日蓮大聖人『御書』解説

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2016年 04月 28日

妙法尼抄記 三  爾前・迹門は邪法・邪師の邪義なり。本門寿量は正法・正師の正義なり


一 
()ず臨終の事を習うて等

  先後を知る(とき)は道に近きなり云云。

  先に為すべきを(あやま)って後に為す。譬喩経、おし鳥のまねの事

  後に為すべきを謬って先に為す。徒然草、先ず馬を習う法師の事

 多年・(せつ)()の二種の臨終の事 爾前・迹門は邪法・邪師の邪義なり。本門寿量は正法・正師の正義なる事

  「日蓮が申す法門僻事(ひがごと)に候はば、よも臨終正念に住し候はじ」云云。

第一に妙法三力(さんりき)の習い(おのずか)ら三あり

一には末法下種の本仏の仏力 御書五・二十九。「付けたり()(さき)(きょう)の船の譬」の事

二には末法下種の妙法の経力(きょうりき) 御書十九・六十三に「譬えば女人(乃至)白物の・ごとし」と。三十二・十三

三には末法下種の信力 御書二十三に「(たと)ひ頚をば(のこぎり)にて引き切り・どう()をば()ほこ()を以て・つつき・足にはほ()しを打つてきり()を以てもむとも、命のかよ()はんほどは南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と唱えて唱へ死に(しぬ)るならば釈迦・多宝十方の諸仏・霊山()上にして御契約なれば須臾(しゅゆ)の程に飛び来りて手をとり肩に(ひき)()けて霊山(りょうぜん)へ・はし()り給はば」となり。  

第二に行者用心の習い、(また)三有り  

臨終の一念は百年の(ぎょう)(こう)に勝る

○木は傾く方にたおるる事

  一 断末(だんまつ)()の用心に亦三の習いあり

一には平生善を修むれば苦悩多からず・・正法(しょうほう)(ねん)

二には平生人を(そし)らざれば苦悩少なし・・顕宗論

三には平生覚悟を(さだ)むれば苦に驚かず 

○引きよせて○すわ、さればこそ

二 執著(しゅうじゃく)の用心にまた二の習いあり

    ○孔子()(ぎょ) (はく)(きょ)() ○子はまさるらし

一には妻子に執著 鼻の中に虫に生まる、(しゃ)(せき) 四に云云。又五無反復経。鳥の夜林親子。渡りの船・父子。(いち)の人・夫婦。花を愛するもの蝶となる。

二には財宝に執著 ()(ざん)寺の明道、天井の錢。はだかにて生まる、財宝何ぞ執せん。(いわん)や出家は皆仏の物なるをや。止の七に云く「財は(ふん)()の如し、之を捨つること(つばき)の如し」云云。(ほう)居士、財を捨つ

三 天魔の用心

沙石の四・二十三に引き()られて死する事、また手を打って飛び去る事。

善悪二相(とも)に驚くべからざる事、伝心法要。蜷川(にながわ)が事

      御書二十八に云く「三(しょう)四魔と申すは」云云


              つづく
文段 目次




by johsei1129 | 2016-04-28 21:33 | 日寛上人 御書文段 | Comments(0)


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