カテゴリ:法華経・釈尊・日蓮大聖人・羅什( 1 )


2016年 03月 16日

序章 【妙法蓮華経】と法華経の開教【無量義経】について。

序章 妙法蓮華経と無量義経
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[霊鷲山(耆闍崛山)の山頂]


妙法蓮華経(以下法華経と記す)は釈尊が滅度する八年ほど前に、霊鷲山に弟子を一同に招集し説かれた経である。
同じく霊鷲山で法華経を説く直前に説かれた法華経の開教と称される【無量義経】説法品第二で釈尊はこう説かれている。

[原文] 曇摩伽陀耶舎(A.D.481漢訳)
善男子。我先道場。菩提樹下。端坐六年。
得成阿耨多羅三藐三菩提。以仏眼観。一切諸法。
不可宣説。所以者何。知諸衆生。 性欲不同。
性欲不同。種種説法。種種説法。以方便力。
四十余年。未顕真実。
[訓読]
善男子、我(釈尊)先に道場菩提樹下に端坐し六年にて、
阿耨多羅三藐三菩提(仏の悟り)を成ずることを得たり。仏眼を以て一切諸法を観ずるに、
宣説すべからず。所以は何ん、諸の衆生の性欲不同なるを知れり。
性欲不同なれば種種に法を説き、種種に法を説くこと方便力を以てす。
四十余年、未だ真実を顕さず。

上記の偈を要約すると、次のようになる。
釈尊は菩提樹の下で端坐すること六年にて仏の悟りを得、それ以降四十数年間衆生に説法をしてきたが、未だ真実を顕していない。
釈尊はこの無量義経を説いてから引き続き霊鷲山で法華経を説き始める。また法華経の序品第一では無量義経との関連を次のように説かれている。

【妙法蓮華経 序品第一】
如是我聞。一時仏住。王舎城。耆闍崛山中。
与大比丘衆万二千人倶。皆是阿羅漢。
<中略>
爾時世尊。四衆囲繞。供養恭敬。尊重讃歎。
為諸菩薩。説大乗経。名無量義。教菩薩法。
仏所護念。仏説此経已。
[訓読]
是の如きを我(阿難※注1)聞きき。
一時、仏、王舎城(マガダ国最大の都)の耆闍崛山(霊鷲山の梵語音訳)の中に住し、
大比丘衆万二千人と倶なり。皆是れ阿羅漢なり。
<中略>
爾の時世尊、四衆に圍繞せられ、供養・恭敬・尊重・讃歎せられて、
諸の菩薩の為に大乗経の無量義・教菩薩法・仏所護念と名くるを説きたもう。

上記の偈の通り、法華経序品で法華経を説く直前に【無量義経】を説いたことを示している。
それでは釈尊が成道以降四十数年間で解き明かさなかった真実の法とは何か?
次章以降ででそれをあきらかにするとともに、法華経を漢訳した鳩摩羅什の法華経流布における意義、
さらに妙法蓮華経如来寿量品第十六の一品、従地涌出品第十五の後半の半品(弥勒菩薩の動執生疑以降の偈)、分別功徳品第十七の前半の半品の【一品二半】で示された釈尊の極説を十界曼荼羅の大御本尊として図現し、その本尊に法華経の題号である妙法蓮華経を唱えことを末法万年尽未来際の『行』として確立した日連大聖人の化導について解き明かしていく。

注1.阿難(アーナンダ):釈尊十大弟子の一人で多聞第一と称されている。釈迦族で釈尊の従兄弟にあたる。27歳から釈尊の従者(現在の秘書官のような立場)となり、釈尊滅後に行われた仏典結集では経の結集の中心となった。このため一切経(大蔵経)の各経は如是我聞で始まる。

第二章に続く






by johsei1129 | 2016-03-16 20:09 | 法華経・釈尊・日蓮大聖人・羅什 | Comments(0)