日蓮大聖人『御書』解説

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カテゴリ:創価破析( 1 )


2015年 11月 17日

【創価学会の妄説を破折】その一


日本で最大の会員を要する宗教法人創価学会は、平成26年11月8日付聖教新聞において、創立以来、信仰の根本としてきた富士大石寺に安置されている一閻浮提総与(全世界)の大御本尊を会則を変更し、信仰の対象としないと発表した。

日蓮大聖人立正安国論に曰く「其の上涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子・真の声聞なり」のご金言に習い、弟子信徒の一分として現創価学会の妄説を何回かに分けて破析していきます。

[創価学会(改定前)会則]

この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与(いちえんぶだいそうよ)・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として、日蓮大聖人の御遺命たる、一閻浮提広宣流布(いちえんぶだいこうせんるふ)を実現することを大願とする。


[創価学会(H26.11.8改定後の)会則]

この会は、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法を信じ、御本尊に自行化他(じぎょうけた)にわたる題目を唱え、御書根本に、各人が人間革命を成就し、日蓮大聖人の御遺命たる世界広宣流布を実現することを大願とする。

この会則(改定前の条文)は平成14年(2002年)に改正されたものである。

この間、平成3年(1991年)には創価学会は日蓮正宗宗門により破門されている。

当時、この「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊」については、「弘安2年の大御本尊」を指すとの説明を行っていた。


それを今回創価学会・現会長原田氏は次のように説明している。

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「根本の法である南無妙法蓮華経を具現された三大秘法」とした。

ある場所に特定の戒壇があり、そこに安置する御本尊が根本の御本尊で、その他の御本尊はそれにつながらなければ力用(りきゆう)が発揮されないという、あたかも“電源と端子”の関係であるかのような本尊観は、世界広宣流布が伸展している現在と将来において、かえって世界広宣流布を阻害するものとなりかねない。

日蓮大聖人ご自身が御図顕(ごずけん)された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て根本の法である南無妙法蓮華経を具現されたものであり、等しく「本門の本尊」である。そして、「本門の本尊」に唱える南無妙法蓮華経が「本門の題目」であり、その唱える場がそのまま「本門の戒壇」である。

<中略>

創価学会は、大聖人の御遺命の世界広宣流布を推進する仏意仏勅の教団であるとの自覚に立ち、その責任において広宣流布のための御本尊を認定します。

 したがって、会則の協議事項に言う「御本尊」とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり、大謗法の地にある弘安2年の御本尊は受持の対象にはいたしません。

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受持とは帰命であり、受持しないとは不信、つまり一閻浮提総与の大御本尊を信受しないことを意味する。

受持の対象としない事の根拠として列挙している「“電源と端子”の関係であるかのような本尊観は<中略>世界広宣流布を阻害する」、「創価学会は<中略>広宣流布のための御本尊を認定します」「大謗法の地にある云々」

これらの論は全く日蓮大聖人の御書に依拠しない我見で、立正安国論に説かれている「是れ偏に私曲の詞を展べて全く仏経の説を見ず、妄語の至り悪口の科言うても比無し責めても余り有り人皆其の妄語を信じ」と全く同様の謂わば「天魔の所為」である。


一閻浮提総与の大御本尊を受持しないことは大聖人及び第二祖日興上人の御遺命を全否定することになり、もはや現在の創価学会は日蓮門下の信徒団体ではなく、会員は謗法の徒となったことを意味する。

さらに創価学会が認定したと称する創価学会諸施設にて掲げる「御本尊」は、全て富士大石寺石寺の歴代猊下が一閻浮提総与の大御本尊を書写し奉った御本尊であらせられる。

現創価学会が一閻浮提総与の大御本尊を受持しないと決めたならば、速やかに歴代猊下が書写し御下付した御本尊を日蓮正宗宗門にご返却すべきであろう。


⑴ 以下にて、一閻浮提総与の大御本尊の建立並びに本門の戒壇を示された御書を示す。

【聖人御難事】に曰く

去ぬる建長五年太歳癸丑四月二十八日に安房の国長狭郡の内東条の郷、今は郡なり。天照太神の御くりや右大将家の立て始め給いし日本第二のみくりや今は日本第一なり。此の郡の内清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年、弘安二年太歳己卯なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う。其中の大難申す計りなし、先先に申すがごとし、余は二十七年なり。其の間の大難は各各かつしろしめせり。


