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2014年 12月 31日

不軽菩薩の不専読誦を説き明かす 【末法相応抄上】五


問う、又云わく「蓮祖は不軽(ふきょう)の跡を(しょう)(けい)とは不軽の不読誦を顕わす、不軽菩薩に(また)読誦の経釈有り、何ぞ之を()(ぞう)するや。不軽品に云わく、先仏(せんぶつ)(みもと)に於いて此の経を受持し読誦し人の為に説く、故に()阿耨(あのく)菩提(ぼだい)を得たり云云。文の十に云わく、読誦経典は即ち了因性、皆行菩薩道は即ち縁因性、不敢(ふかん)軽慢(きょうまん)()()(じん)(きょう)は即ち正因性、文。不軽の三仏性の中に不軽の読誦を()げて了因仏性を証す、汝(ただ)不専読誦の文を見て一部不読を()ること(はなは)()われ無きなり云云、此の難如何(いかん)

答う、一(えい)眼に在り、空華(くうげ)乱墜(らんつい)すと云云、日辰が博学(はくがく)、州の額を県に打つ、前代未聞の珍謬(ちんびゅう)後世不易(ふえき)恥辱(ちじょく)なり。

謂わく、五失有る故に、

一には時節混乱の(とが)()わく「読誦経典即了因性」とは威音(いおん)(のう)仏の像法の時なり。故に文句に不専読誦の下に於いて此の釈を作すなり。()し所引の経文「我於先仏所受持読誦」とは雲自在王の時なり。故に補註(ふちゅう)十-十四に云わく「()し我宿世に於いて受持読誦せずば疾く菩提を得ること(あた)わずとは此れは雲自在王の時を指す」云云。威音王と雲自在王と実に多劫を(へだ)つるなり、(まさ)に経文を見るべし、(なん)ぞ多劫後の事を引いて多劫前の事に()するや。

二には次位混乱の失、()わく、威音王仏の像法の不軽は観行初品の位なり。文十-十六に云わく「不専読誦経典とは初随喜の人の位なり」云云。(また)雲自在王の(みもと)の不軽は是れ初住の位なり、故に経(常不軽品)に云わく「(また)二千億の仏に値い同じく雲自在燈王と号す、此の諸仏の法中に於いて受持読誦して(もろもろ)の四衆の為に此の経典を説く、故に是の(じょう)(げん)清浄(しょうじょう)耳鼻(にび)(ぜつ)(しん)()の諸根清浄を得たり」云云。補註十-十五に云わく「前に六根浄を得たるは是れ十信なり、又六根浄を得たるは恐らくは是れ初住ならん」云云。証真云わく「前に得るは相似(そうじ)、今得るは真位、故に常と云うなり」云云。何ぞ初住の事を以て初品の事に()するや。

三には能所混乱の失、謂わく、不軽は是れ能随喜の人なり、三仏性は是れ所随喜なり、故に文句に云わく「一切の人(みな)三仏性有ることを随喜す」云云、何ぞ所随喜の仏性を以て能随喜の人に()するや。

四には信謗混乱の失、謂わく、(しょ)に云わく「読誦経典即了因性とは是れ謗者四衆の読誦にして不軽の読誦に非ず」。故に玄文第五-七十四に云わく「是の時の四衆衆経を読誦するは即ち了因性」と云云。(なん)ぞ謗者の読誦を以て信者の不軽に擬するや。

五には所例混乱の失、謂わく、吾が祖の諸抄の所例は(ただ)威音王仏像法の不軽に限るなり、(しばら)く一文を引かん。顕仏未来記二十七-三十に云わく「本門の本尊妙法蓮華経の五字を以て閻浮提(えんぶだい)に広宣流布せしめんか、例せば威音王仏の像法の時、不軽菩薩()(しん)(きょう)(にょ)(とう)の二十四字を以て彼の土に広宣流布して一国の(じょう)(もく)等の大難を招きしが如し。彼の二十四字と此の五字と其の(ことば)異なりと(いえど)も其の(こころ)之同じ。彼の像法の末と此の末法の初めと全く同じ」云云。明文(ここ)に在り、何ぞ(ほしいまま)に雲自在王の(みもと)の不軽の読誦を引いて吾が祖の正義を破らんと欲するや。

問う、尼崎(あまがさき)の相伝に云わく「読誦をするに()いて不専と曰うなり」云云、此の不審如何(いかん)

答う、此の義(はなは)だ非なり。妙楽云わく「(たん)は不雑を顕わし、不専は専に対す」云云。既に「(たん)(ぎょう)礼拝(らいはい)と云う、故に知んぬ、余行を廃するなり。不専と言うは「不敢(ふかん)軽慢(きょうまん)と云うが如く是れ決定なり、故に正経に「不肯(ふこう)読誦(どくじゅ)と云うなり。

   摂受をしりぞけ、折伏門をしめす  につづく

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by johsei1129 | 2014-12-31 22:57 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)
2014年 12月 31日

末法正業の題目を説く 【末法相応抄】四 


 問う、又云わく、
転重軽受鈔十七-二十九に云わく「(いま)日蓮法華経一部読んで候、一句一偈(なお)授記(じゅき)(こうむ)れり、何に(いわん)や一部をやと(いよいよ)(たの)もしく候云云、此の文如何。

