日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 08月 21日 ( 1 )


2017年 08月 21日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を直弟子、日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(4)

第四仏所護念の事  文句の三に云く、仏所護念とは、無量義処は、是れ仏の証得し給う所、是の故に如来の護念し給う所なり。
下の文に仏自住大乗と云えり、開示せんと欲すと雖も衆生の根、鈍なれば、久しく斯の要を黙して、務て速かに説き給わず、故に護念と云う。

記の三に云く、昔未だ説かず故に之を名けて護と為す、法に約し機に約して皆護念する故に、乃至機仍お未だ発せず隠して説かず故に護念と言う、乃至未説を以ての故に護し未暢を以ての故に念ず。久黙と言うは昔より今に至るなり。斯要等の意之を思うて知る可し。

 御義口伝に云く、此の護念の体に於ては本迹二門首題の五字(=妙法蓮華経)なり。
 此の護念に於て七種の護念之れ有り、一には時に約し、二にはい機に約し、三には人に約し、四には本迹に約し、五には色心に約し、六には法体に約し、七には信心に約するなり云云。

今、日蓮等の類いは護念の体(=妙法蓮華経)を弘むるなり。
一に時に約するとは、仏・法華経を四十余年の間未だ時至らざるが故に護念し給うなり。
二に機に約するとは、破法不信故墜於三悪道の故に前四十余年の間に未だ之を説かざるなり。
三に人に約するとは舎利弗に対して説かんが為なり。
四に本迹に約するとは、護を以て本と為し念を以て迹と為す。
五に色心に約するとは、護を以て色と為し、念を以て心と為す。
六に法体に約するとは、法体とは本有常住なり、一切衆生の慈悲心是なり(注)。
七に信心に約するとは、信心を以て護念の本と為すなり。

所詮日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは、併ら護念の体を開くなり。護とは仏見なり、念とは仏知なり、此の知見の二字本迹両門なり。
仏知を妙と云うなり、仏見を法と云うなり。此の知見の体を修行するを蓮華と云うなり、因果の体なり、因果の言語は経なり、加之法華経の行者をば三世の諸仏護念し給うなり。
 普賢品に云く、一者為諸仏護念と護念とは妙法蓮華経なり、諸仏の法華経の行者を護念したもうは、妙法蓮華経を護念したもうなり機、法一同護念一体なり。
 記の三の釈に約法約機・皆護念故と云うは此の意なり。又文句の三に云く「仏所護念とは前の地動瑞を決定するなり、地動は六番破惑を表するなり。
 妙法蓮華経を受持する者は六番破惑疑い無きなり。
 
 神力品(注)に云く「於我滅度後・応受持斯経・是人於仏道・決定無有疑」 仏自住大乗とは是なり。
又た一義に仏の衆生を護念したもう事は、護とは唯我一人能為救護、念とは毎自作是念是なり。普賢品に至つて一者為諸仏護念と説くなり。
日蓮は生年卅二より南無妙法蓮華経を護念するなり(注)

注 
日蓮は生年卅二より南無妙法蓮華経を護念するなり
日蓮大聖人三十二歳の時、建長五年(西暦1253年)四月二十八日、故郷・安房国清澄寺の持仏堂にて「南無妙法蓮華経」と唱え「立宗宣言」したことを意味しております。
尚、清澄寺の信徒等大衆に向けた四月二十八日の「立宗宣言」に先立ち、三月二十八日に、清澄寺修行時代の師匠道善房、兄弟子等に「立宗」の内示をしておられることが下記のご文より知ることができます。

御義口伝上 方便品八箇の大事 第六如我等無異如我昔所願の事
(前略)今、日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり。豈今者已満足に非ずや、已とは建長五年三月廿八日に初めて唱え出す処の題目を指して已と意得可きなり、妙法の大良薬を以て一切衆生の無明の大病を治せん事疑い無きなり。此れを思い遣る時んば満足なり満足とは成仏と云う事なり(後略)

神力品
妙法蓮華経 如来神力品第二十一で釈尊は滅後の法華経の弘通を、上行菩薩を上首とする「地涌の菩薩」に属類(付属)した。

[原文]
爾時仏告 上行等菩薩大衆 諸仏神力 如是無量無辺
不可思議 若我以是神力 於無量無辺 百千万億 阿僧祇劫
為属累故 説此経功徳 猶不能尽 以要言之 如来一切所有之法
如来一切自在神力 如来一切秘要之蔵 如来一切甚深之事 皆於此経 宣示顕説
是故汝等 於如来滅後 応当一心 受持読誦 解説 書写 如説修行
所在国土 若有受持読誦 解説書写 如説修行 若経巻所住之処
若於園中 若於林中 若於樹下 若於僧坊 若白衣舎 若在殿堂 若山谷曠野
是中皆応 起塔供養 所以者何 当知是処 即是道場 諸仏於此
得阿耨多羅三藐三菩提 諸仏於此 転於法輪 諸仏於此 而般涅槃


【御義口伝 上】要点解説(5) に続く



by johsei1129 | 2017-08-21 19:21 | 御義口伝 | Comments(0)