日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 01月 31日

窪尼の粟の早稲米の供養は、釈尊十大弟子の一人で天眼第一と称えられた阿那律に匹敵すると称えた【窪尼御前御返事】

【窪尼御前御返事】
■出筆時期:弘安三年(1280)六月二十七日 五十九歳御。
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本消息は日興上人の叔母と伝えられている駿河の窪尼に送られた消息です。
大聖人は、釈尊十大弟子の一人で天眼第一と称えられた阿那律が、過去世に辟支仏(縁覚)に稗飯を供養した功徳で普明如来の記別を受けた謂れを引いて、
この度窪尼が粟の早稲米を法華経に供養されたのは、阿那律と同様に仏になることは間違いないと窪尼の志を称えられておられます。
尚、仏伝では阿那律は釈尊が説法中に居眠りをし叱責されると、それ以降眠りを絶って失明するが天眼を得たと伝えられております。
また阿那律が衣の繕いで針に糸を通すのに苦労し「私を助けて功徳を積み幸福になりたい人はいないだろうか」と考えていた時、
「私が功徳を積ませて頂きましょう」という釈尊の声が聞こえます。
阿那律が恐縮していると釈尊は「私だって功徳を積んで幸福になりたいのだよ」と言ったという。仏教の開祖釈尊の人柄を偲ばせるエピソードです。
■ご真筆:現存しておりません。古写本:日興上人筆(富士大石寺蔵)

【窪尼御前御返事 本文】

仏の御弟子の中にあなりち(阿那律)と申せし人は、こくぼん王の御子、いえにたから(宝)を・みてて・おはしき。
のちに仏の御でし(弟子)となりては天眼第一のあなりちとて三千大千世界を御覧ありし人、法華経の座にては普明如来とならせ給う。
そのさきのよ(前世)の事をたづぬれば、ひえ(稗)のはん(飯)を辟支仏と申す仏の弟子にくやう(供養)せしゆへなり。

いまの比丘尼はあわ(粟)のわさごめ(早稲米)山中にをくりて法華経にくやう(供養)しまいらせ給う。
いかでか仏にならせ給はざるべき、恐恐謹言。
六月二十七日   日 蓮 花 押
くぼの尼御前御返事




by johsei1129 | 2016-01-31 20:35 | 弟子・信徒その他への消息 | Comments(0)
2016年 01月 31日

GOSHO 上野殿御返事 Persecution by Swords and Staves 2

天竺(てんじく)嫉妬(しっと)の女人あり。男をにくむ故に家内(やうち)の物をことごとく打ちやぶり、其の上にあまりの(はら)(だち)にや、すが(姿)た・けしき(気色)かわり、眼は日月の光のごとく()がやき、くち()は炎を()くがごとし。

Once in India there was a jealous woman who hated her husband so much that she smashed everything in the house. Her excessive rage completely altered her appearance; her eyes blazed like the sun and moon, and her mouth seemed to belch fire.

Once, there was a jealous woman in India who so hated her husband, that in a fit of anger, she destroyed everything in her home. Fury transformed her appearance, her face twisted with rage, her eyes burned like the sun and the moon, and her mouth seemed to spew flames.

すが(姿)たは青鬼赤鬼のごとくにて年来(としごろ)・男のよみ奉る法華経の第五の巻をとり、両の足にてさむざむ(散散)にふみける。

She looked exactly like a blue or red demon. She seized the fifth scroll of the Lotus Sutra, which her husband had been reciting for some years, and trampled it savagely with both feet.

Her image was exactly like that of a red or blue demon. She seized the fifth scroll of the Lotus Sutra, which for years her husband had recited, and brutally stomped on it with both feet.

()の後命つきて地獄にをつ。両の足ばかり地獄にいらず、獄卒(ごくそつ)(てつ)(じょう)をもつて・()てどもいらず、是は法華経をふみし逆縁の功徳による。

Later she died and fell into hell, all of her except for her feet. Though the wardens of hell tried to force them down by beating them with iron staves, her feet remained outside of hell as a result of the relationship, albeit a reverse one, that they had formed with the Lotus Sutra by trampling on it.