答う、此れは是れ身業(しんごう)読誦にして口業(くごう)読誦に非ざるなり。此の抄は文永八年辛未九月十二日(たつの)(ぐち)の後、相州(そうしゅう)()()に二十余日御滞留(たいりゅう)の間、佐州(さしゅう)(うつ)されんとする五日()(ぜん)十月五日の御書なり。此の時法華経一部(みな)御身に当てて之を読む故なり。是の故に次ぎ上の文に云わく「不軽菩薩・覚徳比丘は身に当てて読み(まい)らせ候、末法に入って日本国当時は日蓮一人と見えて候」云云。前後の文相(もんそう)分明なり、正に是れ身業読誦なり、(なん)ぞ此の文を引いて口業の読誦を証せんや。下山抄二十六-三十七に「法華経一部読み(まい)らせ」等の文の意も(また)(しか)なり云云。

問う、日辰が御書抄の意に謂わく「身業(すで)(しか)り、口業も亦然らん」云云、此の義如何。

答う、今反難(はんなん)して云わく、()し爾らば不軽菩薩は(ただ)身業に読誦して口業に読誦せざるは如何。宗祖の云わく不軽(ふきょう)菩薩は身に当てて読み進らせ候」云云。(あに)身業の読誦に非ずや。(また)経(常不軽品)に云わく「不専読誦経典(たん)(ぎょう)礼拝」云云。(むし)ろ口業不読に非ずや、何ぞ必ずしも一例ならんや。

問う、彼の抄次ぎ上に観行即の例を引いて云わく「行ずる(ところ)言う所の如く、言う(ところ)行ずる所の如し」云云。(あに)身口一例に非ずや。

答う、此れは是れ(ずい)()転用(てんゆう)なり、今の所引(しょいん)の意は行者の所行(しょぎょう)は仏の所言の如く、仏の所言は行者の所行の如し云云。仏の所言は即ち是れ経文なり。故に次ぎの文に云わく「彼の経文の如く振舞う事(がた)く候」云云。

問う、真間(まま)の供養抄に云わく「法華経一部を仏の御六根に読み入れ進らせて生身(しょうしん)の教主釈尊に成し進らせ返って迎い進らせ給え」等云云、此の文如何。

答う、(しばら)く一縁の(ため)(なお)造仏を歎ず。故に知んぬ、開眼も亦()(よろ)しきに(したが)うか。宗祖云わく「仏の御意は法華経なり、日蓮が魂は南無妙法蓮華経なり」云云。

問う、又日辰が記に云わく「法蓮慈父(じふ)十三年の為に法華経五部を転読す、()し読誦を以て(ぼう)(ざい)に属せば何ぞ之を責めずして(かえ)って(しょう)(たん)したもうや」云云、此の難如何。

答う、一経読誦を許さざる所以(ゆえん)は是れ正業を妨げ折伏を()ゆるが故なり、(なん)ぞ読誦を以て直ちに謗罪に属せんや、法蓮(いとま)の間に或は一品二品之を読み(つい)に五部と成る。本意に非ずと(いえど)も而も弘通(ぐつう)の初めなり、況や日本国中一同に称名(しょうみょう)念仏三部経等なり、而るに法蓮、妙経を読誦す、(あに)称歎せざらんや。

問う、又云わく「若し不雑(ふざつ)()(ぶん)の四字に依り一部読誦を禁制せば何ぞ(また)方便・寿量を読誦するや、是れ亦題目の外の故なり」云云、此の難如何。

答う、「不雑余文」の四字に()るに非ず、正しく「不許(ふこ)一経読誦」の六字に依るなり。

問う、又云わく「(なお)一経の読誦を許さずとは末法初心の正業に約す、若し助行に至っては之を許すべき旨分明(ふんみょう)なり」云云、此の義如何。

答う、若し(しか)らば其の分明の文如何。四信抄の意の謂わく「若し正業に於ては専ら題目を持ちて余文を雑えず、若し助業に於いても(なお)一経の読誦を許さず、(いか)に況や五度をや」云云。

  不軽菩薩の不専読誦を説き明かす  につづく

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by johsei1129 | 2014-12-31 19:20 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)
2014年 12月 31日

法華経一部への執着を破す 【末法相応抄】三


 問う、又云わく「蓮祖自筆の
紺紙(こんし)金泥(こんでい)の法華経一部富士重須(おもす)に之在り、書写即読誦なり」云云、此の義如何(いかん)

答う、(ただ)重須に在るのみに非ず又大石にも之有り。所謂(いわゆる)宗祖自筆の一寸八分細字の御経一部一巻、又開山上人自筆の大字、細字の両部是れなり。此れ(また)前の如く自他行業の御暇の時々、或は二行三行五行七行之を書写し、(つい)に以て巻軸(かんじく)を成ず。是れ滅後に留めんが為なり。故に()化他に当る。(なん)ぞ必ずしも書写即読誦と云わんや。

問う、又云わく「(しょう)御影(みえい)の御前に法華一部有り、(だい)曼荼羅(まんだら)の宝前に(また)之を安置し住持毎日三時の勤行は即ち机上(きじょう)の八軸に向かう」等云云、此の事如何。

答う、世人は(ただ)眼に法華経を見て此の経の謂われを知らざる故なり。秘法抄十五-三十三に云わく「法華経を諸仏出世の大事と説かれて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給えばなり」云云。(すなわ)ち此の意を以て之を安置(あんち)する者なり。

問う、又云わく「日代は是れ日興の補処(ふしょ)なり。正慶二年二月七日、師入滅の(のち)、御追善の(ため)日代法華一部を石に記して重須(おもす)開山堂の下に納め、之を石経と名づく。其の石の大いさ(たなごころ)の如く或は大小有り、日辰等之を見る、其の石の文、時に観音品(かんのんぼん)なり」云云、此の事如何。

