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2015年 03月 31日

立正安国論愚記 十三


  第四 正しく一凶(いっきょう)所帰(しょき)を明かすの下 八月五日


一、客(なお)(いきどお)りて曰く
 前には色を作し(ほぼ)憤りて問う。今は(なお)前に倍して憤りて難ず。故に「猶憤りて」というなり。憤り未だ()まずと謂うには非ざる故に「猶」というなり。
一、明王(めいおう)は天地に因って化を成し
「明王」というは、()(かんじょ)に云く「君上は人を安んずるを以て明と為す」等云云。孝経十九に云く「天の明に(のっと)り、地の義に()り以て天下(したが)う」等云云。同頭書(かしらがき)に孔の云く「聖人は天地に因り以て法を設け、民の心に(したが)って以て化を立つるなり」と云云。韻会(いんね)二十三・八に云く「化は説文に云く、教え行わるると。(ぞう)(いん)に云く、凡そ道業を以て人に(おし)ゆ、之を教と謂う。(みずか)ら上に行い、風下を動かす、之を化と謂う」と文。両字の異り分明なり。管蠡(かんれい)の第一・七に(ときあか)して云く「化と云うは、(まつりごと)を能くして悪人を善人と成して天下を太平に能く治するを云うなり」と云云。故に「化」はこれ変化の義なり。
一、聖人(せいじん)は理非を(つまび)らかにして世を治む
 君子に二あり。一には在位の君子、二には有徳(うとく)の君子なり。今「聖人」とは註に云く「在位の君子なり」と云云。既に「世を治む」という故なり。註に云く「若し理有れば則ち其の親を遠ざけ其の理を親にす。若し非あれば則ち其の(あだ)(くみ)して其の非を讎にす。故に理非を察すと云うなり」と云云。学者、応にこの意を記憶すべし。何ぞ()だ在位の君子のみならん。若しその行い此くの如くなる(とき)は、我も又是れ尭舜(ぎょうしゅん)なるのみ。
一、世上の僧侶は
 (ひろ)く諸宗の僧侶を指す。何ぞ別して専修の徒といわんや。註の意はその義(はなは)(ひく)し、之を思え。
一、聖人(しょうにん)に非ずんば
 前後は漢音なり。この一文は呉音(ごおん)之を呼べ。
一、賢哲仰ぐ可からず。
 「賢」は説文に「多才なり、哲は知なり」と。書に云く「之を知るを明哲と謂う」と云云。或る義に云く「是れ檀那(だんな)を指す」と云云。今謂く、この義は(きょく)せり云云。
一、今(けん)(せい)尊重(そんじゅう)せるを以て
 賢聖既に仰いで知る、これ正師なりという事を云云。
一、則ち竜象の(乃至)知んぬ
「竜象」というは法中の(しゅん)(けつ)に譬うるなり。才は千人に()ぐ、これを俊と謂い、智は万人に過ぐ、これを傑と謂うなり。

 大論三・二十一に云く「摩訶(まか)は大と云い、那伽(なか)は或は竜と云い、或は象と云う。水行の中に竜の力最大なり。陸行の中には象の力大なり。大象は()く大軍を破り、(とう)(じょう)(おそ)れず、水火を(はば)からず、死至れども()けず。竜王は雲を(おこ)して(あまね)(おお)い、雨を(そそ)ぎて等しく(うるお)す」略抄と。法師もまた爾なり。慈雲普く覆い、法雨等しく潤す。また能く謗者の魔軍を破り、刀杖()(しゃく)を畏れず、水火の(せめ)を難からず。殺戮(さつりく)の巨難に値うと雖も()えて以て避けず。斯くの如きの摂折時に(かな)う智行兼備の法師を竜象に譬うるなり。
一、主人の()く等
 既に上に正に問うて「誰人(だれひと)を以て悪比丘と()うや」等という。故に今の答の意、正に(ほう)(ねん)を以て悪比丘と謂う。彼は選択(せんちゃく)を作って教を破り、衆を迷わすが故なり。委細に聞かんと欲す、応にこれを示すべし。彼の選択に捨閉(しゃへい)閣抛(かくほう)という故なり云云。
一、()鳥羽院(とばいん)御宇(ぎょう)に法然と云うもの有り
 後鳥羽は人王八十二代隠岐(おき)の法皇の御事なり。「法然」とは(つぶさ)に釈書第五・十三の如し。人王七十五代()徳院(とくいん)の御宇、長承二癸丑四月七日に(うま)る。十五にして(てい)(せん)、三年の内に天台六十巻を通誦(つうじゅ)し、その外八宗の幽致(ゆうち)(きわ)めたり。後に往生要集を見て承安四年、(とし)四十二にして台山を()でて浄土門を立つ、釈書の如し。若し伝弘(でんぐ)の第二・六、法然伝記の二巻の如くんば、承安五年、歳四十三の時なり。八十四代順徳院の御宇、建暦(けんりゃく)二年正月二十五日、八十歳にして入滅す。(およ)そ十代の帝王を経歴(きょうりゃく)す。然るに後鳥羽の代に専ら法柄(ほうへい)()る、故に別して後鳥羽と標するなり。