Latter she died and fell into hell, all except for her feet. The guards of hell tried to beat them down with iron staves, but were unable to do so because by trampling upon the Lotus Sutra, her feet had formed a relationship with it, and although it was a reverse relationship, they benefited from it.

今日蓮をにく()む故にせうぼう(少輔房)が第五の巻を取りて予がを()てをうつ。是も逆縁となるべきか。

Shō-bō struck me in the face with the fifth scroll of the Lotus Sutra because he hated me. Thus he too has formed a reverse relationship with this sutra.

Out of his hatred for me, Nichiren, Sho-bo struck me in the face with the fifth scroll of the Lotus Sutra. He too has made a reverse relationship with the sutra.


                 つづく Next
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by johsei1129 | 2016-01-31 14:30 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2016年 01月 31日

報恩抄文段上 目次

日寛上人 御書講義

   報恩抄文段 上 

    序   本抄の大意  報恩抄は正しく本門の三大秘法を顕す
         当抄の題号
         当抄の入文  仏弟子、此の大恩を報ぜずんば畜類にも劣るべし

第一段 報恩の道理を明かす

第二段 知恩・報恩を明かす

第三段 一代諸経の勝劣を判ず
         邪法を退治するを報恩と云い、正法を弘通するを謝徳と云う

第四段 在世及び正法時代の値難

      呵責謗法に四つの所以
   第五段 像法正師の弘通と怨嫉

第六段 真言伝来及び慈覚・智証を責む

第七段 日本に法華の行者なきを明かす


        下につづく

 解説    文段 総目次  



by johsei1129 | 2016-01-31 08:12 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2016年 01月 31日

報恩抄文段下 目次

  日寛上人 御書講義

  
   報恩抄文段 下 

  

  第八段    日蓮大聖人の諫暁
           善神必ず謗国を捨離する三つの所以  

  第九段    真言の誑惑を破す

   承久の乱の大旨

  第十段    日蓮大聖人の知恩報恩

  第十一段  正法を弘通するは謝徳なるを明かす
             
初めに正義を明かすとは

           初めに名通の相を明かすとは

           次に義別の相を明かすとは

           第二に功帰とは又二意を含む。所謂本果本因なり 

           今先聖の未弘に対して、蓮祖弘通の所以を明かすべし

           初めに他方・本化の前三後三とは

           次に迹化・本化の前三後三とは
           宗門八箇の法義とは

           三箇の秘法開合の事

           此の一大秘法を開すれば即ち三箇の秘法なり    

  第十二段  総括

             上にもどる

 御書 本文       御書文段 全目次



by johsei1129 | 2016-01-31 08:11 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2016年 01月 31日

報恩抄文段 下終 三箇の秘法広布の功徳は道善房の御身に帰すべし。若し爾らば、此等の功徳は又参詣の人々の御身にあつまるべきなり。


 第十二段 総 括

一 花は根にかへり

 清原(きよはら)(しげ)(ふじ)の詩に云く「花は根に帰ることを()ゆれども、悔ゆるに(やく)無けん」文。白花(びゃっか)(こう)()を点ずれば、来春は必ず其の花、処々に紅紫を点ず云云。()し紅紫を(もっ)(いろど)(とき)は、来春は其の花、紅紫の色に咲くなりと云云。(これ)を思え。

一 真味(しんみ)は土にとどまる。(注:平成新編は「真味」、御書全集は「(このみ)」と拝する)

 涅槃(ねはん)経第八に云く「薬の真味(とどま)りて山に()り」等云云。「花は根に」より下は一部の総括、御廻向(えこう)の文なり。三箇の秘法広布の功徳は(どう)善房(ぜんぼう)の御身に帰すべしと云云。