答う、(ひん)(ずい)の現証に由るに(まさ)に是れ迷乱なるべきか。既に是れ補処なり、更に大罪無し。若し迷乱に非ずんば(なん)ぞ之を擯出せん、補処と云うと(いえど)も何ぞ必ずしも(あやま)り無からん、例せば慈覚等の如し云云。

  正業の題目を説く につづく

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by johsei1129 | 2014-12-31 19:15 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)
2014年 12月 31日

日本国一同に日蓮が弟子檀那と為りと説いた【諸人御返事】

【諸人御返事】
■出筆時期:弘安元年(西暦1278年)三月二十一日 五十七歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:鎌倉幕府が計画していた諸宗派との公場対決(公の場での法論)への日蓮大聖人の気構えを弟子、在家の信徒に宛てた書状となっている。
簡潔な文の中に、この法論で「日本国一同に日蓮が弟子檀那と為り」と記し、揺るぎない自信に満ちあふれている。しかし残念ながらついに公場対決が実現することはなかった。
■ご真筆: 千葉県松戸市 本土寺 全文所蔵。(重要文化財)
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[諸人御返事 本文]

 三月十九日の和風並びに飛鳥、同じく二十一日戌の時到来す。
日蓮一生の間の祈請、並びに所願忽ちに成就せしむるか。将又五五百歳の仏記宛かも符契の如し。
所詮真言・禅宗等の謗法の諸人等を召し合せ、是非を決せしめば日本国一同に日蓮が弟子檀那と為り、我が弟子等の出家は主上・上皇の師と為らん、
在家は左右の臣下に列ならん。将又、一閻浮提(※:全世界)皆此の法門を仰がん。幸甚幸甚。

弘安元年三月二十一日戌時   日  蓮 花押

諸人御返事

by johsei1129 | 2014-12-31 18:58 | 弟子・信徒その他への消息 | Comments(0)
2014年 12月 31日

一部読誦の執着を破す 【末法相応抄】二


次ぎに外難を遮すとは、 問う、(にっ)(しん)が記に云わく「蓮祖身延九箇年の間読誦する所の法華経一部手に触るる分、黒白色を分かつ。十月中旬二日九年読誦の行功を拝見せしむ」云云、此の事如何(いかん)

答う、人の(ことば)(あやま)り多し、但文理に随わん。

天目(てんもく)日向(にこう)問答記(もんどうき)に云わく「大聖人一期(いちご)の行法は本迹なり、毎日の勤行は方便・寿量の両品なり、御臨終の時(また)(また)(しか)なり」云云。既に毎日の勤行は但是れ方便・寿量の両品なり、何んぞ九年一部読誦と云うや。

(また)身延山抄十八-初に云わく「昼は終日(ひねもす)一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜(よもすがら)要文誦持(じゅじ)の声のみす」(新定二三〇六)云云。既に終日竟夜の御所作、文に在って分明なり、何ぞ一部読誦と云うや。
 又佐渡抄十四-五に云わく「眼に止観・法華を
(さら)し口に南無妙法蓮華経と唱うるなり」云云。
 故に知んぬ、並びに説法習学の
巻舒(けんじょ)に由って(まさ)に触手の分有り、(なん)ぞ一概に読誦に由ると云わんや。(しか)(また)三時の勤行、終日(しゅうにち)(ちゅう)()一乗論談、要文誦持、習学口唱の(ほか)(さら)(おん)(いとま)有れば時々(よりより)或は一品一巻(まさ)に之れを読誦したもうべし。然りと(いえど)も宗祖は是れ四重の浅深、三重の秘法(みなもと)(きわ)め底を尽くし、一代の聖教八宗の章疏(しょうしょ)(むね)()(たなごころ)に握る、故に自他の行業自在無礙(むげ)なること、譬えば魚の水に()れ、鳥の虚空に(かけ)るが如し。故に時々(よりより)に之れを行ずと雖も何んの妨礙(ぼうげ)有らんや、而るに那んぞ蓮師を引いて(たやす)く末弟に()せんや。


                     法華経一部への執着を破す  につづく
  
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by johsei1129 | 2014-12-31 16:24 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)
2014年 12月 30日

日寛上人、われら末弟に正邪をしめす 【末法相応抄上】一


  末法相応抄第四

春雨昏々(こんこん)として山院寂々たり、客有り(だん)著述に(およ)。客の曰わく、永禄の初め洛陽の(しん)、造読論を述べ(もっぱ)ら当流を難ず、爾来(じらい)百有六十年なり、而して後門葉の学者(よも)(はびこ)り。其の間一人も之に(むく)いざるは何ぞや。予(おも)く、当家の書生の彼の難を見るや、また闇中の(つぶて)の一も(あた)ることを得ざるが如く、吾に()いて害無きが故に酬いざるか。

客の曰わく、(たと)い中らずと雖も而も(また)遠からず、恐らくは後生(こうせい)の中に(まど)いを生ずる者無きに非ず、(いずく)んぞ之を(つまび)らかにして幼稚の(たす)()さざるや。二三子も亦復(またまた)(ことば)を同じうす。予左右を(かえり)みて欣々(きんきん)(ぜん)たり。(つい)に所立の意を示して以て一両の難を(しゃ)す。余は風を望む、所以(ゆえ)に略するのみ。

