日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 11月 15日 ( 3 )


2015年 11月 15日

大学と申す人は、ふつうの人には似ず、日蓮が御勘気の時、身を捨てかたうどして候ひし人なり 、と記した【大学殿事】

【大学殿事】
■出筆時期:弘安元年(1278年)二月二十五日 五十七歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本抄は幕府儒官で強信徒の大学三郎に宛てられた書です。原文はかなりの長文と思われますが、重要な箇所が断簡として残されております。その箇所は大学三郎が大聖人の竜ノ口の法難時に、四条金吾と同様に、大学三郎自らの死を賭して立ち会われたことを伺わせる貴重な書となっております。
大聖人は本抄で、大学三郎が竜ノ口の法難の際「御(日蓮上人)ためにはくびもきられ、遠流にもなり候へ。かわる事ならばいかでかかわらざるべき」と言われたと示されておられます。

また大聖人は立正安国論を北条時宗に献上する際、事前に大学三郎に見せており、門下の中でも学識の優れた信徒であったと言えます。
■ご真筆:妙成(みょうじょう)寺所蔵。
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[大学殿事 本文]
 
(この前の文は残されておりません)
いのりなんどの仰せかうほるべしとをぼへ候はざりつるに、をほせたびて候事のかたじけなさ。
かつはし(師)なり、かつは弟子なり、かつは檀那なり。御ためにはくびもきられ、遠流にもなり候へ。
かわる事ならばいかでかかわらざるべき。されども此の事は叶ふまじ
きにて候ぞ。
 
大がくと申す人は、ふつうの人にはにず、日蓮が御かんきの時身をすてかたうどして候ひし人なり。

此の仰せは城殿の御計らひなり。城殿と大学殿は知音にてをはし候。
其の故は大がく殿は坂東第一の御てかき、城介殿は御手をこのまるる人なり。
  (この後の文も残されておりません)






by johsei1129 | 2015-11-15 20:31 | 弟子・信徒その他への消息 | Comments(0)
2015年 11月 15日

撰時抄愚記 上三四  三大秘法の謂れを知らずして蒼蠅(そうよう)・碧蘿(へきら)となるなかれ


一 
(ただ)(せん)不審(ふしん)なる事

(ここ)に於て句を切れ、下に連綿すること(なか)れ。(まさ)に知るべし、此の答の中に二段あり。所謂(いわゆる)、結前・生後なり。(しか)も其の答の意は、天台・伝教は未だ文底秘沈の「最大深秘(じんぴ)の大法」を弘めざるが故に、広宣流布に非ざるなり云云。

一 最大の深秘の()法経文の(おもて)顕然(現前)なり

即ち是れ文底秘沈の三()の秘法なり。故に「最大深秘の大法」と云うなり。是れ則ち先聖()()の深法なり。

問う、若し(しか)らば何ぞ「経文の面に顕然(けんねん)」と云うや。

答う、若し文底の(いわれ)を知れば、即ち三箇の秘法は経文に顕然なり。()れ知と不知とは雲泥(うんでい)万里ならんか。

()し仏法の(いわれ)を知らざれば仏法は(なお)是れ世法なり。名利(みょうり)の僧()の仏法を以て渡世(とせい)の橋となすが如しとは是れなり。

若し仏法の謂を知れば世法は即ち是れ仏法なり。深く世法を()れば即ち是れ仏法なり。「治世(じせ)()(ごん)資生(ししょう)業等、皆正法(しょうほう)に順ぜん」とは是れなり。

若し法華経の謂を知らざれば法華も(なお)是れ()(ぜん)の経なり。権教の人の法華経を読誦(どくじゅ)するが如きは是れなり。栴檀(せんだん)を焼いて(すみ)()すが如し。

若し法華経の(いわれ)を知れば爾前も即ち是れ法華経なり。宗祖の「此の(さと)立ちて後は、阿含(あごん)即ち法華経」と云うは是れなり。瓦礫(がりゃく)を変じて(こがね)と為すが如きなり。

若し本門の謂を知らざれば本門は(なお)是れ迹門なり。本迹一致の(たぐい)の如きは是れなり。

若し本門の謂を知れば迹門も即ち是れ本門なり。吾が()の方便を読誦(どくじゅ)する如きは是れなり。

若し文底の謂を知らざれば文底は仍是れ熟脱なり。諸門徒(しょもんと)の三箇の秘法を談ずるが如きは是れなり。

若し文底の(いわれ)を知れば熟脱も即ち是れ文底の秘法なり。即ち当文の如きは是れなり。

(たと)えば()()(あらたま)の如し。知らざれば(すなわ)ち玉を以て石と為す。(これ)を知れば則ち石を以て玉と為す。(あに)知と不知とは雲泥万里に非ずや。又、虞坂(ぐはん)塩車(えんしゃ)の如し。胡曽中五。

