2019年 11月 02日
【弥三郎殿御返事】 ■出筆時期:建治三年(1277年)八月四日 五十六歳御作 ■出筆場所:身延山中 草庵にて。 ■出筆の経緯:本抄は駿州(駿河)・沼津に住む信徒弥三郎(斎藤弥三郎と伝えられています)が大聖人に浄土宗の僧侶と法論する際の指南を請いた事への返書となっております。 大聖人は「是は無智の俗にて候へども承わり候いしに」で始まる本文前半は、弥三郎の立場で懇切丁寧に法論の指南を認められておられます。 また後段では「釈迦仏は親なり・師なり・主なりと申す文・法華経には候かと問うて、有りと申さば・さて阿弥陀仏は御房の親・主・師と申す経文は候かと責めて、無しと云わんずるか又有りと云はんずるか、若しさる経文有りと申さば御房の父は二人かと責め給へ。 又無しといはば・さては御房は親をば捨てて何(いか)に他人を・もてなすぞと責め給へ。其の上法華経は他経には似させ給はねばこそとて四十余年等の文を引かるべし」と具体的に法論の手順を指南されておられます。 この消息の最も重要な事は「一には国主なり、二には師匠なり、三には親父なり。此の三徳を備へ給う事は十方の仏の中に唯釈迦仏計りなり」との御文です。これは人本尊開顕の書「開目抄」の文末の御文「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」と符合し、自身が末法の本仏であることを宣言されておられます。さらに父とは仏の異名・尊称であり、妙法蓮華経 如来寿量品第十六の「我亦為世父 救諸苦患者(我また世の父と為り、諸の苦患する者を救う者なり)」との釈尊の宣言と同意義であることを示しておられます。 ■ご真筆:現存しておりません。 [弥三郎殿御返事 本文] 是は無智の俗にて候へども・承わり候いしに・貴く思ひ進(まい)らせ候いしは、法華の第二の巻に「今此三界」とかや申す文にて候なり。此の文の意は今・此の日本国は釈迦仏の御領なり。天照太神・八幡大菩薩・神武天皇等の一切の神・国主並びに万民までも釈迦仏の御所領の内なる上、此の仏は我等衆生に三の故御坐(おわ)す大恩の仏なり。一には国主なり、二には師匠なり、三には親父なり。此の三徳を備へ給う事は十方の仏の中に唯釈迦仏計りなり。されば今の日本国の一切衆生は設い釈迦仏に・ねんごろに仕ふる事・当時の阿弥陀仏の如くすとも、又他仏を並べて同じ様にもてなし進(まい)らせば大なる失(とが)なり。 譬えば我が主の而も智者にて御坐さんを、他国の王に思ひ替えて・日本国にす(住)みながら漢土高麗の王を重んじて・日本国の王におろそか(疎遠)ならんをば・此の国の大王いみじと申す者ならんや。況んや日本国の諸僧は一人もなく釈迦如来の御弟子として頭をそり・衣を著(き)たり。阿弥陀仏の弟子には・あらぬぞかし。然るに釈迦堂・法華堂・画像・木像・法華経一部も持ち候はぬ僧共が、三徳全く備はり給へる釈迦仏をば閣(さしお)きて・一徳もなき阿弥陀仏を・国こぞりて郷・村(むら)・家ごとに人の数よりも多く立てならべ、阿弥陀仏の名号を一向に申して一日に六万・八万なんどす。 打ち見て候所はあら貴しや・貴しやと見へ候へども、法華経を以て見進(まい)らせ候へば中中・日日に十悪を造る悪人よりは過重(とがおも)きは善人なり。悪人は何れの仏にも・よりまいらせ候はねば・思い替はる辺もなし。若し又善人とも成らば・法華経に付き進らする事もや有りなん。日本国の人人は何(いか)にも阿弥陀仏より釈迦仏、念仏よりも法華経を重く・したしく心よせに思い進(まい)らせぬる事難かるべし。されば此の人人は善人に似て悪人なり。悪人の中には一閻浮提第一の大謗法の者・大闡提の人なり。釈迦仏・此の人をば法華経の二の巻に「其の人命終して阿鼻獄に入らん」と定めさせ給へり。