日蓮大聖人『御書』解説

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2015年 07月 20日

妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり、仏性とは法性なりと説いた【聖愚問答抄 上】一

【聖愚問答抄 上下】
■出筆時期:文永五年(1268) 四十七歳御作。
■出筆場所:鎌倉 館にて。
■出筆の経緯:本書を記した文永五年には、二月七日、鎌倉幕府に蒙古の国書が届くという鎌倉幕府にとって一大事の事件が勃発する。。この事態により大聖人が八年前、立正安国論で予言した「他国侵逼難」の危機が現実のものとなった。
大聖人は国家諫暁以降、松葉ヶ谷の法難、法伊豆流罪、小松原の法難を被り、法華経に説かれた末法の法華経の行者としての振る舞を示してきた。そして、他国侵逼難の予言的中は「未ぼうを知るは聖人なり」そのものとなり、末法の本仏としての自覚を深めることになったと思われる。
 
 本書は、立正安国論が主人と旅客による問答形式をとっていたのと同様に、愚人と聖人との問答を通して愚人を法華経に導いている。但し、立正安国論では金光明経・大集経・仁王経等の法華経以前の爾前教で国家を安んずるため、特に念仏を排斥するよう国主に諫言することが眼目になっているが、聖愚問答抄では末法の本仏の内証のもとで、法華経を引用し、文末では「夫れ妙法蓮華経とは一切衆生の仏性なり。仏性とは法性なり、法性とは菩提なり<中略>されば一遍此の首題を唱へ奉れば一切衆生の仏性が皆よばれて爰に集まる時我が身の法性の法報応の三身ともに・ひかれて顕れ出ずる是を成仏とは申すなり、例せば篭の内にある鳥の鳴く時・空を飛ぶ衆鳥の同時に集まる是を見て篭の内の鳥も出でんとするが如し」と断じ、末法の法華経である妙法蓮華経を唱えることにより成仏するという極説を示されている。

■ご真筆: 現存していない。

[聖愚問答抄 上 本文] その一

夫れ生を受けしより死を免れざる理りは賢き御門より卑き民に至るまで人ごとに是を知るといへども実に是を大事とし是を歎く者千万人に一人も有がたし、無常の現起するを見ては疎きをば恐れ親きをば歎くといへども先立つははかなく留るはかしこきやうに思いて昨日は彼のわざ今日は此の事とて徒らに世間の五慾にほだされて白駒のかげ過ぎやすく羊の歩み近づく事をしらずして空しく衣食の獄につながれ徒らに名利の穴にをち三途の旧里に帰り六道のちまたに輪回せん事心有らん人誰か歎かざらん誰か悲しまざらん。
嗚呼・老少不定は娑婆の習ひ会者定離は浮世のことはりなれば始めて驚くべきにあらねども正嘉の初め世を早うせし人のありさまを見るに或は幼き子をふりすて或は老いたる親を留めをき、いまだ壮年の齢にて黄泉の旅に趣く心の中さこそ悲しかるらめ行くもかなしみ留るもかなしむ、彼楚王が神女に伴いし情を一片の朝の雲に残し劉氏が仙客に値し思いを七世の後胤に慰む予か如き者底に縁つて愁いを休めん、かかる山左のいやしき心なれば身には思のなかれかしと云いけん人の古事さへ思い出でられて末の代のわすれがたみにもとて難波のもしほ草をかきあつめ水くきのあとを形の如くしるしをくなり。

