日蓮大聖人『御書』解説

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2017年 07月 16日

四十九、御本尊建立の意義を説き明かす

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本尊とはいかなるものか。いかなる相貌(そうみょう)。日蓮は説き明かす。

 其の本尊の為体(ていたらく)、本師の娑婆(しゃば)上に宝塔(くう)()し、塔中(たつちゅう)の妙法蓮華経の左右に釈迦()()仏・多宝仏、釈尊の脇士(きようじ)上行等の四菩薩、文殊・弥勒(みろく)は四菩薩の眷属(けんぞく)として末座に居し、迹化(しやつけ)・他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣(うんかく)(げつ)(けい)を見るが如く、十方の諸仏は大地の上に処したまふ。迹仏(しゃくぶつ)迹土を表する故なり。()くの如き本尊は在世五十余年に(これ)無し、八年の間(ただ)八品に限る。正像(しょうぞう)二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士(きょうじ)()し、(ごん)大乗並びに涅槃(ねはん)法華経等の迹門(しゃくもん)等の釈尊は文殊・()(げん)等を以て脇士と為す。此等の仏をば正像に(つく)(えが)けども(いま)寿量(じゅりょう)の仏(ましま)さず。末法に来入して始めて此の仏像出現せしむべきか。『観心本尊抄

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                     ((かん)心本尊(じんのほんぞん抄真筆 中山法華経寺蔵 国宝)

日蓮は「観心本尊抄」の締めくくりに「一念三千を()らざる者には仏、大慈悲を起し、五字(妙法蓮華経)の内に()(たま)(つつ)み末代幼稚の(くび)()けさしめ給う」としたためている。

この観心本尊抄に示された本尊は、日蓮が末代幼稚、つまり末法の生き方に迷える衆生にあてた唯一無二の贈り物である。

(くび)()けさしめ給う」とは、当時の習わしとして荼毘(だび)に付した父母の遺骨を墓地に埋葬する際、首に下げて運んだことが御書に記されている。この「頸に懸け」るとの御文を読まれた当時の信徒は、ご本尊はいかに大切なものが瞬時に理解していたと思われる。

 

 其の子藤九郎守綱は此の跡をつぎて一向法華経の行者となりて、去年(こぞ)は七月二日、父の舎利(しゃり)(くび)()、一千里の山海を経て甲州・波木井(はきり)身延山に登りて法華経の道場に此れをおさめ、今年は又七月(ふづき)一日(ついたち)身延山に登りて慈父のはかを拝見す、子にすぎたる(たから)なし・子にすぎたる財なし南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経。   『故阿仏房尼御前御返事


二母国に無し、今より後(だれ)をか拝す可き、離別忍び(がた)きの間、舎利を頚に懸け足に任せて大道に出で、下州より甲州に至る其の中間往復千里に及ぶ。国国皆飢饉(ききん)し山野に盗賊(とうぞく)充満し宿(しゅく)宿(しゅく)粮米(ろうまい)(ぼう)(しょう)なり。我身羸弱(えいじゃく)・所従()きが(ごと)牛馬(ごめ)合期(あいご)せず峨峨(がが)たる大山重重として漫漫たる大河多多なり、高山に登れば(こうべ)を天に()幽谷(ゆうこく)(くだ)れば足雲を踏む、鳥に非れば渡り難く鹿に非れば越え難し、眼(くるめ)き足(こご)ゆ、羅什三蔵の(そう)(れい)(えん)()()(そく)の大峰(注)も只今なりと云云。
 然る後(じん)(どう)に尋ね入りて一(あん)(しつ)を見る、法華読誦(どくじゅ)の音青天に(ひび)き、一乗談義の言山中に聞ゆ、案内を()れて室に入り、教主釈尊の()宝前(ほうぜん)に母の骨を安置し、五(たい)を地に投げ合掌(がっしょう)して両眼を開き尊容を拝し、歓喜身に余り心の苦み(たちま)()む。
 我が(こうべ)は父母の頭・我が足は父母の足・我が十指は父母の十指・我が口は父母の口なり。(たと)えば種子(たね)菓子(このみ)と身と影との如し。教主釈尊の成道は(じょう)(ぼん)摩耶(まや)の得道、(きっ)(せん)師子(しし)青提(しょうだい)(にょ)目犍(もっけん)尊者(そんじゃ)は同時の成仏なり。(かく)の如く観ずる時・無始(むし)業障(ごうしょう)忽ちに消え、心性(しんしょう)の妙蓮忽ちに開き給うか、(しか)して後に随分仏事を為し事故無く還り給う云云、恐恐謹言。              忘持経事

