日蓮大聖人『御書』解説

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カテゴリ:富木常忍・尼御前( 41 )


2016年 05月 05日

妙法と唱へ蓮華と読まん時は、我が一念を指して妙法蓮華経と名くるぞと深く信心を発すべきなり、と説いた【一生成仏抄】

【一生成仏抄】
■出筆時期:建長七年(1255年) 三十四歳御作。
■出筆場所:鎌倉松葉ケ谷の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は立宗二年後、最古参の信徒である富木常忍に与えられた書と伝えられております。
内容は一生成仏の要諦を初心の信徒にも理解できるようわかりやすく記されており、現在においても、日蓮正宗門下の信徒となった者にとっては必読すべき書であると言えます。
■ご真筆:現存しておりません。

【一生成仏抄 本文】

夫れ無始の生死を留めて此の度決定して無上菩提を証せんと思はばすべからく衆生本有の妙理を観ずべし。衆生本有の妙理とは・妙法蓮華経是なり故に妙法蓮華経と唱へたてまつれば衆生本有の妙理を観ずるにてあるなり、文理真正の経王なれば文字即実相なり実相即妙法なり唯所詮一心法界の旨を説き顕すを妙法と名く故に此の経を諸仏の智慧とは云うなり。

一心法界の旨とは十界三千の依正色心・非情草木・虚空刹土いづれも除かず・ちりも残らず一念の心に収めて此の一念の心・法界に遍満するを指して万法とは云うなり。此の理を覚知するを一心法界とも云うなるべし。
但し妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば全く妙法にあらずそ法なり。そ法は今経にあらず今経にあらざれば方便なり権門なり。方便権門の教ならば成仏の直道にあらず成仏の直道にあらざれば多生曠劫の修行を経て成仏すべきにあらざる故に一生成仏叶いがたし。故に妙法と唱へ蓮華と読まん時は、我が一念を指して妙法蓮華経と名くるぞと深く信心を発すべきなり。

都て一代八万の聖教・三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとは・ゆめゆめ思ふべからず、然れば仏教を習ふといへども心性を観ぜざれば全く生死を離るる事なきなり、若し心外に道を求めて万行万善を修せんは譬えば貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の得分もなきが如し、然れば天台の釈の中には若し心を観ぜざれば重罪滅せずとて若し心を観ぜざれば無量の苦行となると判ぜり。

故にかくの如きの人をば仏法を学して外道となると恥しめられたり、爰を以て止観には雖学仏教・還同外見と釈せり。然る間・仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり、之に依つて浄名経の中には諸仏の解脱を衆生の心行に求めば衆生即菩提なり生死即涅槃なりと明せり、又衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり。

衆生と云うも仏と云うも亦此くの如し迷う時は衆生と名け悟る時をば仏と名けたり。譬えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり。

抑妙とは何と云う心ぞや只我が一念の心・不思議なる処を妙とは云うなり不思議とは心も及ばず語も及ばずと云う事なり、然れば・すなはち起るところの一念の心を尋ね見れば有りと云はんとすれば色も質もなし又無しと云はんとすれば様様に心起る有と思ふべきに非ず無と思ふべきにも非ず、有無の二の語も及ばず有無の二の心も及ばず有無に非ずして而も有無に遍て中道一実の妙体にして不思議なるを妙とは名くるなり。

此の妙なる心を名けて法とも云うなり、此の法門の不思議をあらはすに譬を事法にかたどりて蓮華と名く、一心を妙と知りぬれば亦転じて余心をも妙法と知る処を妙経とは云うなり。然ればすなはち善悪に付いて起り起る処の念心の当体を指して是れ妙法の体と説き宣べたる経王なれば成仏の直道とは云うなり。此の旨を深く信じて妙法蓮華経と唱へば一生成仏更に疑あるべからず。

故に経文には「我が滅度の後に於て・応に斯の経を受持すべし・是の人仏道に於て・決定して疑有る事無けん」とのべたり。努努不審をなすべからず穴賢穴賢、一生成仏の信心南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経。

日蓮 花押





by johsei1129 | 2016-05-05 19:48 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 03月 26日

富木常忍が法友・大田乗明、曾谷入道の抱える問題を大聖人に報告したことへの返書【尊霊御菩提御書】

【尊霊御菩提御書】
■出筆時期:建治元年(1275年)十一月 五十四歳御作。
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は一紙の断簡が伝えられておりますが、恐らく最古参の強信徒・富木常忍から立宗初期からの法友ともいえる大田乗明、曾谷次郎教信入道の抱える問題について大聖人に報告があり、それへの返書であろうと思われます。
本文冒頭の「尊霊の御菩提」とは富木常忍の亡き母の菩提を意味しているのではと思われます。
また大田乗明の問題は「大田殿御所労の事」と記されておられるように、大田乗明が重病にかかっていた事に関してで、これについては本抄を記された同時期の建治元年十一月三日に送られた「大田入道殿御返事」にて大聖人は次のように諭されておられます。「宿縁の催す所又今生に慈悲の薫ずる所存の外に貧道に値遇して、改悔を発起する故に未来の苦を償うも現在に軽瘡出現せるか。<中略>所持の妙法は月愛に超過す。豈軽瘡を愈して長寿を招かざらんや」。

