日蓮大聖人『御書』解説

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2014年 11月 29日

30 竜の口の法難

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                      (日蓮聖人御一代図より)
 
信徒らは師日蓮の行く末に不安でいっぱいだった。
日蓮聖人が侍所で喚問されたという。ことによっては捕縛されて帰らぬ人になるかもしれない。さらに法華宗徒に弾圧があるかもしれない。うわさばかりが先行していた。みな戦々恐々となっていた。

その日蓮が帰ってきた。

「みなさん心配をかけました」

四条金吾が前にでた。

「聖人、一刻も早く鎌倉を立ち退()いてくだされ。侍所に兵が集まっています。上人を捕らえる噂がたっております。ほとぼりがさめるまで安全な場所にいてくだされ」

「それはできぬ」

一同がおどろいた。

常忍もすすみでた。

「なぜでござるか。聖人が逮捕されれば、われら法華衆は壊滅いたします」

 日蓮はおちついていた。

「耐えるのです。いまこそ日蓮一門の信心が試されるときですぞ」

この時、多くの信徒が立ちあがり、日蓮に背をむけてぞくぞくと去っていった。
 彼らは形勢が危ういのを感じとった。昨日までは他人事だったが、自分の身に危難がふりかかろうとしている。しりぞく心があらわにでた。
かつて不退の誓いをたてた者もおそるおそる背をむけた。

金吾がおどろく。

「まて、おぬしら、どこへ行く。今が肝心のときだぞ」

常忍も彼らを止めた。

「まて、どこへいくのだ」
 日蓮はのちにこの時の思いをつづっている。
 

我並びに我が弟子、諸難ありとも疑ふ心なくば、自然(じねん)に仏界にいたるべし。天の加護なき事を疑はざれ、現世の安穏(あんのん)ならざる事をなげかざれ。我が弟子に朝夕教へしかども、疑ひををこして皆すてけん。つ()なき者のならひは、約束せし事をまことの時はわするゝなるべし。妻子を不便(ふびん)とをもうゆえ、現身にわかれん事をなげくらん。多生(たしょう)曠劫(こうごう)にしたしみし妻子には、心とはな()れしか、仏道のためにはなれしか。いつも同じわかれなるべし。我法華経の信心をやぶらずして、霊山(りょうぜん58)にまいりて返ってみちびけかし。『開目抄下
      

信者が去っていくのと入れ違いに、幕府重臣の宿屋入道光則があらわれた。

日蓮とは旧知である。彼は立正安国論を北条時頼に取りついだ人物だった。宿屋は侍所の一件いらい、日蓮に善処を促していた。

宿屋が役人らしい出で立ちで正座する。彼の話はすぐさま核心をついた。

「どうしてもお聞き入れくださらぬか。いま日蓮殿や信徒にとって存亡の時でござる。幕府は法華経の信仰を認めているのでござる。ただ他宗の非難をやめよといっているだけなのだ。それさえなければ、幕府が手厚く保護いたすと。おわかりいただけませぬか」
「それはならぬ」
「なぜでござるか」

宿屋は日蓮を理解できない。日蓮は法華経と他の経を同等に考えるところに謗法があるという。

当世も法華経をば皆信じたるやうなれども法華経にてはなきなり。其の故は法華経と大日経と、法華経と華厳経と、法華経と阿弥陀経と一なるやうを()く人をば悦んで帰依し、別々なるなんど申す人をば用ひず。たとい用ゆれども本意(ほい)なき事とをもへり 開目抄上

法華経のみが成仏の経であり、他経は成仏できず、かえって悪道におちる。

人々はこの道理がわからない。日蓮が良観や道隆の首を刎ねよ、極楽寺や建長寺を焼きはらえといったのも、仏法に(うと)人々を覚醒するためだった。

このように法華宗門下が崩壊しようとしている事態を受けても、日蓮は取り乱すどころか予期していることだとばかり、異常ともいえる落ちつきを示した。

「宿屋殿、ご親切はありがたい。しかしその申し出を受けることはできぬ」

この時、弟子や信徒の多くに落胆の色がありありとでた。日蓮は自ら進んで大難をうけようとしている。そんな日蓮をあらかさまに目で非難する者もいた。

「日本国の災難、蒙古の国難をまねいたのは念仏であり禅宗である。そのかれらを罰しなければ日本国の安泰はないのです」

ここで宿屋は幕府の驚くべき動きをうちあけた。

「上人、(それがし)は御家人の身ですが、日蓮殿を尊敬しております。また某は時宗殿が上人のお考えに立つことを願っておりました。しかし一昨日の問注で状況は一変いたした。平の左衛門尉以下、武士団はあなたがた法華宗の面々を一網打尽にする方針を決定いたした」