【三大秘法禀承事(さんだいひほうぼんしょうじ】に曰く

戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か、時を待つ可きのみ、事の戒法と申すは是なり、三国並に一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王・帝釈等も来下してふみ給うべき戒壇なり。


【百六箇抄】に曰く

「授結要付属は唯一人なり。白蓮阿闍梨日興を以て惣貫首と為し、日蓮が正義悉く以て毛頭程も之れを残さず、悉く付属せしめ畢んぬ。上首已下並に末弟等異論無く尽未来際に至るまで、予が存日の如く、日興嫡嫡付法の上人を以て惣貫首と仰ぐ可き者なり。

 又五人並に已下の諸僧等、日本乃至一閻浮提の外・万国に之を流布せしむと雖も、日興が嫡嫡相承の曼荼羅を以て本堂の正本尊と為す可きなり。所以は何ん、在世・滅後殊なりと雖も付属の儀式之同じ。譬えば四大六万の直弟の本眷属有りと雖も、上行薩たを以て結要付属の大導師と定むるが如し。今以つて是くの如し。


【身延相承】に曰く

日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、本門弘通の大導師為るべきなり、国主此の法を立てられば富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり、時を待つべきのみ・事の戒法と謂ふは是なり、中ん就く我門弟等此状を守るべきなり。


【池上相承】に曰く

釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す、身延山久遠寺の別当為るべし、背く在家出家共の輩は非法の衆為るべきなり。

弘安五年壬午十月十三日、日蓮御判、武州池上


⑵ さらに日興上人並びに日寛上人の大御本尊及び本門の戒壇についての御文をしめす。


【日興跡条々事】に曰く  

一、日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。  元弘二年一一月一〇日


一閻浮提総与の大御本尊を奉る事と、大御本尊を時の猊下が書写した御本尊を奉る事について第二十六世日寛上人は【文底秘沈抄】第二及び【依義判文抄】第三で次のように記されておられる。


【文底秘沈抄】第二に曰く

夫本門の戒壇に事有り、義有り、所謂義の戒壇とは即ち是れ本門の本尊所住の処、義の戒壇に当たる故なり、例せば文句第十に「仏其の中に住す即ち是れ塔の義と釈するが如し」云云。正しく、事の戒壇とは一閻浮提の人、、懴悔滅罪の処なり、但然るのみに非ず、梵天・帝釈までも来下して踏みたもうべき戒壇なり。秘法抄に云く「王臣一同に三秘密の法を持たん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地をたず尋ねて戒壇を建立すべき者か、時を待つべきのみ事の戒法と申すは是れなり」等云云。宗祖(南条殿御返事)云く「此の砌に臨まん輩は無始の罪障たちま忽ちに消滅し三業の悪転じて三徳を成ぜんのみ」云云。


【依義判文抄】第三に曰く


問う、若し爾らば三大秘法開合の相如何。

答う、実には是れ一大秘法なり。一大秘法とは即ち本門の本尊なり、此の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇とな為し、此の本尊を信じて妙法を唱うるを名づけて本門の題目と為すなり。故に分かちて三大秘法と為すなり。 又本尊に人有り法有り、戒壇に義有り事有り、題目に信有り行有り、故に開して六義を成す、此の六義散じて八万法蔵と成る。例せば高僧伝に「一心とは万法の総体分かって戒定慧と為り、開して六度と為り、散じて万行と為る」と云うが如し。当に知るべし、本尊は万法の総体なり、故に之を合する則は八万法蔵但六義と成り、亦此の六義を合する則は但三大秘法と成る。亦三大秘法を合する則は但一大秘法の本門の本尊と成るなり。故に本門戒壇の本尊を亦は三大秘法総在の本尊と名づくるなり。若し此の開合の意を得ば亦所引の文意を得ん云云。


【創価学会の妄説を破折】その二に続く






by johsei1129 | 2015-11-17 15:20 | 創価破析 | Comments(0)