また曾谷入道の問題とは、曾谷教信が【観心本尊抄】を読んで誤解し、迹門の方便品は読誦せず本門の如来寿量品のみ読誦するという、所謂「迹門不読」を唱えたことについてです。これに関して大聖人は本抄で「観心の法門の時申すべし」と記され、本抄の数日後に富木常忍に送られた【観心本尊得意抄】で「教信の御房、観心本尊抄の「未得」等の文字に付て迹門をよまじと疑心の候なる事、不相伝の僻見にて候か」と厳しく指導なされる一方、この年の三月には曾谷教信に宛てた消息[曾谷入道殿御返事】で「方便品の長行書進せ候、先に進せ候し自我偈に相副て読みたまうべし。此の経の文字は皆悉く生身妙覚の御仏なり」と、自ら方便品の長行を書写され曾谷入道に方便品も読誦するよう送られておられます。

これらの一連の経緯は現在の我々大聖人の信徒の一分として、この当時の大聖人と信徒との深い師弟関係の一端を垣間見る思いがいたします。
■ご真筆:京都市頂妙寺(一紙断簡)所蔵。
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【尊霊御菩提御書 本文】

尊霊の御菩提疑ひ無き者か。
時に適ふのみ 等の釈は此の意か。大田殿
次郎入道殿の御事は観心の法門の
時申すべし。大田殿御所労の事、
之を歎くと雖もはた又軽重







by johsei1129 | 2016-03-26 21:22 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 03月 18日

最古参の強信徒富木常忍が困窮する大聖人の暮らしを支えていたことを示した消息【富木殿御返事】

■出筆時期:文永七年(1270)四十九歳御作。
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は建長五年の立宗宣言の年に大聖人に帰依した最古参の信徒・富木常忍が白米をご供養されたことへの返書となっております。
大聖人は本消息で「ときれう(斎料※注)も候はざりつるに悦び入り候」と、米を買うための斎料も尽きていた時に富木入道が気遣われて白米を供養されたことをとても喜ばれておられます。これは最古参の信徒富木常忍だからこそ大聖人の思いを率直に伝えられたものと推察されます。
また「乃 時 」とは、白米を届けた使いの者をその場に待たせ、急いで花押のみ記され本消息をしたためた事を示しておられます。
■ご真筆:現存しておりません。

【富木殿御返事  本文】

白米一ほかひ本斗六升たしかに給候。
ときれう(斎料)も候はざりつるに悦び入り候、何事も見参にて申すべく候。 

乃 時                                 花押
富木殿

※注:斎料:斎とは僧侶の決められた食事の事を意味することから、斎料とはそのためのお布施・ご供養と思われます。


by johsei1129 | 2016-03-18 21:03 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 03月 14日

真言を崇むる故に観音を以て本尊とす。真言には菩薩をば仏にまされりと談ずるなり<中略>譬えば武士の如しと云うて崇めざるなり故に日本国は亡国とならんとするなり、と断じた【真言七重勝劣事】

【真言七重勝劣事】
■出筆時期:文永七年(1270年) 四十九歳御作
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は富木常忍に与えられた法華経と大日二経の勝劣について、七重に分別されて説かれた法門です。
大聖人は弟子・信徒教化のため本書を認めたと思われ、当時の延暦寺が真言を崇め釈尊ではなく観音菩薩を仏として崇める故に日本国は「亡国」になると断じております。
■ご真筆:現存しておりません。
【真言七重勝劣事 本文】


一 法華・大日二経の七重勝劣の事。
一 尸那・扶桑の人師・一代聖教を判ずるの事。
一 鎮護国家の三部の事。
一 内裏に三宝有り内典の三部に当るの事。
一 天台宗に帰伏する人人の四句の事。
一 今経の位を人に配するの事。
一 三塔の事。
一 日本国仏神の座席の事。

■法華・大日二経の七重勝劣の事。


法華経第一 ----本門第一
      ----迹門第二

已今当第一
「薬王今汝に告ぐ・諸経の中に於いて最も其の上に在り」

涅槃経 第二 「是経出世」
無量義経 第三 「次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く・真実甚深・真実甚深」
華厳経 第四
般若経 第五
蘇悉地経 第六
上に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」、中に云く「猶成就せずんば当に此の法

