2017年 03月 19日
侍所、平頼綱の部屋でも書状が読みあげられていた。 頼綱は従者が恐る恐る読みあげるのを憤然として聞いた。 蒙古国の牒状到来に就いて言上せしめ候ひ畢んぬ。 抑先年、日蓮立正安国論に之を勘へたるが如く、少しも違わず普合せしむ。然る間重ねて訴状を以て愁欝を発かんと欲す。爰を以て諫旗を公前に飛ばし、争戟を私後に立つ。併ら貴殿は一天の屋棟たり、万民の手足たり。争でか此の国滅亡せん事を歎かざらんや慎まざらんや。早く須く対冶を加へて謗法の咎を制すべし。 頼綱は書状をつかんで破りすててしまった。 書状は建長寺の蘭渓道隆にも届いた。 道隆は寛元四年(一二四六)南宋から渡来した禅僧・大覚派の祖で、建長五年(一二五三)、北条時頼によって鎌倉に禅寺として創建された建長寺に招かれて開山となった。鎌倉仏教界の第一人者である。日蓮は十月十一日、弟子日持に届けさせた書状で対決をいどんだ。それ故、この書状は全編、闘志にみなぎっている。 夫仏閣軒を並べ法門屋ごとに拒る。仏法の繁栄は身毒・尸那にも超過し、僧宝の行儀は六通の羅漢の如し。然りと雖も一代諸経に於て未だ勝劣浅深を知らず併ら禽獣に同じ、忽ちに三徳の釈迦如来を抛つて他方の仏菩薩を信ず。是豈逆路伽耶陀(注)の者に非ずや。念仏は無間地獄の業、禅宗は天魔の所為、真言は亡国の悪法、律宗は国賊の妄説と云々。 爰に日蓮去ぬる文応元年の比、勘へたるの書を立正安国論と名づけ、宿屋入道を以て故最明寺殿に奉りぬ。此の書の所詮は念仏・真言・禅・律等の悪法を信ずる故に、天下に災難頻りに起こり剰へ他国より此の国を責めらるべきの由之を勧へたり。然るに去ぬる正月十八日牒状到来すと。日蓮が勘へたる所に之少しも違はず普合せしむ。諸寺諸山の祈祷の威力滅する故か。将又悪法の故なるか。 鎌倉中の上下万人、道隆聖人をば仏の如く之を仰ぎ、良観聖人をば羅漢の如く之を尊む。其の外寿福寺・多宝寺・浄光明寺・長楽寺・大仏殿等の長老等は「我慢心充満、未得謂為得」(注)の増上慢の大悪人なり。何ぞ蒙古国の大兵を調伏せしむべけんや。剰へ日本国中の上下万人悉く生け取りとなるべし。今生には国を亡ぼし後生には必ず無間に堕せん。日蓮が申す事を御用ひ無くんば後悔之有るべし。此の趣鎌倉殿・宿屋入道殿・平左衛門尉殿等へ之を進状せしめ候。一処に寄り集まりて御評議有るべし。敢へて日蓮が私曲の義に非ず。只経論の文に任す処なり。具には紙面に載せ難し併ら対決の時を期す。書は言を尽くさず。言は心を尽くさず。恐々謹言。 文永五年戊辰十月十一日 日蓮花押 進上 建長寺道隆聖人侍者御中 『建長寺道隆への御状』 書状は極楽寺良観にも届けられた。 彼は律宗とともに念仏もひろめていた。したがって立正安国論で「念仏無間」と説く日蓮とは真っ向から対立し、信者の争奪をくりひろげていた。 そこに挑発ともいえる書状がきた。内容は良観を完膚なきまでに下したものだ。良観は歯ぎしりする思いだったに違いない。 西戌大蒙古国の到来に就いて鎌倉殿其の外へ書状を進ぜしめ候。日蓮去ぬる文応元年の比、勘へ申せし立正安国論の如く毫末計りも之に相違せず候。此の事如何。長老忍性速やかに嘲弄の心を翻し、早く日蓮に帰せしめたまふべし。若し然らずんば『人間を軽賎する者、白衣の与に法を説く』の失脱れ難きか。依法不依人(注)とは如来の金言なり。良観上人の住処を法華経に説きて云はく『或は阿練若に有り、納衣にして空閑に在り』(注)と。阿練若は無事と翻ず。争でか日蓮を讒奏するの条、住処と相違せり。併ら三学に似たる矯賊の聖人なり。僣聖増上慢(注)にして今生は国賊、来世は那落に堕在せんこと必定せり。聊かも先非を悔いなば日蓮に帰すべし。この趣を鎌倉殿を始め奉り、建長寺等其の外へ披露せしめ候。 所詮本意を遂げんと欲せば対決に如かず。即ち三蔵浅近の法を以て、諸経中王の法華に向かふは、江河と大海と華山と妙高(注)との勝劣の如くならん。蒙古国調伏の秘法は定めて御存知有るべく候か。日蓮は日本第一の法華経の行者、蒙古国対冶の大将たり。「於一切衆生中亦為第一」とは是なり。
十一通の書状を届けた日以後、おおぜいの信徒が日蓮の館につどった。 四条金吾・富木常忍・太田乗明・日妙・池上兄弟らは微動だにせず、まっすぐ師日蓮の目を見つめていた。しかしほとんどの信徒は自分たちにも類が及ぶのではないかという不安にかられ、下をむいている。 日蓮の言葉はきびしい。いままでに聞いたことがないほどだ。 「大蒙古帝国の書状到来について、十一通の書状をもって方々へ申さしめました。さだめて日蓮が弟子檀那は流罪、死罪はまぬがれまい。この事を少しも驚いてはなりません。かたがたへの訴えは、あえて怒らせるため、而強毒之(注)の故であります。また日蓮が望むところでもあります。おのおの方はくれぐれも用心あるべし。少しも妻子眷属を思ってはなりません。権威を恐れてはなりません。いまこそ過去遠々刧の宿縁をたち切って、成仏の種を植える時です」 「流罪、死罪はまぬがれまい」との日蓮の厳しい言葉を聞き、聴衆の中から一人二人と立ち去っていく者がいた。親しい仲間同士で連れそって出ていく者たちもあらわれた。
