日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 08月 01日

長雨が続き塩が高騰した時に塩一駄を供養した時光の志を称えた書【上野殿御返事(塩一駄御書)】

【上野殿御返事(塩一駄御書)】
■出筆時期:弘安元年(1278)九月十九日 五十七歳御作。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:本抄で大聖人は、長雨が続き塩が不足したため高騰し「しほ一升をぜに百、しほ五合を麦一斗にかへ候しが、今はぜんたいしほなし」と塩不足の窮状を記しておられます。
 このような状況のなか時光が定期的に塩を大聖人の元を送り届けており、この志は「大地よりもあつく虚空よりもひろし。予が言は力及ぶべからず、ただ法華経と釈迦仏とにゆづりまいらせ候」と讃えられておられます。

尚、この当時の塩づくりは、「海水のついた藻を天日に干し、その上から海水を注いで表面に析出した塩を海水で溶かす※参照:讃岐塩販売㈱ 方法を用いていたようで、この方法は天候に左右され、本抄で記されているように長雨が続くとたちまち塩不足に陥ったようです。
■ご真筆:現存していない。

[上野殿御返事(塩一駄御書) 本文]

塩一駄、はじかみ(生姜)送り給び候。
 金多くして日本国の沙のごとくならば、誰かたからとしてはこのそこにおさむべき。餅多くして一閻浮提の大地のごとくならば誰か米の恩をおもくせん。
 
 今年は五月より日日に雨ふりことに七月より大雨ひまなし。このところは山中なる上、南は波木井河、北は早河、東は富士河、西は深山なれば、長雨大雨時時日日につづく間、山さけて谷をうづみ、石ながれて道をふせぐ。河たけくして船わたらず、富人なくして五穀ともし、商人なくして人あつまる事なし。

七月なんどは、しほ一升をぜに百、しほ五合を麦一斗にかへ候しが、今はぜんたいしほなし。
何を以てかかうべき。みそもたえぬ、小児のちをしのぶがごとし。
 
 かかるところにこのしほを一駄給びて候御志、大地よりもあつく虚空よりもひろし。予が言は力及ぶべからずただ法華経と釈迦仏とにゆづりまいらせ候。事多しと申せども紙上にはつくしがたし、恐恐謹言。
  
弘安元年九月十九日            日 蓮 花押
 上野殿御返事

by johsei1129 | 2015-08-01 19:33 | 南条時光(上野殿) | Comments(0)


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