弟子信徒にさらなる動揺が走った。

「これは決して脅しではございませぬ。弟子たちは牢に入れ、武士は領地没収、信徒は鎌倉追放、そして上人は・・首を刎ねよと」

 そこに居合わせた弟子信徒の誰ひとりとして、声を出すものがいなかった。いや、あまりの衝撃に皆が皆、声を失なっていた。

 少し間をおいて直情径行な金吾が、宿屋に怒りを宿屋にぶつけた

「宿屋殿、無礼なことを申すな。上人にむかってなんたる雑言じゃ。わしも幕府に仕える身だ。聖人には一指たりとも触れさせはせぬぞ」

日蓮が金吾を制して言った。

「宿屋殿、それはもとより覚悟のこと。ご忠告ありがたし。だが余は命にかえて鎌倉殿に申しあげるつもりです。引きさがることはできませぬ。お引きとりくだされ」

 宿屋はあきらかに落胆の色をみせた。妥協を期待していただけに思わぬ結果である。

「これ以上申しても無駄でござるか。惜しいことです。上人のような方が。国を率いる大師にもなれたものを」

宿屋が惜しむように、ふりかえりながら去っていった。

秋の日がゆっくりと西にかたむく。

四条金吾が警戒のため、館の入口で仁王立ちとなり周囲を見渡していた。

彼はいま日蓮門下が重大な局面にあることを承知していた。宿屋がいったように、自分の身にも危険がせまっていることも知っていた。
 だが日蓮からはなれるわけにはいかなかった。
いやむしろ日蓮に接していらい、はなれられなくなっていた。日蓮を目の当たりにし、その慈愛を肌身で感じていた。日蓮上人を渇仰する気持ちは日増しに強まっていた。この気持ちはすぐそこに迫ろうとする大難から逃げ出そうとする己の弱さに、はるかに勝るものだった。

金吾は仏法を深くは理解してはいなかった。法華経の深淵な法理を追及する志は、それほど強いものではなかった。だが彼は、泣く子も黙るという鎌倉幕府の弾圧に、一歩もひるまない日蓮という偉人に惚れた。十五年前、鎌倉松葉ヶ谷の今の館とは比べ物にならないくらい小さな草案で、始めて説法を聞いた時からはなれられなくなった。日蓮とどこまでも共にすることを誓ったのである。

やがて夕闇となり、金吾がひと安心したように館に入り挨拶した。

「今日は何事もないようです。拙者はこれで失礼いたします。なにか動きがあれば駆けつけますので直ちにお知らせくだされ」

日蓮が正座し頭をさげた。

「金吾殿、暇なき宮仕えの身であるのにおそれいりまする。それはさておき、金吾殿に大事なお話があります」

金吾は襟をつくろった。

日蓮はいとおしむように金吾を見つめた。

「金吾殿、いままでよく尽くしてくれました。日蓮、うれしく思いますぞ。さて、これからの出来事は金吾殿の目でしっかり見とどけてくだされ。殿が証人となるのです。よいかな、約束しましたぞ」

日蓮が金吾の手を固くにぎった。

金吾は今までにない日蓮の頼みごとに、緊張のあまり返事ができない。

しかし同時に金吾は不思議に思った。

証人とはいったいなんのことであろう。これからの出来事とは。
 金吾はこの時点で、なにも理解できなかった。

九月長月は現代の十月。秋は確実に深まっていた。落ち葉が舞い散っている。

日蓮は弟子たちに講義をはじめた。法華経巻五が、日蓮の前にある経机におかれている。


「法華経第五の巻勧持品(かんじほん)にいわく『諸々の無知の人の悪口(あっく)罵詈(めり)等し、および(とう)(じょう)を加うる者有らん』と。この経文のとおり、悪世末法に法華経を弘める者は悪口罵詈され、刀や杖の難がある。おのおの方にはこれまで常々話したとおりである。日蓮は聖人ではない。だが法華経を説のごとく受持し、行ずれば聖人の如しです。今まで言いおいたことに、まちがいはなかった。このことをもって未来に私の身に何が起ろうとも疑いをもってはならぬ」