  第一に報恩抄全部講談の所以(ゆえん)、講談に三意有り

 一には、仏の本懐に(かな)わんが(ため)なり。筆削(ひっさく)一・三十三に云く「仏、教法を(とど)むる意は伝弘(でんぐ)して展転(てんでん)し、人を()して大果に至らしむるに()り。()伝演(でんえん)せざれば、仏の本懐に(さから)う」等云云。故に知んぬ、若し伝演する(とき)は、仏の本懐に称うことを。

  二には、()(こころざし)(まん)ぜんが為の故に。文の十・二二十八に云く「(ただ)願くは、大法をして(おお)()(せん)することを()せしめん乃至師の志なり」取意。一切(いっさい)の師、弟子を養育する其の志は大法をして弘宣することを()せしめんが為なり。我が師、別して此の志深きが故に云云。

  三には、報恩を(きわ)むるに()せんが為なり。大論に云く「仮使(たとい)頂戴(ちょうだい)して塵劫(じんこう)()、身を床座(しょうざ)()し、三千に(へん)ずるとも、若し法を伝えて衆生(しゅじょう)を利せざれば、畢竟(ひっきょう)()く恩を報ずること無き者なり」文。師匠(ししょう)を頂戴して塵劫を()、釈迦菩薩の如く身を床座とするとも、畢竟、恩を報ずること無し。()し法を伝えて衆生を利せば、畢竟、恩を報ずるなり。

第二に自我偈(じがげ)一万三千巻読誦(どくじゅ)の所以、自我偈を誦するに()いて亦三意あり。(なお)是れ助行なるのみ。

  一には、別して自我偈の功徳広大なるが故に。

法蓮抄十五・二十一に云く「自我偈の功徳は唯仏(ゆいぶつ)与仏(よぶつ)乃能(ないのう)究尽(くじん)なるべし、()れ法華経は一代聖教(しょうぎょう)骨髄(こつずい)なり自我偈は二十八品のたましひなり、三世の諸仏は寿量品(じゅりょうほん)を命とし十方(じっぽう)の菩薩も自我偈を眼目(げんもく)とす、自我偈の功徳をば私に申すべからず次下に分別(ふんべつ)功徳品(くどくほん)()せられたり、()の自我偈を聴聞(ちょうもん)して仏になりたる人人の数をあげて候には小千・大千・三千世界の微塵(みじん)の数をこそ・あげて候へ、()(うえ)薬王品(やくおうほん)已下(いげ)の六品得道のもの自我偈(じがげ)余残(よざん)なり」等云云。

  二には、十方の諸仏は自我偈を()として仏に成り給うが故に。

二十二・二十六に云く「されば十方世界の諸仏は自我偈を師として仏にならせ給う、世界の人の父母の如し乃至之を(もっ)思うに田村(とし)(ひと)なんどの様なる(つわもの)を三千人()みたらん女人あるべし、()の女人を(かたき)とせん人は此の三千人の将軍をか()きに・うくるにあらずや、法華経の自我偈を(たも)つ人を敵とせんは三世の諸仏を敵とするになるべし」文。()()の女人一人を供養せば、三千人の将軍(みな)悦ぶ。此の自我偈を読めば、(すなわ)ち三世の諸仏は歓喜したまう者なり。

  三には、自我偈を(じゅ)せば則ち(まこと)の孝養に成るが故に。

 又二十三に云く「此の文字の数は五百十字なり、一一(いちいち)の文字変じて日輪となり日輪変じて釈迦如来となり大光明を放って乃至いかなる(ところ)にも過去聖霊のおはすらん処まで尋ね行き給いて彼の聖霊に語り給うらん、我をば誰とか(おぼ)(しめ)す、我は()(なんじ)が子息・法蓮が毎朝(じゅ)する所の法華経の自我偈の文字なり、此の文字は汝が眼とならん、耳とならん、足とならん、手とならんとこそ・ねんごろに語らせ給うらめ、()(とき)・過去聖霊(しょうりょう)は我が子息・法蓮は子にはあらず、(ぜん)知識(ちしき)なりとて裟婆(しゃば)世界に向っておがませ給うらん、是こそ(まこと)の孝養にては候なれ」文。

