古国より日本国を()そうべきよし牒状(ちょうじょう)をわたす、

On the eighteenth day of the intercalary first month of the fifth year of Bun’ei (1268), an official letter arrived from the great Mongol empire in which those barbarians of the west declared their intention to attack Japan.

日蓮が去ぬる文応元年(たい)(さい)庚申(こうしん)(かんが)えたりし立正安国論今すこしもたが()わず符合(ふごう)しぬ、

My prediction in On Establishing the Correct Teaching for the Peace of the Land, which I wrote in the first year of Bunnō (1260), cyclical sign kanoe-saru, has been fulfilled to the letter.

此の書は白楽天が楽府(がふ)にも越へ仏の未来記にもをとらず、

My admonitions have surpassed even those set forth in the yüeh-fu poems of Po Chü-i, and my prophecies are not inferior to those of the Buddha.

末代の不思議なに事かこれにすぎん、

Can there be anything more wondrous in this latter age?

賢王・聖主の御世(みよ)ならば日本第一の権状(けんじょう)にもをこ()なわれ現身に大師号もあるべし、

If our land were governed by a worthy ruler or sage sovereign, then the highest honors in Japan would be bestowed upon me, and I would be awarded the title of Great Teacher while still alive.

定めて御たづ()ねありて()()(せん)()をもいゐあわせ、調伏(じょうぶく)なんども申しつけられぬらんと・をもひしに其の義なかりしかば其の年の末十月に十一通の状をかきて・かたがたへ()どろかし申す、

I had expected to be consulted about the Mongols, invited to the war council, and asked to defeat them through the power of prayer. Since that did not happen, however, I sent letters of warning to eleven of our country’s leaders in the tenth month of the same year.

国に賢人なんども・あるならば不思議なる事かな・これはひとへにただ事にはあらず、

If there were a worthy person in this country, he would immediately think, “What a wonder! This is surely no ordinary matter."

天照太神・(しょう)八幡宮(はちまんぐう)の此の僧に()いて日本国のたすかるべき事を御(はか)らいのあるかと・()もわるべきに・

"The Sun Goddess and Great Bodhisattva Hachiman must be offering a way to save Japan through this priest.”

さはなくて(あるい)は使を悪口(あっく)し、或はあざむき、或はとりも入れず、或は返事もなし、或は返事をなせども(かみ)へも申さず、

In actuality, however, priests of the other schools cursed and deceived my messengers. The government officials ignored or refused to reply to my letters, and even when they did reply, they deliberately neglected to report the content of my letters to the regent.

これひとへにただ事にはあらず、

Their behavior was highly irregular.


つづくContinued



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by johsei1129 | 2017-02-08 21:44 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2017年 02月 07日

Gosho 開目抄 下 Opening of the Eyes Part 2


()れ昔像法(ぞうほう)の末には()(みょう)(しゅ)(えん)等・奏状(そうじょう)をささげて伝教大師を(ざん)(そう)す、

In the past, when the Middle Day of the Law was coming to an end, Gomyō, Shuen, and other priests presented petitions to the throne in which they slandered the Great Teacher Dengyō.

今末法の(はじめ)には良観・念阿(ねんあ)偽書(ぎしょ)を注して将軍家にささぐ・

Now, at the beginning of the Latter Day of the Law, Ryōkan, Nen’a, and others drew up false documents and presented them to the shogunate.

あに三類の怨敵(おんてき)にあらずや。

 Are they not to be counted among the third group of enemies of the Lotus Sutra?


つづく continued


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by johsei1129 | 2017-02-07 20:28 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2017年 02月 06日

Gosho 御義口伝上 Orally Transmitted teachings on the Lotus Sutra Part 1

 

 妙法蓮華経を安楽に行ぜむ事、末法に(おい)て今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難(きた)るを以て安楽と(こころ)()()きなり。

 Concerning the “peaceful” practices of the Lotus Sutra of the Wonderful Law and the practices carried out by Nichiren and his followers now in the Latter Day of the Law, you should understand that, when one practices the Lotus Sutra under such circumstances, difficulties will arise, and these are to be looked on as “peaceful” practices.


 In the Latter Day of the Law, Nichiren and his followers will encounter adversity when they practice Myoho-Renge-Kyo, but they should understand that actually, it is peace and pleasure.



                        

                             つづく continued



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by johsei1129 | 2017-02-06 22:03 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2017年 02月 06日

Gosho 御義口伝上 Orally Transmitted teachings on the Lotus Sutra Part 1

第九 (わく)有阿(うあ)(ねん)(にゃ)の事

Point Nine, on thepassage

(あるい)()練若(れんにゃ)納衣(のうい)にして空閑(くうげん)()つて(みずか)ら真の道を行ずと()つて人間を軽賤(きょうせん)する者有らん、

“Or there will be forest-dwelling monks / wearing clothing of patched rags and living in retirement, / who will claim they are practicing the true way, /despising and looking down on all human kind. /

利養に貪著(とんじゃく)するが故に白衣(びゃくえ)(ため)に法を説いて世に()(ぎょう)せらるることを()ること六通の羅漢(らかん)の如くならん。

Greedy for profit and support, / they will preach the Law to white-robed laymen / and will be respected and revered by the world / as though they were arhats who possess the six transcendental powers. /

是の人悪心を(いだ)き常に世俗の事を(おも)い名を()(れん)(にゃ)(かり)て好んで我等が(とが)(いだ)さん、

These men with evil in their hearts, / constantly thinking of worldly affairs, / will borrow the name of forest-dwelling monks / and take delight in proclaiming our faults, /

常に大衆の中に()つて我等を(そし)らんと欲するが故に国王・大臣・()()(もん)居士(こじ)及び()比丘(びく)衆に向つて誹謗(ひぼう)して我が悪を説いて是れ邪見(じゃけん)の人・外道(げどう)の論議を説くと()わん。

saying things like this: / ‘These monks are greedy / for profit and support/ and therefore they preach non-Buddhist doctrines / and fabricate their own scriptures / to delude the people of the world.’”


御義口伝に云く、

The Record of the Orally Transmitted Teachings says:

第三の比丘なり良観等なり

This refers to the third of the three powerful enemies who persecute the votaries of the Lotus Sutra, men like Ryōkan.

(にょ)六通(ろくつう)羅漢(らかん)の人と思うなり。

Such persons are regarded “as though they were arhats who possess the six transcendental powers.”


つづく continued 


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by johsei1129 | 2017-02-06 21:42 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)