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by johsei1129 | 2015-03-31 22:42 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2015年 03月 31日

Gosho 御義口伝下 Orally Transmitted teachings on the Lotus Sutra Part 2

第四 是人(ぜにん)命終(みょうじゅう) 為千仏授手(いせんぶつじゅしゅ)の事

()し人有って受持し、読誦し、()の義趣を()せん、

Point Four, on the passage “If there are persons who accept, uphold, read, and recite the sutra and understand its principles,

是の人命終せば、千仏の(みて)(さず)けて、恐怖(くふ)せず、悪趣に()ちざらしめたもうことを()

when the lives of these persons come to an end, they will be received into the hands of a thousand Buddhas, who will free them from all fear and keep them from falling into the evil paths of existence.”

御義口伝に云く法華不信の人は命終の時地獄に堕在す可し、

The Record of the Orally Transmitted Teachings says: When persons who do not have faith in the Lotus Sutra [Gohonzon] come to the end of their lives, they fall into hell.

経に云く「若人(にゃくにん)不信(ふしん)毀謗(きぼう)()(きょう)即断(そくだん)一切(いっさい)世間仏(せけんぶっ)(しゅ)其人命終入(ごにんみょうじゅうにゅう)阿鼻獄(あびごく)」と、

Hence the sutra says, “If a person fails to have faith / but instead slanders this sutra [Gohonzon], / immediately he will destroy all the seeds / for becoming a Buddha in this world. / . . . When his life comes to an end / he will enter the Avīchi hell” .

法華経の行者は命終して成仏す可し、

But when practitioners of the Lotus Sutra come to the end of their lives, they will attain Buddhahood.

是人命終為千仏授手の文(これ)なり、

Thus the text here says, “When the lives of these persons come to an end, they will be received into the hands of a thousand Buddhas.”

千仏とは千如の法門なり、

The thousand Buddhas represent the doctrine of the thousand factors.

謗法の人は獄卒来迎(らいごう)し、法華経の行者は千仏来迎し給うべし、

The wardens of hell will come to greet those who have slandered the Law, but a thousand Buddhas will come to greet the practitioners of the Lotus Sutra.

(いま)日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は千仏の来迎(うたがい)無き者なり云云。

Without doubt, therefore, a thousand Buddhas will come to greet Nichiren and his followers, who chant Nam-myoho-renge-kyo.


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by johsei1129 | 2015-03-31 22:29 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2015年 03月 30日

Gosho 御義口伝下 Orally Transmitted teachings on the Lotus Sutra Part 2

第四 ()不能(ふのう)(しょう)(すい)不能漂(ふのうひょう)の事

Point Four, regarding the passage

()(かな)善い哉、善男子、汝()釈迦牟(しゃかむ)尼仏(にぶつ)の法の中に於いて、此の経を受持(じゅじ)し、読誦(どくじゅ)し、思惟(しゅい)し、他人の為に説けり。

“Excellent, excellent, good man! In the midst of the Lawof Shakyamuni Buddha you have been able to accept, uphold, read, recite and ponder this sutra [Gohonzon] and to preach it for others.

所得の福徳無量無辺なり、

The good fortune you gain there by is immeasurable and boundless.

火も焼くこと(あた)わず、水も(ただよ)わすこと能わず」

It cannot be burned by fire or washed away by water.”

御義口伝に云く、火とは阿鼻(あび)の炎なり、水とは紅蓮(ぐれん)の氷なり、

The Record of the Orally Transmitted Teachings says: The word “fire” here refers to the flames of the Avīchi hell,and the word “water” refers to the ice of the hell of the crimson lotus.