を作すべし決定として成就せん、所謂乞食・精勤・念誦・大恭敬・巡八聖跡・礼拝行道な

り、或は復大般若経七遍或は一百遍を転読す」、下に云く「三時に常に大乗般若等の経を

読め」
大日経第七 三国に未だ弘通せざる法門なり。

■尸那・扶桑の人師一代聖教を判ずるの事
華厳経第一
涅槃経第二 南北の義 晋・斉等五百余年・三百六十余人光宅を以て長と為す。
法華経第三

般若経第一 吉蔵の義 梁代の人なり。
法華経第一 南岳の御弟子なり。
涅槃経第二 天台智者大師の御義 陳隋二代の人なり。
華厳経第三 妙楽等之を用う。

深密経第一
法華経第二 玄奘の義 唐の始め太宗の御宇の人なり。
般若経第三

華厳経第一
法華経第二 法蔵・澄観等の義 唐の半ば則天皇后の御宇の人なり。
涅槃経第三

大日経第一
法華経第二 善無畏・不空等の義 唐の末・玄宗の御宇の人なり。
諸経第三

法華経第一
涅槃経第二 伝教の御義 人王五十代桓武の御宇及び平城・嵯峨の御代の人、比叡山延暦寺なり。
諸経第三

大日経第一
華厳経第二 弘法の義 人王五十二代嵯峨・淳和二代の人、東寺・高野等なり。
法華経第三

大日経第一
法華経第二 慈覚の義 善無畏を以て師と為す、仁明・文徳・清和の三代、叡山講堂総持院なり。
諸経第三 智証之に同ず、園城寺なり。

■鎮護国家の三部の事

法華経
密厳経 不空三蔵 大暦に法華寺に之を置く、大暦二年護摩寺を改めて法華寺を立つ、中央に法華経・脇士に両部の大日なり。
仁王経

法華経
浄名経 聖徳太子 人王三十四代推古天皇の御宇、四天王寺に之を置く摂津の国難波郡仏法最初の寺なり。
勝鬘経

法華経
金光明経 伝教大師 人王五十代桓武天皇の御宇、比叡山延暦寺止観院に之を置く、年分得度者一人は遮那業一人は止観業なり。
仁王経

大日経
金剛頂経 慈覚大師 人王五十四代仁明天皇の御宇、比叡山東塔の西総持院に之を置かる、御本尊は大日如来、金蘇の二疏十四巻安置せらる。
蘇悉地経

内裏に三宝有り内典の三部に当るの事。

神 璽 国の手験なり。
宝 剣 国敵を禦ぐ財なり、平家の乱の時に海に入りて見えず。
内侍所 天照太神影を浮かべ給う神鏡と云う、左馬頭頼茂に打たれて焼失す。

■天台宗に帰伏する人人の四句の事

一に身心倶に移る 三論の嘉祥大師 華厳の澄観法師
二に心移りて身移らず 真言の善無畏・不空 華厳の法蔵 法相の慈恩
三に身移りて心移らず 慈覚大師 智証大師
四に身心倶に移らず 弘法大師

■今経の位を人に配するの事
征夷将軍 鎌倉殿 無量義経
摂政 涅槃経
院 迹門十四品
天子 本門十四品

■三塔の事

中 堂 伝教大師の御建立 止観・遮那の二業を置く、御本尊は薬師如来なり、延暦年中の御建立・王城の丑寅に当る、桓武天皇の御崇重、天子本命の道場と云う。

止観院 本院 天竺には霊鷲山と云い震旦には天台山と云い扶桑には比叡山と云う、三国伝灯の仏法此に極まれり。

講 堂 総持院 慈覚大師の建立 鎮護国家の道場と云う、御本尊は大日如来なり、承和年中の建立、止観院の西に真言の三部を置き是を東塔と云うなり、伝教の御弟子第三の座主なり。

釈迦堂[西塔 宝幢院] 円澄の建立 伝教の御弟子なり。
観音[横川 楞厳院] 慈覚の建立

■日本国仏神の座席の事

問う吾が朝には何れの仏を以て一の座と為し何れの法を以て一の座と為し何れの僧を以て一の座と為すや、答う観世音菩薩を以て一の座と為し真言の法を以て一の座と為し東寺の僧を以て一の座と為すなり。

問う日本には人王三十代に仏法渡り始めて後は山寺種種なりと雖も延暦寺を以て天子本命の道場と定め鎮護国家の道場と定む、然して日本最初の本尊釈迦を一の座と為す然らずんば延暦寺の薬師を以て一の座と為すか、又代代の帝王起請を書いて山の弟子とならんと定め給ふ故に法華経を以て法の一の座と為し延暦寺の僧を以て一の座と為す可し、何ぞ仏を本尊とせず菩薩を以て諸仏の一の座と為すや。答う尤も然る可しと雖も慈覚の御時・叡山は真言になる東寺は弘法の真言を建立す故に共に真言師なり、共に真言師なるが故に東寺を本として真言を崇む真言を崇むる故に観音を以て本尊とす。

真言には菩薩をば仏にまされりと談ずるなり。故に内裏に毎年正月八日の内道場の法行わる東寺の一の長者を召して行わる若し一の長者暇有らざれば二の長者行うべし三までは及ぼす可からず云云。
故に仏には観音・法には真言・僧には東寺法師なり、比叡山をば鬼門の方とて之を下す。譬えば武士の如しと云うて崇めざるなり故に日本国は亡国とならんとするなり。
問う神の次第如何、答う天照太神を一の座と為し八幡大菩薩を第二の座と為す是より已下の神は三千二百三十二社なり。




by johsei1129 | 2016-03-14 18:08 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 02月 02日