末法相応抄上
                     日寛謹んで記す

問う、末法初心の行者に一経の読誦(どくじゅ)を許すや(いな)や。

答う、許すべからざるなり、(まさ)に此の義を明かさんとするに初めに文理を立て次ぎに外難(げなん)を遮す。

初めに文理とは、一には正業(しょうごう)の題目を妨ぐる故に、四信五品抄十六-六十八に(もん)九-八十を引いて云わく「初心は縁に紛動(ふんどう)せられ正業を修するを(さまた)(おそ)る、直ちに専ら此の経を持つは即ち上供養なり、()を廃し理を存ずれば所益()()なり」云云。直専(じきせん)()()(きょう)とは一経に(わた)るに非ず、専ら題目を持って余文を雑えず、(なお)一経の読誦を許さず、(いか)(いわん)んや五度をや 以上。

二には末法は折伏の時なるが故に、経(常不軽品)に曰わく「専らに経典を読誦せずして(ただ)礼拝を行ず」云云。記の十-三十一に云わく「不専等とは不読誦を顕わす故に不軽(ふきょう)を以て(せん)と為して但礼と云う」云云。聖人知三世抄二十八-九に云わく「日蓮は不軽の(あと)(しょう)(けい)す」等云云。開山上人の五人所破抄に云わく「今末法の()を迎えて折伏の相を論ぜば一部読誦を専らにせず、(ただ)五字の題目を唱え諸師の邪義を責むべし」云云。

 三には多く此の経の()われを知らざるが故に、一代大意抄十三-二十二に云わく「此の法華経は謂われを知らずして習い読む者は(ただ)()(ぜん)(きょう)の利益なり」云云。深秘の相伝に三重の謂われ有り云云。



                     一部読誦の執着を破す  につづく

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by johsei1129 | 2014-12-30 22:47 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)
2014年 12月 29日

三大秘法の「教法流布の先後」を知る 【依義判文抄】終


 第五に教法流布の前後を知る
とは、太田抄に云わく「迦葉(かしょう)・阿難は小乗教を弘通し、竜樹(りゅうじゅ)無著(むちゃく)は権大乗を()ぶ、南岳・天台は観音・薬王の化身として小大・権実・迹本二門、化導の始終・師弟の遠近(おんごん)等悉く之を宣ぶ、其の上()(こん)(とう)の三説を立てて一代超過の(よし)を判ず。然りと雖も広略を以て本と()し肝要なる(あた)わず、自身之を存ずと雖も()えて他伝に及ばず」云云。

既に像法の中に於て広略二門を弘通す。故に知んぬ、今末法に於て(まさ)(ただ)要法を弘通すべきなり。此くの如く知るを則ち之教法流布の前後を知ると謂うなり。

問う、宗教の五義最も(こう)(ねん)なり、正しく其の証文如何。

答えて云わく、文(寿量品)に云わく「()良薬を(いま)留めて此に()、汝取りて服す可し、()えじと(うれ)うる勿れ」文。応に知るべし「()(こう)良薬(ろうやく)は即ち是れ教を明かす、他の毒薬に対して是好良薬と云う故に勝劣分明なり。「今留(こんる)の二字は即ち時を明かすなり、滅後の中にも別して末法を指すなり。「(ざい)()の両字は是れ国を明かすなり、閻浮提(えんぶだい)の中に別して日本を指すなり、「(にょ)の一字は即ち機を明かすなり、三時の中に別して末法の衆生なり。

御義口伝に云わく「是好良薬は(あるい)は経教、末法に於て南無妙法蓮華経なり、今留とは末法なり、在此とは日本国なり、汝とは末法の衆生なり」略抄。若し四義を(りょう)則ち前後は其の中に在り。神力品(じんりきぼん)に云わく「如来の滅後に於て仏の所説の経の因縁及び次第を知りて義に随って如実に説く」云云。(まさ)に知るべし「於如来滅後」は即ち時を知るなり「知仏所説経」は即ち是れ教を知るなり「因縁」亦感応(かんのう)名づく、即ち機を知るなり「及」は即ち国を知るなり「次第」は即ち教法流布(るふ)の前後を知るなり。


  依義判文抄
(おわ)りぬ

                         六十一歳 日 寛(花押)

享保(きょうほう)十-乙巳年四月中旬、大石の大坊に於て之を書す


  【末法相応抄】日寛上人、われら末弟に正邪をしめす につづく


 依義判文抄 目次
  六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-29 21:17 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)
2014年 12月 28日

三大秘法の「時」と「国」を知る 【依義判文抄】二二


 第三に時を知る
とは、今末法に入り一切の仏法悉く皆(めつ)(じん)す。故に大集経に「(ごの)五百歳白法(びゃくほう)隠没(おんもつ)と云うなり。正に()の時に当たりて三大秘法広宣流布す、故に薬王品に「(ごの)五百歳広宣流布」と説くなり、宗祖云わく(ごの)五百歳に一切の仏法滅する時、上行菩薩に妙法蓮華経の五字を持たしめ、謗法一闡提(いっせんだい)(やから)白癩病(びゃくらいびょう)の良薬と為す」云云。(つぶ)さには撰時抄の如し。此くの如く知るを則ち(これ)時を知ると謂うなり。

第四に国を知るとは、通じて之を論ずれば法華有縁(うえん)の国なり、別して之を論ずれば本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり。日本の名に(しばら)く三意有り。
 一には
(しょ)()の法を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日は是れ(のう)()本は是れ(しょ)()法譬倶(ほっぴとも)に挙げて日本と名づくるなり。経(薬王品)に云わく「又(にっ)天子(てんし)()(もろもろ)の闇を除くが如し」云云。宗祖云わく「日蓮云わく、日は本門に(たと)うるなり」云云。日は文底独一本門に譬うるなり、四条抄に「名の目出度(めでた)きは日本第一」と云う是れなり云云。