(いま)日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は此くの如くなるべし云云。

Now Nichiren and his followers, who chant Nam-myoho-renge-kyo, are persons who, as the text says, “cannot be burned by fire or washed away by water.”


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by johsei1129 | 2015-03-30 22:17 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2015年 03月 29日

立正安国論愚記 十二

一、(たれ)か一代の教を(さみ)し(乃至)(いわ)んや
 両点(これ)あるも、答の大旨に准ずるに「(たれ)か」の点可なり。
一、僧は(ちく)()の如く
 三宝具足の学者、見るべし。註に云く「僧は(じゃ)()、侶は伴侶(はんりょ)なり」と云云。一義に云く、僧は平生(へいぜい)の出家、侶は高僧学侶なりと云云。初めの義可なり。
一、(よこしま)に法制を作って
 太子受禅(じゅぜん)の時は法華経の八句の文なり。而るに秘教を(まじ)うる等なり。
一、邪智にして心諂曲(てんごく)
 これ正直ならざる故に邪曲(じゃごく)というなり。仁王の「悪比丘」、涅槃経の「悪知識」これなり。

一、或は()(れん)(にゃ)に(乃至)有らん文。註の板点は不可なり。「有」の字は「人間を軽賎(きょうせん)する者」に冠するなり。

一、国王・大臣等

大集経十六・七に云く「爾の時、魔子醜面(まこしゅうめん)び余の魔子、(おのおの)是の言を説けり、仮使(たとい)沙門()(どん)、諸の方術を以て魔王を廻転(えてん)すとも、我等共に(まさ)に諸の方便を設けて(かく)の如き等の経をして流布することを得ざらしむべし。設使(たとい)流布すとも、(また)(はなは)だ少からしめん。護助(ごじょ)し信受する行者有れども、亦甚少ならしめん。常に多人に軽賎せられん、常に辺方(へんぽう)()、中国をして宣伝せしめざらん。(ただ)諸の威徳なき貧窮(びんぐ)の衆生をして当に之を聞くことを得せしめ、常に諸の大威徳(ごう)()の人をして信ぜずして誹謗を為さしめん。」と文。

一、悪鬼()の身に入って
 「仏の方便を知らず」「悪鬼其の身に入る」は毀謗(きぼう)所以(ゆえん)なり

一、数数(しばしば)(ひん)(ずい)せられん
「擯」は棄なり文。註に云く「此の論の所著(しょちょ)左遷(させん)の前に在り。故に遠離(おんり)塔寺(とうじ)の文に至らず。謫居(たくきょ)後の書に天台未読とは遠離塔寺の文を指すなり。」と云云。

疑って云く「諸文の中には数数の二字を以て天台未読と為すなり」と。啓蒙に云く「(ただ)是の二句不同無き故に、略して之を引かざるのみ」と云云。此の義、未だ(うま)からず。今謂く、蓮祖は(ただ)これ東西馳走(ちそう)して諸宗を折伏し、未だ塔寺に安住せず。故に遠離塔寺の文は恐らく便ならざる故にこれを略するのみ。

一 涅槃経に云く等

会疏(えしょ)・十三。下山抄二十六・二十一に云く「『(われ)涅槃の(のち)無量百歳』云云仏滅後二千年已後と見へぬ、又『四道の聖人悉く(また)涅槃せん』云云、付法蔵の二十四人を指すか、『正法滅後』等云云像末の世と聞えたり」文と云云。像法(なお)(しか)なり、況や末法をや。故に「像末」というなり。
一、沙門の(かたち)を現じ文。
 註に云く「沙門、此には(ごん)(そく)と云う」と云云。善を(つと)め悪を(とど)むる故なり。
一、正法を誹謗せん
 註に云く「この一文は(ただ)誹謗の末句に在り」と云云。上来の文はこれ律僧に約す、故に同文の故に来るなり。今は浄土家に対する故に誹謗正法の末句はこれ今の所用(しょゆう)なり。
一、悪侶を(いまし)めずんば
 花の(あした)に嵐を(いと)い、月の(ゆうべ)には雲を厭う。若し謗法の悪侶を誡めずんば、何ぞ正法の善事を成さんや。


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by johsei1129 | 2015-03-29 19:35 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2015年 03月 29日