されば今の日本国の諸僧等は提婆達多・瞿伽梨(くぎゃり)尊者にも過ぎたる大悪人なり。又在家の人人は此等を貴み・供養し給う故に、此の国眼前に無間地獄と変じて諸人・現身に大飢渇(けかち)・大疫病・先代になき大苦を受くる上・他国より責めらるべし。此れは偏に梵天・帝釈・日月等の御はからひなり。 かかる事をば日本国には但日蓮一人計り知つて、始めは云うべきか・云うまじきかと・うらおも(慮)ひけれども、さりとては何(いか)にすべき、一切衆生の父母たる上、仏の仰せを背くべきか、我が身こそ何様にも・ならめと思いて云い出だせしかば、二十余年・所をおはれ・弟子等を殺され・我が身も疵(きず)を蒙り・二度まで流され・結句は頚切られんとす。 是れ偏に日本国の一切衆生の大苦にあはんを兼ねて知りて歎き候なり。されば心あらん人人は我等が為にと思し食すべし。若し恩を知り・心有る人人は二つ当らん杖には一つは替わるべき事ぞかし。さこそ無からめ・還つて怨をなしなんど・せらるる事は心得ず候。又在家の人人の能くも聞きほどかずして或は所を追ひ・或は弟子等を怨まるる心えぬさよ。設い知らずとも誤りて現の親を敵ぞと思ひたがへて詈(ののし)り、或は打ち殺したらんは何(いか)に科(とが)を免るべき。 此の人人は我があらぎ(荒気)をば知らずして日蓮があらぎの様に思へり。譬えば物ねたみする女の眼を瞋(いか)らかして・とわり(後妻)をにらむれば、己が気色のう(疎)とましきをば知らずして・還つてとわりの眼(まなこ)おそろしと云うが如し。 此等の事は偏に国主の御尋ねなき故なり。又何(いか)なれば御尋ねなきぞと申すに、此の国の人人・余り科(とが)多くして一定(いちじょう)今生には他国に責められ、後生には無間地獄に堕つべき悪業の定まりたるが故なりと経文歴歴と候いしかば信じ進らせて候。 此の事は各各設い我等が如くなる云うにかひなき者共を責めおどし・或は所を追わせ給い候とも・よも終には只は候はじ。此の御房の御心をば設い天照太神・正八幡もよも随へさせ給ひ候はじ、まして凡夫をや。されば度度の大事にもおく(臆)する心なく弥よ強盛に御坐すと承り候と加様のすぢに申し給うべし。
さて其の法師・物申さば取り返して・さて申しつる事は僻事(ひがごと)かと返して釈迦仏は親なり・師なり・主なりと申す文・法華経には候かと問うて、有りと申さば・さて阿弥陀仏は御房の親・主・師と申す経文は候かと責めて、無しと云わんずるか又有りと云はんずるか、若しさる経文有りと申さば御房の父は二人かと責め給へ。又無しといはば・さては御房は親をば捨てて何(いか)に他人を・もてなすぞと責め給へ。其の上法華経は他経には似させ給はねばこそとて四十余年等の文を引かるべし。 即往安楽の文にかからば・さて此れには先ずつまり給へる事は承伏かと責めて・それもとて又申すべし。 構へて構へて所領を惜しみ・妻子を顧りみ、又人を憑(たの)みて・あやぶむ事無かれ。但偏に思い切るべし。今年の世間を鏡とせよ、若干(そこばく)の人の死ぬるに今まで生きて有りつるは、此の事にあはん為なりけり。此れこそ宇治川を渡せし所よ、是こそ勢多を渡せし所よ、名を揚(あぐ)るか・名をくだすかなり。人身は受け難く法華経は信じ難しとは是なり。 釈迦・多宝・十方の仏・来集して我が身に入りかはり、我を助け給へと観念せさせ給うべし。地頭のもとに召さるる事あらば、先(まず)は此の趣(おもむき)を能く能く申さるべく候、恐恐謹言。 建治三年丁丑(ひのとうし)八月四日 日 蓮 花押 弥三郎殿御返事
by johsei1129
| 2019-11-02 07:00
| 弟子・信徒その他への消息
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