二に(のう)()の人を表わして日本と名づくるなり。謂わく、日蓮の本国の故なり。故に顕仏未来記に云わく「天竺(てんじく)・漢土に亦法華経の行者之有るか如何。答えて云わく、四天下(てんげ)の中に全く二の日無し、四海の内(あに)両主有らんや」云云。故に知んぬ、此の国は日蓮の本国なり云云。

三には本門流布(るふ)の根本を表して日本と名づくるなり。謂わく、日は(すなわ)ち文底独一の本門三大秘法なり、本は即ち此の秘法広宣流布の根本なり、故に日本と云うなり。(まさ)に知るべし、月は西より東に向う、日は東より西に入る、之を思い合わすべし。(しか)れば則ち日本国は本因妙の教主日蓮大聖の本国にして本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり。

問う、()(しか)らば蓮祖出世の後、(まさ)に日本と名づくべし、何ぞ開闢(かいびゃく)已来(いらい)日本国と名づくるや。

答う、是れ(れい)(ずい)感通(かんつう)嘉名(かめい)早く立つる故なり、例せば不害国の名の如し。記の一末に云わく「摩訶提(まかだ)此に不害と云う。(こう)(しょ)より已来(いらい)刑殺無き故なり、阿闍世に至りて指を()るを刑と()す、後自ら指を()痛し、(また)此の刑を()む。仏(まさ)に其の地に生まるべき故に吉兆(きっちょう)(あらかじ)(あら)わる、所以(ゆえ)に先ず不害国の名を置く」等云云。
 今
(また)是くの如し。蓮祖当に此の国に生まれ独一本門の妙法を弘通(ぐつう)すべき故に吉兆預め彰わる。所以に先より日本国の名を置くなり、彼此(ひし)異なりと雖も其の(おもむき)是れ同じきなり、(あに)之を信ぜざるべけんや。此くの如く知るを(すなわ)(これ)国を知ると()うなり。


    三大秘法の「教法流布の先後」を知る につづく


依義判文抄 目次 六巻抄 目次



by johsei1129 | 2014-12-28 21:55 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)
2014年 12月 28日

法華経を持ち説く者を毀る事あらば其の罪は釈迦仏を一劫の間毀る罪に勝れたりと断じた【松野殿御返事】

【松野殿御返事(十四誹謗抄)】
■出筆時期:建治二年(西暦1276年)十二月九日、五十五歳御作
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:駿河国松野の領主で、六老僧日持上人の父また南条時光の外祖父でもあった松野六郎左衛門に宛てられたご消息文である。松野殿より「聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきや」との問に答えられた返書である。大聖人は「勝劣あるべからず候、其の故は愚者の持ちたる金も智者の持ちたる金も其の差別なきなり<中略>但し此の経の心に背いて唱へば其の差別有るべきなり」と諭している。
さらに「人久しといえども百年には過ず、其の間の事は但一睡の夢ぞかし、受けがたき人身を得て適ま出家せる者も、仏法を学し謗法の者を責めずして徒らに遊戯雑談のみして明し暮さん者は法師の皮を著たる畜生なり」と出家僧及、在家の信徒である松野殿へは「在家の御身は但余念なく南無妙法蓮華経と御唱えありて僧をも供養し給うが肝心にて候なり、それも経文の如くならば随力演説も有るべきか」と、自らの力量に応じて他の人へ経文の如く説く事もあって然るべきと励まされている。
■ご真筆: :現存していない。

[松野殿御返事 本文]

 鵞目一結・白米一駄・白小袖一送り給畢ぬ、抑も此の山と申すは南は野山漫漫として百余里に及べり、北は身延山高く峙ちて白根が嶽につづき西には七面と申す山峨峨として白雪絶えず、人の住家一宇もなし、適ま問いくる物とては梢を伝ふ猿猴なれば少も留まる事なく還るさ急ぐ恨みなる哉、東は富士河漲りて流沙の浪に異ならず、かかる所なれば訪う人も希なるに加様に度度音信せさせ給ふ事不思議の中の不思議なり。

  実相寺の学徒日源は日蓮に帰伏して所領を捨て弟子檀那に放され御座て我身だにも置き処なき由承り候に日蓮を訪い衆僧を哀みさせ給う事誠の道心なり聖人なり、已に彼の人は無雙の学生ぞかし・然るに名聞名利を捨てて某が弟子と成りて我が身には我不愛身命の修行を致し・仏の御恩を報ぜんと面面までも教化申し此くの如く供養等まで捧げしめ給う事不思議なり、末世には狗犬の僧尼は恒沙の如しと仏は説かせ給いて候
なり、文の意は末世の僧・比丘尼は名聞名利に著し上には袈裟衣を著たれば形は僧・比丘尼に似たれども内心には邪見の剣を提げて我が出入する檀那の所へ余の僧尼をよせじと無量の讒言を致す、余の僧尼を寄せずして檀那を惜まん事譬えば犬が前に人の家に至て物を得て食ふが、後に犬の来るを見ていがみほへ食合が如くなるべしと云う心なり、是くの如きの僧尼は皆皆悪道に堕すべきなり、此学徒日源は学生なれば此の文をや見させ給いけん、殊の外に僧衆を訪ひ顧み給う事誠に有り難く覚え候。

 御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり、但し聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきやと云云、更に勝劣あるべからず候、其の故は愚者の持ちたる金も智者の持ちたる金も・愚者の然せる火も智者の然せる火も其の差別なきなり、但し此の経の心に背いて唱へば其の差別有るべきなり。