 

 紙に文字を記したものに力があることは手紙、紙幣、契約書などの例からも明らかである。

 ただし根拠となる裏付けが必要となる。また合わせてその書かれている意味を了解する資質も備わっていなければならない。

 うその手紙は役にたたない。ニセ札は罰せられる。虚偽の契約書は犯罪になる。

 反対に本物の紙幣には国家の保証がある。だが貨幣経済の習慣がなく、いまだ森の山奥で狩猟生活をする人々に福沢諭吉の札束を渡しても、焚き火にくべられるだけだろう。相手を思い書かれた手紙は、受け取る相手にその思いを受容する資質があれば、人生を変える一書となることもあるだろう。人が紙に書かれたものを信じる理由は、それを作り出した人、また機関などの志や意図が紙にのりうつる、いわゆる化体しているためだ。

 日蓮が図現した本尊は末法の本仏の魂、より具体的に言い換えれば慈悲の生命が化体している。この本尊に題目を唱えることによって、人は初めて己自身の魂に潜在する仏性をあらわすことができるのだ。

 日蓮はこの潜在する仏性をかごの中の鳥にたとえ、唱える題目を空飛ぶ鳥にたとえる。

 故に一度妙法蓮華経と唱ふれば、一切の仏・一切の法・一切の菩薩・一切の声聞・一切の梵王・閻魔(えんま)法王・日月・衆星・天神・地神・乃至地獄・餓鬼・畜生・人天・一切衆生の心中の仏性を(ただ)一音(いちおん)()び顕はし(たてまつ)る功徳無量無辺なり。我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて、我が己心中の仏性、南無妙法蓮華経とよびよばれて顕はれ給ふ処を仏とは云ふなり。(たと)へば(かご)の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し。空飛ぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し。口に妙法をよび奉れば、我が身の仏性もよばれて必ず顕はれ給ふ。梵王・帝釈の仏性はよばれて我等を守り給ふ。仏菩薩の仏性はよばれて悦び給ふ。されば「()(しばら)くも持つ者は我則ち歓喜す諸仏も亦(しか)なり」と説き給ふは此の心なり。されば三世の諸仏も妙法蓮華経の五字を以て仏に成り給ひしなり。三世の諸仏の出世の本懐、一切衆生(かい)成仏(じょうぶつ)(どう)の妙法と云ふは是なり。是等の(おもむき)を能く能く心得て、仏になる道には我慢(がまん)偏執(へんしゅう)の心なく、南無妙法蓮華経と唱へ奉るべき者なり。法華初心成仏抄