悲しいかな痛しいかな我等無始より已来無明の酒に酔て六道・四生に輪回して或時は焦熱・大焦熱の炎にむせび或時は紅蓮・大紅蓮の氷にとぢられ或時は餓鬼・飢渇の悲みに値いて五百生の間飲食の名をも聞かず、或時は畜生・残害の苦みをうけて小さきは大きなるに・のまれ短きは長きに・まかる是を残害の苦と云う、或時は修羅・闘諍の苦をうけ或時は人間に生れて八苦をうく生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五盛陰苦等なり或時は天上に生れて五衰をうく、此くの如く三界の間を車輪のごとく回り父子の中にも親の親たる子の子たる事をさとらず夫婦の会遇るも会遇たる事をしらず、迷へる事は羊目に等しく暗き事は狼眼に同し、我を生たる母の由来をもしらず生を受けたる我が身も死の終りをしらず、嗚呼受け難き人界の生をうけ値い難き如来の聖教に値い奉れり一眼の亀の浮木の穴にあへるがごとし、今度若し生死のきづなをきらず三界の篭樊を出でざらん事かなしかるべし・かなしかるべし。

爰に或る智人来りて示して云く汝が歎く所実に爾なり此くの如く無常のことはりを思い知り善心を発す者は麟角よりも希なり、此のことはりを覚らずして悪心を発す者は牛毛よりも多し、汝早く生死を離れ菩提心を発さんと思はば吾最第一の法を知れり志あらば汝が為に之を説いて聞かしめん、其の時愚人座より起つて掌を合せて云く我は日来外典を学し風月に心をよせて・いまだ仏教と云う事を委細にしらず願くば上人我が為に是を説き給へ、其の時上人の云く汝耳を伶倫が耳に寄せ目を離朱が眼にかつて心をしづめて我が教をきけ汝が為に之を説かん夫れ仏教は八万の聖教多けれども諸宗の父母たる事・戒律にはしかずされば天竺には世親・馬鳴等の薩〓・唐土には慧曠・道宣と云いし人・是を重んず、我が朝には人皇四十五代・聖武天皇の御宇に鑒真和尚・此の宗と天台宗と両宗を渡して東大寺の戒壇之を立つ爾しより已来当世に至るまで崇重年旧り尊貴日に新たなり、就中極楽寺の良観上人は上一人より下万民に至るまで生身の如来と是を仰ぎ奉る彼の行儀を見るに実に以て爾なり、飯嶋の津にて六浦の関米を取つては諸国の道を作り七道に木戸をかまへて人別の銭を取つては諸河に橋を渡す慈悲は如来に斉しく徳行は先達に越えたり、汝早く生死を離れんと思はば五戒・二百五十戒を持ち慈悲をふかくして物の命を殺さずして良観上人の如く道を作り橋を渡せ是れ第一の法なり、汝持たんや否や。
愚人弥掌を合せて云く能く能く持ち奉らんと思ふ具に我が為に是を説き給へ抑五戒・二百五十戒と云う事は我等未だ存知せず委細に是を示し給へ、智人云く汝は無下に愚かなり五戒・二百五十戒と云う事をば孩児も是をしる然れども汝が為に之を説かん、五戒とは一には不殺生戒・二には不偸盗戒・三には不妄語戒・四には不邪淫戒・五には不飲酒戒是なり、二百五十戒の事は多き間之を略す、其の時に愚人・礼拝恭敬して云く我今日より深く此の法を持ち奉るべし。

爰に予が年来の知音・或所に隠居せる居士一人あり予が愁歎を訪わん為に来れるが始には往事渺茫として夢に似たる事をかたり終には行末の冥冥として弁え難き事を談ず欝を散し思をのべて後予に問うて云く抑人の世に有る誰か後生を思はざらん、貴辺何なる仏法をか持ちて出離をねがひ又亡者の後世をも訪い給うや、予答えて云く一日或る上人来つて我が為に五戒・二百五十戒を授け給へり実に以て心肝にそみて貴し、我深く良観上人の如く及ばぬ身にもわろき道を作り深き河には橋をわたさんと思へるなり、其の時居士・示して云く汝が道心貴きに似て愚かなり、今談ずる処の法は浅ましき小乗の法なり、されば仏は則ち八種の喩を設け文殊は又十七種の差別を宣べたり或は螢火・日光の喩を取り或は水精・瑠璃の喩あり爰を以て三国の人師も其の破文一に非ず、次に行者の尊重の事必ず人の敬ふに依つて法の貴きにあらず・されば仏は依法不依人と定め給へり、我伝え聞く上古の持律の聖者の振舞は殺を言い収を言うには知浄の語有り行雲廻雪には死屍の想を作す而るに今の律僧の振舞を見るに布絹・財宝をたくはへ利銭・借請を業とす教行既に相違せり誰か是を信受せん、次に道を作り橋を渡す事還つて人の歎きなり、飯嶋の津にて六浦の関米を取る諸人の歎き是れ多し諸国七道の木戸・是も旅人のわづらい只此の事に在り眼前の事なり汝見ざるや否や。

