2015年 12月 25日
[南条殿御返事(大橋太郎書)] ■出筆時期:建治二年(1276年)閏三月二十四日 五十五歳御作 ■出筆場所:身延山中の草庵にて。 ■出筆の経緯:本抄は南条時光が十八歳の時に送られた長文のご消息です。 閏(うるう)三月は現在の五月末頃の時期で、時光が夏用の上着のかたびら(帷子)他、種々大聖人にご供養されたことへの返書となっております。 大聖人は、主君の御勘気に触れ、牢に十二年間入れられていた大橋太郎の子が、出家し法華経を読誦することで父に会え、主君の御勘気もとけた謂れを記され、幼くして父を亡くした時光に対し「この御孝養の志を閻魔法王・梵天・帝釈天までも知しめしぬらん。釈迦仏・法華経もいかでか捨てさせ給うべき<中略>この(法華経へのご供養の)御心ざし彼(大橋太郎の子息)に違わず。これは(日蓮が)涙をもちて書きて候なり」と称えられておられます。 さらに当時噂されていた文永の役に続く蒙古の再度の来襲に触れ「各各も不便(ふびん)とは思へども助けがたくやあらんずらん。よるひる法華経に申し候なり。(法華経を)御信用の上にも力も・をしまず申させ給え。あえてこれより(日蓮)の心ざしのゆわきにはあらず、各各の御信心のあつ(厚)く・うす(薄)きにて候べし」と、一層法華経信仰に励むよう諭されておられます。 ■ご真筆:富士大石寺所蔵(一般非公開)。 [南条殿御返事 本文] かたびら一つ・しを(塩)いちだ・あぶら五そう・給び候い了んぬ。ころもは・かんをふせぎ又ねつをふせぐ。みをかくし・みをかざる。法華経の第七やくわうぼんに云く「如裸者得衣」等云云。心は・はだかなるものの・ころもをへたるがごとし。もんの心はうれしき事を・とかれて候。 ふほうぞう(付法蔵)の人のなかに商那和衆と申す人あり。衣をきて・むまれさせ給う。これは先生に仏法にころもを・くやうせし人なり。されば法華経に云く「柔和忍辱衣(にゅうわ・にんにくえ)」等云云。 こんろん(崑崙)山には石なし、みのぶのたけにはしを(塩)なし。石なきところには・たまよりも・いしすぐれたり、しを・なきところには、しを・こめにもすぐれて候。国王のたからは左右の大臣なり。左右の大臣をば塩梅(えんばい)と申す。みそ(味噌)・しを・なければ・よ(世)わたりがたし、左右の臣なければ国をさまらず。 あぶらと申すは涅槃経に云く、風のなかに・あぶらなし、あぶらのなかに・かぜなし。風をぢする第一のくすりなり。 かたがたのもの・をくり給いて候。御心ざしのあらわれて候事・申すばかりなし。せんするところは・こ・なんでう(故南条)どのの法華経の御しんようのふかかりし事のあらわるるか。王の心ざしをば臣のべ、をやの心ざしをば子の申しのぶるとはこれなり。あわれ・ことの(故殿)の・うれしと・をぼすらん。 つくし(筑紫)に・ををはし(大橋)の太郎と申しける大名ありけり。大将どのの御かんき(勘気)を・かほりて・かまくら・ゆひのはま(由比浜)・つちのろう(籠)にこめられて十二年め(囚)し・はじ(耻)しめられしとき、つくしをうちいでしに・ごぜん(御前)にむかひて申せしは・ゆみやとるみとなりて・きみの御かんきを・かほらんことは・なげきならず。又ごぜんに・をさなくより・な(馴)れしか。いま・はなれん事いうばかりなし。これはさてをきぬ。なんし(男子)にても・によし(女子)にても一人なき事なげきなり。ただしくわいにん(懐妊)のよし・かたらせ給う。をうなご・にてやあらんずらん・をのこご・にてや候はんずらん。ゆくへをみざらん事くちおし。又かれが人となりて・ちちというものも・なからんなげき、いかがせんとをもへども・力及ばずとて・いでにき。 