立正安国論愚記 十一

一、叡山(えいざん)南都(なんと)
 「叡山」はこれ天台宗、故に(また)天台山とも名づくるなり。人皇五十代(かん)()帝の延暦(えんりゃく)七年戊辰(つちのえたつ)、根本一乗止観院建立。根本中堂の本尊は薬師なり。同じき十三年、天子の御願寺(ぎょがんじ)と為る。(こう)(にん)十四年二月十六日に延暦寺という(がく)(たま)わるなり。註の二十一。

「南都」は奈良の七大寺なり。棟梁(とうりょう)は東大寺・興福寺なり。故に注には(ただ)二箇寺と標するなり。四箇の大寺というもこれなり。延暦三年十一月、奈良の都を長岡に(うつ)す。同じき十三年十月二十一日に長岡を平安城に遷す。奈良は平安城の南なり、故に南都という。

東大寺は人王四十五代(しょう)()帝、流沙(りゅうさ)の約に(かな)い、(りょう)(べん)を請じて大仏の像を(つく)らしむ。実に天平(てんぴょう)十五年十月なり云云。流沙の約とは釈書二十八・十二に出でたり。供養の事は太平記二十四の巻に出でたり。

興福寺は四十三代元明(げんめい)帝の治、和銅三年(たん)(かい)(こう)これを建立す。これ藤原氏の氏寺(うじでら)なり。

園城寺(おんじょうじ)初め教待(きょうだい)和尚(これ)を建つ。百八十年の(のち)天安六年十二月、智証、教待の付嘱を受けて(ここ)に住す。天智・天武・地(持)統の三皇降誕の時、この井の水を()みて浴湯と為す。故に御井寺(みいでら)と号す。智証、御井を改めて三井と為す。三皇(よく)(せい)の事を取り、我この水を()みて三部(かん)(じょう)閼伽(あか)と為し、()()三会(さんえ)()に至る、故に三の字に改むるなり。

東寺は即ち鴻臚館(こうろかん)(こう)(にん)十四年、嵯峨天皇、空海に賜う。而して真言院と為す。草創(そうそう)は延暦十五年に在るのみ。
一、四海・一州等
 総じてこれ日本国中なり。
一、仏経は星の如く(つら)なり文。
 即ちこれ仏像と経巻なり。学者これを思え。
一、堂宇(どうう)(くも)の如く布けり
 「堂」は仏像を(やす)んじ、「宇」は経論を置くか。宇は(りく)(とく)(めい)云く「屋は四に()るるなり」と。釈名(しゃくみょう)には「羽なり。鳥の羽翼(うよく)(おのずか)(おお)うが如し」と云云。
一、鶖子(しゅうし)(やから)
「鶖子」は即ちこれ舎利(しゃり)(ほつ)なり。その眼岩々(まなこがんがん)として彼の鳥に似たるゆえに。

鶴勒(かくろく)」は付法蔵第二十二祖なり。

鷲頭(じゅとう)(けい)(そく)」は倶にこれ霊山(りょうぜん)なり。(ごん)抄に云く「上に和漢の伝来を明かし、今天竺(てんじく)を明かす、故に三国流布の相なり」と云云。この義は不可なり。只流例(るれい)を挙げて以て本朝の智者大徳を顕すなり。又註の意は倶に禅家(ぜんけ)を指すに似たり。朝抄は「顕密の流類(るるい)」と云云。啓蒙の意は「天台・禅宗」と云云。

今謂く、通じて諸宗の(せき)(とく)を挙ぐるなり。諸宗異ると雖も、(あに)教観二門を知るべけんや。上の句は観を明かし、下の句は教を明かすなり。下の文に「法師は諂曲(てんごく)にして」というは通じて諸宗を指す。これを思い見るべし。


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by johsei1129 | 2015-03-29 19:34 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2015年 03月 29日

立正安国論愚記 十


 第三 正法を誹謗するの由の下


 七月二十九日

一、客(いろ)()して曰く。

既に上段に四経の文を引き(おわ)って、結して天下世上、諸仏・衆経に於て捨離の心を生ずという。故に客色を作して問難するなり。

礼記(らいき)二十四・三、哀公(あいこう)問に云く「哀公曰く、敢て問う、人道は誰をか大なりと為す。孔子、(しゅう)(ぜん)として色を作して(こた)えて曰く、君の此の(こと)に及べるや百姓の徳なり」と文。註には「色をば作すは色を変ずるなり」と云云。色を作して仏を(ののし)る、これに准じて解すべし。
一、後漢(ごかん)明帝(めいてい)文。