愚人色を作して云く汝が智分をもつて上人を謗し奉り其の法を誹る事謂れ無し知つて云うか愚にして云うかおそろし・おそろし、其の時居士笑つて云く嗚呼おろかなり・おろかなり彼の宗の僻見をあらあら申すべし、抑教に大小有り宗に権実を分かてり鹿苑施小の昔は化城の戸ぼそに導くといへども鷲峯開顕の莚には其の得益更に之れ無し、其の時愚人茫然として居士に問うて云く文証現証実に以て然なりさて何なる法を持つてか生死を離れ速に成仏せんや、居士示して云く我れ在俗の身なれども深く仏道を修行して幼少より多くの人師の語を聞き粗経教をも聞き見るに・末代我等が如くなる無悪不造のためには念仏往生の教にしくはなし、されば慧心の僧都は「夫れ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり」と云ひ法然上人は諸経の要文を集めて一向専修の念仏を弘め給ふ中にも弥陀の本願は諸仏超過の崇重なり始め無三悪趣の願より終り得三法忍の願に至るまでいづれも悲願目出けれども第十八の願殊に我等が為に殊勝なり、又十悪・五逆をもきらはず一念・多念をもえらばずされば上一人より下万民に至るまで此の宗をもてなし給う事他に異なり又往生の人それ幾ぞや。

其の時愚人の云く実に小を恥じて大を慕ひ浅を去て深に就は仏教の理のみに非ず世間にも是れ法なり我早く彼の宗にうつらんと思ふ委細に彼の旨を語り給へ、彼の仏の悲願の中に五逆・十悪をも簡ばずと云へる五逆とは何等ぞや十悪とは如何、智人の云く五逆とは父を殺し母を殺し阿羅漢を殺し仏身の血を出し和合僧を破す是を五逆と云うなり、十悪とは身に三・口に四・意に三なり身に三とは殺・盗・婬・口に四とは妄語・綺語・悪口・両舌・意に三とは貪・瞋・癡是を十悪と云うなり、愚人云く我今解しぬ今日よりは他力往生に憑を懸くべきなり、爰に愚人又云く以ての外盛に・いみじき密宗の行人あり是も予が歎きを訪わんが為に来臨して始には狂言綺語のことはりを示し終には顕密二宗の法門を談じて予に問うて云く抑汝は何なる仏法をか修行し何なる経論をか読誦し奉るや、予答えて云く我一日或る居士の教に依つて浄土の三部経を読み奉り西方極楽の教主に憑を深く懸くるなり、行者の云く仏教に二種有り一には顕教・二には密教なり顕教の極理は密教の初門にも及ばずと云云、汝が執心の法を聞けば釈迦の顕教なり我が所持の法は大日覚王の秘法なり、実に三界の火宅を恐れ寂光の宝台を願はば須く顕教を捨てて密教につくべし。