 本尊に向かって南無妙法蓮華経と題目を唱えることが成仏への修行のすべてであるとする。日蓮はこの本尊をはじめて佐渡であらわした。

 文字は人の思いをつたえ、また声は仏事を為すとする。

日蓮が魂を墨に染め流し、したためた本尊に南無妙法蓮華経と唱えることで、末法の仏道修行は究竟(くきょう)、つまり極まる。

日蓮は末法の衆生に、なんとしてでも成仏の法を伝えたかった。自らこの本尊の偉大さを語る。

(ここ)に日蓮いかなる不思議にてや候らん、(りゅう)(じゅ)(てん)(じん)等、天台・妙楽等だにも顕はし給はざる大曼荼羅(だいまんだら)を、末法二百年の(ころ)、はじめて法華弘通(ぐつう)はた()()しとして顕はし奉るなり。是全く日蓮が自作に非ず、多宝(たほう)塔中(たっちゅう)大牟(だいむ)()()(そん)分身(ふんじん)の諸仏のすり()かたぎ(形木)たる本尊なり。されば主題の五字は中央にかゝり、四大天王は宝塔の四方に座し、釈迦・多宝・本化(ほんげ)の四菩薩肩を並べ、()(げん)文殊(もんじゅ)等、舎利(しゃり)(ほつ)目連(もくれん)等座を屈し、日天・月天・第六天の魔王・竜王・阿修羅(あしゅら)・其の(ほか)不動(ふどう)愛染(あいぜん)は南北の二方に陣を取り、悪逆の(だっ)(た )愚痴(ぐち)の竜女一座をはり、三千世界の人の寿命を奪う悪鬼たる()子母(しも)(じん)(じゅう)羅刹女(らせつにょ)等、加之(しかのみならず)日本国の守護神たる天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神々、総じて大小の神祗(しんぎ)等、体の神()らなる、其の余の(ゆう)の神(あに)もるべきや。宝塔(ほうとう)(ぼん)に云く「諸の大衆を接して皆虚空(こくう)に在り」云云。此等の仏・菩薩・大聖(だいしょう)等、総じて序品列座の二界・八番の雑衆等、一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の(こう)(みょう)にてらされて本有(ほんぬ)尊形(そんぎょう)となる。是を本尊とは申すなり。      『日女御前御返事

  さらに日蓮はこの本尊の正当性を疑う者に答える。

問うて曰く、仏の()(もん)如何(いかん)。答へて曰く「(ごの)()(ひゃく)(さい)閻浮提(えんぶだい)(おい)広宣(こうせん)流布(るふ)せん」と。天台大師記して云く「(ごの)五百歳遠く妙道に(うるお)はん」と。妙楽記して云く「末法の初め冥利(みょうり)無きにあらず」と。伝教大師云く「正像(やや)過ぎ()はって末法(はなは)だ近きに有り」等云云。「末法太だ近きに有り」の釈は、我が時は正時(しょうじ)に非ずと云ふ(こころ)なり。伝教大師日本にして末法の始めを記して云く「()を語れば像の終はり末の始め、地を(たず)ぬれば(とう)の東・(かつ)西(にし)(ひと)(たず)ぬれば則ち五濁(ごじょく)の生・闘諍(とうじょう)の時なり。経に云く、()()怨嫉(おんしつ)況滅度後(きょうめつどご)と。此の(ことば)(まこと)(ゆえ)有るなり」と。此の釈に「闘諍の時」云々。今の自界(じかい)叛逆(ほんぎゃく)・西海(しん)(ぴつ)の二難を指すなり。此の時地涌千界(じゆせんがい)(注)出現して、本門の釈尊を脇士(きょうじ)と為す一閻浮提(いちえんぶだい)第一の本尊、此の国に立つべし。 『観心本尊抄 



               五十、日蓮、日妙に御本尊の下付を約束 につづく

 
中巻目次       

注        

 羅什三蔵の葱嶺・役の優婆塞の大峰

 富木常忍が母の舎利を、日蓮に弔ってもらうために下総から身延山中まで首に懸けて持ってきたことを、羅什三蔵が法華経を漢訳するため葱嶺(パミール高原)を越えて中国に持ってきたこと、また役の行者が悟りを説くため高野などの大峰登ったことに匹敵すると称えている。


 地涌千界

 地涌は地より()き出る意で、法華経従地涌出品第十五に説かれる地涌の菩薩のこと。千界は千世界の意で、神力品第二十一に「千世界微塵等の菩薩摩訶(まか)(さつ)、地より涌出(ゆしゅつ)せる者」とあり、六万恒沙(ごうしゃ)の地涌の菩薩を地涌千界という。六万恒砂とは六万のガンジス河にある無数の砂のこと。地涌の上首が上行等の四菩薩である。

「我が弟子之を(おも)へ、地涌千界は教主釈尊の初発心(しょほっしん)の弟子なり。寂滅道場にも来たらず双林(そうりん)最後に(とぶら)はず、不孝(ふこう)(とが)之有り。迹門の十四品にも来たらず本門の六品には座を立ち、但八品の間に来還(らいげん)せり。是くの如き高貴(こうき)の大菩薩、三仏に約束して之を受持す。末法の初めに出でたまはざるべきか。(まさ)に知るべし、此の四菩薩、折伏を現ずる時は(けん)(のう)と成って()(おう)誡責(かいしゃく)し、摂受(しょうじゅ)を行ずる時は僧と成って正法を()()す」『観心本尊抄(



by johsei1129 | 2017-07-16 23:07 | 小説 日蓮の生涯 中 | Comments(0)


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