 前漢は高祖より(へい)(てい)に至る十三代、孺子(じゅし)新室(しんしつ)を加えて十四代なり。若し王莽(おうもう)を加うれば十五代、二百三十年なり。高祖九世の孫光武(こうぶ)と申すは平帝の子なり。深く深山に(かく)れ、二十八宿二十八将と変じ来りて王莽を(ほろぼ)す。光武(くらい)()く、即ちこれ後漢の第一なり。光武第四の子を顕宗(けんそう)(こう)(めい)皇帝と名づく、即ち今いう所の「後漢の明帝」なり。
一、金人(こんじん)の夢を悟って。
 これ永平二年正月(さく)(じつ)なり。或は三年といい、或は四年というなり。同じき五(みずのえ)(いぬ)王遵(おうじゅん)等十八人西域に使(つかい)し、同じき八年(きのと)(うし)洛陽(らくよう)(かえ)るなり。同じき十年(ひのと)()白馬(はくば)寺を立つ。同じき十五年正月朔日()(がく)の道士表して云く「仏法は虚偽(きょぎ)なり」と。周く十五日に経を焼く等なり。
一、白馬の教を得文。
 (ごん)抄の三義の中の初義は諸抄の如し。第二の義は(りん)二十・十三に出でたり。第三の義は(すで)本拠(ほんきょ)なし。況や荒神(こうじん)は本朝示現(じげん)の神にして三国伝来に非ざるをや。況や三宝を衛護するをや。故に三宝荒神という。何ぞ障碍(しょうげ)を成さんや。
一、上宮(じょうぐう)太子
 人皇三十二代(よう)(めい)天皇の御子、聖徳太子の御事なり。()(たつ)元年正明(さく)(じつ)、手に舎利(しゃり)(にぎ)り、身に光明を現じ、(うまや)の下に於て誕生す。故に(うまや)(どの)王子(おうじ)とも名づく。八人同時に(そう)する事を一時に聞きたまう、故に(やつ)(みみの)の王子とも名づく。また(みみ)(さとの)王子とも申すなり。用明愛敬(あいぎょう)して南宮の上殿に()せしむ。故に「上宮太子」と名づくるなり。これ本朝の大聖人なり。故に聖徳太子と申すなり。
一、守屋(もりや)の逆を(ちゅう)して
 四条金吾抄三十九・三十七を往いて見よ。或る抄に云く「守屋も権者(ごんじゃ)なり。上宮は救世(くぜ)観世音、守屋は将軍地蔵なり。(とも)誓願(せいがん)に依り日本国に生ずるなり。守屋最後の時、太子唱えて云く、我が昔の所願の如き、今(すで)に満足しぬと云云。守屋唱えて云く、一切衆生を()して(みな)仏道に入らしむと云云。権者なること疑なし。されば開目抄に云く「聖徳太子と守屋とは蓮華の花菓(けか)同時なるが如し」と云云。
一、寺塔の(かま)へを成す。
 推古(すいこ)天皇(みずの)(ととり)四天王寺を建つ。その余の寺塔畿内(きない)(あまね)し等云云。僧史略上に云く「寺とは釈名に云く、()()なり。事を治むる者、相嗣(あいつ)いで其の内に続くなり。(もと)是れ(つかさ)の名。西僧(はじめ)て来り()りに公司に(とど)まる。移して別居に入れども、其の本を忘れずして(かえ)って寺号を標す。僧寺の名(ここ)に始まるなり」と文。


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by johsei1129 | 2015-03-29 19:29 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2015年 03月 28日

Gosho 御義口伝下 Orally Transmitted teachings on the Lotus Sutra Part 2

第八 畢竟(ひっきょう)住一乗是人於(ぜにんの)仏道(ぶつどう)決定(けつじょう)無有疑(むうぎ)の事

Point Eight, regarding the passage

「此の人世間に行じて、()く衆生の闇を滅し、無量の菩薩をして畢竟(ひっきょう)して一乗に住せしめん、

“So this person as he passes through the world / can wipe out the darkness of living beings, /causing immeasurable numbers of bodhisattvas / in the end to dwell in the single vehicle. /

是の故に智有らん者、此の功徳の利を聞いて、我が滅度の後に()いて()の経を受持すべし

Therefore a person of wisdom, / hearing how keen are the benefits to be gained, / after I have passed into extinction / should accept and uphold this sutra [Gohonzon]. /

是の人仏道に於いて、決定(けつじょう)して疑い有ること無けん」

Such a person assuredly and without doubt / will attain the Buddha way.”