日蓮が遺言のように語っている。

伯耆房や日朗はまなじりを決したかのように大きく目を見開き、日蓮の顔を見続けた。
 日蓮は淡々と法華経の講義を続ける。

「法師品にいわく『即ち変化(へんげ)の人を(つか)はして、之が為に(えい)()()さん』。安楽行品にいわく『天の(もろもろ)の童子、以て(きゅう)使()を為さん。刀杖も加えず、毒も害すること(あた)わじ』またいわく『諸天昼夜に、常に法の為の故に(しか)も之を(えい)()す』。普門品にいわく『(あるい)は王難の苦に()いて(つみ)せらるるに臨んで寿(いのち)終わらんと欲せんに、彼の観音の力を念ぜば(つるぎ)()いで段段に()

れなん』(それがし)いま、大難に遭おうとしている。仏の使いには、必ずこの経文のとおりの現証がおきる。これをもって日蓮が法華経の行者にてあるかなきかを知るべしであろう」

この時、外から武士の雄叫びが聞こえた。と同時に窓から薙刀がとびだした。

日蓮がとっさに目の前の法華経第五の巻を懐にしまった。

戸が倒されて武士の一団が土足で踏みこんできた。

鎧と烏帽子姿の武士たちは気が狂ったように口々に叫ぶ。
 「日蓮はおるか、日蓮はどこにいる」 

弟子が体を張って食いとめようとしたが、武士はいともかんたんに突き飛ばす。

兵士は皆、地獄からはいあがったような目つきでで日蓮をにらんだ。さらに日蓮を守るようにまわりを囲んだ伯耆房ら弟子たちの首をつかみ、次から次と外にほうりだした。

平頼綱が最後に出てきてさらに激しい狼藉がはじまった。

郎従の少輔房が哄笑しながら日蓮の懐にあった法華経の経巻をぬきとって頭を三度打ちつけた。さらにそれに飽き足らず経巻を館中にまき散らした。

日蓮の額に血がにじむ。

激痛をおぼえながら、日蓮は法華経の不思議を思った。

杖の難には、すでに()うばう(輔房)つら()をうたれしかども、第五の巻をもてうつ。うつ杖も第五の巻、うたるべしと云ふ経文も五の巻、不思議なる未来記の経文なり。 『上野殿御返事

兵士たちも笑いながら経巻をまき散らし、あるいは踏み、あるいは身に巻きつけた。

館の部屋という部屋がさんざんに荒らされていく。

ここで日蓮は大音声を放った。

「あらおもしろや。平の左衛門尉がものに狂うを見よ。殿方、ただ今ぞ、日本国の柱を倒すなり」

兵士がおどろいて静まった。彼らは日蓮が泣いてひれ伏すかと思ったが、気丈に振る舞う姿を見て一様にささやいた。

「ほんとうにこの御坊は罪人なのか・・」

平頼綱がうち消す。

「罪人じゃ。鎌倉幕府を倒す謀反人である」

日蓮はかえす。

「われには世間の(とが)一分もなし。日蓮はこの関東の御一門の棟梁なり、日月なり、鏡なり、眼目なり。日蓮捨て去るとき、七(59)必ずおこるべし」

頼綱がかみつく。

「日蓮、おぬしは今夜で終わりだ。身からでた(さび)よ。運が尽きたな。天にかわって成敗してくれよう。のちのちまで悪僧の名をのこすであろう」

 日蓮は冷静だった。

「その悪僧がどうして鎌倉に雨をふらせることができたのだ」

頼綱が一瞬言葉をなくしたが、かまわず罵倒する。

「だまれ。おぬしの罪状は明白だ。侍所、後家尼御前、そしてなにより鎌倉幕府の上意である。神妙にいたせ」

ここで日蓮は頼綱の肺腑をえぐるように突いた。

「さにあらず。この黒幕は極楽寺良観なり。武家の棟梁たる者が、ただの一滴もふらせぬ僧に、なぜ肩入れいたす。国をほろぼす悪僧はここにあらず」

頼綱が逆上してめまいをおこした。刀を半分ぬいたが思いとどまって(さや)におさめた。市中で斬るのは(はばか)りがある。

「日蓮御坊を宣時様の館へ連行しろ。北条宣時様あずかりとする」

夕暮れ、館の外には日蓮が捕縛されたことを聞きつけ野次馬が集まってきた。

日蓮が外にでて馬にのる。

弟子の日朗と在家信徒の四人が追いかけて馬にとりすがった。だが日朗をふくめた五人は、抵抗しているとみられたのか捕縛されてしまった。ちなみにのこりの四人の信徒は、井沢入道、坂部入道、山城、徳行寺という名が伝わっている。