愚人驚いて云く我いまだ顕密二道と云う事を聞かず何なるを顕教と云ひ何なるを密教と云へるや、行者の云く予は是れ頑愚にして敢て賢を存ぜず然りと雖も今一二の文を挙げて汝が矇昧を挑げん、顕教とは舎利弗等の請に依つて応身如来の説き給う諸教なり密教とは自受法楽の為に法身大日如来の金剛薩たを所化として説き給う処の大日経等の三部なり、愚人の云く実に以て然なり先非をひるがへして賢き教に付き奉らんと思うなり。
又爰に萍のごとく諸州を回り蓬のごとく県県に転ずる非人のそれとも知らず来り門の柱に寄り立ちて含笑語る事なし、あやしみを・なして是を問うに始めには云う事なし後に強て問を立つる時・彼が云く月蒼蒼として風忙忙たりと、形質常に異に言語又通ぜず其の至極を尋れば当世の禅法是なり、予彼の人の有様を見・其の言語を聞きて仏道の良因を問う時、非人の云く修多羅の教は月をさす指・教網は是れ言語にとどこほる妄事なり我が心の本分におちつかんと出立法は其の名を禅と云うなり、愚人云く願くは我聞んと思ふ、非人の云く実に其の志深くば壁に向い坐禅して本心の月を澄ましめよ爰を以て西天には二十八祖系乱れず東土には六祖の相伝明白なり、汝是を悟らずして教網にかかる不便不便、是心即仏・即心是仏なれば此の身の外に更に何にか仏あらんや。

愚人此の語を聞いてつくづくと諸法を観じ閑かに義理を案じて云く仏教万差にして理非明らめ難し宜なるかな常啼は東に請い善財は南に求め薬王は臂を焼き楽法は皮を剥ぐ善知識実に値い難し、或は教内と談じ或は教外と云う・此のことはりを思うに未だ淵底を究めず・法水に臨む者は深淵の思いを懐き人師を見る族は薄冰の心を成せり、爰を以て金言には依法不依人と定め又爪上土の譬あり若し仏法の真偽をしる人あらば尋ねて師とすべし求めて崇べし、夫れ人界に生を受くるを天上の糸にたとへ仏法の視聴は浮木の穴に類せり、身を軽くして法を重んずべしと思うに依つて衆山に攀歎きに引れて諸寺を回る足に任せて一つの巌窟に至るに後には青山峨峨として松風・常楽我浄を奏し前には碧水湯湯として岸うつ波・四徳波羅蜜を響かす深谷に開敷せる花も中道実相の色を顕し広野に綻ぶる梅も界如三千の薫を添ふ言語道断・心行所滅せり謂つ可し商山の四皓の所居とも又知らず古仏経行の迹なるか、景雲朝に立ち霊光夕に現ず嗚呼心を以て計るべからず詞を以て宣ぶべからず、予此の砌に沈吟とさまよひ彷徨とたちもとをり徙倚とたたずむ、此処に忽然として一の聖人坐す其の行儀を拝すれば法華読誦の声深く心肝に染みて閑〓の戸ほそを伺へば玄義の牀に臂をくだす、爰に聖人予が求法の志を酌知て詞を和げ予に問うて云く汝なにに依つて此の深山の窟に至れるや、予答えて云く生をかろくして法をおもくする者なり、聖人問て云く其の行法如何、予答えて云く本より我は俗塵に交りて未だ出離を弁えず、適善知識に値て始には律・次には念仏・真言・並に禅・此等を聞くといへども未だ真偽を弁えず、聖人云く汝が詞を聞くに実に以て然なり身をかろくして法をおもくするは先聖の教へ予が存ずるところなり、抑上は非想の雲の上・下は那落の底までも生を受けて死をまぬかるる者やはある、然れば外典のいやしきをしえにも朝に紅顔有つて世路に誇るとも夕には白骨と為つて郊原に朽ちぬと云へり、雲上に交つて雲のびんづら・あざやかに廻雪たもと・を・ひるがへすとも其の楽みをおもへば夢の中の夢なり、山のふもと蓬がもとはつゐの栖なり玉の台・錦の帳も後世の道にはなにかせん、小野の小町・衣通姫が花の姿も無常の風に散り・樊〓・張良が武芸に達せしも獄卒の杖をかなしむ、されば心ありし古人の云くあはれなり鳥べの山の夕煙をくる人とて・とまるべきかは、末のつゆ本のしづくや世の中の・をくれさきたつためしなるらん、先亡後滅の理り始めて驚くべきにあらず願ふても願ふべきは仏道・求めても求むべきは経教なり、抑汝が云うところの法門をきけば或は小乗・或は大乗・位の高下は且らく之を置く還つて悪道の業たるべし。