 此の経の修行に重重のしなあり其大概を申せば記の五に云く「悪の数を明かすことをば今の文には説・不説と云ふのみ」、有る人此れを分つて云く「先きに悪因を列ね次ぎに悪果を列ぬ悪の因に十四あり・一に憍慢・二に懈怠・三に計我・四に浅識・五に著欲・六に不解・七に不信・八に顰蹙・九に疑惑・十に誹謗・十一に軽善・十二に憎善・十三に嫉善・十四に恨善なり」此の十四誹謗は在家出家に亘るべし恐る可し恐る可し、過去の不軽菩薩は一切衆生に仏性あり法華経を持たば必ず成仏すべし、彼れを軽んじては仏を軽んずるになるべしとて礼拝の行をば立てさせ給いしなり、法華経を持たざる者をさへ若し持ちやせんずらん仏性ありとてかくの如く礼拝し給う何に況や持てる在家出家の者をや、此の経の四の巻には「若しは在家にてもあれ出家にてもあれ、法華経を持ち説く者を一言にても毀る事あらば其の罪多き事、釈迦仏を一劫の間直ちに毀り奉る罪には勝れたり」と見へたり。或は「若実若不実」とも説かれたり、之れを以つて之れを思ふに忘れても法華経を持つ者をば互に毀るべからざるか、其故は法華経を持つ者は必ず皆仏なり仏を毀りては罪を得るなり。

 加様に心得て唱うる題目の功徳は釈尊の御功徳と等しかるべし、釈に云く阿鼻の依正は全く極聖の自身に処し毘盧の身土は凡下の一念を逾えず云云、十四誹謗の心は文に任せて推量あるべし、加様に法門を御尋ね候事誠に後世を願はせ給う人か能く是の法を聴く者は斯の人亦復難しとて此経は正き仏の御使世に出でずんば仏の御本意の如く説く事難き上、此の経のいはれを問い尋ねて不審を明らめ能く信ずる者難かるべしと見えて候。何に賤者なりとも少し我れより勝れて智慧ある人には此の経のいはれを問い尋ね給うべし。然るに悪世の衆生は我慢・偏執・名聞・名利に著して彼れが弟子と成るべきか彼れに物を習はば人にや賤く思はれんずらんと、不断悪念に住して悪道に堕すべしと見えて候、法師品には「人有りて八十億劫の間・無量の宝を尽して仏を供養し奉らん功徳よりも法華経を説かん僧を供養して後に須臾の間も此の経の法門を聴聞する事あらば・我れ大なる利益功徳を得べしと悦ぶべし」と見えたり、無智の者は此の経を説く者に使れて功徳をうべし、何なる鬼畜なりとも法華経の一偈一句をも説かん者をば「当に起ちて遠く迎えて当に仏を敬うが如くすべし」の道理なれば仏の如く互に敬うべし、例せば宝塔品の時の釈迦多宝の如くなるべし。

 此の三位房は下劣の者なれども少分も法華経の法門を申す者なれば仏の如く敬いて法門を御尋ねあるべし、依法不依人此れを思ふべし、されば昔独りの人有りて雪山と申す山に住み給き其の名を雪山童子と云う、蕨をおり菓を拾いて命をつぎ鹿の皮を著物とこしらへ肌をかくし閑に道を行じ給いき、此の雪山童子おもはれけるは倩世間を観ずるに生死無常の理なれば生ずる者は必ず死す、されば憂世の中のあだはかなき事譬ば電光の如く朝露の日に向ひて消るに似たり、風の前の灯の消へやすく・芭蕉の葉の破やすきに異ならず、人皆此の無常を遁れず終に一度は黄泉の旅に趣くべし、然れば冥途の旅を思うに闇闇として・くらければ日月星宿の光もなく、せめて灯燭とて・ともす火だにもなし、かかる闇き道に又ともなふ人もなし、娑婆にある時は親類・兄弟・妻子・眷属集りて父は慈みの志高く母は悲しみの情深く、夫妻は海老同穴の契りとて大海にあるえびは同じ畜生ながら夫婦ちぎり細かに、一生一処にともなひて離れ去る事なきが如く・鴛鴦の衾の下に枕を並べて遊び戯る中なれども・彼の冥途の旅には伴なふ事なし、冥冥として独り行く誰か来りて是非を訪はんや、或は老少不定の境なれば老いたるは先立・若きは留まる是れは順次の道理なり歎きの中にも・せめて思いなぐさむ方も有りぬべし、老いたるは留まり若きは先立つされば恨の至つて恨めしきは幼くして親に先立つ子、嘆きの至つて歎かしきは老いて子を先立つる親なり、是くの如く生死・無常・老少不定の境あだに・はかなき世の中に・但昼夜に今生の貯をのみ思ひ朝夕に現在の業をのみなして、仏をも敬はず法をも信ぜず無行無智にして徒らに明し暮して、閻魔の庁庭に引き迎へられん時は何を以つてか資糧として三界の長途を行き、何を以て船筏として生死の曠海を渡りて実報寂光の仏土に至らんやと思ひ、迷へば夢覚れば寤しかじ夢の憂世を捨てて寤の覚りを求めんにはと思惟し、彼の山に篭りて観念の牀の上に妄想顛倒の塵を払ひ偏に仏法を求め給う所に。