第三に題目百五十万(べん)()(しょう)所以(ゆえん)、別して唱題の所以なり

 一には、仰いで祖師(そし)の金言を信ずるが故に。

 上の文に云く「一閻浮提(いちえんぶだい)に人ごとに()()無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし」云云。

 上野抄に云く「今末法に入りぬれば余経も法華経もせん()なし、(ただ)南無妙法蓮華経なるべし」云云。

 二には、題目は是れ成仏の種子なるが故に。

 本尊抄に云く「在世(ざいせ)の本門と末法の始は一同に純円なり、(ただ)(かれ)は脱、()れは(しゅ)なり、彼は一品(いっぽん)()(はん)此れは(ただ)題目の五字なり」云云。

 秋元抄に云く「三世(さんぜ)十方(じっぽう)の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏になり給へり」と云云。

  三には、題目一返(いっぺん)は一部の功徳に当るが故に。

十如是抄に云く「(これ)を信じて一遍(いっぺん)も南無妙法蓮華経と申せば法華経を(さとり)如法(にょほう)に一部をよみ奉るにてあるなり、十遍は十部・百遍は百部・千遍は千部を如法によみ奉るにてあるべきなり」等云云。故に百五十万遍は百五十万部なり。千部(なお)広大なり。(いわん)や万部をや。万部(なお)(しか)なり、况や十万部をや。(いか)に况や百万部をや。何に况や百五十万部をや云云。

  (しか)れば則ち、此くの如き講談・()(きょう)・唱題の功徳を(もっ)て、報恩謝(ほうおんしゃ)(とく)(ため)に日永上人に供養し奉る。()(しか)らば、蓮祖(れんそ)()の秘法御弘通(ごぐつう)の功徳等、(どう)善房(ぜんぼう)御身(おんみ)(あつま)るが如く、皆(ことごと)く日永上人の御身にあつまるべきなり。又面々の参詣に()るの故に、()くの如き功徳を成就(じょうじゅ)す。若し爾らば、(これ)()の功徳は又参詣の人々の御身にあつまるべきなり。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。




報恩抄文段下 目次



by johsei1129 | 2016-01-31 07:48 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2016年 01月 30日

日蓮門下最古参の信徒、富城入道の妻の病状回復を祈念した事を記された消息【富城入道殿御返事】

【富城入道殿御返事】
■出筆時期:弘安三年(1273)四月十日 五九歳御作。
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本消息は文中で「さては尼御前の御事をぼつかなく候由」と記されておられるように、
富城入道(富木常忍)が妻(尼御前)の病気回復の祈念を大聖人に願い出た事への返書となっております。
大聖人は「御志は法華経に挙げ申し候ひ了んぬ。定めて十羅刹御身を守護すること疑ひ無く候はんか」
と富城入道を励ますとともに、「ぼつかなく候由、申し伝へさせ給ひ候へ」と、日蓮も病状を心配してい
ると尼御前に伝えてくださいと慈愛をもって認められておられます。
■ご真筆:中山法華経寺(掛軸1幅)所蔵(重要文化財)。
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【富城入道殿御返事 本文】

鵞目一結ひ
給び候ひ了んぬ。
御志は
法華経に挙げ申し候ひ了んぬ。
定めて十羅刹御身を
守護すること疑ひ無く候はんか。
さては
尼御前の御事
をぼつ
かな
く候由、申し伝へ
させ給ひ候へ。
恐々謹言。

卯月十日 日蓮花押
富城入道殿
御返事






by johsei1129 | 2016-01-30 22:23 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 01月 30日

GOSHO 上野殿御返事 Persecution by Swords and Staves 1

Persecution by Swords and Staves

Persecution by Swords and Staves

                  弘安二年四月二十日 五十八歳 
                  20 April 1279 (Age:58)

(そもそも)日蓮、種種(しゅじゅ)の大難の中には(たつの)(くち)(くび)の座と東条の難にはすぎず。其の故は諸難の中には(いのち)をすつる(ほど)の大難はなきなり。

The greatest of all the persecutions that I have suffered were the attempted beheading at Tatsunokuchi and the attack at Tōjō. None of the others were direct attempts on my life.