釈迦仏の開眼について「法華経一部御仏の御六根に読み入れ参らせて、生身の教主釈尊に為し参らせてかへりて迎い入れ参らせ給へ」と説いた【真間釈迦仏御供養逐状】

【真間釈迦仏御供養逐状】
■出筆時期:文永七年(1270)九月二十六日 四十九歳御作
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本消息は大聖人が富木常忍から自所領内に堂を建て、そこに釈迦仏を造立したとの便りを受けとり、「仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもて、果たしまいらせさせ給い候へ」と常忍の養子・伊予房(後の六老僧の一人日頂)に至急開眼供養をさせなさいと指示された内容になっております。

本書を記された文永七年は「竜ノ口法難」の一年前で、大聖人は未だ十界の曼荼羅御本尊は御図現なされておられず、信徒に本尊として釈迦仏の造立を許されておられます。しかしその釈迦仏の御六根に、法華経一部(二十八品)を読み入れることで生身の教主釈尊になるとし、本尊の開眼供養が必須であると本書で示されておられます。
尚、文中の「欲令衆生開仏知見乃至然我実成仏已来」ですが、「欲令衆生開仏知見」は法華経方便品第二の偈で「衆生をして仏の知見を開かせしめる(仏界を開かせる)」という仏が娑婆世界に出現する一大事因縁について説かれており、「我実成仏已来」は法華経如来寿量品第十六の偈で、釈尊が実はインドに誕生するはるか以前の久遠に南妙法蓮華経で成仏したことを示しております。
■ご真筆:現存しておりません。

【真間釈迦仏御供養逐状 本文】
釈迦仏御造立の御事、無始曠劫よりいまだ顕れましまさぬ己心の一念三千の仏造り顕しましますか、はせまいりて、をが(拝)みまいらせ候わばや、「欲令衆生開仏知見乃至然我実成仏已来」は是なり。
但し仏の御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもて、はた(果)たしまいらせさせ給い候へ。

法華経一部御仏の御六根に読み入れ参らせて、生身の教主釈尊になしまいらせてかへりて迎い入れまいらせさせ給へ。自身並に子にあらずばいかんがと存じ候。

御所領の堂の事等は大進の阿闍梨がききて候。かへすがへす、をが(拝)み結縁しまいらせ候べし。
いつぞや大黒を供養して候しい其後より世間なげかずしておはするか。此度は大海のしほ(潮)の満つるがごとく月の満ずるが如く、福きたり命ながく後生は霊山とおぼしめせ。

九月二十六日                  日蓮 花押
進上 富木殿御返事




by johsei1129 | 2016-02-02 18:56 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 01月 30日

日蓮門下最古参の信徒、富城入道の妻の病状回復を祈念した事を記された消息【富城入道殿御返事】

【富城入道殿御返事】
■出筆時期:弘安三年(1273)四月十日 五九歳御作。
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本消息は文中で「さては尼御前の御事をぼつかなく候由」と記されておられるように、
富城入道(富木常忍)が妻(尼御前)の病気回復の祈念を大聖人に願い出た事への返書となっております。
大聖人は「御志は法華経に挙げ申し候ひ了んぬ。定めて十羅刹御身を守護すること疑ひ無く候はんか」
と富城入道を励ますとともに、「ぼつかなく候由、申し伝へさせ給ひ候へ」と、日蓮も病状を心配してい
ると尼御前に伝えてくださいと慈愛をもって認められておられます。
■ご真筆:中山法華経寺(掛軸1幅)所蔵(重要文化財)。
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【富城入道殿御返事 本文】

鵞目一結ひ
給び候ひ了んぬ。
御志は
法華経に挙げ申し候ひ了んぬ。
定めて十羅刹御身を
守護すること疑ひ無く候はんか。
さては
尼御前の御事
をぼつ
かな
く候由、申し伝へ
させ給ひ候へ。
恐々謹言。

卯月十日 日蓮花押
富城入道殿
御返事






by johsei1129 | 2016-01-30 22:23 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 01月 26日

日蓮門下の信徒教化のため「俱舎・成実・律・法相・三論・華厳・浄土・真言八宗」と法華宗の違目を詳細に説いた【八宗違目抄】

【八宗違目抄】
■出筆時期:文永九年(1272)二月十八日 五十一歳御作。
■出筆場所:佐渡 塚原三昧堂にて。
■出筆の経緯:本抄は富木常忍に当てられた書で、俱舎・成実・律・法相・三論・華厳の南都六宗と
浄土宗・真言の二宗を加えた八宗と天台宗、及び法華宗の違いについて、日蓮の弟子・信徒の教化のために分かりやすく記された書となっております。
■ご真筆:京都市 妙顕寺所蔵。

【八宗違目抄 本文】

記の九に云く「若し其れ未だ開せざれば法報は迹に非ず若し顕本し已れば本迹各三なり」文句の九に云く「仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」

  法身如来
仏 報身如来
応身如来

  正因仏性
衆生 了因仏性
 縁因仏性

衆生の仏性 小乗経には仏性の有無を論ぜず。
華厳・方等・般若・大日経等には衆生本より正因仏性有つて了因・縁因無し。
法華経には本より三因仏性有り。

文句の十に云く「正因仏性法身の性なりは本当に通亙す、縁・了仏性は種子本有なり今に適むるに非ざるなり」
法華経第二に云く「今此の三界は皆是れ我が有なり」 主・国王・世尊なり
「其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり」 親父なり。「而も今此の処は諸の患難多し。唯我一人のみ能く救護をなす」導師。「寿量品に云く我も亦為世の父」文。