 帝釈遥に天より見下し給いて思し食さるる様は、魚の子は多けれども魚となるは少なく・菴羅樹の花は多くさけども菓になるは少なし、人も又此くの如し菩提心を発す人は多けれども退せずして実の道に入る者は少し、都て凡夫の菩提心は多く悪縁にたぼらかされ事にふれて移りやすき物なり、鎧を著たる兵者は多けれども戦に恐れをなさざるは少なきが如し、此の人の意を行て試みばやと思いて帝釈・鬼神の形を現じ童子の側に立ち給う、其の時仏世にましまさざれば雪山童子普く大乗経を求むるに聞くことあたはず、時に諸行無常・是生滅法と云う音ほのかに聞ゆ、童子驚き四方を見給うに人もなし但鬼神近付て立ちたり、其の形けはしく・をそろしくて頭のかみは炎の如く口の歯は剣の如く目を瞋らして雪山童子をまほり奉る、此れを見るにも恐れず偏に仏法を聞かん事を喜び怪しむ事なし、譬えば母を離れたるこうしほのかに母の音を聞きつるが如し、此事誰か誦しつるぞ・いまだ残の語あらんとて普ねく尋ね求るに更に人もなければ、若しも此の語は鬼神の説きつるかと疑へどもよも・さもあらじと思ひ彼の身は罪報の鬼神の形なり此の偈は仏の説き給へる語なり、かかる賤き鬼神の口より出づべからずとは思へども、亦殊に人もなければ若し此の語汝が説きつるかと問へ
ば、鬼神答て云う我れに物な云いそ食せずして日数を経ぬれば飢え疲れて正念を覚えず、既にあだごと云いつるならん我うつける意にて云へば知る事もあらじと答ふ、童子の云く我れは此の半偈を聞きつる事半なる月を見るが如く半なる玉を得るに似たり、慥に汝が語なり願くは残れる偈を説き給へとのたまふ、鬼神の云く汝は本より悟あれば聞かずとも恨は有るべからず吾は今飢に責められたれば物を云うべき力なし都て我に向いて物な云いそと云う、童子猶物を食ては説かんやと問う、鬼神答て食ては説きてんと云う、童子悦びてさて何物をか食とするぞと問へば、鬼神の云く汝更に問うべからず此れを聞きては必ず恐を成さん、亦汝が求むべき物にもあらずと云へば童子猶責めて問い給はく其の物をとだにも云はば心みにも求めんとの給えば鬼神の云く我れ但人の和らかなる肉を食し人のあたたかなる血を飲む、空を飛び普ねく求れども人をば各守り給う仏神ましませば心に任せて殺しがたし、仏神の捨て給う衆生を殺して食するなりと云う、其時雪山童子の思い給はく我れ法の為に身を捨て此の偈を聞き畢らんと思いて、汝が食物ここに有り外に求むべきにあらず、我が身いまだ死せず其の肉あたたかなり我が身いまだ寒ず其の血あたたかならん、願くは残の偈を説き給へ此の身を汝に与えんと云う、時に鬼神大に瞋て云く誰か汝が語を実とは憑むべき、聞いて後には誰をか証人として糾さんと云う、雪山童子の云く此の身は終に死すべし徒に死せん命を法の為に投げばきたなく・けがらはしき身を捨てて後生は必ず覚りを開き仏となり清妙なる身を受くべし、土器を捨てて宝器に替るが如くなるべし、梵天・帝釈・四大天王・十方の諸仏・菩薩を皆証人とせん我れ更に偽るべからずとの給えり、其の時鬼神少し和で若し汝が云う処実ならば偈を説かんと云う其の時雪山童子大に悦んで身に著たる鹿の皮を脱いで法座に敷頭を地に付け掌を合せ跪き、但願くは我が為に残の偈を説き給へと云うて至心に深く敬い給ふ、さて法座に登り鬼神偈を説いて云く生滅滅已・寂滅為楽と此の時雪山童子是れを聞き悦び貴み給う事限なく後世までも忘れじと度度誦して深く其の心にそめ、悦ばしき処はこれ仏の説き給へるにも異ならず歎かわ敷き処は我れ一人のみ聞きて人の為に伝へざらん事をと深く思いて石の上・壁の面・路の辺の諸木ごとに此の偈を書き付け願くは後に来らん人必ず此の文を見其の義理をさとり実の道に入れと云い畢つて、即高き木に登りて鬼神の前に落ち給へり、いまだ地に至らざるに鬼神俄に帝釈の形と成りて雪山童子の其身を受取りて平かなる所にすえ奉りて恭敬礼拝して云く我れ暫く如来の聖教を惜みて試に菩薩の心を悩し奉るなり、願くは此の罪を許して後世には必ず救ひ給へと云ふ、一切の天人又来りて善哉善哉実に是れ菩薩なりと讃め給ふ、半偈の為めに身を投げて十二劫生死の罪を滅し給へり。

 此の事涅槃経に見えたり、然れば雪山童子の古を思へば半偈の為に猶命を捨て給ふ、何に況や此の経の一品一巻を聴聞せん恩徳をや何を以てか此れを報ぜん、尤も後世を願はんには彼の雪山童子の如くこそ・あらまほしくは候へ、誠に我が身貧にして布施すべき宝なくば我が身命を捨て仏法を得べき便あらば身命を捨てて仏法を学すべし。