Of the major persecutions that I, Nichiren, have encountered, the most severe were my near beheading at Tatsunokuchi and the attack at Tojo for none of the others came as near to ending my life.

或はのりせめ、或は処をおわれ、無実を云いつけられ、或は面をうたれしなどは物のかずならず。

I have been reviled, denounced, ousted, falsely accused, and struck across the face, but these were all comparatively minor incidents.

I have been cursed, denounced, banished, falsely charged and struck in the face, but these were all minor in comparison.

されば色心の二法よりをこりてそし()られたる者は、日本国の中には日蓮一人なり。ただし、ありとも法華経の故にはあらじ。

I, Nichiren, am the only person in Japan to be abused in both body and mind [on account of the Lotus Sutra]. If anyone else has been slandered as I have, it was not because of the Lotus Sutra.

In the country of Japan, I alone have been subjected to such mental and physical abuse. If anyone else has ever been similarly abused, it was certainly not for the sake of the Lotus Sutra.

さてもさても、わす()れざる事は()うばう(輔房)が法華経の第五の巻を取りて日蓮がつら()をうちし事は、三毒よりをこる処のち()うち()くなり。

 One incident in particular I can never forget is how Shō-bō seized the fifth scroll of the Lotus Sutra and struck me across the face with it. His attack on mestemmed from the three poisons.

There is one attack in particular I can never forget, the time when Sho-bo, motivated by the three poisons, seized the fifth scroll of the Lotus Sutra and struck me across the face with it.


                     つづく Next
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by johsei1129 | 2016-01-30 16:40 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2016年 01月 30日

報恩抄文段 下三二 事の戒壇とは即ち富士山天生原に戒壇堂を建立するなり


一 (ふたつ)には本門の戒壇

 本門の戒壇に()有り、()有り。理は(いわ)く、道理なり。(また)義の戒壇と名づけん。謂く、戒壇の本尊を書写して(これ)()(たてまつ)(ところ)の山々寺々家々は皆是れ道理の戒壇なり。(まさ)に知るべし「此の処は即ち是れ道場」等云云。

 次に()の戒壇とは即ち富士山(あも)生原(うがはら)に戒壇堂を建立(こんりゅう)するなり。外の十六・四十一に御相承を引いて云く「日蓮一期(いちご)弘法(ぐほう)白蓮阿闍(びゃくれんあじゃ)()日興に(これ)を付嘱す、本門弘通(ぐつう)の大導師たるべきなり、国主()の法を立てらるれば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ、事の戒法と云うは(これ)なり、就中(なかんづく)我が門弟()此の状を守るべきなり」云云。重重の道理あり。()文底秘沈抄の如し。

一 一同に他事を()てて南無妙法蓮華経と唱うべし

 第三には本門の題目に必ず信行(しんぎょう)()す。信は是れ行の始め、即ち本因妙。(ぎょう)は是れ信の終り、即ち本果(ほんが)(みょう)是れ則ち刹那(せつな)の始終、一念の因果なり。()一上に云く「()に依って信を(おこ)す。信を行の本と()す」文。記の九末に云く「一念(しん)()とは即ち是れ本門(りゅう)(ぎょう)(はじめ)」云云。(あに)刹那の始終に(あら)ずや。

寿量品(じゅりょうほん)に云う「一心に仏を見たてまつらんと(ほっ)して」とは是れ信心なり。「(みずか)身命(しんみょう)()しまず」とは是れ修行なり。

神力品(じんりきほん)に云う「()()に一心に」とは是れ信心なり。「受持(じゅじ)(どく)(じゅ)」とは是れ修行なり。持妙法華問答抄に「(すべから)く心を(いつ)にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも(すすめ)んのみこそ今生(こんじょう)人界の思出(おもいで)なるべき」云云。「心を一にして」とは信心なり。「南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧ん」とは修行なり。