かくて月ひすぐれ・ことゆへなく生れにき。をのこごにてありけり。七歳のとし・やまでらにのぼせてありければ・ともだち・なりける・ちごども(児共)、をやなしとわらひけり。いへにかへりて・ははに・ちちをたづねけり。ははのぶるかたなくして・なくより外のことなし。此のちご(児)申す、天なくしては雨ふらず、地なくしてはくさ・をいず。たとい母ありとも・ちちなくばひととなるべからず。いかに父のありどころをば・かくし給うぞとせめしかば、母せめられて云う、わちご(和児)・をさ(幼)なければ申さぬなり・ありやうはかうなり。此のちご・なくなく申すやう、さてちちのかたみはなきかと申せしかば、これありとて・ををはしのせんぞの日記・ならびに・はらの内なる子に・ゆづれる自筆の状なり。いよいよ・をやこひしくて・なくより外の事なし。さて・いかがせんといゐしかば・これより郎従あまた・ともせしかども、御かんきをかほりければ・みなちりうせぬ。そののちは・いきてや又しにてや、をとづるる人なしと・かたりければ、ふしころび・なきて・いさ(諫)むるをも・もちゐざりけり。 ははいわく・をのれ(己)を・やまでらにのぼする事は、をやの・けうやう(孝養)のためなり。仏に花をもまいらせよ、経をも一巻よみて孝養とすべしと申せしかば、いそぎ寺にのぼりて・いえへかへる心なし。昼夜に法華経をよみしかば・よみわたりけるのみならず・そら(諳)に・をぼへてありけり。さて十二のとし、出家をせずして・かみをつつみ、とかくして・つくしを・にげいでて・かまくらと申すところへたづねいりぬ。 八幡の御前にまいりて・ふしをがみ申しけるは、八幡大菩薩は日本第十六の王・本地は霊山浄土に法華経をとかせ給いし教主釈尊なり。衆生のねがいを・み(満)て給わんがために神とあらわれさせ給う。今わがねがい・み(満)てさせ給え。をやは生きて候か、しにて候かと申して、いぬ(戌)の時より法華経をはじめて・とら(寅)の時までに・よみければ、なにとなき・をさなき・こへ・はうでん(声・宝殿)に・ひびきわたり、こころ・すご(凄)かりければ・まいりてありける人人も・かへらん事をわすれにき。皆人いち(市)のやうに・あつまりてみければ、をさなき人にて法師ともをぼえず・をうな(女)にてもなかりけり。 をりしも・きやう(京)のにゐ(二位)どの御さんけい(参詣)ありけり。人めをしのばせ給いてまいり給いたりけれども、御経のたうとき事・つねにもすぐれたりければ、はつるまで御聴聞ありけり。さてかへらせ給いておはしけるが、あまり・なごりをしさに人をつけて・をきて大将殿へかかる事ありと申させ給いければ、めして持仏堂にして御経よませまいらせ給いけり。 さて次の日、又御聴聞ありければ・西のみかど(御門)人さわぎけり。いかなる事ぞとききしかば、今日はめしうど(囚人)の・くびきらるると・ののしりけり。あわれ・わがをやは・いままで有るべしとは・をもわねども、さすが人のくびをきらるると申せば、我が身のなげきと・をもひて・なみだぐみたりけり。大将殿あやしと・ごらんじて、わちご(和児)はいかなるものぞ、ありのままに申せとありしかば、上くだんの事・一一に申しけり。をさふらひ(御侍)にありける大名・小名・みす(翠簾)の内、みな・そでをしぼりけり。 大将殿・かぢわら(梶原)をめして・をほせありけるは、大はしの太郎という・めしうど・まいらせよとありしかば、只今くびきらんとて・ゆいのはまへ・つかわし候いぬ。いまはきりてや候らんと申せしかば、このちご・御まへなりけれども・ふしころび・なきけり。