主- 国王 報身如来
師- 応身如来
親- 法身如来

五百問論に云く「若し父の寿の遠を知らずして復父統の邦に迷わば徒らに才能と謂うとも全く人の子に非ず」又云く「但恐らくは才一国に当るとも父母の年を識らざらんや」
古今仏道論衡道宣の作に云く「三皇已前は未だ文字有らず但其の母を識つて其の父を識らず禽獣に同じ鳥等なり」等云云、慧遠法師周の武帝を詰る語なり

倶舎宗
成実宗 一向に釈尊を以て本尊と為す爾りと雖も但応身に限る。
律宗

華厳宗
三論宗 釈尊を以て本尊と為すと雖も法身は無始無終・報身は有始無終・応身は有始有終なり。
法相宗

真言宗 一向に大日如来を以て本尊と為す二義有り。一義に云く大日如来は釈迦の法身なり。
    一義に云く大日如来は釈迦の法身には非ず。
但し大日経には大日如来は釈迦牟尼仏なりと見えたり人師よりの僻見なり。

浄土宗 一向に阿弥陀如来を以て本尊と為す。

法華宗より外の真言等の七宗・並に浄土宗等は釈迦如来を以て父と為すことを知らず、例せば三皇已前の人・禽獣に同ずるが如し鳥の中に鷦鷯鳥も鳳凰鳥も父を知らず獣の中には兎も師子も父を知らず、三皇以前は大王も小民も共に其の父を知らず天台宗よりの外真言等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰の如く小乗宗は鷦鷯と兎等の如く共に父を知らざるなり。
華厳宗に十界互具一念三千を立つること澄観の疏に之有り。
真言宗に十界互具一念三千を立つること大日経の疏に之を出す。
天台宗と同異如何、天台宗已前にも十界互具・一念三千を立つるや、記の三に云く「然るに衆釈を攅むるに既に三乗及び一乗・三一倶に性相等の十有りと許す何すれぞ六道の十を語らざるや」此の釈の如くんば天台已前五百余年の人師三蔵等の法華経に依る者一念三千の名目を立てざるか。

問うて云く華厳宗は一念三千の義を用いるや華厳宗は唐の則天皇后の御宇に之を立つ、答えて云く澄観の疏三十三清涼国師に云く「止観の第五に十法成乗を明す中の第二に真正発菩提心○釈して云く然も此の経の上下の発心の義は文理淵博にして其の撮略を見る故に取つて之を用い引いて之を証とす」と、二十九に云く「法華経に云く唯仏与仏等と天台云く○便ち三千世間を成すと彼の宗には此れを以つて実と為す○一家の意理として通ぜざる無し」文。

華厳経に云く旧訳には功徳林菩薩之を説くと、新訳には覚林菩薩之を説くと、弘決には如来林菩薩と引く「心は工なる画師の種種の五陰を画くが如く一切世間の中に法として造らざること無し心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり心と仏と及び衆生と是の三差別無し若し人三世一切の仏を了知せんと欲せば当に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると」

法華経に云く此れは略開三の文なり仏の自説なり「所謂諸法とは如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等」又云く「唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」
蓮華三昧経に云く「本覚心・法身常に妙法の心蓮台に住して本より来た三身の徳を具足し三十七尊金剛界の三十七尊なり心城に住したまえるを帰命したてまつる・心王大日遍照尊・心数恒沙・諸の如来も普門塵数・諸の三昧・因果を遠離して法然として具す無辺の徳海・本より円満還つて我・心の諸仏を頂礼す」、仏蔵経に云く「仏一切衆生心中に皆如来有して結跏趺坐すと見そなわす」文。

問うて云く真言宗は一念三千を用いるや、答えて云く大日経の義釈善無畏・金剛智・不空・一行に云く此の文に五本有り十巻の本は伝教弘法之を見ず智証之を渡す「此の経は是れ法王の秘宝なり妄りに卑賤の人に示さざれ釈迦出世して四十余年に舎利弗の慇懃なる三請に因りて方に為に略して妙法蓮華の義を説きたまいしが如し、今此の本地の身又是れ妙法蓮華最深の秘処なるが故に、寿量品に云く常在霊鷲山・及余諸住処・乃至・我浄土不毀・而衆見焼尽と即ち此の宗の瑜伽の意ならくのみ又補処の菩薩の慇懃の三請に因つて方に為に之を説けり」と、又云く「又此の経の宗は横に一切の仏教を統ぶ唯蘊無我にして世間の心を出で蘊の中に住すと説くが如きは即ち諸部の小乗三蔵を摂す、蘊の阿頼耶を観じて自心の本不生を覚ると説くが如きは即ち諸経の八識・三性・無性の義を摂す、極無自性心と十縁生の句を説くが如きは即ち華厳・般若の種種の不思議の境界を摂して皆其の中に入る、如実知自心を一切種智と名づくと説くが如きは則ち仏性涅槃経なり一乗法華経なり如来秘蔵大日経なり皆其の中に入る種種の聖言に於て其の精要を統べざること無し、毘盧遮那経の疏伝教弘法之を見る第七の下に云く天台の誦経は是れ円頓の数息なりと謂う是れ此の意なり」と。

