2015年 02月 13日

「恩を棄て無為に入るは真実に恩を報ずる者なりと仏定め給いぬ)と説いた【下山御消息】三

[下山御消息 本文] その三

  而るを余・此の事を見る故に彼が檀那等が大悪心をおそれず強盛にせむる故に両火房・内内諸方に讒言を企てて余が口を塞がんとはげみしなり。又経に云く「汝を供養する者は三悪道に堕つ」等云云。在世の阿羅漢を供養せし人尚三悪道まぬかれがたし。何に況や滅後の誑惑の小律の法師原をや。小戒の大科をばこれを以て知んぬ可し。或は又驢乳にも譬えたり還つて糞となる。或は狗犬にも譬えたり大乗の人の糞を食す。或は猿猴或は瓦礫と云云。

 然れば時を弁へず機をしらずして小乗戒を持たば大乗の障となる。破れば又必ず悪果を招く其の上今の人人小律の者どもは大乗戒を小乗戒に盗み入れ驢乳は牛乳を入れて大乗の人をあざむく。大偸盗の者大謗法の者其のとがを論ずれば提婆達多も肩を並べがたく、瞿伽利尊者が足も及ばざる閻浮第一の大悪人なり、帰依せん国土安穏なるべしや。余此の事を見るに自身だにも弁へなば・さでこそあるべきに、日本国に智者とおぼしき人人一人も知らず国すでにやぶれなんとす。其の上仏の諌暁を重んずる上、一分の慈悲にもよをされて国に代りて身命を捨て申せども、国主等彼にたぼらかされて用ゆる人一人もなし。譬へば熱鉄に冷水を投げ睡眠の師子に手を触るが如し。

 爰に両火房と申す法師あり、身には三衣を皮の如くはなつ事なし。一鉢は両眼をまほるが如し、二百五十戒堅く持ち三千の威儀をととのへたり。世間の無智の道俗、国主よりはじめて万民にいたるまで地蔵尊者の伽羅陀山より出現せるか、迦葉尊者の霊山より下来するかと疑ふ。

 余法華経の第五の巻の勧持品を拝見したてまつれば、末代に入りて法華経の大怨敵三類あるべし、其の第三の強敵は此の者かと見畢んぬ。便宜あらば国敵をせめて彼れが大慢を倒して仏法の威験をあらはさんと思う処に、両火房常に高座にして歎いて云く「日本国の僧尼には二百五十戒・五百戒・男女には五戒・八斎戒等を一同に持たせんとおもうに、日蓮が此の願の障りとなる」と云云。

 余案じて云く「現証に付て事を切らんと思う処に、彼常に雨を心に任せて下す由披露あり。古へも又雨を以て得失をあらはす例これ多し。所謂伝教大師と護命と守敏と弘法と等なり。此に両火房上より祈雨の御いのりを仰せ付けられたり」と云云。此に両火房祈雨あり、去る文永八年六月十八日より二十四日なり。此に使を極楽寺へ遣す、年来の御歎きこれなり、「七日が間に若一雨も下らば御弟子となりて二百五十戒具さに持たん上に、念仏無間地獄と申す事ひがよみなりけりと申すべし。余だにも帰伏し奉らば我弟子等をはじめて日本国・大体かたぶき候なん」と云云。七日が間に三度の使をつかはす。然れどもいかんがしたりけむ、一雨も下らざるの上、頽風・ひょう風・旋風・暴風等の八風・十二時にやむ事なし。剰二七日まで一雨も下らず風もやむ事なし。されば此の事は何事ぞ、和泉式部と云いし、色好み能因法師と申せし無戒の者、此は彼の両火房がいむところの三十一字ぞかし。

 彼の月氏の大盗賊・南無仏と称せしかば天頭を得たり。彼の両火房並に諸僧等の二百五十戒・真言法華の小法・大法の数百人の仏法の霊験いかなれば、婬女等の誑言・大盗人が称仏には劣らんとあやしき事なり。此れを以て彼等が大科をばしらるべきにさはなくして、還つて讒言をもちゐらるるは実とはおぼへず、所詮・日本国亡国となるべき期来るか。又祈雨の事はたとひ雨下らせりとも雨の形貌を以て祈る者の賢・不賢を知る事あり、雨種種なり、或は天雨或は竜雨或は修羅雨、或はそ雨、或は甘雨或は雷雨等あり。今の祈雨は都て一雨も下らざる上、二七日が間前よりはるかに超過せる大旱魃・大悪風・十二時に止む事なし。両火房真の人ならば忽に邪見をもひるがへし跡をも山林にかくすべきに、其の義なくして面を弟子檀那等にさらす上、剰讒言を企て日蓮が頚をきらせまいらせんと申し、上あづかる人の国まで状を申し下して種をたたんとする大悪人なり。而るを無智の檀那等は恃怙して、現世には国をやぶり後生には無間地獄に堕ちなん事の不便さよ。
 
 起世経に云く「諸の衆生有りて放逸を為し、清浄の行を汚す故に天・雨を下さず」、又云く「不如法あり慳貪・嫉妬・邪見・顛倒なる故に天則ち雨を下さず」、又経律異相に云く「五事有て雨無し一二三之を略す、四には雨師婬乱、五には国王理をもつて治めず雨師瞋る故に雨ふらず」云云。此等の経文の亀鏡をもて両火房が身に指し当て見よ、少もくもりなからん。一には名は持戒ときこゆれども実には放逸なるか、二には慳貪なるか、三には嫉妬なるか、四には邪見なるか、五には婬乱なるか、此の五にはすぐべからず。又此の経は両火房一人には限るべからず、昔をかがみ今をもしれ。弘法大師の祈雨の時二七日の間一雨も下らざりしもあやしき事なり。而るを誑惑の心強盛なりし人なれば、天子の御祈雨の雨を盗み取て我が雨と云云。善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵の祈雨の時も小雨は下たりしかども、三師共に大風連連と吹いて勅使をつけてをはれしあさましさと。天台大師・伝教大師の須臾と三日が間に帝釈雨を下らして、小風も吹かざりしもたとくぞおぼゆるおぼゆる。

[下山御消息 本文] その四に続く

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by johsei1129 | 2015-02-13 23:40 | 御書十大部(五大部除く) | Comments(0)


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