問う、若し(しか)らばその(いわれ)は如何。

答う、宗祖云く「此の経は相伝に非ずんば知り難し」等云云「塔中(たっちゅう)及び蓮・興・(もく)」等云云。是れ知る所に非ざるなり。

若し(しか)らば如何(いかん)

答う、蒼蠅(そうよう)(へき)()云云。()

問う、前に「三箇の秘法は経文に顕然(けんねん)」云うは如何。

答う、()依義判文抄の如し。


注:蒼蠅(そうよう)(へき)()

  蒼蠅とは青バエのこと。碧蘿とは緑色のつたかずら。(へき)は緑または青色。()はつたかずら。どちらもとるに足りない者凡夫(ぼんぷ)の意。

「蒼蠅驥尾(きび)()()万里松頭(しょうとう)(かか)千尋(せんじん)()立正安国論の御文。ただのハエも万里をゆく馬の尾につけば自由自在となり、かずらの切れはしも成長する松の先にかかれば宇宙大の広さを味わえる。三大秘法の(いわ)を知らなければ、蒼蠅・碧蘿のままである。()


                             つづく
撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-11-15 11:16 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)
2015年 11月 15日

撰時抄愚記 上三三

  十月十八日

  第十八段 伝教大師の弘通(ぐつう)


一 問て云く伝教大師等

此の下は四に、伝教に約して像法の未弘(みぐ)を疑うなり。

一 (えん)(じょう)(えん)()(せん)じ給う等

言う所の「撰」とは一義に云く、天台の小乗の威儀(いぎ)を以て円定・円慧に()(つな)ぐるを(せん)()て、純一無雑(むざつ)の円定・円慧を撰じ取るが故に「撰」と云うなりと。一義に云く、(ただ)是れ二百余年の邪義を難破(なんぱ)して、天台の円定・円慧を撰じたまうが故なりと云云。後の義、可なり。伝教の円定・円慧、何ぞ天台の定慧に(ことな)らんや。

一 小乗の三処の戒壇(かいだん)

註の如し。今の薬師寺(やくしじ)は少分の寺院なり。

一 一人の法となせる等

円頓の戒壇を叡山(えいざん)に建立して、日本一州を一同に円戒の地と成したもうが故なり。

一 秀句(しゅうく)に云く等

下巻二十二紙。次下「此経」等は二十四紙。

一 ()く此の経を説かん(これ)則ち()(かた)

秀句の下二十二に此の文を釈して云く「能く此の経を説くとは即ち妙法蓮華経なり」已上。感涙()えずして(じゅ)して云く

一たび此の文を仰いで(なんだ)(こう)

暮天(ぼてん)の雲尽きて内鑒(ないがん)明らかなり

(じゅん)()す、部内()(きょう)の句

多くは是れ秘沈文底(もんてい)の名

一 (あさ)きは(やす)(ふか)きは難し等

秀句に云く「六難(ろくなん)は是れ(すなわ)ち法華経を指す。()()は則ち是れ余の経典を指す」云云。余の経典を去って法華経に()くが故に「浅きを去って深きに就く」と云うなり。当に知るべし、「丈夫(じょうぶ)」は即ち釈迦の異称なり。是れ十号の一名なり。

一 如来、在世(ざいせ)五十年

(すで)に仏の滅度の文意を示すが(ごと)。何ぞ「如来・在世」と云うや。

答う、滅後を明かさんが為に、()ず在世を示すなり。故に「如来の在世は五十年なり」と点ずべきか。

一 (これ)()は伝教大師

一 七()の大寺六宗等

註に云く「(いま)だ所拠を知らず」云云。啓蒙に云く「一心戒文の下は伝法護国論、(じき)(ぞう)二十七巻に出でたり。其の中に直雑最も明らかなり」云云。即ち(こん)(もん)の「延暦(えんりゃく)二十一年」已下の文に同じ。

一 渙焉(かんえん)として氷の如く()

左伝序に云く「(かん)(ねん)として氷の()くるが如し」と云云。字彙(じい)に「流散(りゅうさん)」と解釈す云云。

一 此の界の(がん)(れい)(きょう)よりして(のち)(ことごと)く妙円の船に()せて早く彼岸に(わた)ることを得ると()いつべし云云。

()くの如く点ずべし。「今(より)」の「自」の字は(おそ)らくは(じょう)せり云云。

一 (ひか)れて(きゅう)(うん)()

「休」は字彙(じい)に云く「()(ぜん)なり、慶なり」云云。

一 何ぞ(せい)()(たく)せんや

即ち(せい)(ちょう)に同じ。(かん)()の世を指して「聖世」と云うなり。(しか)して桓武を指して聖世と名づくる所以(ゆえん)は、即ち是れ伝教出現して一妙の義理を興顕(こうけん)するが故なり。

故に桓武を()むる意は伝教に()故に実には伝教大師を聖人と号する意なり。


                 つづく
撰時抄愚記上 目次



by johsei1129 | 2015-11-15 11:09 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)