爰に愚人驚いて云く如来一代の聖教はいづれも衆生を利せんが為なり、始め七処・八会の筵より終り跋提河の儀式まで何れか釈尊の所説ならざる設ひ一分の勝劣をば判ずとも何ぞ悪道の因と云べきや、聖人云く如来一代の聖教に権有り実有り大有り小有り又顕密二道相分ち其の品一に非ず、須く其の大途を示して汝が迷を悟らしめん、夫れ三界の教主釈尊は十九歳にして伽耶城を出て檀特山に篭りて難行苦行し三十成道の刻に三惑頓に破し無明の大夜爰に明しかば須く本願に任せて一乗妙法蓮華経を宣ぶべしといへども機縁万差にして其の機仏乗に堪えず、然れば四十余年に所被の機縁を調へて後八箇年に至つて出世の本懐たる妙法蓮華経を説き給へり、然れば仏の御年七十二歳にして序分無量義経に説き定めて云く「我先きに道場菩提樹の下に端坐すること六年にして阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり、仏眼を以て一切の諸法を観ずるに宣説す可からず、所以は何ん諸の衆生の性慾不同なるを知れり性慾不同なれば種種に法を説く種種に法を説くこと方便の力を以てす四十余年には未だ真実を顕わさず」文、此の文の意は仏の御年三十にして寂滅道場菩提樹の下に坐して仏眼を以て一切衆生の心根を御覧ずるに衆生成仏の直道たる法華経をば説くべからず、是を以て空拳を挙げて嬰児をすかすが如く様様のたばかりを以て四十余年が間はいまだ真実を顕わさずと年紀をさして青天に日輪の出で暗夜に満月のかかるが如く説き定めさせ給へり、此の文を見て何ぞ同じ信心を以て仏の虚事と説かるる法華已前の権教に執著して、めずらしからぬ三界の故宅に帰るべきや、されば法華経の一の巻方便品に云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」文、此の文の意は前四十二年の経経・汝が語るところの念仏・真言・禅・律を正直に捨てよとなり、此の文明白なる上重ねていましめて第二の巻譬喩品に云く「但楽つて大乗経典を受持し乃至余経の一偈をも受けざれ」文、此の文の意は年紀かれこれ煩はし所詮法華経より自余の経をば一偈をも受くべからずとなり、然るに八宗の異義蘭菊に道俗形ちを異にすれども一同に法華経をば崇むる由を云う、されば此等の文をばいかが弁へたる正直に捨てよと云つて余経の一偈をも禁むるに或は念仏・或は真言・或は禅・或は律・是れ余経にあらずや、今此の妙法蓮華経とは諸仏出世の本意・衆生成仏の直道なり、されば釈尊は付属を宣べ多宝は証明を遂げ諸仏は舌相を梵天に付けて皆是真実と宣べ給へり、此の経は一字も諸仏の本懐・一点も多生の助なり一言一語も虚妄あるべからず此の経の禁を用いざる者は諸仏の舌をきり賢聖をあざむく人に非ずや其の罪実に怖るべし、されば二の巻に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則ち一切世間の仏種を断ず」文、此の文の意は若人此経の一偈一句をも背かん人は過去・現在・未来・三世十方の仏を殺さん罪と定む、経教の鏡をもつて当世にあてみるに法華経をそむかぬ人は実に以て有りがたし、事の心を案ずるに不信の人・尚無間を免れず況や念仏の祖師・法然上人は法華経をもつて念仏に対して抛てよと云云、五千七千の経教に何れの処にか法華経を抛てよと云う文ありや、三昧発得の行者・生身の弥陀仏とあがむる善導和尚・五種の雑行を立てて法華経をば千中無一とて千人持つとも一人も仏になるべからずと立てたり、経文には若有聞法者無一不成仏と談じて此の経を聞けば十界の依正・皆仏道を成ずと見えたり、爰を以て五逆の調達は天王如来の記〓に予り非器五障の竜女も南方に頓覚成道を唱ふ況や復〓〓の六即を立てて機を漏らす事なし、善導の言と法華経の文と実に以て天地雲泥せり何れに付くべきや就中其の道理を思うに諸仏衆経の怨敵・聖僧衆人の讎敵なり、経文の如くならば争か無間を免るべきや。

