日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 09月 16日

僧も俗も尼も女も一句をも人に語らん人は如来の使と見えたり、と説いた【椎地四郎殿御書】

【椎地四郎殿御書】
■出筆時期:弘安四年(1281年)四月二十八日 六十歳御作
■出筆場所:身延山中の草庵にて。
■出筆の経緯:本書は鎌倉武士と思われる椎地四郎に宛てられた消息です。椎地四郎の詳細は不明ですが、四条金吾及び富木常忍への消息に椎地四郎の名が出てきますので、この二人とはかなり親密な交流があったものと思われます。※参照[富城入道殿御返事]

本書冒頭で大聖人は「先日御物語の事について彼の人の方へ相尋ね候いし処、仰せ候いしが如く少しもちがはず候いき、これにつけても・いよいよ・はげまして法華経の功徳を得給うべし。師曠が耳・離婁が眼のやうに聞見させ給へ」と記されておられますが、本書を記した時期は弘安の役(弘安4年5月21)の直前で、恐らく鎌倉幕府の動向について大聖人に報告された内容が「少しも違わずその通りであった」と褒め称える文となっております。尚、文中の「師曠が耳・離婁が眼」についてですが、師曠・離婁は、聴覚・視覚に優れた中国古代の伝説の人物で、大聖人は椎地四郎に、今後も師曠・離婁の耳と目で調査し幕府の動向を報告してくれるよう励まされたと拝されます。 
 
さらに「大難なくば法華経の行者にはあらじ<中略>法華経の法門を一文一句なりとも人にかた(語)らんは過去の宿縁ふかしとおぼしめすべし」と断じ、一層法華経信仰に励むよう諭されておられます。
また文末の「抑法華経の如渡得船の船と申す事は<中略>上行等の四菩薩は函蓋相応して・きりきりとこぎ給う所の船を如渡得船の船とは申すなり、是にのるべき者は日蓮が弟子・檀那等なり」の文は、名文と言われる大聖人の御書の中でも名文中の名文といってよく、末法の弟子・信徒の一分として心躍るものを感じます。
■ご真筆:現存しておりません。

[椎地四郎殿御書 本文]

先日御物語の事について彼の人の方へ相尋ね候いし処・仰せ候いしが如く少しもちがはず候いき、これにつけても・いよいよ・はげまして法華経の功徳を得給うべし、師曠が耳・離婁が眼のやうに聞見させ給へ。

末法には法華経の行者必ず出来すべし、但し大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなすべし、火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや、大海へ衆流入る・されども大海は河の水を返す事ありや、法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども・かへす事とがむる事なし、諸河の水入る事なくば大海あるべからず。

大難なくば法華経の行者にはあらじ、天台の云く「衆流海に入り薪火を熾んにす」と云云、法華経の法門を一文一句なりとも人に・かたらんは過去の宿縁ふかしとおぼしめすべし、経に云く「亦不聞正法如是人難度」と云云、此の文の意は正法とは法華経なり、此の経をきかざる人は度しがたしと云う文なり、法師品には若是善男子善女人乃至則如来使と説かせ給いて、僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり、貴辺すでに俗なり善男子の人なるべし、此の経を一文一句なりとも聴聞して神にそめん人は生死の大海を渡るべき船なるべし、妙楽大師云く「一句も神に染ぬれば咸く彼岸を資く、思惟・修習永く舟航に用たり」と云云、生死の大海を渡らんことは妙法蓮華経の船にあらずんば・かなふべからず。

抑法華経の如渡得船の船と申す事は・教主大覚世尊・巧智無辺の番匠として四味八教の材木を取り集め・正直捨権とけづりなして邪正一如ときり合せ・醍醐一実のくぎを丁と・うつて生死の大海へ・をしうかべ・中道一実のほばしらに界如三千の帆をあげて・諸法実相のおひてをえて・以信得入の一切衆生を取りのせて・釈迦如来はかぢを取り・多宝如来はつなでを取り給へば・上行等の四菩薩は函蓋相応して・きりきりとこぎ給う所の船を如渡得船の船とは申すなり、是にのるべき者は日蓮が弟子・檀那等なり、能く能く信じさせ給へ、四条金吾殿に見参候はば能く能く語り給い候へ、委くは又又申すべく候、恐恐謹言。

四月二十八日 日 蓮 花 押
椎地四郎殿え


【妙法蓮華経 方便品第二】

 深著虚妄法 堅受不可捨
 我慢自矜高 諂曲心不実
 於千万億劫 不聞仏名字
 亦不聞正法 如是人難度

  [和訳]
   
  虚妄の法に深く(執)著し、(この虚妄の法)を堅く受けて捨てようとせず、
  我慢(高慢)で、自から矜(誇)り高く、諂曲にして心は不実なり。
  千万億劫という長いあいだ、仏の名字さえ聞くことはない
  亦、正法をも聞かず、是の如き人は度す(教化する)こと難し。

by johsei1129 | 2015-09-16 20:36 | 弟子・信徒その他への消息 | Comments(0)


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