 寿量品の「色香(しきこう)美味(みみ)」とは「色」は是れ戒壇、「香」は是れ本尊、「美味」は是れ題目なり。「美」は是れ信心なり。「味」は是れ修行なり。()し本門の本尊を信ぜずして唱え行ずるは(うま)からざる味なり。

又「是の()良薬(ろうやく)」とは本門の本尊なり。「今(とど)めて(ここ)()く」とは本門の戒壇なり。「(なんじ)取って服すべし」とは本門の題目なり。「取る」は是れ信心なり。「服す」は是れ修行なり。()し本門の本尊を信ぜずして(とな)え行ずるは、取らずして服するなり。

故に知んぬ、(たと)い題目を唱うと(いえど)も、若し本門の本尊を信ぜずして唱え行ずるは、(ただ)是れ宝山(ほうざん)空手(くうしゅ)なり。故に法蓮抄に云く「信なくして()の経を行ぜんは手なくして宝山に入り、足なくして千里の道を(くわだ)つるが如し」云云。

 故に(もっぱ)ら本門の本尊を信じて之を唱え行ずべきなり。当体義抄に「日蓮が一門は乃至当体蓮華を証得(しょうとく)して(じょう)寂光(じゃっこう)の当体の妙理を(あらわ)す事は本門寿量の教主の金言(きんげん)を信じて南無妙法蓮華経と唱うるが故なり」云云。故に今文に「他事を()てて」とは是れ信心なり。「南無妙法蓮華経と唱う」とは修行なり。

故に()三大秘法を合する(とき)は一大秘法なり。若し開く則は六大秘法なり。(しか)るに常には三大秘法と云うは、広くする則は智をして退(しりぞ)かしめ、略すれば即ち(こころ)(あまね)からざる故に、処中(しょちゅう)()いて三大秘法と云うなり。

 三月二十八日

一 例せば風に(したが)って波の大小あり

 此れは(れん)()慈悲(じひ)広大の故に万年の(ほか)に至るを顕さんが(ため)なり。()ず例を引く。(いわ)く、風大なれば波大なり。日蓮が慈悲広大ならば、妙法は万年の(ほか)流布(るふ)せんと云云。一々の例、皆此の意なり。

 (まさ)に知るべし、(かみ)には三()の秘法を明かし、此の下は蓮祖の(さん)(とく)を明かす。初めに(しん)(とく)、又二。初めに例を引き、「日蓮が慈悲(じひ)」の下は(まさ)しく親徳なり。「日本国の一切(いっさい)衆生(しゅじょう)盲目(もうもく)をひらける」とは()の徳なり。「無間(むけん)地獄(じごく)の道をふさぎぬ」とは主君(しゅくん)の徳なり。道路の(つう)(そく)(あに)()く所従の()る所ならんや。

 (およ)主師(しゅし)(しん)(さん)(とく)を本尊と為すべしとは、諸抄の明文、(きょう)として目前に()り。(しか)るに(かみ)本因(ほんにん)(みょう)の教主釈尊を本尊と為すべしと明かし(おわ)って(すなわ)ち自身の三徳を明かしたもう。故に知んぬ、本因妙の教主釈尊とは、(あに)蓮祖聖人に(あら)ざらんや。故に知んぬ、上に「本門の教主釈尊」と云うは本因妙の教主なること(うた)(もっ)分明(ふんみょう)なり。当流の深義、諸流の及ぶ所に非ず。(あお)いで之を信ずべし。伏して之を思うべし云云。

一 極楽(ごくらく)百年等

 蓮師の天台(てんだい)等に(すぐ)れたまえるは、(ただ)是れ時に()ることを明かすなり。


                    つづく
報恩抄文段下 目次



by johsei1129 | 2016-01-30 15:33 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2016年 01月 29日

GOSHO 南条殿御返事(白麦御書) 五

追伸 Postscript:

この()()の中は・いみじかりし時は何事かあるべきと()えしかども、当時はことにあぶ()なげ()に・()え候ぞ、

When things are going smoothly in this world of ours, we suppose there is nothing to worry about, but these days the situation seems very threatening indeed.

