日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 09月 10日

末法の本仏の立場で法華経二十八品を直弟子、日興上人に口伝した書【御義口伝 上】要点解説(5)

【序品七箇の大事】

第五 下至阿鼻地獄の事

 御義口伝に云く、十界皆成の文なり。提婆が成仏此の文にて分明なり、宝塔品の次に提婆が成仏を説く事は二箇の諌暁の分なり。
提婆は此の文の時成仏せり、此の至の字は白毫の行く事なり、白毫の光明は南無妙法蓮華経なり。
上至阿迦尼だ天は空諦、下至阿鼻地獄は仮諦、白毫の光は中道なり(注)。之に依つて十界同時の成仏なり。

 天王仏とは宝号を送るまでなり、去て依正二報の成仏の時は、此の品の下至阿鼻地獄の文は依報の成仏を説き、提婆達多の天王如来は正報の成仏を説く、依報正報(注)共に妙法の成仏なり。

今、日蓮等の類い聖霊を訪う時、法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時、題目の光、無間に至りて即身成仏せしむ。
廻向の文此れより事起るなり、法華不信の人は堕在無間なれども、題目の光を以て孝子法華の行者として訪わんに、豈此の義に替わる可しや。されば下至阿鼻地獄の文は、仏、光を放ちて提婆を成仏せしめんが為なりと日蓮推知し奉るなり。


空諦仮諦、中道  
空仮中の三諦の事。
法華経方便品第二に次の偈がある。
[原文]
仏所成就 第一希有 
難解之法 唯仏与仏 乃能究尽 諸法実相
[和訳]
仏が成就せし所の、第一の希有なる難解の法は、唯、仏と仏のみが諸法の実相を、能く究め尽くせばなり。

つまり仏法では、森羅万象はすべからく諸々の法で貫かれており、その法を究め悟られたのが仏であるとする。
諸法を悟れば仏になれるので、仏は、三千大千世界(宇宙)に無数に存在し、仏が衆生を導く仏国土も無数に存在するとする。
その諸法を捉えた概念が「一念三千」であり、本抄の「空仮中の三諦」となる。

一例として「水」で空仮中の三諦を説明すると、水は置かれている環境(縁※主に温度)により、液体の水、固体の氷、気体の水蒸気と変化する。この状態は仮に和合した姿、つまり仮諦である。固体でも雪、あられ、ひょうと変化する。これも諦である事を示している。
其の水は見た目の姿が変われど、分子式"H2O"で表される水の本質は共通であり、100度で気体、0度で凍るという性質を持つ。しかしこの性質を人の目では見ることはできないが、我々は現象として認識できる。此の水の本質を空諦としてみる。
そしてH20としての性質を持ち、温度の変化により刻々と姿を変える水の当体そのものを中道としてみる。

依報正報  
依報とは生き物、例えば人間が生きるための拠り所となる自然環境・国土さらには自分(正報)を取り巻く衆生、民族なども含む。
正報は総じては主体となる生き物、別しては人間。
仏法では「依正不二」と捉え、相互に影響し合い且つ、双方が不可分な存在と見る。
つまり日蓮大聖人が「立正安国論」で論じたように、国主が邪法を信奉することにより、其の国に三災七難が生じる。また人間は自身を取り巻く環境から影響を受け、自分の内在する十界の命を引き出されることになる。日蓮大聖人が図現されたご本尊に南無妙法蓮華経と唱える時、御本尊は依報となり、唱える自身は正報となり。そして仏の命が図現されたご本尊に境智冥合することで、己心の仏界を引き出すことになる。また唱える題目は、三千大千世界に偏波して、依報を突き動かすことができる。 


【御義口伝 上】要点解説(6)に続く
 




by johsei1129 | 2017-09-10 00:22 | 御義口伝 | Comments(0)


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