日蓮大聖人『御書』解説

nichirengs.exblog.jp
ブログトップ
2014年 09月 25日

法華経は「仏、仏界に随つて説く随自意の経で最も難信難解である」と説いた【諸経と法華経と難易の事】

【諸経と法華経と難易の事(しょきょうとほけきょうとなんいのこと)】
■出筆時期:弘安三年五月二十六日(西暦1280年)五十九歳御作。下総の富木常忍に対して与えられた書。
■出筆場所:身延山中 草庵にて。
■出筆の経緯:下総国の豪族であった富木常忍は、大聖人より「日常」という法名を与えられたほどの豪信徒。また観心本尊抄など数十に及ぶ御書を送られるなど、当時の関東方面の信徒にとって頭領とも言うべき存在であった。本抄では、法華経は「仏、仏界に随つて説く随自意の経で最も難信難解であり、その他の教は「仏、九界の衆生の意楽に随つて説く随他意の教えで、賢父が愚子に随うが如く」易信易解の教えであると断じている。
■ご真筆: 中山法華経寺 所蔵(重要文化財)


f0301354_2247241.jpg

[諸経と法華経と難易の事] 本文

問うて云く、法華経の第四法師品に云く「難信難解」云云。いかなる事ぞや。答えて云く、此の経は仏説き給いて後、二千余年にまかりなり候。月氏に一千二百余年、漢土に二百余年を経て後、日本国に渡りてすでに七百余年なり。仏滅後に此の法華経の此の句を読みたる人但三人なり。所謂月氏には竜樹菩薩。大論に云く「譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云、此れは竜樹菩薩の難信難解の四字を読み給いしなり。漢土には天台智者大師と申せし人読んで云く「已今当説最も為れ難信難解」云云。日本国には伝教大師読んで云く「已説の四時の経、今説の無量義経、当説の涅槃経は易信易解なり、随他意の故に。此の法華経は最も為れ難信難解なり、随自意の故に」等云云。
 
 問うて云く、其の意如何。答て云く、易信易解は随他意の故なり。難信難解は随自意の故なり云云。弘法大師並びに日本国東寺の門人をもわく、法華経は顕教の内の難信難解にて、密教に相対すれば易信易解なり云云。慈覚・智証並びに門家思うよう、法華経と大日経は倶に難信難解なり。但し大日経と法華経と相対せば法華経は難信難解、大日経は最も為れ難信難解なり云云。此の二義は日本一同なり。日蓮読んで云く、外道の経は易信易解、小乗経は難信難解。小乗経は易信易解、大日経等は難信難解。大日経等は易信易解、般若経は難信難解なり。般若と華厳と、華厳と涅槃と、涅槃と法華と、迹門と本門と、重重の難易あり。

 問うて云く、此の義を知つて何の詮か有る。答えて云く、生死の長夜を照す大燈、元品の無明を切る利剣は此の法門に過ぎざるか。随他意とは、真言宗・華厳宗等は随他意・易信易解なり。仏九界の衆生の意楽に随つて説く所の経経を随他意という譬えば賢父が愚子に随うが如し、仏、仏界に随つて説く所の経を随自意という。譬へば聖父が愚子を随えたるが如きなり。日蓮此の義に付て大日経・華厳経・涅槃経等を勘え見候に、皆随他意の経経なり。

 問うて云く、其の随他意の証拠如何。答えて云く、勝鬘経に云く「非法を聞くこと無き衆生には人天の善根を以て之を成熟す。声聞を求むる者には声聞乗を授け、縁覚を求むる者には縁覚乗を授け、大乗を求むる者には授くるに大乗を以てす」云云。易信易解の心是なり。華厳・大日・般若・涅槃等又是くの如し。「爾の時に世尊、薬王菩薩に因せて八万の大士に告げたまわく、薬王、汝是の大衆の中の無量の諸天・竜王・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩ご羅伽・人と非人と及び比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、仏道を求むる者を見るや。是くの如き等類咸く仏前に於て妙法華経の一偈一句を聞いて、一念も随喜する者には我皆記を与え授く、当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし」文。諸経の如くんば、人は五戒、天は十善、梵は慈悲喜捨、魔王には一無遮、比丘の二百五十、比丘尼の五百戒、声聞には四諦、縁覚には十二因縁、菩薩には六度なり。譬へば水の器の方円に随い象の敵に随つて力を出すがごとし。法華経は爾らず。八部・四衆皆一同に法華経を演説す。譬へば定木の曲りを削り、師子王の剛弱を嫌わずして大力を出すがごとし。
此の明鏡を以て一切経を見聞するに、大日の三部・浄土の三部等隠れ無し。

 而るをいかにやしけん、弘法・慈覚・智証の御義を本としける程に、此の義すでに日本国に隠没して四百余年なり。珠をもつて石にかへ、栴檀を凡木にうれり。仏法やうやく顛倒しければ世間も又濁乱せり。仏法は体のごとし、世間はかげのごとし。体曲れば影ななめなり。幸なるは我が一門、仏意に随つて自然に薩般若海に流入す。苦しきは世間の学者、随他意を信じて苦海に沈まん。委細の旨又又申す可く候。恐恐謹言。

    五月廿六日       日蓮花押
富木殿御返事

[諸経と法華経と難易の事] 本文 完。

by johsei1129 | 2014-09-25 22:19 | 富木常忍・尼御前 | Comments(0)


<< 六十四、四条金吾の格闘      66 桑ヶ谷の法論 >>