When times are stable and peaceful, it seems as if nothing is happening; however at such times danger is imminent.

いかなる事ありともなげ()かせ給うべからず、ふつとおも()ひきりてそり()やう()なんども、たが()ふ事あらば・いよい()よ 悦びとこそおもひて・()うそ()ぶきて・これへわたらせ給へ。

Whatever happens, however, you must not despair. Be firm in your approach, and if things should not go as you wish with regard to your lands, then determine to be more contented than ever, adopt an attitude of indifference, and if you like, come here.

No matter what happens, do not despair. Have absolute conviction, even if you encounter difficulties including the loss of your fief. Accept it all with joy and come to visit me here, in high spirits.

所地しらぬ人もあまりにすぎ候ぞ、当時つくし(筑紫) へ・むかひて・なげく人人は・いかばかりとか・おぼす。これは皆日蓮を・かみ()あな()づらせ給いしゆへなり。

There are a great many people nowadays who cannot keep possession of their lands. Think of how grievous it must be for those who these days have to set off for Tsukushi ! And all of this comes about because the authorities treat me with disdain.

The number of people who have lost their land is rising. How deep the grief of those presently assigned to garrison Tsukushi must be. All of this is because those in authority hold me, Nichiren, in disdain.


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by johsei1129 | 2016-01-29 22:04 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2016年 01月 29日

報恩抄文段 下三一  本因妙の教主自受用身は、人法体一にして更に勝劣無し。法に即(そく)して人、人に即して法なり。

  問う、当文の(こころ)如何(いかん)

  答う、大段(だいだん)二義あり。

  一には諸流一同の義に云く、在世の本門の教主釈尊を本尊とすべし。是れ(すなわ)ち色相を以て本尊とすべきなり。戒壇・題目も亦(しか)なり。(いわ)く、在世の本門の戒壇、在世の本門の題目なりと云云。故に諸流一同に色相(しきそう)荘厳(しょうごん)の仏を造立(ぞうりゅう)して本尊と為せり。

  二には当流の(じん)()の意に云く、本門寿量文底の教主釈尊を本尊とすべし。是れ則ち名字(みょうじ)凡夫(ぼんぷ)の当体、本因妙の教主釈尊なり。戒壇・題目も亦(しか)なり。謂く、本門寿量文底の戒壇、本門寿量文底の題目なり。故に開目抄に「本門寿量文底秘沈(ひちん)」と云うは是れなり。

  先ず道理を明かさん。()在世(ざいせ)の本門の教主は(もと)是れ脱益(だっちゃく)()(しゅ)なり。久遠(くおん)本因の教主は本是れ下種(げしゅ)法主(ほっす)なり。今(すで)に末法下種の時なり。何ぞ下種の教主を(さしお)いて、(かえ)って脱仏を以て本尊と()すべけんや。是一。

  (いわん)(また)末法は(ほん)未有(みう)(ぜん)の衆生なり。故に脱益の仏に於ては三徳の(えん)浅し。何ぞ我が三徳の仏を閣いて、他の三徳の仏を以て本尊と為すべけんや是二。

  况や復本尊とは、(まさ)に勝れたるを用うべし。(しか)るに色相(しきそう)荘厳(しょうごん)の仏は(にん)(ぽう)体別なり。故に法に望むれば(すなわ)ち既に師資(しし)、父子、君臣の別あり。

(しばら)く一文を引かん。経に云く「()(また)人有って、七宝(しっぽう)を以て乃至供養(くよう)せん、()の人の所得の功徳(くどく)も、()の法華経の乃至一四(いっし)句偈(くげ)(じゅ)()する()の福の最も多きには()かじ」云云。文の十・三十一に云く「七宝を四聖に(たてまつ)るは、一偈(いちげ)(たも)つに()かず。法は是れ聖の師なり。能生(のうしょう)(のう)(よう)(のう)(じょう)(のう)(えい)、法に()ぎたるは()し。故に人は軽く法は重し」云云。(せん)八・二十五に云く「父母に(あら)ざれば以て(しょう)ずること無く、()(ちょう)に非ざれば以て(じょう)ずること無く、君主に非ざれば以て(さか)ること無し」文。故に人法(にんぽう)の勝劣(あたか)も天地の如し。何ぞ(おと)れる仏を以て本尊と()すべけんや是三。