大宋の高僧伝巻の第二十七の含光の伝に云く「代宗光を重んずること玄宗代宗の御宇に真言わたる含光は不空三蔵の弟子なり不空を見るが如し勅委して五台山に往いて功徳を修せしむ、時に天台の宗学湛然妙楽・天台第六の師なり禅観を解了して深く智者天台なりの膏腴を得たりと、嘗つて江淮の僧四十余人と清涼の境界に入る、湛然・光と相見て西域伝法の事を問う、光の云く一国の僧空宗を体得する有りと問うて智者の教法に及ぶ梵僧云く曾て聞く此の教邪正を定め偏円を暁り止観を明して功第一と推す再三・光に嘱す或は因縁あつて重ねて至らば為に唐を翻して梵と為して附し来れ某願くは受持せんと屡屡手を握つて叮嘱す、詳かにするに其の南印土には多く竜樹の宗見を行ず故に此の流布を願うこと有るなりと、菩提心義の三に云く一行和上は元是れ天台一行三昧の禅師なり能く天台円満の宗趣を得たり故に凡そ説く所の文言義理動もすれば天台に合す、不空三蔵の門人含光・天竺に帰るの日・天竺の僧問わく伝え聞く彼の国に天台の教有りと理致・須ゆ可くば翻訳して此の方に将来せんや云云、此の三蔵の旨も亦天台に合す、今或る阿闍梨の云く真言を学せんと欲せば先ず共に天台を学せよと而して門人皆瞋る」云云。

問うて云く華厳経に一念三千を明すや、答えて云く「心仏及衆生」等云云、止観の一に云く「此の一念の心は縦ならず横ならず不可思議なり但己のみ爾るに非ず仏及び衆生も亦復是くの如し、華厳に云く心と仏と及び衆生と是の三差別無しと当に知るべし己心に一切の法を具することを」文、弘の一に云く「華厳の下は引いて理の斉きことを証す、故に華厳に初住の心を歎じて云く心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然り心と仏と及び衆生と是の三差別無し諸仏は悉く一切は心に従つて転ずと了知したまえり、若し能く是くの如く解すれば彼の人真に仏を見たてまつる、身亦是れ心に非ず心も亦是れ身に非ず一切の仏事を作すこと自在にして未曾有なり、若し人・三世一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如き観を作すべし心・諸の如来を造すと、若し今家の諸の円文の意無くんば彼の経の偈の旨・理として実に消し難からん」と。

小乗の四阿含経・三蔵教 心生の六界 心具の六界を明さず。
大乗・通教 心生の六界 亦心具を明さず。
別教 心生の十界 心具の十界を明さず。

  思議の十界、爾前・華厳等の円
円教 -------不思議の十界互具。
  法華の円

止の五に云く「華厳に云く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世間の中に心より造らざること莫しと種種の五陰とは前の十法界の五陰の如きなり」又云く「又十種の五陰・一一に各十法を具す謂く如是相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等なり」文、又云く「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界には即ち三千種の世間を具す此の三千・一念の心に在り」文、弘の五に云く「故に大師・覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の心観の文に但自他等の観を以て三仮を推せり並びに未だ一念三千具足を云わず、乃至観心論の中に亦只三十六の問を以て四心を責むれども亦一念三千に渉らず、唯四念処の中に略して観心の十界を云うのみ、故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為せり、乃ち是れ終窮究竟の極説なり、故に序の中に説己心中所行法門と云う良に以有るなり請う尋ね読まん者心に異縁無かれ」、止の五に云く「此の十重の観法は横竪に収束し微妙精巧なり初は則ち境の真偽を簡び中は則ち正助相添い後は則ち安忍無著なり、意円かに法巧みに該括周備して初心に規矩し将に行者を送つて彼の薩雲に到らんとす初住なり闇証の禅師・誦文の法師の能く知る所に非ざるなり、蓋し如来積劫の懃求したまえる所・道場の妙悟したまえる所・身子の三請する所・法譬の三たび説く所正しく滋に在るに由るか」、