御義口伝に云く、畢竟(ひっきょう)とは広宣流布なり、

The Record of the Orally Transmitted Teachings says: The expression “in the end” or “ultimately” refers to Kōsen Ruhu [widely declaring and propagating the teachings].

住一乗とは南無妙法蓮華経の一法に住す可きなり、

“To dwell in the single vehicle” means that one should dwell in the single Law of Nam-myoho-renge-kyo.

是人とは名字即の凡夫なり、

“Such a person” refers to an ordinary mortal who has reached the stage of hearing the name and words of the truth, the second of the six stages of practice.

仏道とは究竟即なり、

“The Buddha way” refers to the stage of ultimate enlightenment, the sixth and highest stage of practice.

疑とは根本疑惑の無明を指すなり、

The word “doubt” here indicates darkness, or ignorance, as fundamental doubt and perplexity.

末法当今は此の経を受持する一行計りにして成仏す可しと定むるなり云云。

The passage makes clear that now, in the Latter Day of the Law, one should carry out only this single practice, that of accepting and upholding “this sutra [Gohonzon],” in order to attain Buddhahood.

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by johsei1129 | 2015-03-28 21:38 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2015年 03月 28日

Gosho 御義口伝下 Orally Transmitted teachings on the Lotus Sutra Part 2

第六 娑婆(しゃば)()中有仏名(ちゅううぶつみょう)釈迦牟(しゃかむ)尼仏(にぶつ)の事

Point Six, regarding the passage

「此の無量無辺百千万億阿僧祇(あそうぎ)の世界を過ぎて国有り、娑婆(しゃば)と名づく。是の中に仏(いま)す。釈迦牟(しゃかむ)()と名づけたてまつる」

“Beyond these immeasurable, boundless hundreds,thousands, ten thousands, millions of asamkhya worlds there is a land named sahā, and in it a Buddha named Shakyamuni.”

御義口伝に云く、本化(ほんげ)弘通(ぐつう)の妙法蓮華経の大忍辱(にんにく)の力を以て()(つう)するを娑婆と云うなり、

The Record of the Orally Transmitted Teachings says: The bodhisattvas of the essential teaching employing the power of great forbearance to proclaim and propagate Myoho-renge-kyo is known as sahā.

忍辱は寂光土(じゃっこうど)なり、

Forbearance is the Land of Eternally Tranquil Light.

此の忍辱の心を釈迦牟尼仏と云えり、

This mind of forbearance is called Shakyamuni Buddha.

娑婆とは堪忍(かんにん)世界と云うなり云云。

Sahā means a world in which one must exercise forbearance and learn to endure.


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by johsei1129 | 2015-03-28 21:35 | PASSAGE OF NICHIREN | Comments(0)
2015年 03月 28日

法華経はよきつるぎなれども使う人によりて物をきり候か、と説いた【石虎将軍御書】

【四条金吾殿御返事(石虎将軍御書)】
■出筆時期:弘安元年(1278)十月二十二日 五十七歳御作
■出筆場所:身延山中 草案にて。
■出筆の経緯:本書は四条金吾が身延の草庵に見参し、病状の大聖人を見舞った後に送られたご消息文です。                                            
 この時金吾は一年半前に蒙った主君江間氏の御勘気が解け、所領も再度賜るなど一時の苦境を乗り越えていた。
大聖人はこのことについて、江間氏の同僚の家来たちが金吾を妬み、亡き者にしようと金吾を狙うことを、わが子のように心配されている。
その思いは、金吾が身延の草庵から鎌倉に無事帰ったか、身延に来る人ごとに金吾の安否を尋ねたことを記した本書でもよく伺える。
当時の僧侶の習いで生涯独り身を貫いた大聖人にとって、弟子、信徒に対しては厳しい師匠でもあり、一面では我が子同然の慈愛を持っていたことがよくわかる御書となっている。             
                                
■ご真筆: 現存していない。

[四条金吾殿御返事(石虎将軍御書) 本文]