馬上の平頼綱が命令した。

「そやつらを土牢に放りこめ」

日蓮は馬上から乱暴に引き立てられていく日朗らを見つめた。釈尊も弟子が度々迫害されていたことを思えば、十分予測されたことではあったが、いざ、弟子や信徒までもが手荒に扱われるのを見ると、忍び難い思いが募った

兵士が日蓮の馬を引きだした。

伯耆房と少年の熊王が日蓮のあとを追う。

日がすっかり傾き、夜の帷が下りていた。

鎌倉市街では鎧をつけた兵士がさまざまな方向へ走っていった。

日蓮門下に対する一斉弾圧である。

「おぬしらが頼りとした日蓮は捕縛された。そのほう法華経の信心をいたしておろう。平の左衛門尉様の命により領地没収とする」

屋敷の主人が両手をあげた。

「まて、まってくれ」

妻があわてて法華経の経巻をもってきた。この主人は経巻を自らやぶってしまった。鎌倉各所でこんなやり取りがあいついだ。


 このころ強信徒の日妙は夫と口論していた。
幼い娘が母親につく。

夫が日妙をさとした。

「なんとしても法華経の信心はすてろ」

日妙はきかない。

「すてませぬ。わたしにはわたしの考えがあります。法華経の信心をすてるのは、もってのほかです」

「日蓮上人は鎌倉様のお咎めを受けたのだ。どうするつもりだ。鎌倉の信者はすべて退転したぞ。法華経を捨てなければ、幕府からきついとがめをうけるのだ。累はこの家にもおよぶ。おまえが信心やめなければ、このわしは・・」

日妙がさえぎった。

「そんな弱気なことでどうするのです。あなたは男です、そして一家の柱です。自分の考えをもってください。ご自分の道をお決めにならないで、これからどうするのです。それでも鎌倉武士ですか」

夫は痛いところを突かれて激高した。

「離縁だ。お前がいては、わしの家がなりたたぬわ」

日妙が涙目となった。

「あなた様のお気持ちがよくわかりました。それが本音でございますね。こちらこそ縁切りさせていただきます。二度とお会いいたしませぬ」

日妙が娘をつれ、出ていってしまった。

のこった夫は茫然としてその場に立ちつくした。

日蓮門下の信徒全体に動揺がひろがっていた。

彼らは不安をかかえてあつまった。

どれも沈痛な面もちでいる。

信徒の一人がきりだした。

「みな考えてみよ。なぜこうなったのだ。法華経は正しいのに、なぜ難をうけるのだ」

「それはしかたあるまい。上人があのように強情では。われわれにも災難がふりかかってしまうのだ」

「それだ。日蓮聖人の布教が問題なのだ。法華経はたしかに尊いお経だが、弘めかたにまちがいがあったのだ。聖人は師匠ではあるが、あまりにきびしすぎる。われらはおだやかに法華経を弘めようではないか」

信者たちが救われたようにうなずいた。

「念仏や禅宗を非難せず、相手のことも思いやっていこう。幅ひろくつきあうのだ。相手の欠点も大目に見ていこう。幕府にも協力していくのだ。そうすれば日蓮上人をこえることもできる」

信者たちがそうだそうだと言わんばかりにうなずきあった。

日蓮門下の信徒は事実上、壊滅状態となった。みな大難に驚き「(きも)を消しはてて」日蓮から離れていった。

日蓮はつね日頃、経文どおりに法華経を弘めれば大難にあうことを説いてきたが、弟子の耳には入っていなかった。難をうけ、乗りこえなければ己の境涯はひらけない。衆生が自らの過去遠々劫の罪障を消すことができるのはこの時である。逆境を乗りこえなければ「慈悲」を体現する仏の境涯には到達できない。だが弟子たちはまず権力への恐怖をおぼえてしまった。