 とても此の身は徒に山野の土と成るべし・惜みても何かせん惜むとも惜みとぐべからず、人久しといえども百年には過ず・其の間の事は但一睡の夢ぞかし。 受けがたき人身を得て適ま出家せる者も・仏法を学し謗法の者を責めずして徒らに遊戯雑談のみして明し暮さん者は法師の皮を著たる畜生なり、法師の名を借りて世を渡り身を養うといへども法師となる義は一もなし・法師と云う名字をぬすめる盗人なり、恥づべし恐るべし、迹門には「我身命を愛せず但だ無上道を惜しむ」ととき・本門には「自ら身命を惜まず」ととき・涅槃経には「身は軽く法は重し身を死して法を弘む」と見えたり、本迹両門・涅槃経共に身命を捨てて法を弘むべしと見えたり、此等の禁を背く重罪は目には見えざれども積りて地獄に堕つる事・譬ば寒熱の姿形もなく眼には見えざれども、冬は寒来りて草木・人畜をせめ夏は熱来りて人畜を熱悩せしむるが如くなるべし。

 然るに在家の御身は但余念なく南無妙法蓮華経と御唱えありて僧をも供養し給うが肝心にて候なり、それも経文の如くならば随力演説も有るべきか、世の中ものうからん時も今生の苦さへかなしし、況や来世の苦をやと思し食しても南無妙法蓮華経と唱へ、悦ばしからん時も今生の悦びは夢の中の夢・霊山浄土の悦びこそ実の悦びなれと思し食し合せて又南無妙法蓮華経と唱へ、退転なく修行して最後臨終の時を待つて御覧ぜよ、妙覚の山に走り登つて四方をきつと見るならば・あら面白や法界寂光土にして瑠璃を以つて地とし・金の繩を以つて八の道を界へり、天より四種の花ふり虚空に音楽聞えて、諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき娯楽快楽し給うぞや、我れ等も其の数に列なりて遊戯し楽むべき事はや近づけり、信心弱くしてはかかる目出たき所に行くべからず行くべからず、不審の事をば尚尚承はるべく候、穴賢穴賢。

建治二年丙子十二月九日              日  蓮   花 押
松野殿御返事

by johsei1129 | 2014-12-28 21:39 | 弟子・信徒その他への消息 | Comments(0)
2014年 12月 28日

三大秘法の「機」を知る 【依義判文抄】二一


 第二に機を知る
とは、太田抄に云わく「正像二千余年に(なお)下種の者あり、今既に末法に入って在世(ざいせ)結縁(けちえん)の者は漸々(ぜんぜん)衰微(すいび)して権実の二機皆(ことごと)く尽きぬ、彼の不軽(ふきょう)菩薩(どっ)()()たしむるの時なり」云云。
 今謹んで案じて曰く、文に
()(けん)あり、謂わく「正像二千余年」等とは(ただ)過去の下種を挙げて在世の結縁(けちえん)を略す。「今既に末法に入り」等とは但在世の結縁を()げて過去の下種を略し、互いに之を顕わすなり。「権実二機」とは権は即ち熟益(じゅくやく)の機、実は即ち脱益(だっちゃく)の機なり、「毒鼓」は即ち是れ下種の機なり。故に文意の云わく、正像二千年に(なお)過去下種在世結縁の者有り、今既に末法に入る、過去()(しゅ)、在世結縁の者漸々に衰微し(じゅく)(だつ)の二機皆悉く尽きぬ、彼の不軽菩薩世に出現して下種せしむるの時なり云云。証真云わく「聞法を下種と()す、了因(りょういん)の種なるが故に、発心(ほっしん)を結縁と為す、仏果(ぶつか)の縁なるが故に」云云。

若し他門流の如く在世の聞法下種を許さば(おそ)らくは大過を(じょう)ぜんか。何となれば(すで)に三周の声聞は三千(さんぜん)塵点(じんてん)経歴(きょうりゃく)し、本種現脱の人は五百塵点を経歴す、今日(こんにち)在世下種の人、何ぞ(わず)かに二千余年の間に皆悉く尽きんや。故に知んぬ、釈尊の御化(ごけ)(どう)は久遠元初に始まり、正像二千年に終るなり、此に相伝有り云云。故に末法の衆生は皆是れ本未(ほんみ)()(ぜん)にして最初下種の直機(じっき)なり。

問う、経(法師品)に云わく「(すで)()て十万億の仏を供養す」等云云。故に知んぬ、末法と云うと雖も何ぞ必ずしも皆是れ本未(ほんみ)()(ぜん)ならんや。

答う、(いま)当流の意に(じゅん)ずるに是れ熟脱の仏に約するが故に之を供養すと(いえど)も仏種を(じょう)
 問う、十万億の仏、()んぞ皆熟脱の仏ならんや。

 答う、是れ経論の(つね)の談に()る故なり。謂わく、経論常に色相荘厳を以て説き名づけて仏と為す、今(あに)(しか)らざらんや。既に是れ色相荘厳の身体なり、寧ろ熟脱の仏に非ずや。況や(また)宗祖の云わく「法華経の題目は過去に十万億生身の仏に()い奉り功徳を成就せる人、初めて妙法蓮華経の(みな)を聞き、始めて信を致すなり云云。初めて妙名を聞き、始めて信を致すとは即ち是れ今日(こんにち)最初(さいしょ)聞法(もんぼう)名字(みょうじ)下種(げしゅ)の位なり。故に知んぬ、過去供養は皆熟脱の仏なることを。是の故に末法の衆生は皆本未有善、最初下種の機縁(きえん)なり。妙楽曰く「()は熟脱、()は下種」云云。宗祖云わく本化(ほんげ)弘通(ぐつう)所化(しょけ)の機は法華本門の直機なり」等云云。此くの如く知るは、(すなわ)ち之を機を知ると()うなり。


               三大秘法の「時」と「国」を知る  につづく

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by johsei1129 | 2014-12-28 18:18 | 日寛上人 六巻抄 | Comments(0)