逆路伽耶陀 法華経安楽行品第十四にある、古代インドの外道の一派で逆順世派のこと。世情の趣くままに教を立てる順世派に逆らい、世論に順わないで法を説いていた外道の一派。順世派の師であるチャールヴァーカの立てた教義にしたがわないで反対の説を立てたために、後代、師の意にそわず反逆の罪を犯す者のたとえに用いられた。 「我慢心充満、未得謂為得」 「我慢の心充満せん。未だ得ざるを為れ得たりと謂う」と読む。法華経勧持品第十三にある。諸菩薩が法華経を弘教する誓いで唱えた言葉。悪世の中の比丘は、邪智にして心驕り、究極の法を知らないで増上慢に陥る意。 依法不依人 「法に依って人に依らざれ」と読む。涅槃経に説かれている法の四依の一つ。仏法の勝劣浅深・判釈については仏の経文を用い、人師・論師の言を用いてはならないとの意。 日蓮大聖人は報恩抄で「依法不依人」の法と人について「依法と申すは一切経、不依人と申すは仏を除き奉りて外の普賢菩薩・文殊師利菩薩乃至上にあぐるところの諸の人師なり」と断じている。つまり仏は諸法の実相を極めているから「違いなく、咎なし」だが、普賢菩薩・文殊師利菩薩といえども、未だ極めきっていないのだから、その言に依存してはならないと説いている。いわんやその他の諭師、人師は言うまでもない。 或は阿練若に有り、納衣にして空閑に在り 阿練若は梵語でアーランニャ。空家・閑処・寂静処・無諍声と訳す。原語の『森林に住む』との云いから、人里離れた静かなところをさし、僧侶の修行の好適地をいい、のちに寺の意にも用いられた。 納衣は法衣の一種。人の捨てた布を拾い集めて洗濯し、これを縫いつくろって作った法衣。納はつくろうの意。糞掃衣ともいった。空閑は阿練若と同義。 僭聖増上慢 聖人の姿に似せて聖人として振る舞い、権力に近づいて正法を弘める者を迫害する者をさす。三類の強敵の第三。似非聖者。法華経勧持品第十三には、仏滅後、法華経を弘通する時、正法の行者を迫害する三種の人格を説いている。僭は下の者が分をこえて上になぞらい奢ることをいう。聖は智徳が万人にすぐれている意。ゆえにこの第三類は、通常は聖人のように振る舞っているが、内面は邪見が強く、常に貪欲に執着している者をいう。 「御義口伝に云はく、第三の比丘なり、良観等なり、如六通羅漢の人と思ふなり」 『勧持品十三箇の大事 第九 或有阿練若の事』 崋山と妙高 崋山は中国の名山である秦嶺山脈の支脈である終南山脈の峰(二二○○㍍)。諸経・周礼などにも名がみえ、古来から西岳と呼ばれ、五岳の一つに数えられている。 妙高とは須弥山のこと。妙高・安明ともいう。古代インドの世界観で世界の中心にあるとされる山。 而強毒之 「而して強いて之を毒す」と読む。正法を信じない衆生に強いて説き、仏縁を結ばせること。折伏化導と同義。法華文句巻十上に「本と已に善有るには釈迦小を以て之を将護し、本と未だ善有らざれば、不軽は大を以て而して強いて之を毒す」とある。煩悩多き衆生は福徳が薄いため、自ら妙法を求めることをしない。ゆえに敢えて三毒の心を起こさせて毒鼓の縁を結ばせ、妙法を受持し仏道を成じさせることをいう。 「御義口伝に云はく、聞とは名字即なり、所詮は而強毒之の題目なり、皆とは上慢の四衆等なり、信とは無疑曰信明了なるなり、伏とは法華に帰伏するなり、随とは心を法華経に移すなり、従とは身を此の経に移すなり。所詮今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る行者は末法の不軽菩薩なり。」 『常不軽品三十箇の大事 第十 聞其諸説 皆信伏随従の事』
by johsei1129
| 2017-03-19 19:51
| 小説 日蓮の生涯 上
|
Trackback
|
Comments(0)
|
アバウト
カレンダー
カテゴリ
全体 御書 INDEX・略歴 WRITING OF NICHIREN 観心本尊抄(御書五大部) 開目抄(御書五大部) 撰時抄(御書五大部) 報恩抄(御書五大部) 立正安国論(御書五大部) 御書十大部(五大部除く) 日蓮正宗総本山大石寺 重要法門(十大部除く) 血脈・相伝・講義 短文御書修正版 御義口伝 日興上人 日寛上人 六巻抄 日寛上人 御書文段 小説 日蓮の生涯 上 小説 日蓮の生涯 中 小説 日蓮の生涯 下 LIFE OF NICHIREN 日蓮正宗関連リンク 南条時光(上野殿) 阿仏房・千日尼 曾谷入道 妙法比丘尼 大田乗明・尼御前 四条金吾・日眼女 富木常忍・尼御前 池上兄弟 弟子・信徒その他への消息 釈尊・鳩摩羅什・日蓮大聖人 日蓮正宗 宗門史 創価破析 草稿 富士宗学要集 法華経28品 並開結 重要御書修正版 検索
以前の記事
2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 01月 お気に入りブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
タグ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||