爰に愚人色を作して云く汝賤き身を以て恣に莠言を吐く悟つて言うか迷つて言うか理非弁え難し、忝なくも善導和尚は弥陀善逝の応化・或は勢至菩薩の化身と云へり、法然上人も亦然なり善導の後身といへり、上古の先達たる上・行徳秀発し解了・底を極めたり何ぞ悪道に堕ち給うと云うや、聖人云く汝が言然なり予も仰いで信を取ること此くの如し但し仏法は強ちに人の貴賤には依るべからず只経文を先きとすべし身の賤をもつて其の法を軽んずる事なかれ、有人楽生悪死・有人楽死悪生の十二字を唱へし毘摩大国の狐は帝釈の師と崇められ諸行無常等の十六字を談ぜし鬼神は雪山童子に貴まる是れ必ず狐と鬼神との貴きに非ず只法を重んずる故なり、されば我等が慈父・教主釈尊・雙林最後の御遺言・涅槃経の第六には依法不依人とて普賢・文殊等の等覚已還の大薩た・法門説き給ふとも経文を手に把らずば用ゐざれとなり、天台大師の云く「修多羅と合する者は録して之を用いよ文無く義無きは信受す可からず」文、釈の意は経文に明ならんを用いよ文証無からんをば捨てよとなり、伝教大師の云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」文、前の釈と同意なり、竜樹菩薩の云く「修多羅白論に依つて修多羅黒論に依らざれ」と文、意は経の中にも法華已前の権教をすてて此の経につけよとなり、経文にも論文にも法華に対して諸余の経典を捨てよと云う事分明なり、然るに開元の録に挙る所の五千七千の経巻に法華経を捨てよ乃至抛てよと嫌ふことも又雑行に摂して之を捨てよと云う経文も全く無しされば慥の経文を勘へ出して善導・法然の無間の苦を救はるべし、今世の念仏の行者・俗男俗女・経文に違するのみならず又師の教にも背けり、五種の雑行とて念仏申さん人のすつべき日記・善導の釈之れ有り、其の雑行とは選択に云く「第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて已外大小乗顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く乃至第三に礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外一切諸余の仏菩薩等及諸の世天に於て礼拝恭敬するを悉く礼拝雑行と名く、第四に称名雑行とは上の弥陀の名号を称するを除いて已外自余の一切仏菩薩等及諸の世天等の名号を称するを悉く称名雑行と名く、第五に讃歎供養雑行とは上の弥陀仏を除いて已外一切諸余の仏菩薩等及諸の世天等に於て讃歎し供養するを悉く讃歎供養雑行と名く」文。

此の釈の意は第一の読誦雑行とは念仏申さん道俗男女読むべき経あり読むまじき経ありと定めたり、読むまじき経は法華経・仁王経・薬師経・大集経・般若心経・転女成仏経・北斗寿命経ことさらうち任せて諸人読まるる八巻の中の観音経・此等の諸経を一句一偈も読むならば・たとひ念仏を志す行者なりとも雑行に摂せられて往生す可からず云云・予愚眼を以て世を見るに設ひ念仏申す人なれども此の経経を読む人は多く師弟敵対して七逆罪となりぬ。
又第三の礼拝雑行とは念仏の行者は弥陀三尊より外は上に挙ぐる所の諸仏菩薩・諸天善神を礼するをば礼拝雑行と名け又之を禁ず、然るを日本は神国として伊奘諾伊奘册の尊此の国を作り天照大神垂迹御坐して御裳濯河の流れ久しくして今にたえず豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや、又普天の下に生れて三光の恩を蒙りながら誠に日月・星宿を破する事尤も恐れ有り。