弘の五に云く「四教の一十六門乃至八教の一期の始終に遍せり今皆開顕して束ねて一乗に入れ遍く諸経を括りて一実に備う、若し当分を者尚偏教の教主の知る所に非ず況んや復た世間闇証の者をや○、蓋し如来の下は称歎なり十法は既に是れ法華の所乗なり是の故に還つて法華の文を用いて歎ず迹の説に約せば即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫と為し寂滅道場を以て妙悟と為す若し本門に約せば我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し本成仏の時を以て妙悟と為す、本迹二門只是れ此の十法を求悟せるなり、身子等とは寂場にして説かんと欲するに物の機未だ宜からず其の苦に堕せん事を恐れて更に方便を施す四十余年種種に調熟し法華の会に至つて初めて略して権を開するに動執生疑して慇懃に三請す五千起ち去つて方に枝葉無し四一を点示して五仏の章を演べ上根の人に被るを名づけて法説と為し、中根は未だ解せざれば猶譬喩をねがい、下根は器劣にして復た因縁を待つ、仏意聯綿としてこの十法に在り、故に十法の文の末に皆大車に譬えたり今の文の憑る所意此に在り、惑者は未だ見ず尚華厳を指す唯華厳円頓の名を知つて而して彼の部の兼帯の説に昧し、全く法華絶待の意を失つて妙教独顕の能を貶挫す、迹本の二文を験して五時の説をかんがうれば円極謬らず何ぞ須らく疑を致すべけん是の故に結して正しくこに在るかと曰う」、又云く「初に華厳を引くことを者重ねて初に引いて境相を示す文を牒す前に心造と云うは即ち是れ心具なり故に造の文を引いて以て心具を証す、彼の経第十八の中に功徳林菩薩の偈を説いて云うが如く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世界の中に法として造らざること無し心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり心と仏と及び衆生と是の三差別無し、若し人三世の一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると今の文を解せずんば如何ぞ偈の心造一切三無差別を消せん」文、諸宗の是非之を以て之を糾明す可きなり、恐恐謹言。

二月十八日 日 蓮 花押



by johsei1129 | 2016-01-26 21:16 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 01月 11日

上行菩薩を上首として娑婆世界の下方から湧出した(地涌の)菩薩こそが末法の法華経弘通を付属された ことを示した書【下方他方旧住の菩薩事】

【下方他方旧住の菩薩事】
■出筆時期:文永九年(1272) 五十一歳御作
■出筆場所:佐渡にて。
■出筆の経緯:本抄は佐渡流罪中に認められた書と思われ、ご真筆の冒頭余白に富木常忍が「下方他方旧住菩薩事不弘本門事」と記して保存されておられます。
大聖人は本書で霊鷲山での釈尊の法華経の説法の場に参集した諸菩薩を、下方(地涌の菩薩)、他方(娑婆世界以外から参集した菩薩)、
旧住(娑婆世界に住んでいた文殊師利菩薩・弥勒菩薩等)の三種の菩薩に分別し、下方(地涌の菩薩)のみに末法の法華経弘通を付嘱されたことを示しおられます。
おそらく本書は佐渡で著された人本尊開顕の書「開目抄」の理解を深めるために、信徒教化のためを目的として認められたと推察されます。
■ご真筆:中山法華経寺(四紙)所蔵(重要文化財)。
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[ご真筆第一紙:真筆本文下記緑字箇所]


【下方他方旧住の菩薩事 本文】

 文句の九に云はく
        
            | -----過八恒河沙等
            |
            |   |-文珠等の八万なり
菩薩に三種有り。下方・他方・旧住              
            |    |- 弥勒等
|------亦観音等、他方の内なり。普賢は如何。   
        

文句の九に云はく「是我が弟子なり、応に我が法を弘むべし」と。記の九に云はく「子、父の法を弘むるに世界の益有り」と。
文句の九に云はく「又他方 観音等は他方か は此の土に結縁の事浅し」文。
道暹の輔正記の六に云はく「付嘱 記の六の付嘱に下有り此有り法華・涅槃の十六異を釈すなり。とは此の経は唯下方涌出の菩薩に付す。
何が故ぞ爾る。法は是久成の法なるに由るが故に、久成の人に付す」と。
記の四に云はく「尚偏に他方の菩薩に付せず。豈独り身子(※注1)のみならんや」と。

竜樹・天親・南岳・天台・伝教等本門を弘通せざる事
一には付嘱せざるが故に。二には時の来たらざるが故に。三には迹化他方なるが故に。四には機未だ堪へざる故に。
 
竜樹は迹門の意を談宣し、天親は文に約して之を釈し、化導の始終を明かさず。天台大師は本迹の始終を弘通す。
但し本門の三学は未だ分明ならざるか。

 記の八に云はく「因薬王等とは、本薬王に託し、茲に因せて余に告ぐ。
此の流通の初めに先づ告八万大士とは、大論に云はく、法華は是秘密なれば、諸の菩薩に付す。
今下の文に下方を召すが如きは尚本眷属を待つ。
験けし余は未だ堪へざることを」と。

大論の一百に云はく「問うて曰く、更に何の法が甚深にして般若に勝るゝ者有ってか、般若を以て阿難に嘱累し余経をもって菩薩に嘱累すること有りや。
答へて曰く、般若波羅蜜は秘密の法に非ず。而して法華等の諸経に、阿羅漢の受決作仏を説くは、大菩薩のみ能く受持し用ふること、譬へば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」と。

 竜樹菩薩は迹化他方なるか、旧住なるか、地涌なるか。
 南岳 観音、感通、伝に出づ 天台 薬王、感通、伝に出づ 伝教も亦是くの如し。
 
 大論(※注2)の一百[大品経嘱累品を釈するなり。大品経は四十巻九十品、大品経は阿難に付嘱す、最後は嘱累品なり] に云はく「問うて曰く、若し爾らば法華経諸余の方等経何を以て喜王[喜王とは薬王か] 諸菩薩等に嘱累するや」と。記の八に云はく「法華は是秘密なれば諸の菩薩に付す。
今下の文に下方を召すが如きは、尚本眷属を待つ。余は未だ堪へざることを」云云。[文殊・薬王等も未だ堪へず等と云ふか]
 