  (けだ)本因(ほんにん)(みょう)の教主自受用(じじゅゆう)(しん)は、人法(たい)(いつ)にして(さら)に勝劣無し。法に(そく)して人、人に即して法なり。故に経に云く「若しは経巻(きょうかん)所住の(ところ)には乃至()の中には、(すで)に如来の全身(いま)す」云云。天台云く「此の経は是れ(ほっ)(しん)舎利(しゃり)なり」と云云。今「法身」とは(すなわ)ち是れ自受用身なり。宗祖云く「自受用身即一念三千」と。伝教(でんぎょう)云く「一念三千即自受用身」等云云。故に知んぬ、本因(ほんにん)(みょう)の教主釈尊、自受用の全体(すなわ)ち是れ()の一念三千の法の本尊なり。事の一念三千の法の本尊の全体、即ち是れ本因妙の教主釈尊、自受用身なり。譬えば()()(やく)(どう)薬種(やくしゅ)(まった)く是れ童子(どうじ)にして、童子全く是れ薬種なるが如し。

  問う、何が故に体別・体一の(ことなり)ありや。

  答う、若し()()って論ずれば法界に非ざる無し。今、事に()いて論ずるに、差異無きに(あら)ず。(いわ)く、自受用身は(もと)是れ境地冥合(きょうちみょうごう)の真仏なり。故に(たい)(いつ)なり。(たと)えば月と光と冥合するが故に是れ体一なるが如し。若し色相荘厳の仏は世情(せじょう)随順(ずいじゅん)する形貌(ぎょうみょう)なり。故に体別なり。譬えば水月は方円(ほうえん)(うつわ)に移るが故に、天月と体は別なるが如し。

  問う、色相の応仏は世情に随順するの証文如何(いかん)

  答う、教時義に云く「世間(みな)仏に三十二相を具することを知る。()の世情に(したが)って、三十二相を(もっ)て仏と()す」と云云。金剛(こんごう)般若経(はんにゃきょう)に云く「()し三十二相を以て如来を見れば、(てん)(りん)(じょう)(おう)(すなわ)ち是れ如来ならん」文。止の七・六十七に云く「縁の(ため)に同じからず、多少は(かれ)()り」等云云。

  次に文相に(しょう)せん。「本門の教主釈尊」とは、是れ標の文にして人の本尊なり。「所謂(いわゆる)宝塔」の下は、是れ釈の文にして法の本尊なり。即ち本尊抄の文に同じ、少しく略なるのみ。(すで)人の本尊を標して、法の本尊を以て(これ)を釈す。故に知んぬ「本門の教主釈尊」とは、即ち是れ人法体一の遠元(くおんがん)(じょ)自受用報(じじゅゆうほう)(しん)本因(ほんにん)(みょう)の教主釈尊なり。意に云く、本因妙の教主釈尊の全体、即ち是れ一念三千の法の本尊なり。故に本尊とすべしと云云。()色相(しきそう)荘厳(しょうごん)の脱仏を(もっ)て「本門の教主釈尊」と名づけば、(すで)に是れ(にん)(ぽう)体別にして勝劣(しょうれつ)も亦雲泥(うんでい)なり。何ぞ一念三千の法の本尊を以て(これ)を釈すべけんや。之を思え、之を思え。

故に知んぬ「本門の教主釈尊」とは本門寿量文底、本因妙の教主釈尊なること、其の義(うた)た明らかなり。

 問う、若し(しか)らば、本因妙の教主釈尊を以て本尊と為すべし。何ぞ(れん)()を以て本尊と為すや。

 答う、云云。()末法相応抄の如し。啓蒙(けいもう)十五・七十三に多義あり云云。


                    つづく
報恩抄文段下 目次



by johsei1129 | 2016-01-29 21:52 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)