又第四の称名雑行とは念仏申さん人は唱うべき仏菩薩の名あり唱えまじき仏菩薩の名あり、唱うべき仏菩薩の名とは弥陀三尊の名号、唱うまじき仏菩薩の名号とは釈迦・薬師・大日等の諸仏、地蔵・普賢・文殊・日月星、二所と三嶋と熊野と羽黒と天照大神と八幡大菩薩と此等の名を一遍も唱えん人は念仏を十万遍・百万遍申したりとも此の仏菩薩・日月神等の名を唱うる過に依つて無間には・おつとも往生すべからずと云云、我世間を見るに念仏を申す人も此等の諸仏菩薩・諸天善神の名を唱うる故に是れ又師の教に背けり。
第五の讃歎供養雑行とは念仏申さん人は供養すべき仏は弥陀三尊を供養せん外は上に挙ぐる所の仏菩薩・諸天善神に香華のすこしをも供養せん人は念仏の功は貴とけれども此の過に依つて雑行に摂すと是をきらふ、然るに世を見るに社壇に詣でては幣帛を捧げ堂舎に臨みては礼拝を致す是れ又師の教に背けり、汝若し不審ならば選択を見よ其の文明白なり、又善導和尚の観念法門経に云く「酒肉五辛誓つて発願して手に捉らざれ口に喫まざれ若し此の語に違せば即ち身口倶に悪瘡を著けんと願ぜよ」文、此の文の意は念仏申さん男女・尼法師は酒を飲まざれ魚鳥をも食わざれ其の外にら・ひる等の五つのからく・くさき物を食わざれ是を持たざる念仏者は今生には悪瘡身に出で後生には無間に堕すべしと云云、然るに念仏申す男女・尼法師・此の誡をかへりみず恣に酒をのみ魚鳥を食ふ事・剣を飲む譬にあらずや。

爰に愚人の云く誠に是れ此の法門を聞くに念仏の法門実に往生すと雖も其の行儀修行し難し況や彼の憑む所の経論は皆以て権説なり往生す可からざるの条分明なり、但真言を破する事は其の謂れ無し夫れ大日経とは大日覚王の秘法なり大日如来より系も乱れず善無畏・不空之を伝え弘法大師は日本に両界の曼陀羅を弘め、尊高三十七尊・秘奥なるものなり然るに顕教の極理は尚密教の初門にも及ばず爰を以て後唐院は法華尚及ばず況や自余の教をやと釈し給へり此の事如何が心うべきや。

聖人示して云く予も始は大日に憑を懸けて密宗に志を寄す然れども彼の宗の最底を見るに其の立義も亦謗法なり汝が云う所の高野の大師は嵯峨天皇の御宇の人師なり、然るに皇帝より仏法の浅深を判釈すべき由の宣旨を給いて十住心論十巻之を造る、此の書広博なる間要を取つて三巻に之を縮め其の名を秘蔵宝鑰と号す始異生羝羊心より終秘密荘厳心に至るまで十に分別し、第八法華・第九華厳・第十真言と立てて法華は華厳にも劣れば大日経には三重の劣と判じて此くの如きの乗乗は自乗に仏の名を得れども後に望めば戯論と作ると書いて法華経を狂言綺語と云い釈尊をば無明に迷へる仏と下せり、仍て伝法院建立せし弘法の弟子正覚房は法華経は大日経のはきものとりに及ばず・釈迦仏は大日如来の牛飼にも足らずと書けり、汝心を静めて聞け一代五千七千の経教・外典三千余巻にも法華経は戯論三重の劣・華厳経にも劣り釈尊は無明に迷へる仏にて大日如来の牛飼にも足らずと云う慥なる文ありや、設ひさる文有りと云うとも能く能く思案あるべきか。


[聖愚問答抄 上 本文] その二に続く

by johsei1129 | 2015-07-20 22:58 | 重要法門(十大部除く) | Comments(0)


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