涅槃経の三に云はく「若し法宝を以て阿難及び諸の比丘に付嘱せば、久住することを得ず。何を以ての故に。
一切の声聞及び大迦葉は悉く当に無常なるべし。彼の老人の他の寄物を受くるが如し。
是の故に応に無上の仏法を以て諸の菩薩に付すべし。諸の菩薩は善能問答するを以て是くの如き法宝は則ち久
住することを得て、無量千世に増益熾盛にして衆生を利安せん」と。

注1[身子]:釈迦十大弟子の一人で、智慧第一とされた舎利弗( Sāriputta サーリープッタ:梵語)の漢訳。
     法華経方便品第二、譬諭品第三の対告衆。釈尊は譬諭品第三で、舎利弗に未来世で華光如来となるとの記別を与え、
     法華経以前に説いていた、二乗(声聞・縁覚)は小さな悟りで満足する故、仏になることはないという言を自ら破している。
注2[大論(大智度論)]:仏教大乗経・中興の祖竜樹による「摩訶般若波羅蜜経」の疏(注釈書)。
   妙法蓮華経を漢訳した鳩摩羅什が、本書も全100巻を漢訳している。





by johsei1129 | 2016-01-11 19:26 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2016年 01月 04日

立宗宣言の年、富木常忍におくられた現存する最古の消息【富木殿御返事】

【富木殿御返事】
■出筆時期:建長五年(1253年)十二月九日 三十二歳御作
■出筆場所:下総にて。
■出筆の経緯:本消息は、大聖人が弟子信徒にしたためた数多くの消息の中で、最も古い時期の消息となります。
本消息を送られた富木常忍は大聖人より六歳年上で、立宗宣言した建長五年に直ぐ入信したと思われ、それ以前
大聖人が是生房連長と称していた時から経済的支援をしていたと伝えられております。

本消息の文中で「ひる(昼)はみぐるしう候へば、よる(夜)まいり候はんと存じ候」とあるのは、安房国の地頭・東条景信等の
妨害を避けてるための配慮と思われます。また本消息は法門が記されているわけではなく富木常忍と連絡を取るための手紙ですが、ご真筆が残されているのは、下総国守護・千葉氏の文官をしていた常忍の律儀な性格と、年下ながらも大聖人を敬う志の高さの賜物と考えられます。
■ご真筆:中山法華経寺(全文)所蔵。

[富木殿御返事 本文]

よろこびて御とのびと(殿人)給はりて候。
ひる(昼)はみぐるしう候へば、よる(夜)まいり候はんと存じ候。
ゆうさり(夕方)とりのとき(酉の刻)ばかりに給はるべく候。
又御はたり候ひて法門をも御だんぎ(談義)あるべく候。

十二月九日  日蓮
 とき殿

[現代訳]
お迎えのご家来を遣わして頂けるとのことで喜んでおります。日中は人目につきますので、夜にお伺い
したいと考えております。
夕方の酉の刻(5時~7時)にお迎え頂ければと思います。また、こちらにもおいで頂き法門について御
談義いたしましょう。



by johsei1129 | 2016-01-04 22:28 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)
2015年 12月 24日

天台の摩訶止観等の講義をする「大師講」の主催を富木常忍に依頼した書【富木殿御消息】

【富木殿御消息】
■出筆時期:文永六年(1269)六月七日 四十八歳御作
■出筆場所:鎌倉 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は毎月定例を行われていた「大師講(天台大師の摩訶止観等の講義))の主催を弟子の明性房が都合が悪いので、富木殿に担当してもらえないかと依頼した書となっております。

尚、大師講とは天台大師の月命日である24日の前後に、定例で弟子・信徒が担当し開催されていたと思われます。本書を記されたは文永六年は「竜ノ口の法難」の二年前であり、謂わば本書佐渡流罪以前(佐前)の書で、大聖人はこの頃は法華経を一念三千で体系化した天台の「摩訶止観、法華文句、法華玄義」を基づいて法華経の極説を説いていたと思われます。

また月一回の重要な講説の行事を弟子・信徒分け隔てなく僧俗一体で大聖人が実施していたことに、今日の大聖人門下のあり方にも示唆することが多いものがあると拝されます。
※大師講については本書の五ヶ月後に記された「金吾殿御返事」を参照して下さい。
■ご真筆:京都市 立本寺所蔵。
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[ご真筆は上下二段に分けて認められておられます。]

【富木殿御消息 本文】
(上段)
大師講事。
今月明性房にて候が此月はさしあい候。
余人之中せん(為)と候人候はば申せ給と候。
貴辺如何
(下段)
蒙仰候はん。
又御指合にて候わば他処へ申べく候。
恐々謹言。

六月七日  日 蓮花押
土木殿





by johsei1129 | 2015-12-24 18:31 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)