今月二十二日・信濃より贈られ候いし物の日記・銭三貫文・白米能米俵一・餅五十枚・酒大筒一・小筒一・串柿五把・柘榴十。
 夫れ王は民を食とし民は王を食とす衣は寒温をふせぎ食は身命をたすく、譬ば油の火を継ぎ水の魚を助くるが如し。鳥は人の害せん事を恐れて木末に巣くふ、然れども食のために地にをりてわなにかかる。魚は淵の底に住みて浅き事を悲しみて穴を水の底に掘りてすめども、餌にばかされて鉤をのむ。

 飲食と衣薬とに過ぎたる人の宝や候べき。而るに日蓮は他人にことなる上、山林の栖・就中今年は疫癘飢渇に春夏は過越し秋冬は又前にも過ぎたり。
又身に当りて所労大事になりて候つるを、かたがたの御薬と申し小袖、彼のしなじなの御治法にやうやう験し候て今所労平愈し、本よりもいさぎよくなりて候。

弥勒菩薩の瑜伽論、竜樹菩薩の大論を見候へば、定業の者は薬変じて毒となる。法華経は毒変じて薬となると見えて候。
日蓮不肖の身に法華経を弘めんとし候へば、天魔競ひて食をうばはんとするかと思いて歎かず候いつるに、今度の命たすかり候は偏に釈迦仏の貴辺の身に入り替らせ給いて御たすけ候か。

是はさてをきぬ、今度の御返りは神を失いて歎き候いつるに、事故なく鎌倉に御帰り候事悦びいくそばくぞ。余りの覚束なさに鎌倉より来る者ごとに問い候いつれば、或人は湯本にて行き合せ給うと云い、或人はこうづにと或人は鎌倉にと申し候いしにこそ心落居て候へ。是より後はおぼろげならずば御渡りあるべからず。大事の御事候はば御使にて承わり候べし。返す返す今度の道はあまりにおぼつかなく候いつるなり。

敵と申す者はわすれさせてねらふものなり。是より後に若やの御旅には御馬をおしましませ給ふべからず。よき馬にのらせ給へ。又供の者ども、せんにあひぬべからんもの又どうまろもちあげぬべからん、御馬にのり給うべし。

 摩訶止観第八に云く、弘決第八に云く「必ず心の固きに仮つて神の守り則ち強し」云云。神の護ると申すも人の心つよきによるとみえて候。法華経はよきつるぎなれども、つかう人によりて物をきり候か。
されば末法に此の経をひろめん人人、舎利弗と迦葉と観音と妙音と文殊と薬王と此等程の人やは候べき。二乗は見思を断じて六道を出でて候、菩薩は四十一品の無明を断じて十四夜の月の如し。
然れども此等の人人にはゆづり給はずして地涌の菩薩に譲り給へり。されば能く能く心をきたはせ給うにや。
李広将軍と申せしつはものは虎に母を食れて虎に似たる石を射しかば其の矢羽ぶくらまでせめぬ。後に石と見ては立つ事なし。後には石虎将軍と申しき。
貴辺も又かくのごとく、敵はねらふらめども法華経の御信心強盛なれば大難もかねて消え候か。是につけても能く能く御信心あるべし、委く紙には尽しがたし、恐恐謹言。

弘安元年戊寅後十月二十二日                   日 蓮 花押
四条左衛門殿御返事
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by johsei1129 | 2015-03-28 20:38 | 四条金吾・日眼女 | Comments(0)
2015年 03月 28日

立正安国論愚記 九

一、(しゃ)(りゃく)(せき)を雨らす
「礫」はさざれ石なり。
一、黒風・赤風(しゃくふう)
 風、黒沙を()く等なり。実には大風なることを顕すなり。(ただ)是れ天に吹き地に吹き火に吹き、水に吹く等なるべし。
一、四方の賊来って等
 上は他国侵逼(しんぴつ)、下は自界(じかい)反逆(ほんぎゃく)なり。
一、火賊・水賊等。
 大火・大水・大風の便(たより)(うかが)う賊なり。「鬼賊」とは或は忽然(こつねん)として人失等あり。和国の天狗(てんぐ)等の所作の如きか。
一、大集経に云く。
 二十五 十四紙に出でたり。これ肝要の文なり。
一、一には(こっ)(
 「貴」の字は(ただち)「たかし」とよむなり。前漢書(ぜんかんじょ)九十九下・十六に云く「(もう)天下の(こく)(たか)きを以て之を(おそ)わんと欲す」と云云。また「香を()いで貴賎を知る」の如し。
一、二には(ひょう)(かく)文。
 「兵」は剣の器なり。故に兵の字は器財門に入るべし。然るに聚分(しゅうぶん)(いん)略に入れざる故に唐人不審(ふしん)すと云い伝えたり。「革」は「つくりかわ」とよむなり。蚩尤(しゆう)(よろい)を作る時、革を以てこれを作るなり。故に具足(ぐそく)総名(そうみょう)なり。後に金を以て作る、故に金篇(かねへん)なり。
一、常に隣国の(しんにょう)せらる所。
 点の如し。「嬈」は聚分韻略に「戯弄(ぎろう)なり」と云云。
一、内外(ないげ)親戚(しんせき)
 一義に云く、父の親類を内親といい、母の親類を外戚(がいせき)というなり。
一、()主・将帥(柱すい)
 毛氏曰く「(およ)そ兵を(つかさど)る者を称して将帥と為す。則ち去声(きょしょう)」云云。
一、()れ四経の文(あきら)かなり
 問う、既に未顕真実という、何ぞ(また)()(ぜん)を引用せんや。