ををせのありけるは・かぢわら・われと・はしりて・いまだ切らずば・ぐ(具)してまいれとありしかば、いそぎ・いそぎゆいのはまへ・はせゆく。いまだいたらぬに・よばわりければ、すでに頚切らんとて刀をぬきたりけるとき・なりけり。 さてかじわら・ををはしの太郎を・なわつけながら・ぐしてまいりて・ををには(大庭)にひきすへたりければ、大将殿このちごに・とらせよとありしかば、ちご・はしりをりて・なわをときけり。大はしの太郎は・わが子ともしらず、いかなる事ゆへに・たすかるともしらざりけり。さて大将殿又めして・このちごに・やうやうの御ふせたび(布施給)て・ををはしの太郎をたぶ(給)のみならず。本領をも安堵(あんど)ありけり。 大将殿・をほせありけるは、法華経の御事は昔よりさる事とわ・ききつたへたれども・丸(まろ)は身にあたりて二つのゆへあり。一には故親父の御くび(頸)を大上(政)入道に切られてあさましとも・いうばかりなかりしに、いかなる神・仏にか申すべきと・おもいしに走湯山(いずやま)の妙法尼より法華経をよみつたへ、千部と申せし時、たかを(高雄)のもんがく(文覚)房・をや(親)のくびをもて来たりて・みせたりし上、かたきを打つのみならず・日本国の武士の大将を給いてあり。これひとへに法華経の御利生なり。二つには・このちごが・をやを・たすけぬる事不思議なり。大橋の太郎というやつは頼朝きくわい(奇怪)なりとをもう。たとい勅宣なりとも・かへし申して・くびをきりてん。あまりのにくさにこそ十二年まで・土のろうには入れてありつるに・かかる不思議あり。されば法華経と申す事はありがたき事なり。頼朝は武士の大将にて多くのつみを・つもりてあれども、法華経を信じまいらせて候へば・さりともとこそ・をもへと・なみだぐみ給いけり。 今の御心ざし・み候へば、故なんでう(南条)どのは・ただ子なれば・いとをしとわ・をぼしめしけるらめども、かく法華経をもて我がけうやう(孝養)をすべしとは・よも・をぼしたらじ。たとひ・つみありて・いかなるところに・おはすとも、この御けうやうの心ざしをば・えんまほうわう・ぼんでん・たひしやく・までも・しろしめしぬらん。釈迦仏・法華経もいかでか・すてさせ給うべき。かのちごの・ちちのなわを・ときしと、この御心ざし・かれにたがわず。これはなみだをもちて・かきて候なり。 むくり(蒙古)のおこれるよし・これにはいまだうけ給わらず。これを申せば日蓮房はむくり国のわたるといへば・よろこぶと申す。これ・ゆわれなき事なり。かかる事あるべしと申せしかば・あだがたき(仇・敵)と人ごとにせめしが、経文かぎりあれば来たるなり。いかにいうとも・かなうまじき事なり。失もなくして国をたすけんと申せし者を用いこそ・あらざらめ、又法華経の第五の巻をもつて日蓮がおもてを・うちしなり。梵天・帝釈・是を御覧ありき。鎌倉の八幡大菩薩も見させ給いき。いかにも今は叶うまじき世にて候へば・かかる山中にも入りぬるなり。 各各も不便(ふびん)とは思へども・助けがたくやあらんずらん。よるひる法華経に申し候なり。御信用の上にも力もをしまず申させ給え。あえてこれよりの心ざしのゆわきにはあらず、各各の御信心のあつく・うすきにて候べし。たいしは日本国のよき人人は一定(いちじょう)いけどりにぞ・なり候はんずらん。あらあさましや・あさましや。恐恐謹言。 後三月二十四日 日 蓮 花 押 南条殿御返事
by johsei1129
| 2015-12-25 19:01
| 南条時光(上野殿)
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