さらに信徒の中には法華経を捨てないまでも、日蓮の失敗に学んで日蓮からはなれようとするものが続出した。彼らは日蓮と一線を画し、世間との迎合も視野に入れ、法華経を弘めようとした。()

日蓮は末法の本仏としての境涯から、これら不信の徒を分別する。彼らは念仏者よりも罪が深いと。日蓮は竜の口法難の半年後、流罪地の佐渡でこう記している。

  これはさて()きぬ。日蓮を信ずるやうなりし者どもが、日蓮が()くなれば疑ひを()こして法華経を()つるのみならず、かへりて日蓮を教訓して我(かしこ)しと思わん僻人(びゃくにん)等が、念仏者よりも久しく阿鼻(あび)(60)にあらん事、不便(ふびん)とも申す計りなし。修羅が仏は十八界、我は十九界と云ひ、外道が云はく仏は一()(きょう)(どう)、我は九十五究竟道と云ひしが如く、日蓮御房は師匠にておわせども(あま)りにこ()し、我等は()はらかに法華経を弘むべしと云はんは、(ほたる)()が日月を()らひ、(あり)(づか)()(ざん)(くだ)し、井江(せいこう)が河海をあなづり、烏鵲(かささぎ)(らん)(ほう)をわらふなるべしわらふなるべし。  『佐渡御書

天空の月が北条宣時の館を照らす。

おびただしい兵士が建物のまわりに立ち、弓と薙刀で警戒していた。

一本の蝋燭だけが灯る部屋があった。日蓮がここに一人いる。

闇のむこうから宿屋入道がすすみでて、日蓮と対面した。再度の説得である。

「上人、あなたの信者はこの鎌倉で百人が九十九人は退転いたしました。これまででございます。この宿屋、最後のお願いにまいりました。なにとぞ今後は他宗を非難しないと認めますよう」

沈黙がつづく。

日蓮にすべてを見とおしたような笑みがこぼれた。

今宵(こよい)首を斬られれば過去の重罪を今生に消して、未来の悪道からのがれることができます。まことに悦ばしいことです。臭き(こうべ)を放たれれば法華経の行者となることができる。日蓮が仏になるための第一の味方は東条景信、法師では良観、さらに平左衛門尉、時宗殿。この方々がいなければ、どうして法華経の行者になれたでありましょう。宿屋殿、あなたも善知識の一人です。礼をいいますぞ」

宿屋入道がうなだれた。

大広間では平頼綱と北条宣時が待ってた。

宿屋入道が放心した姿で部屋に入り、大きく左右に首をふった。

頼綱と宣時は、あとは打ち首にするだけだとばかりに無言でうなずく。



                   31 発迹顕本 につづく
上巻目次





58 霊山

釈迦が法華経を説いた霊鷲山をさす。古代インドのマカダ国の都、王舎城の東北にある山の名。釈迦はこの地で法華経などの諸経を説いたといわれる。大智度論巻三によると、山頂が鷲に似て、鷲が多くいるため霊鷲山と名づけられたとある。転じて仏のいる清浄な国土のこと。法華経を受持する者の住所が霊山である。現在は世界中の仏教徒が訪れて人が絶えない。釈迦布教活動の遺跡の一つとなっている。
「霊山とは御本尊並びに今日蓮等の
(たぐい)南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住所を説くなり云云」『御義口伝 寿量品二十七箇の大事

59 七難

正法を謗ずることによって起こる七種の災難。経典では仁王経、薬師経にそれぞれ七難が説かれている。

仁王経の七難

     一、日月失度難

     二、星宿失度難

     三、災火難  

     四、雨水難

     五、悪風難

     六、(こう)(よう)

     七、悪賊難

薬師経の七難

「薬師経に云はく()(せつ)(てい)()(かん)(じょう)(おう)災難起所謂人衆疾(にんじゅしつ)(えき)の難・他国侵逼(しんぴつ)難・自界叛逆(ほんぎゃく)難・星宿(せいしゅく)(へん)()難・日月薄蝕(にちがつはくしょく)の難・非時風雨の難・過時不雨の難あらん」『立正安国論


60 阿鼻地獄

無間地獄のこと。阿鼻とは梵語で無間と訳す。




by johsei1129 | 2014-11-29 16:03 | 小説 日蓮の生涯 上 | Comments(0)


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