答う、略して四意あり。

一には、爾前はこれ法華の為の網目(もうもく)なる故に。観心本尊得意抄三十九・二十九に云く「所詮(しょせん)成仏の大綱を法華に之を説き、其の余の網目は衆典に之を明かす、法華の為の網目なるが故に法華の証文に之を引用す可きなり」文。(せん)の十に云く「唯大綱を存して網目を事とせず」と云云。記の九末三十九に云く「円教の行理は骨目(こつもく)にして(おの)ずから成ず。皮膚(ひふ)毛綵(もうさい)は衆典に出在せり」文。

二には、文は爾前に在るも義は法華に在るが故に。(また)得意抄に云く「其の上法華経にて実義有る可きを爾前の経にして名字(ばか)(のの)しる(こと)全く法華の為なり、(しか)(あいだ)(もっと)も法華の証文と為すべし」文。経に云く「種種(しゅじゅ)の道を示すと雖も、其れ実には仏乗の為なり」云云。記の三上八に云く「故に外小(げしょう)権迹(ごんしゃく)を内大の実本(じっぽん)に望むるに、並びに名のみ有って義無きなり。故に仏迦葉(かしょう)(しりぞ)けて、(なんじ)(ただ)涅槃の名のみを聞いて未だ其の義を聞かず」と文。涅槃経十九徳王品云云。

三には、爾前の劣を以て法華の勝を(きょう)する故に。四条金吾抄二十八・十六に云く「(まさ)に知るべし日月天の()天下(てんげ)をめぐり給うは仏法の力なり・彼の(こん)(こう)(みょう)(きょう)最勝(さいしょう)(おう)(きょう)は法華経の方便なり。勝劣を論ずれば乳と醍醐と金と宝珠との如し、劣なる経を()しましまして(なお)四天下をめぐり給う、何に況や法華経の醍醐(だいご)甘味(かんみ)(なめ)させ給はんをや」と文。

 四には、爾前の文を借りて法華の義を顕すが故に。十章抄三十二・二十八に云く「止観一部は法華経の開会(かいえ)の上に建立せる文なり、爾前の経経をひき乃至外典(げてん)を用いて候も爾前・外典の心にはあらず、文をば()れども義をば(けず)捨てたるなり」と文。成論(じょうろん)の二如来、阿含の四処(ししょ)起塔(きとう)等、これを思い合すべし。並びに開会の後に文を借り、義を顕すなり云云。
一、諸仏・衆経に於て捨離(しゃり)の心を生じて
 書二十三・五十八に云く「日本国中の上下万民、深く法然を信じ此の書を仰ぐ。故に捨閉(しゃへい)閣抛(かくほう)の四字を見て、彼の仏経等に於て(かえ)って捨離の心を生ず」等云云。
一、善神聖人(しょうにん)国を捨て所を去る文。
 この論は正しく法然に対す。故に諸仏・衆経に於て捨離の心を生ず、故に神聖(じんしょう)捨て去ると云云。若しその元意は、釈尊・法華経に於て捨離の心を生ずるが故に神聖捨て去るなり。(なお)その元意は、本因(ほんにん)(みょう)の釈尊・下種の法華経に(おい)て捨離の心を生ず、故に神聖捨て去るなり云云。


               つづく
立正安国論愚記 目次

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by johsei1129 | 2015-03-28 11:08 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)