日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 12月 22日

日蓮は「一閻浮提第(全世界)一の聖人なり」と宣言した【聖人知三世事】

【聖人知三世事】
■出筆時期:文永十一年(西暦1275年)十一月 五十三歳 御述作
■出筆場所:身延山 草庵にて。
■出筆の経緯:本書は富木常忍に宛てられた御書である。この年二月十四日、大聖人は佐渡流罪御赦免により、三月二十六日鎌倉に帰還。幕府に請われて四月八日、平左衛門尉に見参する。その際、執権北条時宗の命を受けた平左衛門尉より、「大蒙古国はいつか渡り候べき」と問われ「今年は一定なり(今年中には間違いなく襲来する)」と答えられている(種々御振舞御書)。また自身三度目の国家諌暁を平左衛門尉になされたが、用いられず「三度いさめんに御用いなくば山林に・まじわる(光日房御書)」との故事に習い、5月12日に鎌倉を出て5月17日身延山中に入られた。本書冒頭で「聖人と申すは委細に三世を知るを聖人と云う」と説き、立正安国論で予言した他国侵逼難が蒙古来襲で符合した事を受け「日蓮は一閻浮提第(全世界)一の聖人なり」と記され、事実上末法の本仏であることを宣言なされておられます。
■ご真筆: 中山法華経寺 所蔵(重要文化財)
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[ご真筆:冒頭部分]

[聖人知三世事 本文]

 聖人と申すは委細に三世を知るを聖人と云う。儒家の三皇・五帝並びに三聖は但現在を知つて過・未を知らず、外道は過去八万・未来八万を知る一分の聖人なり。小乗の二乗は過去・未来の因果を知る外道に勝れたる聖人なり。小乗の菩薩は過去三僧祇菩薩、通教の菩薩は過去に動踰塵劫を経歴せり。別教の菩薩は一一の位の中に多倶低劫の過去を知る。法華経の迹門は過去の三千塵点劫を演説す一代超過是なり。本門は五百塵点劫・過去遠遠劫をも之を演説し、又未来無数劫の事をも宣伝し、之に依つて之を案ずるに委く過未を知るは聖人の本なり。教主釈尊既に近くは去つて後三月の涅槃之を知り、遠くは後五百歳・広宣流布疑い無き者か。若し爾れば近きを以て遠きを推し現を以て当を知る、如是相乃至本末究竟等是なり。

 後五百歳には誰人を以て法華経の行者と之を知る可きや。予は未だ我が智慧を信ぜず、然りと雖も自他の返逆・侵逼之を以て我が智を信ず。敢て他人の為に非ず、又我が弟子等之を存知せよ、日蓮は是れ法華経の行者なり。不軽の跡を紹継するの故に軽毀する人は頭七分に破・信ずる者は福を安明に積まん。問うて云く何ぞ汝を毀る人頭破七分無きや。答えて云く古昔の聖人は仏を除いて已外之を毀る人・頭破但一人二人なり、今日蓮を毀呰する事は非一人二人に限る可らず、日本一国・一同に同じく破るるなり。所謂正嘉の大地震・文永の長星は誰か故ぞ、日蓮は一閻浮提第一の聖人なり。上一人より下万民に至るまで之を軽毀して刀杖を加え流罪に処するが故に、梵と釈と日月・四天と
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[ご真筆第五紙]

隣国に仰せ付けて之を逼責するなり。
大集経に云く、仁王経に云く、涅槃経に云く、法華経に云く、設い万祈を作すとも日蓮を用いずんば必ず此の国今の壱岐・対馬の如くならん。我が弟子仰いで之を見よ、此れ偏に日蓮が貴尊なるに非ず法華経の御力の殊勝なるに依るなり。身を挙ぐれば慢ずと想い身を下せば経を蔑る。松高ければ藤長く源深ければ流れ遠し。
 幸なるかな楽しいかな、穢土に於て喜楽を受くるは但日蓮一人なる而已。
[ご真筆第五紙の原文]
仰付隣国逼責之也。
大集経云 仁王経云 涅槃経云
法華経云。設作万祈不用
日蓮 必此国今如壹岐
対馬。我弟子仰見之。
此偏日蓮非尊貴。法
華経御力依殊勝也。
拳身想慢下身蔑
経。松高藤長 源深
流遠。幸哉 楽哉 於穢土
受喜楽但日蓮一人而已。






by johsei1129 | 2014-12-22 19:20 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)


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